第24話 食人植物の森の生活

 わたしは、かつて、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみうつる自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣たいけん背負せおい、ビキニみたいなふくて、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 仲間なかまは、人間の戦士せんし、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだった。

 今は、もう勇者ではないけれど、今でも勇者とんでくれる仲間なかまたちのために、このさきを生きよう。いつかまた、勇者となれる日を夢見よう。


   ◇


支柱しちゅうを立てて、なえ誘引ゆういんするんですよね。農村のうそん育ちなので分かります」

 勇者ゆうしゃは、体高たいこう十メートルくらいある植物しょくぶつモンスターを見あげた。

 黄緑きみどり色の太いくきの、上端じょうたんきばえた大きな青い花がく、白いっこで自走する、世にもめずらしい植物モンスターだ。こんなのはじめて見た。

 温厚おんこうな性格で、名前は『ハルちゃん』だと、巨乳きょにゅうエルフにいている。

「ここのやり方って、どんなかんじですか?」

 勇者の質問しつもんに、ハルちゃんは、太いくきから枝分えだわかれした茎の先にある大きなっぱで、器用きようひもむすんでみせる。

「だいたい分かりました。ありがとうございます」

 勇者はハルちゃんにうなずいた。

 ハルちゃんも勇者にうなずいた。

 不思議ふしぎかんじだ。

 勇者は賞金首しょうきんくびになっている。王国軍にき出すか、情報提供じょうほうていきょうでも賞金がもらえる、おたずものである。

 なので、仲間なかま貧乳ひんにゅうエルフの魔法まほう師匠ししょう巨乳きょにゅうエルフにかくまってもらうことになった。

 巨乳エルフも勇者と同じ賞金首で、食人植物しょくぶつ蔓延はびこる森の中にきょかまえる。ボロボロのいえみ、植物モンスターのハルちゃんと一緒いっしょに、研究けんきゅう生活を謳歌おうかしている。

 勇者は居候いそうろうなので、家事かじはたけ仕事にせいを出す。もともと農家のうかだったので、れている。なつかしさすらかんじる。

 畑の土に、支柱しちゅうとなる木のぼうす。たてに刺した木のぼう同士を、よこんだ木のぼうむすんで固定する。支柱に、なえゆるく固定する。

勇者ゆうしゃちゃん! ちょっと、お使いをたのまれちゃあくれないかい?」

 ボロボロの家の中から、女のハスキーな声がこえた。

「はーい。しですか?」

 勇者は手の土をはらとしながら、ボロ玄関げんかんへとあるく。

 おくくらがりから、巨乳きょにゅうエルフが出てきた。一歩ごとに、巨乳がれた。

 巨乳エルフは、エルフ特有とくゆうの長くとがった耳の、地面にとどくほど長くやわらかい茶色のかみの、がさつな印象いんしょうの美女である。薄緑うすみどり色の長いローブをまとい、外見的には弟子でし貧乳ひんにゅうエルフよりも年上の、大人の女である。

「ああ、買い出しをたのむ。いつもの小屋こやで、いつものオッサンがってるはずさ。このかみふくろわたして、荷物にもつを受け取ってきておくれ」

「はい、分かりました」

 勇者は、巨乳きょにゅうエルフから手のひらサイズのメモがみと、手のひらサイズのあさ小袋こぶくろを受け取った。これまでにも、何度か同様どうようのお使いをこなしていた。

身支度みじたくしてから、行ってきます」

「ローブとフードをわすれるんじゃないよ。だれにもかおを見せないこと、必要ひつよう以上にしゃべらないこと。約束やくそくだからね」

 巨乳エルフは、が子の心配しんぱいをする顔で、いつも同じ注意ちゅうい事項じこうり返す。気にかけてもらえることがうれしくて、勇者はいつも微笑びしょうしてうなずく。

「はい。気をつけます」

 勇者がここに居候いそうろうするようになってから、すうか月が経過けいかした。森にかこまれた隠遁いんとん生活にも、すっかり馴染なじんだ。このまま余生よせいごすのもわるくないかも、と思いはじめていた。


   ◇


みちまよいました……」

 勇者ゆうしゃつぶやいた。ついさっき、馴染なじんだ、と思った矢先やさきに、だ。

 真顔まがおなやむ。目的地の方向が分からない。

「ここは、どこでしょうか……」

 森の中にいる。食人植物しょくぶつのいない、安全そうな森である。

 だから、現在地げんざいちが分からない。食人植物の蔓延はびこ危険きけんきわまりない森しか、知らない。

 食人植物の森なら、赤黄まだらのヒトトリグサからむらさき色のオオツボカズラの方にすすめば家にくとか、カギセンゴケの群生地ぐんせいちの近くに川があるとか、分かる。にわ同然どうぜんくわしい。

 巨乳きょにゅうエルフにもらった地図を広げた。危険な森の周囲しゅういの安全な森はいくつかあるから、どの方角ほうがくに進めばいいのか可能性かのうせいしぼれるのだ。多少たしょうは時間がかかるだろうし、かえりはおそくなるだろうけれど、仕方しかたない。

「……あっち? いいえ、あっちでしょうか?」

 地図を見ながら、進行方向をまよう。できれば、運良うんよ正解せいかいに進みたい。

「キャーッ?!」

 少女の悲鳴ひめいこえた。

 勇者はかおをあげて、周囲しゅういを見まわした。地図をふところにしまって、け出した。悲鳴は近かった。

 フードをはずす。ローブを風になびかせ、木々の間をうようにける。やぶえ、木のみきって、木から木へとね、草をむ。

 武器ぶきは、小剣ショートソードがある。大剣たいけん目立めだつので、いえいてある。

 赤いよろい水着みずぎみたいなふくも、目立つのでタンスのおくにしまってある。普段ふだんは、農村のうそん主流しゅりゅうかざのない作業着さぎょうぎている。

 いた! 同い年くらいの、少女だ。こしかして、森の中の小道こみちすわり込んで、目の前のモンスターからのがれようと、ふるえる手足で土をいているところだ。

 モンスターは、体長三メートルくらいの、おおかみ系統けいとうに見える。よごれて赤茶色のボサボサの毛並けなみで、汚れたつめで地面をえぐり、汚れたきばで汚れたよだれらす。黒一色の目が、狂気きょうきかんじる光り方をする。

 目の前の人間を獲物えものとしか、殺して食うことしかかんがえていない。凶暴きょうぼうなモンスターの典型てんけいだ。

「今、たすけます!」

 勇者はさけんだ。木を強くり、木の葉のざわめく音をたてて、みきねた。

 おおかみの注意が、勇者に向いた。

 土の小道に着地ちゃくちする。ひざをクッションにして、減速げんそくなくけ出す。右手にショートソードをにぎり、ローブの隙間すきまから出す。素早すばやみ、やいばたてりおろす。

 狼は、後方へと跳躍ちょうやくしてかわした。反撃はんげき素振そぶりも、たたかいのうごきのみ立てもなく、ただ大きくかわしただけだった。不意ふい邪魔じゃまが入ったくらいで、モンスター特有とくゆうのギラギラとした殺気が消えていた。

 おぼえがある。魔熊まくまのときとている。狡賢ずるがしこ魔獣まじゅうの戦い方である。

 魔熊は、勇者と死闘しとうえんじながら、ここぞの場面でろうドワーフにねらいを切りえた。殺しづらい勇者ではなく、殺しやすい老ドワーフを先に殺そうとした。むしろ、最初さいしょからそういう作戦さくせんだったのかも知れない。

「……えっと、つまり?」

 勇者は、地面をんだ足で急ブレーキをかける。おおかみっ込むのをやめて、後方へと跳躍ちょうやくする。跳躍の先には、おそわれておびえる少女がいる。

 バサバサッ、と後方の草葉がさわぐ音がした。

 背後を確認かくにんすることなく、ショートソードで後方を横薙よこなぎする。にく手応てごたえがある。回転かいてんする視界しかいに、別の狼が入って、血をいてたおれる。

 つまり、このおおかみは二体一セットでりをしていたのだ。予想外よそうがいで、ちょっとビックリした。反射神経はんしゃしんけいだけで対処たいしょできて良かった。

魔熊まくまくらべると、たいしたことありませんね」

 ビックリしたのがずかしくて、虚勢きょせいる。っ込んでくるのこりの狼を、ショートソードの一振ひとふりで、袈裟懸けさがけに両断りょうだんする。

 つぶれるみたいにたおちた肉塊にくかいから、血がいた。雨みたいにって、茶色のローブに赤黒いシミを作った。金色のかみと、白いはだを、赤くよごした。

「ああ……。またやってしまいました……」

 モンスターの血で全身が汚れて、勇者は呆然ぼうぜんと立ちくした。おそわれた人が無事ぶじだったのだから、まあいいか、とも思った。


   ◇


勇者ゆうしゃちゃん! おそかったじゃないか! 何かあったのかい!?」

 草むらをうろうろしていた巨乳きょにゅうエルフが、勇者に気づくなり大声をあげた。日没にちぼつ前なのに、一晩ひとばんねむれなかったみたいなやつがおだ。

「すみません。色々とありました」

 勇者は、道にまよったことと、モンスターにおそわれた人をたすけて村まで送ったこと、是非ぜひともおれいをとさそわれてことわりきれなかったこと、おフロをりておちゃをご馳走ちそうになって村長にまで感謝かんしゃされたことを話した。

「やっぱり不味まずかったですよね。すみません」

 巨乳エルフがしぶ表情ひょうじょうをするので、先にあやまる。

 自分でも、不味いと思った。かたくなにお礼がしたいとせまられて、かたくなにことわつづけるのも不自然ふしぜんかと、折れてしまった。ひどにおいのする体と服をあらいたかったのも、否定ひていできない。

「ほんの数か月前まで勇者だったんだ。見殺しになんてできないさね」

 巨乳きょにゅうエルフは、つぶやくように答えて、あごに手を当て、思案顔しあんがおあるく。前に数歩すうほすすみ、まわれ右して数歩進み、とり返す。巨乳がれる。

「だけど、たしかに、不味まずいねえ。とくに、村長にかおを見られたのが、不味い。村長ってのは、村の情報じょうほう総括そうかつしてるし、おたずね者には特に敏感びんかんだよ」

「じゃあ、しばらくはかくれてた方がいいですよね。あっ、もしかして、王国軍がここに来ちゃったりします?」

 勇者は、自分がかんがえていたよりも不味まず事態じたいだと、気づいた。おのれ軽率けいそつさを後悔こうかいした。が身の危険きけんは今さらでも、巨乳エルフにまで危険がおよぶかも知れないのだ。

「いやいやいや。ここまでめてくる度胸どきょうは、軍のヤツらにはないさね。来たら来たで、アタシも賞金首しょうきんくびだし、返りちにする準備じゅんびくらいできてるってもんよ」

 巨乳きょにゅうエルフは気丈きじょう振舞ふるまう。大口をけて、アハハと楽観らっかん的にわらう。勇者に心配しんぱいさせまいとしてだと、勇者にも分かる。

「でも、ここにはいない方がいいだろうね。あっ、別に、厄介払やっかいばらいとかじゃあないんだよ。むすめができたみたいで毎日たのしいし、アタシは一緒いっしょにいてほしいんだけどね」

 唐突とうとつなみだぐむ巨乳エルフを、ハルちゃんが大きな葉っぱででてなぐさめた。

「分かってます。わたしがいると、軍が何をしてくるか分かりませんから。手段しゅだんえらばず、この家や、森や、近隣きんりんの村にまで被害ひがいが出るかも」

 もらい泣きして、勇者も涙ぐむ。

荷物にもつまとめてきます。日没にちぼつ前には出発します。お世話になりました」

 勇者は、なみだをローブでぬぐって、無理に微笑ほほえんだ。巨乳きょにゅうエルフにあたまをさげた。

ちな。出立しゅったつは明日の朝にしときな。勇者ちゃんには、大事だいじな話があるんだ」

 巨乳エルフが、勇者のかたやさしく手をいた。涙がこぼれないように我慢がまんして、かおも手も巨乳もふるえていた。


   ◇


 勇者ゆうしゃは、食人植物しょくぶつの森をけた。ちょっとまよった。家を朝に出て、今は太陽が真上まうえのぼっていた。

 ローブとフードをかぶっているから、日差しは気にならない。湿しめっぽいのと、歩き通しであつい。ローブの前をけて、パタパタとって、風を通す。

 まずは、安全な森の小道こみちを、近くの村に向かう。村長に、この地をはなれるむねを伝えて、森や村の安全を確保かくほしたい。反逆者はんぎゃくしゃはもうここにはいない、と分かれば、王国軍も無茶むちゃはしまい。

「……あっ」

 小道の左右の森の中から、軍の兵士がび出した。数十人で、勇者を包囲ほういした。全員が、金属鎧きんぞくよろい長剣ちょうけん丸盾まるたて武装ぶそうしていた。

 部隊ぶたい指揮官しきかんらしき全身よろい騎士きしが、ガチャガチャと鎧をらし、勇者の前方にあゆみ出る。十メートルほどの距離きょりで、近づいてこようとはしない。

「王国軍である! フードを取れ、たびのもの!」

 重厚じゅうこう傲慢ごうまん威圧いあつ的な声だった。

「……はい」

 勇者は、荷物にもつの入った革袋かわぶくろを道にいた。ローブのかたに手をかけ、フードごと、いきおいよくいで投げあげた。

 兵士たちが騒然そうぜんとなった。一目で、それがだれだか理解りかいしたからだ。

 少女だった。

 金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣たいけん背負せおい、ビキニみたいなふくて、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 かつて、その少女は勇者とばれていた。

「見つけたぞ、反逆者め! 大人しくつかまれ!」

 騎士きしが、怒声どせいをあげた。

 兵士たちが、武器ぶきかまえる。

 勇者は、背負せお大剣たいけんつかを、肩越かたごしに右手でにぎる。魔法まほう式のはずれる。

「その程度ていどの戦力で、わたしにてると思いますか?」

 勇者の、しずかで感情かんじょううすおど文句もんくに、兵士たちが騒然そうぜんとなった。

 村に行くのも、このおどし文句も、巨乳きょにゅうエルフの知恵ぢえである。勇者にそんな機転きてんはないし、かんがえるのは苦手にがてである。

 道中で軍に遭遇そうぐうしたのは、好運こううんだった。手間てまはぶけた。おどして、大人しく撤退てったいしてもらえれば、万々歳ばんばんざいだ。

 ただし、軍が撤退てったいしなかった場合は、実力行使しかなくなる。覚悟かくごしておくようにと、巨乳エルフにねんされている。つかまるわけにはいかないのだから、相応の覚悟はできているつもりである。

めるな! 部隊ぶたいは、過酷かこく戦闘せんとうを生きいた精鋭せいえいぞろいである! てきりゅうであろうとも、怖気おじけづくものはいない!」

 騎士きし重低音じゅうていおんえた。声に、恐怖きょうふふるえはなかった。

 好運ではなかったかも知れない、と勇者は動揺どうようした。自分が怪我けがをしないように、相手にもなるべく怪我をさせないようにげるのは、むずかしそうだ。

 兵士数人が、小走こばしりで近づいてくる。勇者は、背中の大剣をむねの前にかまえるかまよう。構えたら、後に引けなくなりそうな気がする。

 兵士たちが、勇者の前にならび立った。長剣をさやおさめ、かぶといだ。

「ご無沙汰ぶさたしております、勇者様。おぼえていらっしゃらないとは思いますが、以前にご一緒いっしょさせていただいたものです」

 話しかけてきたのは、二十代の青年だ。とてもうれしそうな表情で、あこがれにひとみかがやかせていた。

「……あ、もしかして、ケルベロスのときの御者ぎょしゃさんですか?」

 勇者はビックリして、世間話せけんばなしのテンションで普通ふつうに返答した。

「そうです! そうです! 覚えていていただいて、感激かんげきです!」

「あ、あの、自分は」

「アースワームのときの、砂漠さばく駐留ちゅうりゅう軍の兵士さんですよね?」

「はい! 自分、あのときの功績こうせきで、王都おうとの中央軍に配属はいぞくされました。つまも子も、おだやかな環境かんきょううつれてよろこんでおります」

「そちらのあなたは、古竜こりゅうのときにおいしましたよね。本当に、精鋭せいえいぞろいの部隊なんですね」

 知り合いに会えて、何だかうれしい。声が明るくかるくなる。すごんで追いはらう予定が、なごやかに談笑だんしょうしてしまう。

「ばっかもーん! 反逆者とれ合うやつがあるか! 早く捕縛ほばくしろ!」

 騎士が怒鳴どなった。

「その命令にはしたがえません、部隊長。勇者様に命をすくわれた身です。勇者様は反逆者などではないと、信じております」

 勇者と談笑だんしょうする兵士が、真顔まがお反論はんろんした。

 騎士の舌打したうちがこえる。

むをん。反逆者をらえよ。邪魔じゃまする裏切うらぎり者はってかまわん」

 騎士きしの非情な命令に、勇者を包囲ほういする兵士たちがうごき出す。勇者は包囲のうす箇所かしょさがす。斬り合いが始まる前に、強行突破きょうこうとっぱするしかない。

 包囲にいる数人の兵士が、かぶといで、道にとした。

両親りょうしんむ村を守っていただいた、といております。いつか機会きかいがあれば感謝かんしゃを伝えてほしい、とたのまれておりました」

おとうとが海兵部隊に所属しょぞくしております。たびに、勇者様がいらっしゃらなければおぼれ死んでいた、とかされます」

砂漠さばく都市としに体のよわいもうとがおります。モンスターの襲撃しゅうげきいて急いで向かったのですが、昨日さくじつに都市の目の前で勇者様が両断りょうだんした、すごかった、とたのしげに話されました。もしも勇者様がいらっしゃらなかったらと、自分は、うぐっ、うぐっ……」

 口々に感謝かんしゃべてあたまをさげる。泣き出す兵士までいる。勇者は困惑こんわくする。

 兵士たちが、かぶといで、道に落とす。ガランガランと金属音で、足元にころがる。だいたい半数くらいが、勇者のがわに立ち、勇者に背を向ける。

 兵士の半数が勇者に味方みかたするのであれば、のこりの半数の騎士側にち目はない。

「ぐぬぬ……。うむ、これなら、むを得ん! 撤退てったいする!」

 くやしげにうめくのに、どこか安堵あんどしたような騎士の命令だった。


   ◇


「皆さん、ありがとうございましたーっ!」

我々われわれでお役に立てることがありましたら、またいつでもどうぞ!」

 かぶとかかえて立ち去る兵士たちが笑顔えがおで手をるので、笑顔で手を振り返す。何だか好運こううんにもたたかわずにんだようである。日頃ひごろおこないが良すぎたのだろうか、と調子ちょうしに乗って微笑ほほえむ。

 日はまだ高く、くも一つない快晴かいせいで、森の小道はまぶしいくらいに明るい。

 村に必要ひつようは、もうない。ぐ目的地に向かう。意気揚々いきようようと、小道をあるく。

 勇者と呼んでもらえたのが、うれしかった。彼らにとっての自分が、まだ勇者であることが、とてもうれしかった。

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かつて勇者だったものが勇者でなくなったら、それは何と呼ばれるのだろうか。答えをかんがえるだけで、消えてしまいたいくらいにこわかった。

 ああ、でも、わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。勇者と呼ばれる、金色の長いかみの、華奢きゃしゃな美少女だった。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第24話 食人植物しょくじんしょくぶつもり生活せいかつ END

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