第3話 作戦

小嶋たちの所属は第三課。簡単に言えば泥棒を捕まえる仕事。小嶋も若輩の頃は殺人犯を追うことを夢見てたのだが、アラフォーの今は金無しおじさんを追う毎日だ。


今日は眠気と筋肉痛の足を引きずって出勤。朝早くから会議の招集がかかっていた。


「おい、ワンちゃん組も会議に参加しろだとよ。」


小嶋は朝から真剣な顔で捜査資料を読んでいる坂下の肩に手をつきながら言った。


「ワンちゃん組すか?いいっすねそれ!ワンちゃんのために捜査をする犬顔だった先輩と現犬顔の僕のコンビですから。」


坂下が勢いよく振り返ったので、小嶋は肩に置いた手を思わず離した。


「犬顔の自覚あるのかよ。てか俺は犬顔じゃなくて『犬が似合う顔』だからな。」


坂下は「そうでした。そうでした。」と言いながら読んでいた資料にペンを挟んで閉じた。


「この事件の資料を読んでんのか?関心だけど、俺らはあんまりこの事件に関われないと思うぞ。」


小嶋の予想に反して坂下は苦笑いだけで返事をした。

苦い顔のまま立ち上がり、「行きますか」と小嶋に声をかけ会議に向かった。


会議と言っても会議室で議論を交わす訳ではなく、課長のむろの元に集まって作戦とか事件について分かったことを話すものだ。

テニスコート程の広さの部屋の隅にある室のデスクの近くには一応いくつかの椅子と大きな机が置いてある。

6つしかないその椅子に『ワンちゃん組』が座れる訳もなく、2人は立って参加することになった。


「じゃあ連続窃盗事件の会議を始める。」

室の少し掠れた声で会議は始まった。

少し焼けたダンディな顔は、20コ下の新人女性警官でさえ惚れる危なさをもっている。

ちなみに小嶋とは訳あって犬猿の仲だ。


「じゃあ簡単に事件の概要を、森、頼んだ。」


「はい、通報があったのは約1か月前の7月26日。通報内容は『うちの家のオカネがいいなくなったからすぐに来て欲しい。』というものでした。しかし、捜査員が通報者の西山さんに話を伺うと、『オカネ』というのは飼っている犬の名前だということが分かりました。」

3回目の説明なのでさすがに誰も笑わなくなった。いや、坂下はまだ少しニヤけていた。


「さらに西山さんの話を訊くと、どうやら盗まれた犬は数万円のネックレスをはめていたそうです。また、西山さんの家には他にも2匹の犬がいましたが、どの犬にも打撲痕のようなものや傷跡があり、虐待の恐れがあると話を伺った捜査員は言っていました。」


森が読み終わると、室はわざとらしく音を立てて紙を持ち直した。


「で、そのー、犬の虐待について調べてたのは、ああ、小嶋か。報告よろしく。」


小嶋は、ため息を飲み込んでから答えた。


「はい、私と坂下で調べました。報告は坂下からさせます。」


「はい坂下です。では早速。捜査員が西山さんの家に伺ったときにいた、ロレックスちゃんとマダガスカルちゃんの体には虐待の後が見られました。体も細く、毛玉も多くあり、手入れもしっかりされていなかったようです。小嶋先輩と一緒にワンちゃんの虐待について西山さんにお話を伺いにいきましたが、『うちの家庭のことには首を突っ込まないでください』と言われ答えて貰えませんでした。それから、」

「もういいぞ。はい、次は間瀬ませ、報告。」


室は坂下の話を遮って言った。

小嶋は坂下の腰に手を回し、優しく2回叩き、間瀬の声で消えてしまうギリギリの声で「気にすんな。」と言った。

そう、こんなこと毎回気にしてたらやっていられない。

話を途中で切り上げられることも、話している時に他の奴らが爪いじっているのも、わざと欠伸の音をたてられるのも、日常だ。

5年前から。


坂下は小嶋の下についたばっかりに被害にあっている。というか、坂下が室から他の人とバディを組むこと提案されても断って小嶋と組み続けたからこうなっている。

その事に小嶋は必要のない罪悪感を感じずにはいられないのだ。


間瀬の話が終わると小嶋たち以外・・への作戦指示が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る