第22話 浅花中学二年三組

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみうつる自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣たいけん背負せおい、ビキニみたいなふくて、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおかった。毎日のように、退治を依頼いらいする書簡しょかんとどいた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだった。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがると振りまわす。それはとてもアンバランスな状況じょうきょうで、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。


   ◇


 わたしは、きた。

 白いベッドの上だった。

 赤い花柄はながらの、白い半袖はんそでたんパンのパジャマ姿すがたである。おなかに、うす黄色きいろのタオルケットがかかっている。

 自分の呼吸こきゅうあらみだれる。あせだくで、パジャマもれる。

 理由は分かっていた。おそろしい悪夢あくむを見たからだ。

「おねえちゃん、大丈夫だいじょうぶ? うなされてたみたいだったよ?」

 同じ部屋へや本棚ほんだな区切くぎった向こうから、いもうとかおを出した。

 妹だ。小学生で、こしくらいの長い黒髪くろかみで、華奢きゃしゃで、お人形にんぎょうさんみたいに可愛かわいい。

「うん、大丈夫だいじょうぶだよ。ちょっとこわゆめを見ただけだから」

 わたしは、蒼褪あおざめた顔で、無理むり微笑ほほえんで、あかるい声で答えようとつとめた。

 自分の部屋へやである。一戸建いっこだての二かいにある広い部屋で、中央を本棚ほんだな区切くぎって、妹と二人で使っている。今すわっているベッドと、つくえとイスと、クローゼットと本棚ほんだなと、他の色々が入った収納しゅうのうボックスがある。

 机の上の手鏡てかがみつかみ、自分の顔をうつした。金色の長いかみで、美少女だった。ちょっとビックリした。

 でも、つかれた表情ひょうじょうをしている。絶望ぜつぼうして、目の光をうしなっている。

「ねぇ、おねえちゃん。なやみがあるなら、いてあげようか?」

 部屋の境界線きょうかいせんえたいもうとが、ベッドにすわって、わたしにかたせた。ピンク色の花柄はながらの、白い半袖はんそでたんパンのパジャマ姿すがただ。おそろいだ。

「べ、別になやみとかじゃ……」

 ことわりかけて、まよう。どうせゆめの話なのだから、かくすことじゃない。話して問題もんだいないし、気持きもちがらくになるかも知れない。

「えっと、夢の話なんだけどね」

 わたしは、夢の中で勇者ゆうしゃだったことを、妹に話すことにした。


「おねえちゃん、大変だったね。かなしかったね」

 いもうとが、目になみだめて、わたしのあたまを両うでかかえ、きしめた。

 ふくらみ始めのむね感触かんしょくがある。やわらかくて、あたたかい。あまかおりがする。

「うん。ゆめだとしても、かなしかったの。わたしは、勇者とばれて、ほこらしかったの」

 わたしの目にもなみだがあった。目のはしからこぼれて、ながれた。

「おねえちゃんはわるくないよ! 悪いのは、そのコクオウってやつらだよ!」

「それは、まあ、そうなんだけどね」

 反応はんのうこまる。

 国王がらみのあれやこれやでスライムに寄生きせいされたのは間違まちがいない。原因げんいんは、自分ではないところにある。

 しかし、この手で殺戮さつりくり返したこともまた事実だ。スライムにあやつられるままに、幻覚げんかくに受けて、違和感いわかんを気にもせず、抵抗ていこうを思いつきもしないで、だ。

 勇者でありながらスライムにあやつられた自分がくやしい。結果けっか的におおくの犠牲ぎせい者を出してしまったことが、がたい。

「でも、やっぱり、わたしにはもう、勇者の資格しかくはないんだよ」

 いもうと華奢きゃしゃな体にきつく。ふくらみ始めのむねかおしつける。かなしさだけが、心の中にある。

「勇者の資格なんて、最初さいしょから存在そんざいしないよ! 大事だいじなのは、おねえちゃんがどうしたいか、だよ!」

 妹が力説りきせつした。はげまそうとしてくれているみたいだった。

「わたしが、どうしたいか……?」

 わたしは、困惑こんわくした。自分がどうしたいかなんて、かんがえたこともなかった。


   ◇


「おはよー」

 教室きょうしつに入る。自分のせきすわる。

 学生なので、学校に来た。

 市立いちりつの、ありふれた、ごく普通ふつうの中学校である。校区内の普通の中学生たちが、普通にかよう。特別とくべつな何かなんて、本当に一つたりとも、ない。

 傷心しょうしん寝込ねこみたい気分だったけれど、平日へいじつだった。いやゆめを見たので休みます、と申告しんこくする豪胆ごうたんさはち合わせていなかった。

「おはよー。どうしたの? 深刻しんこくかおしちゃってさ」

 前の席のクラスメイトが、イスにぎゃく向きに座って、顔をき合わせた。なやみのなさそうな、能天気のうてんきあかるい声だった。

 おおくはない友達の一人だ。

 ギャルっぽい女子で、かたくらいの長さの茶色のボブヘアーをしている。眉毛まゆげととのえたりうす化粧けしょうしていたり、クラスの中ではいた存在である。制服せいふく着崩きくず気味ぎみで、スカートをみじか穿き、教師きょうし受けもわるい。

 席が前後だから、という理由だけで仲良くなった。話してみると、性格は悪くない、やさしいだ。

「それがね。ちょっといてほしいんだけど」

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃだったことを、この友達にも話すことにした。


「なにそれ?! マジうける!」

 友達が、大口を開けて爆笑ばくしょうした。口は悪いが、性格はやさしいだ。休み時間と昼休みの数分すうふんいて話をいてくれたのだから、間違まちがいない。

「これでも、真面目まじめなやんでるんだよ」

 わたしは、かる口調くちょう苦笑にがわらいをかべた。

「だってさ、アタシらの年頃としごろったらさ、大好きな○○まるまる君とキスするゆめ見た、とかじゃん? 勇者になって冒険ぼうけんとか、勇者の資格しかくくしたとか、男子でも見ないじゃん?」

「それはまあ、そうなんだけどね」

 受けがたい事実を言葉にされて、つくえす。自覚じかくする以上にショックが大きい。たかが夢で、われながらみすぎる。

「やっぱりアタシには、なや意味いみが分からないんだけど。いもうとちゃんの言うとおりっしょ。結局けっきょくは、勇子ゆうこがどうしたいのか、っしょ?」

 あたまを、かるたたかれた。はげましてくれているのだろう。

「……ユウコって、だれ?」

 わたしはかおをあげて、友達の顔を見る。たのしげな笑顔えがおで、わたしを見ている。

「勇者だから、勇子。いい名前じゃん」

「そんな安直あんちょくな……」

 わたしは困惑こんわくした。なぜ困惑したのかは、分からなかった。

「おい! 大変だ!」

 男子が血相けっそうを変えて、教室きょうしつけ込んできた。

 教室がざわつく。どうせイタズラだろう、程度ていど無視むしする生徒せいとおおい。

売店ばいてんにオオネズミが出たんだ!」

「えー。じゃあ、オレら昼飯ひるめしきってこと?」

 茶化ちゃかした反応はんのうに、数人すうにんわらう。

「それどころじゃねえよ! 売店のおねえさんがおくれて、ヤバイんだよ!」

 その男子は、あまりに必死ひっしだった。深刻しんこくそうな話の内容ないようと合わせて、わらい声がえて、教室がしずかになった。

 教室きょうしつとびらが、ガラガラと乱暴らんぼうひらく。

「全員! 教室に入って待機たいきしとけ! 購買部こうばいぶにオオネズミが出た!」

 ゴツくてムサい体育教師がかおを出し、大声をりあげた。すぐにとなりの教室へと向かって、同じ大声がこえた。

 教室にいる全員に動揺どうようが広がる。

「おい。マジで出たのかよ」

「マズイって。いそいで売店のおねえさんをたすけに行こうぜ」

「そんなの無理むりだよ。保健所ほけんじょの人をつしかないよ」

に合わなかったらどうすんだよ。ってか、絶対ぜってーに合わねえって」

 ざわつく。結論けつろんの出ない議論ぎろんり返す。そうやって時間の経過けいかつしかできないと、全員がきっと知っている。

結局けっきょくは、勇子ゆうこがどうしたいのか、っしょ?」

 友達が笑顔えがおで、わたしのかたたたいた。

「……うん」

 わたしはせきを立つ。教室きょうしつを出て、廊下ろうか喧騒けんそうい、売店を目指す。

 自分がどうしたいのか、なんて、本当は最初さいしょから知っていた。


   ◇


 売店ばいてんいた。いつもの昼休みには、売店の近くの廊下ろうかきスペースで、調理ちょうりパンを販売はんばいしていた。売店のおねえさんは、二十歳はたちくらいのやさしい綺麗きれいな人で、男子に人気にんきだ。

 ゴソゴソと何かがうごめく。下水げすいみたいなひどにおいがする。

 いつもとはちが光景こうけいに、わたしは思わず口元くちもとを手でふさぐ。

 廊下ろうかまりそうなサイズの、巨大きょだいなネズミがいる。売店の調理パンを食いらしている。

 売店のパンは全滅ぜんめつだ。原形げんけいをとどめていても、衛生えいせい上の問題もんだいがあるから、食べてはいけない。

 購買部こうばいぶおくに、おくれた人の気配けはいがある。オオネズミは廊下で、一心不乱いっしんふらんにパンを食い荒らす。

 出入り口が廊下側ろうかがわにしかなくて、逃げられないのだろう。逃げ遅れた人を無理むりたすけようとするよりは、オオネズミの注意をいてとおくに引きはなした方が安全だ。

「えっと……」

 たたかうとして、まずは武器ぶきがない。周囲しゅういを見まわす。消火器しょうかきくらいしかない。

 消火器を手に取る。思ったよりかるい。取っ手を右手でにぎり、りかぶり、左足をみ出す。

 消火器を、オオネズミに投げつけた。直撃ちょくげきして、にくたたにぶい音がした。

 オオネズミの赤い目がこちらを見る。わたしはを向け、け出す。

「ヂューッ!」

 オオネズミが重低音じゅうていおんえた。廊下ろうかまりそうな巨体きょたいを廊下にこすりつけて、全力で追い駆けてきた。

 こちらも、廊下を全力疾走しっそうする。前方に、行き止まりが見える。ここは一かいで、左が階段かいだん正面しょうめんが非常とびら、右は外が見えるまどがある。

 足をとめれば追いつかれる。扉や窓をける余裕よゆうはない。階段の方は、人の気配けはい複数ふくすうある。

 だったら、こうするしかない。

「はぁっ!」

 ぶ。左のかべり、右へと方向転換てんかんして、外に出る窓を蹴破けやぶる。

 ガラスのれる音と、窓枠まどわくのひしゃげる音がった。直後ちょくごに、非常とびらの方から、オオネズミの体当たりがコンクリートをぶちこわす音がとどろいた。

 土をみ、ひざをクッションに着地ちゃくちする。ながれるようにけ出す。かべ破壊はかいして校舎こうしゃを出たオオネズミが、コンクリートへんらして追ってくる。

 たたかうなら、広い場所がいい。ネズミ系統けいとうのモンスターとはせまい場所で戦うな、と戦士せんしおしえてもらった。どんなに大きくても、体が柔軟じゅうなんで、障害物しょうがいぶつあつかいにけるそうだ。

 いよいよ速く駆けるオオネズミを、チラッとり返る。いつまでもはげていられなさそうである。近くて広い場所となると、グラウンドが思いつく。

「オオネズミが来ます! グラウンドに向かってます! 逃げてください!」

 わたしは大声でさけんだ。

 校舎こうしゃかどを高速でがる。地面をけずり、土をきあげる。

 グラウンドが見えた。さき教師きょうし警告けいこくしてまわっていたおかげか、人影ひとかげがほとんどない。

「オオネズミが来ます! グラウンドに向かってます! げてください!」

 全力で走りながら、わたしはもう一度、大声でさけんだ。

 これで準備じゅんびは、だいだいできた。ただし、武器ぶきがなかった。不潔ふけつなオオネズミと素手すで戦闘せんとういやだなあ、と漠然ばくぜんと不安になった。

 グラウンドに入る。全力疾走しっそういきあらい。減速げんそくしつつ、中央へと向かう。

 ちょっとおどろく。不可解ふかかいなような、必然ひつぜんのような、不思議ふしぎな気分になる。まあどうでもいいか、とひらなおる。

 グラウンドの中央に、身のたけほどある大剣たいけんき立っていた。見覚みおぼえがあった。

 わたしは、大剣にあゆり、にぎり、引きいた。

 こっちがゆめなのか、こっちも夢なのか、なんてどうでもいい。夢か現実げんじつか、すらどうでもいい。

 んでくるオオネズミを見据みすえる。大剣をりあげる。

 ふと、学校で両断りょうだん不味まずい気がした。血とかにくとか断面だんめんとか、情操教育じょうそうきょういく観点かんてんから忌避きひすべきだ。このあとに昼食、という点も憂慮ゆうりょするに大きい。

 大剣のやいばを九十度かたむけて、長い鉄板てっぱんとする。呼吸こきゅうととのえる。

「ヂューッ!」

 オオネズミが重低音じゅうていおんえる。高速でぐに突っ込んでくる。

「やぁっ!」

 力をめ、するどく、鉄板をりおろした。ベチンッ、と肉をたたくギャグみたいな音がした。鉄板にいきおいよく衝突しょうとつしたオオネズミが、目をまわしてたおれた。

 呆気あっけなかった。まあ、オオネズミごときは、古竜こりゅうくらべれば、ただのザコだ。

「うひゃーっ! すごいぞーっ、勇子ゆうこーっ! じゃなかった、勇者ゆうしゃーっ!」

 校舎こうしゃの方から、さけぶ声がこえた。

 たぶん、というか間違まちがいなく、友達の声である。

 教室きょうしつの方に向けて、大きく手をる。心のくもりも、まよいも、消えている。自分が笑顔えがおだと、かがみを見なくても分かる。

「ありがとーっ! 勇者ーっ!」

 別のだれかの歓声かんせいこえた。今度は、たぶん同じクラスの男子の声だった。

 他の教室からも、歓声があがり始める。歓声が、次第しだいえていく。

 そして、歓声があふれた。たくさんの声が、わたしを、勇者とたたえていた。

 わたしは、大きく手をって、こたえた。勇者とばれる自分が、ほこらしくて、うれしかった。


   ◇


「それで、おねえちゃん。どうするか、決めたの?」

 同じ部屋へや本棚ほんだな区切くぎった向こうから、いもうとかおを出した。

「うん。決めた」

 わたしは、みじかく答えた。

 赤い花柄はながらの、白い半袖はんそでたんパンのパジャマに着替きがえた。うす黄色きいろのタオルケットも準備じゅんびした。

 宿題しゅくだいわらせて、明日の学校の準備もした。お風呂ふろに入って、みがいて、トイレもませた。あとは、るだけだ。

「ねえ、おねえちゃん」

 こちらをのぞいていたいもうとが、部屋へや境界線きょうかいせんえてくる。ピンク色の花柄はながらの、白い半袖はんそでたんパンのおそろいのパジャマ姿すがたである。

「ん? 何?」

 微笑ほほえむ。妹は、可愛かわいい。小学生で、こしくらいの長い黒髪くろかみで、華奢きゃしゃで、お人形にんぎょうさんみたいに可愛かわいい。

 いもうとが、わたしにきつく。ぎゅっ、ときしめて、かおをあげ、わたしを見あげる。ふくらみ始めのむね感触かんしょくが、やわらかくてあたたかい。

「どんな答えでも、おねえちゃんが自分で決めたなら、応援おうえんしてるよ」

 妹も、微笑ほほえんだ。うれしそうにわらった。

「うん。ありがと」

 わたしは妹のあたまでて、一緒いっしょに笑った。本当に、なみだが出そうなほど、うれしかった。


 ベッドに入る。あかりを消す。やみの中で、目をじる。

 こっちがゆめなのか、こっちも夢なのか、なんてどうでもいい。あっちが夢でも、こっちも夢でも、気にすることはない。もう、夢か現実げんじつか、すら意味いみをなさない。

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣たいけん背負せおい、ビキニみたいなふくて、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 今は、もう勇者ではないけれど、勇者でありたいと思う。

 また、あの世界で、勇者になりたいとねがう。

 そして、わたしはねむりについた。ゆめの中で、かつて、わたしは勇者だった。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第22話 浅花あさか中学ちゅうがく二年にねん三組さんくみ END

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