審査
雅と吉田を迎える大きな拍手と歓声。後ろに続く僕と風香のところで止むかと思われたそれは勢いを落とすことなく、嫌われ者でも評価してもらえたのだとほんの少し嬉しく感じた。
「なんだ、お前たちも出てきたのか?」
ただ、中にはほんな嬉しい評価をくれない大人も存在した。担任なんだから自分の担当クラスが実績を残したらもっと素直に喜ぶべきだと思うのだけど。
「出てきただけじゃなくて、ちゃんと遺物も持って帰ってきましたよ」
「どうかな。本物じゃないと今の歓声も台無しになるからな、その瞬間が楽しみだ」
本当に顔がいい以外に取りえないですね。なんて言ってやりたい気持ちはあるけど、結果を示せば言葉さえ必要ないからと黙る。
出てきた順番に遺物のチェックが入るから、まずは前の二人の結果待ちからだ。
「さて、では遺物のチェックを始めようか。まずは春日井と吉田のペアからだ」
雅がロイ先生に遺物を手渡す。小さい物だったせいか何を持っているのかは見えないけど、やっぱり自信があるのか吉田も含め緊張した様子はない。
「これは……」
雰囲気作りのためかロイ先生の周りに新たに二人、遺物を囲むように先生が並んだ。
「黒曜石の石器か。判別はしたのか?」
わざとらしくそんな質問しなくとも一目でそれが正解なのかは分かっているはずだし、仮に判別なしに持ってきた遺物が当たりだったとしても結果に変わりはない。これも余興の一環ということだろう。
「はい、叩きました。一つは割れて、割れなかった方を持ってきました」
雑な返答だし、二つ置いてあったの初出だけど、雅もこれが茶番なのを分かっているから適当に済まそうとしているんだろう。
「そ、そうか。よし、春日井、吉田ペア、ペアマッチクリアだ。期待通りの一位、担任として誇らしいぞ」
「「ありがとうございます」」
また会場に大きな拍手と歓声が湧き上がった。
今度こそ揺らぐことのない、本当の意味で称賛として送られるそれらは間違いなく先程よりも大きな興奮が混ざっていた。
「ふっ、次は嫌われ者二人の番だな」
せっかくの盛り上がりの中、もう逆に狙ってるだろと思うほどのゲス顔を見せたロイが「おっと」と人に見せられる笑顔を整えた。
「どっちを提出するかは風香が選んで」
いちいち相手していても仕方ないので隣で二つの遺物を抱える風香に優しく決断を促す。
本当なら遺跡を出る前に一つを漢太たちに渡しておくべきだったのだろうけど、宝物を守る動物のごとく頑なに手放そうとしない風香が決断しきれないままみここまできてしまったのだ。
「うぅぅぅぅ〜」
土偶と指輪、二つのおもちゃを隠すように抱き抱えながら唸る。
子供か、とツッコミたくなるところだけど、風香の場合は実際子供な可能性があるから悩みどころだ。
「………………」
ロイに限らず「何やってんだこいつら」という視線を集めながら、ついに顔を上げた風香が後ろへ、漢太と伊佐与さんへ向けて振り向く。
「……だめ?」
「何が?」という疑問を生む余地もない、遺跡の入り口から覗いていただろう二名の断末魔が聞こえるほどのウルウル上目遣いからの首傾げ。
そこに一切の邪念もプライドもない、ただ純粋を貫き通したおねだりだった。
「「ダメ」」
しかし効果はないようだ。
某ゲームの効果音を幻聴するくらい即答。
どこぞの狂信者たちはともかく観客席の好感触を見る限り、相手が悪かった。
「チッ!」
ただ、直後に舌打ちをかます辺り、二人の対応が正しかったと納得できる。
「ほら、もう選ぶしかないよ」
トドメ、というほどでもないけど最後にもう一押し風香に決断を促す。
「じゃあ…………お幸せに」
最後の足掻きなのか長めに間をとった風香だったが、ようやく観念して漢太に指輪を手渡した。
余計な一言を付け足したせいで三角関係に決着を付けた百合カップルみたいになってはいるけど、目的は達成しているから気にしないでおこう。
「そ、それじゃあ改めて……次は石川と羽沢のペアの番だな。では持ち帰った遺物を見せてもらうぞ」
当然のように威嚇や抵抗があったものの、なんとかロイの手に渡った土偶の周りに、僕たちを警戒して避難していた他の教師たちが集まってきた。
「判別方法は?」
風香は僕の背中に隠れ、ロイは明らかに僕に視線を合わせている。
散々人を小馬鹿にしてきたくせに、それまでの悪態がまるで嘘かのような頼りっぷりだ。
「無駄に凝った男性型の土偶を見かけました」
男性型の土偶は雅たちが持っていた物だけど、僕たちが「発見した」とは言ってないので嘘ではない。嘘をついたところで映像が残っているからすぐにバレるだろうし。
「それだけか?」
「はい。これ以上は現地での判別は難しいと判断しました」
「……まあいいだろう」
どうにか揚げ足を取ろうとしたのか雅たちの時よりも質問を重ねたロイだが、欲しかった答えは貰えなかったらしく渋々首を盾に振った。
後ろの二人の先生も同じく合格を出し、
「石川、羽沢ペア、ペアマッチ合格だ。普段の評価はともかく始終を公開しているこの場では今の結果が全てだ。……おめでとう」
結果への不服を受け付けないというケアを含めて正式に僕たちの勝ちが宣言された。
心にもないことを言っているのは呪いの影響関係なく表情を見るだけで分かる。
「ありがとうございます」
それでも雅たちの時ほどではなくとも拍手が沸き起こった会場に後押しされて、ほんの少し調子に乗ってもいいかとガラにもなくドヤ顔をしてみたり。
「ただし、あまり調子には乗らないように」
しかしそれを見たロイに速攻で咎められてしまった。その視線が上下に行き来していたからおそらく風香も僕と同じ表情していて、まとめてお咎めを受けてしまったのだろう。
「さて、最後は剛田と伊佐与のペアか」
すぐさまやり返しに成功したロイが満足そうに僕たちの横を通り過ぎ、漢太と伊佐与さんの前に立った。
「はい、オレたちの持ち帰ったのはこの指輪です」
薄ら「あぁ〜……」と最後の遺物がなくなることを嘆く幼女の鳴き声が響く中、漢太が指輪を手渡した。
「判別は?」
三度目ともなり、随分と簡略化された文句でロイが尋ねる。
「してません。戦利品なので」
嘘をついても仕方ないという漢太なりの判断だったのだろうけど、ストレートすぎるおかげでロイは面を食らっているようだ。
というか、雅から指輪を渡された時に一応の判別基準は教えてもらったはずなんだけど……どうせ興味ないからって聞いてなかったんだろうな。
「そ、そうか。まあ判別できているかは選考の基準にはならないから合格はやるが、次からは体裁を整える努力くらいはするようにしてくれ」
「はい!」
人懐っこい素直な笑顔にロイだけでなく会場の人々も魅了される。
……が、「ああこれ絶対しないやつだな」と漢太を知っているからこそ判別のつく、人を魅せるための笑顔に内心毒づく。
周りが漢太の笑顔にに呑まれているのに気づいたロイが(自分もしっかりと魅入られていたくせに)大きな咳払いを入れて場の空気を入れ替えた。
「改めて、剛田、伊佐与ペア、ペアマッチ第三位で合格だ。主催側からしてみれば三組全てが合格を出してしまうのは面白くないのというのが正直なところだが、これで五組中三組が決まったことになる。脱落者も多くなっていたこの状況で残り二組に誰が名乗りを上げるのか、ぜひ楽しみにしていてくれ」
一気にペアマッチを進行させた三組と、これからの残り二組への期待を込めた拍手がまた会場に鳴り響いた。
さっきはあまりに慣れない状況に調子に乗ってしまったけど、今度は謙虚に頭を下げる。
数秒もなく顔を上げると、ロイ先生が指を刺して促されるままに移動し、そのまま会場袖まで移動した。
「これからのことを説明するぞ」
会場の明るさから一変、影が覆い被さった暗がりでロイ先生がこれまた明るさを消した声で業務連絡を告げる。こっちが素なのを知っているから特別驚いたりはしない。
「五組が決まったらまた会場に戻って来てもらわないといけないから、先に通過したペアたちには専用の部屋で待機してもらうことになる。拒否権はないが、トイレやら食料調達やらで少し部屋を出るくらいは認められているから監禁やら軟禁やらと文句は受け付けないからな」
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