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第2話 愚痴

小嶋 昂大こうだいはもうウンザリだった。次は動物虐待の調査。気づけば、人間すら相手ではなくなっているではないか。


「てか動物虐待って警察で捜査するもんなんか?動物愛護管理法があるから刑事的に裁かなかんけど、俺らは動物愛護団体でもないし。環境省のお役人さんに任せれんのかよ。」


「違いますよ先輩。これは立派な窃盗事件の捜査の1つですから。まあ僕らがやらされてるのはワンちゃんのことですけどね。」


坂下が拗ねたように言った。

小嶋は大きくため息をついてから缶コーヒーを飲み干した。空の缶をコンクリートの上に置くと情けない音が鳴った。


アラフォー、独身、オマケに最近お腹が出てきた。小嶋の中途半端に満たされない日々の唯一の楽しみは、こうやって坂下とコーヒーを乾杯することだけになった。酒は飲めない。


坂下は小嶋とバディを組んでいる2年目だ。新人の割に仕事ができるし、何より小嶋の愚痴を聞いてくれる。

小嶋も坂下が何故そこまで付き合ってくれるかは分からないが、酷い時で1時間くらい愚痴を聞いてもらっている。ただし、坂下には毎回1缶しか奢らない。


「先輩はわんちゃん嫌いなんすか?」


犬みたいなやつに言われて小嶋は笑いそうになった。


「嫌いじゃねぇよ。昔、実家でヨークシャーテリア飼ってたからな。」


「似合わないっすね。」


「実家にいたときはもっとヨークシャーテリアが似合う男だったよ。」


「なんすかそれ。」


坂下は何がそんなに面白いのか、ツボにハマって苦しみだした。

坂下は落ち着いたらまた話し出した。


「先輩って彼女いないんすか?」


「なんで急にそんな話になるんだよ。」


「だって犬の話したら、」


言いきらないうちに坂下はまたツボり出した。

小嶋は坂下がどんなにふざけた自分の「ヨークシャーテリアが似合う顔」を浮かべてるか気になった。でも、また話題にしたら坂下が呼吸困難で死んでしまいそうだから小島は訊くのをやめた。


再び落ち着いた坂下は「捨ててきます。」と言ってゴミ箱に2人の缶を捨てに行った。小嶋から1度離れて落ち着きたかったからだ。

2人はいつもこのコンビニでコーヒーを買って飲んでいる。店内には小さなイートインスペースはあるが、長居してしまうと迷惑なので外で飲むことにしている。夜遅くにコンビニの前でたむろする刑事なんて全国見てもこの2人くらいだろう。


缶を捨てた坂下がおもむろに戻ってきてまた同じことを訊いた。


「そんなに俺の恋愛について興味あるのか?ないだろ?」


「ありますよ。だって先輩、そのボサボサの髪と青髭さえなければイケメンですから。」


「お前それ褒めてんのか?」


「はい、めちゃくちゃ。」


坂下のこんな適当な所が小嶋が気軽に話せる理由の一つだ。


「俺はいないよ。フリー。もし俺に彼女がいたら、毎日お前とこんな所でたむろってないで彼女とディナーでも行ってるよ。」


「えー僕を見捨てるんですか?」


坂下は本当に残念そうに言った。やっぱり犬みたいだと小嶋は思った。


「そういうお前こそ彼女いるんじゃないのか?お前カッコイイし、モテるだろ?」


坂下は小さな声で「まぁ顔はね」と言った。小嶋は小声で言われたせいでそれがボケているのか分からなくてスルーした。

坂下は小嶋の言うように整っていて、尚且つ可愛げのある顔をしている。オマケに身長もそれなりにあるのだから世の中不平等なものだ。

小嶋が坂下の様子を伺っていると、突然、坂下のなにかに火が付いた。坂下は滝のように文句を言い出した。


「モテるも何も、警察って出会いが少なすぎるんですよ。僕のタイプのピュアで可愛らしい子ってのが皆無。みんな強くて怖い人ばっかり。まあ、そんな女の人がいるだけましで、ほとんどの仕事は汗臭いおっさんとばっかりやらなきゃいけなし。どこに出会いがあるんだよって話ですよ。」


「まぁ、そうだな。」


小嶋は坂下の流れに乗った言葉を受け止めきれなかったが、「汗臭いおっさん」の部分だけは小嶋の網にかかった。


「あ〜、もう語りきれません、駅まで歩きながら話しましょう。」


「駅って目の前だけど。」


「違います。」


「まさか隣駅か。」


「いえ、先輩の家の最寄り駅までまで歩きましょう!」


「ええ…。」


小嶋は3駅先まで歩かされた。




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