教祖(ロリ)誕生




  行きはワクワクを抱えて降りた階段を、帰りには苦い顔をして見上げている。


 長い上り階段を億劫に感じていても同じ状況説明ができただろうが、今の僕たちの気持ちを落としているのは階段の途中にワンペアが居座り、さらにそれが何組もいる現状だ。


 今回のペアマッチは遺物を持ち帰ることさえできればいいのだから、ゴール間近に構えてやってきた宝物を掻っ攫う、なんて作戦が成り立ってしまう。

 楽をしたいからではなく、リスクを負って遺物を探すよりも確実に向こうからやってくる遺物を奪う方が確実だと考えるペアがいるのは当然だし、理にかなっているとまで言える。ただし、考古学者として正しいか行動かは個人的に問いたいところだけど。



「今見えてるだけで三組か……これ、見えないだけで上にまだいるよな」


 少しでも遠くを見ようと漢太が人の体を支えにして背伸びをする。


 下るのに十分近く掛かった階段だけあって、灯りがあっても底から見上げて外の光を見つけることが叶わない。

 いると分かってはいたけど、ここまで多いとさすがに気を削がれてしまう。


「やる気がないのか探索する根性がないのか、どちらにしろ真面目に探索していたザコの方がまだマシなザコだな」


 呆れてため息をつく雅がこっちを向いた。


「ただでさえ地形的な不利が大きいのにそれが何組も続くとなると攻略に苦労しそうね」


 吉田の言う通り、高低差がある場での戦闘は高所に位置する側が有利に立てるし、それが階段という極端に足場の限られた状況ならなおさら。


「ともかく動かないことには始まらないんだ。この環境なら前に出れるのは一人、多くて二人になるか。なら狙うは戦闘を回避を試みてダメなら即戦闘に移る、なんなら味方につけて盾にできれば理想だな」


 雅の挙げた条件に、一斉にぱっと見は女子な一人に顔が向く。


「オレか?」


「戦闘能力でも人身掌握術でもこれ以上ない適任だろ」

「まあ蓮陽はどっちもダメダメだもんな」

「余計なことは言わなくてもいいから。それより、僕もその作戦に賛成だけど、先に伊佐与さんの占いを頼ってみないか? 目の前の一組なら目視もできるだろうし弱点を探ることができたら誰が出るべきか相手に応じて臨機応変に変えることができるだろ」


「……確かに。癪だがその通りだな。伊佐与さんだっけ、頼めるか?」

「ええ構いませんよ。なら早速目の前の二人組からですね……」



 雅を起点にすぐに考えを具体的な方法に切り替えた面々が流れるように方針を決めていく。伊佐与さんも既に構えていたスマホで占いを始めた。



「……視えました。最初の二人の弱点をつけるのは…………風香ちゃんです」



「…………え?」


 ここで自分に話が回ってくるとは微塵も思っていなかっただろう風香が唖然としたまま伊佐与さんに振り向く。


「正面の男子二人は小さな女の子を見守るクラブに所属しているようなので——」


 そこで選出理由を察した風香が強く伊佐与さんを睨みつけた。さらに周りに何も言わせまいとそれ以外の人に対しても威嚇を欠かさない。


「風香、負けて遺物を盗られるのとプライドを捨てても勝って遺物を守るの、どっちがいい?」


 こうなるとペアである僕の出番。……こんな猛犬を手懐けるような役割になるとは思ってなかったけど。一番心の距離が近い僕がどうにか説得するほかない。


「う〜…………わかった……」


 唸りをあげ、少し間を置いて、渋々だが首を縦に振ってくれた。


「では作戦を決めましょう。風香ちゃんは二人に近づいて、『通して、お兄ちゃん』と上目遣いで、可能なら涙目でお願いしてきてください」


 ここぞとばかりに伊佐与さんが無茶を要求するせいで渋々顔がまたしても鬼の形相に変わっていく。

 提案者が伊佐与さんなせいでノリで言ったのか、占いで視た最適解なのか分からないのがタチが悪い。


「……おっぱい許すまじ」


 もう一度しっかりと伊佐与さんを睨みつけ、恨み言を残した風香階段に足をかけた。


 すぐ後ろにいざという時のために漢太が着き、残った四人は距離を離してその様子を見守る。



「…………」


 顔を伏せたまま近づいてくる悪評高い少女に、最初に立ち塞がる男子生徒のペアは手をこまねいているようだ。


「お、おい。分かっているだろうが、遺物を持ってるならここで置いていってもら——」



「——がい」


「ん?」


 覚悟を決めて男子生徒が脅しをかけようとした声に重なって、小さく風香の声が流れた。


「おねがい、お、おにい、ちゃん……」



「「はふっ!!」」



 不服さと照れを隠すために目の前の二人と目を合わさなかったからこそ生まれた、ほんのり赤く染まった頬とアヒル口そしてわずかに潤んだ瞳から繰り出される上目遣いはその道を行く彼らに留まらない範囲の攻撃力を持っていた。

 まさか目の前の天使の腹の中で殺意が沸わたっているとは思ってもみない見事な籠絡っぷりだ。


「と、通って、いい?」


「「もちろん! 我々はこれよりエンジェルを信仰する敬虔なる信徒であります! 配下の皆様共々どうぞ我々を足蹴にしていってください!」」


 まさか目の前のエンジェルが銃の乱射をしそうになっているのをすぐ後ろで漢太が腕を掴んで止めているなんて思ってもみない見事な籠絡っぷりだ。


 この瞬間生まれた新興宗教「エンジェル風香」は、後に考古学界から世界中に羽ばたいて行き世界各国に教会があるのが当たり前となるほど規模を大きくしていくのであった。



 ……ってなったら面白いからこれからの彼らの活動には是非注目していこう。

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