第23話 わたしは賞金首になっていた

 わたしは、かつて、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみうつる自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣たいけん背負せおい、ビキニみたいなふくて、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだった。

 今は、もう勇者ではないけれど、かつての仲間たちは、わたしを勇者と呼んでくれるだろうか。


   ◇


 勇者ゆうしゃきた。

 白いベッドの上だった。

 薄茶うすちゃ色の、無地むじ寝巻ねまきている。ベッドは、ちょっとがった木のいたまれる。ゆか天井てんじょうかべも、不揃ふぞろいな木造もくぞうである。

 小さな木のテーブルの上に、古ぼけたランプがある。まどは、ガラスでなくて木製もくせい鎧戸よろいどになっている。

 ここが何処どこかを示すものが他にないかと、さがす。部屋へやの中を、すみからすみまでくまなく見まわす。

 ちょっとななめの木のとびらが、てつけわるそうにきしんで、ひらく。

「あっ!」

 僧侶そうりょと目が合った。

「みみみみみなさんっ! 勇者さんが目をましましたですぅーっ!」

 おどろあわてて部屋を出ていった。相変あいかわらずの高くて可愛かわいらしい声だった。

もどってきました……」

 勇者はつぶやいた。

 ゆめでも見ていた気分だ。こっちが夢か、あっちが夢か、どっちも夢か、なんてかんがえるのは、やめた。考えるのは苦手にがてだ。

 ドタドタとあわてる足音がこえる。部屋へやに、戦士とエルフと僧侶と僧兵そうへいが入ってくる。

 かつて勇者には、三人の仲間なかまがいた。男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然少女僧侶てんねんしょうじょそうりょだ。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳はたちぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有とくゆうの長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族しゅぞくで、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢こうまん御嬢様おじょうさまである。

 僧侶は、村の教会でも見かけるような国教こっきょう僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターとたたか僧兵そうへいである。天然てんねんっぽい少女である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこ十代半じゅうだいなかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者にちかい。

「本当に良かったですぅーっ!」

 僧侶が、うれしさに泣きながら、勇者にきついた。

「あ、あの、みんな、ご迷惑めいわくをおかけしました」

 勇者は、気まずさをかおに出して、あたまをさげた。

 迷惑めいわくとか気まずいレベルの話ではない。おぼろげな記憶きおくただしければ、スライムに操(あやつ)られていたとはいえ、エルフを四回殺しかけた。王国軍をすう百人は殺戮さつりくした。

「気にすんな」

 戦士が、近所の気さくなお兄さんみたいにわらった。

従者じゅうしゃ面倒めんどうを見ますのが、主人しゅじんたるもののつとめでしてよ」

 エルフが、羽扇はねおうぎ口元くちもとかくして、えらそうにり返った。

「神は、やみ、つぐなうものをおゆるしになります。これから、ゆっくりと、贖罪しょくざいの道をおさがしください」

 僧兵そうへいが、四十男の低くしぶ美声びせいで、おだやかにげた。

 僧兵は、僧侶の先輩せんぱいで、人のあたまよりも大きな棘鎖鉄球モーニングスターこしにさげた、ハゲマッチョだ。

 背の高いマッチョの戦士よりも大男でマッチョで、国教こっきょうの僧兵と分かる、鎖帷子くさりかたびら聖布せいふじった防具ぼうぐまとう。防具の質感しつかんが布に近いので、マッチョが一段いちだん際立きわだつ。

「本当に、ごめんなさい。それから、ありがとうございます」

 勇者は、もう一度、あたまをさげる。仲間のやさしさに安堵あんどし、うれなみだこぼれる。

「さておき、まずは、勇者をどこにかくまいますか、ですわね」

 エルフが、羽扇はねおうぎ口元くちもとかくして、戦士に確認かくにんした。食後の紅茶こうちゃ要求ようきゅうするときみたいな、日頃ひごろと変わらない口調くちょうだった。

「勇者には、ショックな事実じじつを伝えなきゃならない。じつは、勇者は、王国に懸賞金けんしょうきんをかけられて、高額こうがく賞金首しょうきんくびになってるんだ」

 戦士が、深刻しんこくかおげた。

「それはまあ、仕方しかたないですよね」

 勇者は、失意しついかたとしながらも、無理むり微笑ほほえんだ。

 覚悟かくごを決めてもどってきたのと、エルフのネタバレ発言とで、思ったほどのショックはない。自分がおたずね者になってしまって、もう勇者ではない、との事実はかなしい。

「国が相手ですからな。中途半端ちゅうとはんぱ通用つうようしませぬぞ。それなりの規模きぼかく必要ひつようとなりましょう」

 僧兵が、ダンディに、相槌あいづちを打った。

「エルフのとことかどうだ? 貴族きぞくなんだろ?」

露見ろけんしましたら、当家とうけが取りつぶされてしまいますわ。冗談じょうだんではございませんことよ」

 戦士の思いつきに、エルフが蒼褪あおざめておこる。

「貴族は打算ださんうごきますのよ。反逆はんぎゃく者をかくまうリスクは、絶対ぜったいおかしませんわ」

「じゃあ、王族おうぞくだったらどうだ? 隣国りんごくの王族に知り合いがいるんだ」

戦争せんそうきますわよ」

 再度さいどの思いつきを口にした戦士を、エルフがおに形相ぎょうそうにらんだ。

「そ、それはそうだな。まん」

 戦士が意気消沈いきしょうちんした。戦士がしょんぼりするのを、勇者ははじめて見たかも知れない。

 冒険ぼうけんのあれこれは、戦士がくわしい。政治せいじ関連かんれんは、貴族きぞくのエルフが詳しい。宗教しゅうきょう関連は、きっと僧侶そうりょが詳しいにちがいない。

教会きょうかいも同じくですな。どれほど辺境へんきょうの教会でかくまおうとも、情報じょうほう確実かくじつ王都おうとへとつたわってしまいましょう」

 僧兵が、ダンディに、無念むねんを口にした。

「おやくに立てず、ごめんなさいですぅー」

「いいえ。こちらこそ、面倒めんどうばかりおかけします」

 きついたままの僧侶のピンクがみを、やさしくでる。いまだに自分を勇者とび、力をくしてくれる仲間たちには感謝かんしゃしかない。

予想よそうの通りともうしますのかしら。平民へいみんみなさんは、このような事態じたいには役立やくたたずであそばしますのね」

 エルフが、あきがおで言いはなった。相手の神経しんけい逆撫さかなでする、挑発ちょうはつ的な口調くちょうだった。

「だったら、エルフには当てがあるってのか?」

 戦士が安い挑発ちょうはつに乗った。戦士とエルフは、相変あいかわらずうまが合わない。

「できればたよりたくありませんでしたけれど、一つだけ、当てがありましてよ」

 エルフは、ほこったドヤがおり返った。目の光に、上品じょうひんわらい声に、絶対の優越感ゆうえつかんが見てとれていた。


   ◇


 エルフが、ボロボロの木のとびらの前に立ち、いきおいよくった。バンッ、と乱暴らんぼうひらいた。った足を、しゃがんで、さすった。

 勇者ゆうしゃは、いたかったのだろうか、と困惑こんわく気味ぎみに見つめる。

 食人植物しょくぶつ蔓延はびこる森のおくの、大きくてボロボロの平屋ひらや一軒家いっけんやである。いえまわりは、木々にかこまれ、ひらけた草むらになっている。はたけもある。

「また来たのかい? りない弟子でしだねえ」

 ボロくらおくから、女のハスキーな声がこえた。たのしそうにわらっていた。

 ボロの中の暗がりに、巨乳きょにゅうエルフのシルエットがかぶ。ボロづくえの間を通って、入り口へと近づいてくる。シルエットでも、一歩ごとに巨乳がれるのが分かる。

もと弟子でしですわ。もと師匠ししょう

 エルフは不快ふかいを声にめた。エルフはエルフには一般いっぱん的な貧乳ひんにゅうであり、れない。微動びどうだにしない。

 ボロから、巨乳きょにゅうエルフが出てくる。勇者たちの前にすすみ、立つ。

 エルフ特有とくゆうの長くとがった耳の、地面にとどくほど長くやわらかい茶色のかみの、がさつな印象いんしょうの美女である。薄緑うすみどり色の長いローブをまとい、外見的には勇者の仲間の貧乳ひんにゅうエルフよりも年上の、大人の女である。

「ほほぅ。今日は、仲間なかま一緒いっしょかい。こんなままむすめとパーティーをむなんて、物好ものずきもいるもんだねえ」

 勇者たちを見て、巨乳エルフがおどろいた。うれしそうでもあった。

高貴こうきなエルフにして優秀ゆうしゅう魔法まほう使いですから、引く手数多あまたでしてよ」

「エルフさんの師匠ししょうさんなんですね。はじめまして、もと勇者です」

 勇者は、かおかくすフードをはずして、会釈えしゃくした。ここまで、茶色のボロ布みたいなローブとフードをて、正体しょうたいを隠してきた。

「魔法使いとしての実力はみとめるが、トラブルメーカーすぎる」

美味おいしそうなお野菜やさいですね」

「うむ。色艶いろつや素晴すばらしい。土が良いのでしょうな」

 全員が勝手かってしゃべる。

 先導せんどうのエルフと、勇者と、戦士せんし僧侶そうりょ僧兵そうへい結局けっきょく一緒いっしょに来た。僧兵は、ある意味いみ部外者ぶがいしゃなのに、途中とちゅうで投げ出すのは信念しんねんはんする、とダンディに助力じょりょくもうし出てくれた。肉体的にも精神せいしん的にも立派りっぱ人物じんぶつだ。

「なるほど、元勇者かい。世俗せぞくにはうとくても、うわさいてるよ」

 巨乳きょにゅうエルフが、思案顔しあんがお腕組うでぐみし、あるく。前に数歩すうほすすみ、まわれ右して数歩進み、とり返す。巨乳がれる。

事情じじょうさっしがつくよ。先代せんだい勇者の選考せんこうにはアタシもかかわったし、ともにモンスターとたたかったからねえ」

「えっ?! 先代の勇者さんですか?!」

 勇者はおどろいた。貧乳ひんにゅうエルフをふくむ他の全員もおどろいていた。

初耳はつみみでしてよ、元師匠もとししょう

「先代の勇者ってえと、何十年前だ?」

「それは素晴すばらしい。冒険譚ぼうけんたんを、是非ぜひともおうかがいしたいですな」

「はいっ! 質問しつもんですぅー! ロマンスなお話とか、ありましたか?」

「おやおや、きたいかい? そりゃあもう、アタシと勇者の、あつえるような」

「おやめなさい。年寄としよりの思い出話なんて聞いていては、れてしまいますわ。ワタクシは、豪華ごうかホテルのふかふかのベッドで休みたいの」

 全員が勝手かってしゃべる。勝手にうごく。

「まったく、相変あいかわらず面白おもしろみのない弟子でしだねえ。それと、アタシはまだまだ若いんだよ。ピチピチだよ」

 巨乳きょにゅうエルフが、これ見よがしに巨乳をらしてみせた。貧乳ひんにゅうエルフが、くやしげにうめいた。

 なかの良い師弟していだなあ、と勇者は微笑びしょうする。

 賞金首しょうきんくびになったからと、苦悩くのうはない。もどりたくて戻ってきた世界だ。自分がなりたい自分を目指す以外はかんがえてもいない。

 考えるのは苦手にがてだ。

ようするに、アタシのいえで勇者をかくまえばいいんだろ?」

「そうでしてよ。モンスターの蔓延はびこる森の中でしたら、人目が入る可能性かのうせいは低いですから。おなじ賞金首同士どうし問題もんだいはございませんでしょう?」

「エルフさんの師匠ししょうさんも、賞金首なんですね」

わるいことなんて、これっぽっちもしちゃあいないよ。王国の意向いこう沿わなかったから、犯罪はんざい者に仕立したてあげられたのさ」

「やりましたわよね? 自覚じかくがないだけですわよね?」

「勇者さんと一緒いっしょ境遇きょうぐうなんですね。かわいそうですぅー」

 僧侶が巨乳きょにゅうエルフのあたまでる。

「おやおや、やさしいだねえ。まま弟子でしの仲間には勿体もったいないくらいだ」

 巨乳エルフが僧侶のあたまで返した。

 全員が勝手かってしゃべる。勝手にうごく。

 そこから先は、なぜか、エルフの修業しゅぎょう時代の話になった。今よりもまま傲慢ごうまんだったと、衝撃しょうげきのエピソードの数々かずかずかされた。


   ◇


 かたむく。木々の天辺てっぺん太陽たいようがかかる。

勇者ゆうしゃちゃんのことは、アタシにまかせときな。できるかぎりの助力じょりょくはしてやろう」

 巨乳きょにゅうエルフには、勇者ちゃん、とばれることになった。一応まだ、勇者だ。

「よろしくおねがいします」

 勇者は巨乳エルフにあたまをさげた。今日だけで何回頭をさげたか、おおすぎておぼえていない。

 貧乳ひんにゅうエルフ以外が、勇者と同様どうように頭をさげる。貧乳エルフはプライドの高いへそがりなので、おいそれと頭をさげたりしない。

弟子でしは、歴代れきだいの勇者がどうなったのか、を調しらべてみな。勇者とは何なのか、をかんがえるヒントくらいは見つかるさ」

もと、弟子ですわ」

 貧乳ひんにゅうエルフが、忌々いまいましげに舌打したうちした。れる巨乳きょにゅうにくらしげににらんだ。

 貧乳エルフは貧乳なので、れない。微動びどうだにしない。

「じゃあ、勇者は、しばらくここで隠遁いんとん生活しててくれ。ほとぼりがめたら、知らせる来るぜ」

 気さくなお兄さんみたいにわらう戦士と、握手あくしゅわす。

「何から何まで、ありがとうございます」

「いいってことさ。オレたちの方こそ、勇者に何度たすけられたか分からないからな」

「そのとおりですぅー」

 僧侶が笑顔えがおで、小柄こがらな体を全部うごかして、大きくうなずいた。大きなむねも大きくれた。

「みんなは、これからどうするんですか?」

「オレは、のんびり冒険者ぼうけんしゃ稼業かぎょうもどるぜ。名指なざしで依頼いらいが来てるしな」

「私は、教会きょうかいのおつとめです。王都おうとの教会に赴任ふにんが決まりました」

「ワタクシは、優秀ゆうしゅう魔法まほう使いですから、引く手数多あまたもうしあげましたでしょう? 本当は、浮世うきよ喧騒けんそうはなれまして湯治とうじでもと思っておりましたのに、残念ざんねんですわ」

「みんな、わたしのトバッチリはなさそうで良かったです」

 もう一度、全員と握手あくしゅわす。

「ハハッ。そんなにヤワじゃないさ。またおう」

「はい。いつかまた、みんなで冒険ぼうけんしましょう」

 再会さいかいちかい、みんなの背中を見送った。森の中に消えて見えなくなっても、ずっと手をった。みんなとかたならべてあるけないことが、かなしかった。


   ◇


 わたしは、かつて、勇者ゆうしゃだった。

 何が現実げんじつで何がゆめか分からない世界でも、勇者である自分がほこらしかった。夢でもかまわなかった。

 今はもう、勇者ではない。だから、今でも勇者とんでくれる仲間なかまたちのために、この先を生きよう。いつかまた、勇者となれる日を夢見よう。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第23話 わたしは賞金首しょうきんくびになっていた END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る