第21話 わたしは かつて 勇者だった

 その少女は、勇者ゆうしゃばれていた。

 金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 今はもう、勇者はいない。かつて、その少女は、勇者と呼ばれていた。


   ◇


 かつて勇者と呼ばれた少女には、三人の仲間なかまがいた。男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然少女僧侶てんねんしょうじょそうりょだ。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳はたちぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有の長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族しゅぞくで、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢こうまん御嬢様おじょうさまである。

 僧侶は、村の教会でも見かけるような国教こっきょう僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターとたたかう僧兵である。天然てんねんっぽい少女である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこ十代半じゅうだいなかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者にちかい。

「いけない! 気づかれましたぞ!」

 四十男の低くしぶ美声びせいが、警告けいこくはっした。エルフの魔法まほう詠唱えいしょうが、スライムにあやつられた勇者に察知さっちされたのだ。

 勇者をつつむスライムが、急激きゅうげき体積たいせきした。包むスライムごと上昇じょうしょうして、木の葉をけ、樹上じゅじょうへと消えた。

 数秒すうびょう静寂せいじゃくのあとに、木の葉がさわいで、降下こうかする勇者が姿すがたあらわす。水のしずくそそぐ。眼下がんかの、魔法を詠唱するエルフの脳天のうてんへと、大剣たいけんりおろす。

 ギィンッ、と甲高かんだか金属音きんぞくおんった。

 勇者の、身のたけほどある大剣たいけん強烈きょうれつりおろしを、交差こうさした二本の氷剣ひょうけんが受けとめた。二本の氷剣をにぎる白い女は、たのしげに口角こうかくりあげ、ほそうでふるわせ、大剣をし返した。

 勇者が、押し返されるままに後方へとぶ。れた草に着地ちゃくちして、水音をさせる。

 いや、あれは、本当に勇者なのだろうか。

「ゴポゴポゴポゴポ」

 勇者の姿すがたをした少女が、水の中であわはじけるような、くぐもる音をはっした。

 金色の長いかみの美少女で、華奢きゃしゃで、水草を水着みずぎのようにまとっていた。身のたけほどある大剣をにぎり、全身が、泥水どろみずのような、赤茶色ににごったスライムのようなものにつつまれていた。

 少女の見た目は、勇者で間違まちがいない。状況じょうきょうも、これまでに戦士たちがあつめた情報じょうほう一致いっちする。

 しかし、今目の前で数十人の兵士をり殺した少女が、人を守るために命懸いのちがけでたたかった勇者と同一人物だとは、信じがたかった。スライムにあやつられているとしても、信じたくなかった。

「よし! エルフ、よく我慢がまんした!」

 戦士は、顔面蒼白がんめんそうはく詠唱えいしょう維持いじするエルフに声をかけた。二重にじゅう詠唱中で、返事はなかった。

「シロさんも、ありがとな!」

 エルフと勇者の間にあって、勇者の一撃いちげきからエルフを守った白い女にも声をかけた。

 その白い女は、体形のメリハリが強く、そでがなくてすそみじかしろ着物きもので、はだけたみたいな着方きかたをして、妖艶ようえん印象いんしょうを受ける。うすい水色のひとみで、ひたいに、氷のつのみたいなものがえる。それぞれの手には、こおりけんつ。

 なぜこんなことになっているのか、戦士もよく分かっていない。

 白い女は、かつて雪原せつげん退治たいじに向かい、勇者と僧侶そうりょが殺されかけた凶悪きょうあくなモンスターだ。それがなぜか、常雨とこあめの森で再会さいかいして、すけをしてくれることになった。

 再会さいかい直後ちょくごは、殺されると思った。しかしおそいかかってこないどころか、はしゃぐように周囲をびまわって、どこまでもついてきた。

 言葉がまったつうじず、最初さいしょ気味悪きみわるいだけだった。ジェスチャーで意思の疎通そつうに成功して、状況じょうきょうわった。そこまでが大変だった。

 なぜそんなことになったのか、戦士もよく分からない。本当に助っ人なのかすら、実際じっさいには分からない。今こうなったからこうなのだろう、としか説明せつめいのしようがない。

 呼称こしょうは、白い女で『シロさん』である。見た目と呼称はカワイくても、勇者を死の直前ちょくぜんまで追いめた凶悪きょうあくなモンスターである。

「ゴポポッ!」

 勇者が、くぐもった音でえた。

 勇者をつつむスライムのかたまりが、無数むすう枝分えだわかれして兵士たちをおそう。エルフに向かってびるものは、戦士と僧兵そうへいが左右に立って、たてふせぐ。

 僧兵は、僧侶の先輩で、人のあたまよりも大きな棘鎖鉄球モーニングスターこしにさげた、ハゲマッチョだ。

 背の高いマッチョの戦士よりも大男でマッチョで、国教こっきょうの僧兵と分かる、鎖帷子くさりかたびら聖布せいふじった防具をまとう。防具の質感しつかんが布に近いので、マッチョが一段いちだん際立きわだつ。

「ヒィッ! 嫌だっ! 死にたくないっ!」

 あちこちで、兵士たちが悲鳴ひめいをあげ、まどう。スライムにおそわれ、きずい、たおれる。

 戦士たちに兵士までたすける余裕よゆうはない。勇者一人の相手でも、死ととなり合わせだ。こっちが助けてほしいくらいだ。

「ほむらよ、しゃくねつよ、たけきいかりよ」

 雨の森に、エルフの詠唱えいしょう二重にじゅうひびく。つめたくんで、うつくしい。

 エルフをねらうスライムを、戦士と僧兵でふせぎ、打ちとす。

 白い女が、バレエでもおどるようにクルリとまわる。草の上をすべって、二本の氷剣ひょうけんで勇者へとり込む。

 氷剣の斬撃ざんげきを、勇者が大剣たいけんふせぐ。白い女はおどるように回転かいてんし、速度をした斬撃を連続れんぞくり出す。しかし、ことごとく、勇者の大剣に防がれる。

 斬撃ざんげき途切とぎれに、勇者が攻勢こうせいてんじた。大剣をりあげ、素早すばやみ込み、高速で振りおろした。

 ギィンッ、と甲高かんだか金属音きんぞくおんった。

 氷剣の一本が、やいば途中とちゅうかられて、雨の森にんだ。白い女が、かたから袈裟懸けさがけに両断りょうだんされて、赤い血をき出した。いた足が地にき、ひざき、前のめりにたおれた。

「シロさんっ?!」

 僧侶の悲痛ひつうさけびが、森に木霊こだました。

 不味まずい、と戦士は蒼褪あおざめ、あせる。

 白い女が勇者にてないのは分かっていた。雪原せつげんで勇者がけたのは、圧倒あっとう的なが白い女にあったからだ。

 それに、古竜こりゅうとのたたかいを経験けいけんして、勇者は強くなった。

 だから、エルフが魔法まほう詠唱えいしょうする時間さえかせげればいい、とかんがえていた。時間稼じかんかせぎなら可能かのうだと思っていた。

 完全に、あまかった。まだ、勇者を過小評価かしょうひょうかしていた。

 スライムにつつまれた勇者が、エルフを見る。草をみ、跳躍ちょうやくしようとする。

 しなかった。できなかった。勇者の足首を、白い女のほそい手がにぎめていた。

「シロさんたのむ! てるぞ! 全員、死力をしぼれ!」

 戦士はみな鼓舞こぶし、スライムをさばく。間断かんだんなくせるスライムから、死に物ぐるいでエルフを守る。

 今だ。今しかない。

 白い女以外に勇者は止められない。こんな意味不明なまでにすけつど機会きかいは、二度とない。

 僧兵そうへいも、エルフを守ってスライムをなぐばす。せいなる紋章もんしょう刻印こくいんされたたてで、スライムのかたまりしとどめる。

 エルフが、りんとした目で勇者を見つめ、詠唱をつづける。

 体を両断りょうだんされた白い女が、それでも勇者の足首をつかみ、勇者のうごきを止める。

 これならてる、とあまかんがえが脳裏のうりかぶ。勇者を相手に、甘い考えである。

「ゴポポポポッ!」

 勇者が、水の中であわはじけるような、くぐもる音をはっした。雄叫おたけびのようにもこえた。

 勇者は、身のたけほどある大剣をにぎる手を、りかぶる。つかまれていない方の足をみ出し、前のめりに、大剣を、思いっきり、投げる。

 大剣が、たて高速回転こうそくかいてんしながらぶ。エルフを目掛めがけて、ぐに向かう。当たれば、エルフはぷたつになるにちがいない。

 戦士も僧兵もに合わない。エルフがかわせる速度そくどでもない。あまりに唐突とうとつで、絶望ぜつぼうかんじる時間すらない。

 やはり、勇者は強い。勇者の強さを、戦士たちは知っている。てきまわしてこそ、思い知る。

 ズドォンッ、とすさまじい轟音ごうおんが、雨の森にひびいた。木の葉が一斉いっせいれて、水のしずくそそいだ。にぶ金属音きんぞくおんともない、大剣の軌道きどうがずれて、木のみきに食い込んだ。

 こんな意味不明なまでにすけつど機会きかいは、二度とない。屈強くっきょうすぎる僧兵と、歴戦れきせん魔獣狩まじゅうがりガンナーに、高ランクのモンスターまで手をしてくれている。勇者につには、今しかない。

 勇者が、白い女をって、足首をつかむ手をほどく。つつむスライムごとけて、エルフにおそいかかる。いわをもくだこぶしを、りかぶる。

 エルフはどうじることなく、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを、勇者に向けてかまえる。

「フレイム! エクスプロージョン!」

 エルフの詠唱えいしょうが完成した。端正たんせいかおほこっていた。

 巨大きょだい火球かきゅうが勇者を包んだ。スライムが一瞬いっしゅん蒸発じょうはつした。火球が爆発ばくはつして、雨の森の空間をたすようにほのおが広がった。

 数秒すうびょうあぶられる程度ていどで、炎が消える。前以まえもっ配布はいふされた耐炎たいえん呪符じゅふのおかげで、ダメージも軽微けいびむ。こういう魔法まほうであり、こういう作戦である。

 毛先けさきげたエルフの前に、勇者が立っている。つつむスライムは消滅しょうめつして、こぶしりあげたまま、うごかない。露出ろしゅつしたはだすすで黒く、両目ともつぶる。

 戦士も、僧侶そうりょも、エルフも、僧兵そうへいも、勇者に注目ちゅうもくする。結果けっかを、固唾かたずんで見守る。

 勇者が、無表情むひょうじょうで、両目を見開みひらいた。ひとみに、赤茶色ににごったスライムがわずかにのこって、りついていた。

 勇者のすすけた手が、エルフのあたま鷲掴わしづかむ。勇者の握力あくりょくなら、ちょっと力を入れるだけで頭蓋骨ずがいこつくだける。

「ゆらめくあかの」

 エルフが顔面蒼白がんめんそうはくで、魔法の詠唱えいしょう開始かいしした。

「勇者さんっ!」

 僧侶が勇者のこしきついた。咄嗟とっさで、やめさせようと必死ひっしだった。

 戦士と僧兵はうごけない。エルフとのすうメートルの距離きょりのせいで、何もできない。今は、エルフと僧侶を信じるしかない。

 勇者の手が、ふるえる。何かにあらがうように、小刻こきざみにれる。

 その華奢きゃしゃな手は、エルフの頭をつかむ。いまだに、くだいてはいない。

「勇者が、そんな残滓ざんしごときに支配しはいされるわけございませんでしょう?」

 魔法を詠唱しながら、エルフがほこった。

「ファイア!」

 人のあたまほどの大きさの火が、勇者のかおつつんだ。ひとみに張りついたスライムが、げたにおいで蒸発じょうはつした。火はすぐに、きて消えた。

 勇者はエルフの頭をはなし、両うでを力なくらす。こしにしがみつく僧侶に体をあずけ、水にれた草へとひざをつく。

「……あ、あれ? あの、わたしはいったい……」

 勇者が、目をうすけ、口をひらき、弱々よわよわしい声で人の言葉をはっした。全員から、歓喜かんきの声があふれた。

 今は、勇者をたすけられたことが、ただただうれしかった。


   ◇


 わたしは、ゆっくりと目をけた。体のしびれと疲労感ひろうかんに、手足を上手うまうごかせなかった。

「……あ、あれ? あの、わたしはいったい……」

 言葉をどうにか出せたけれど、くちびるも上手く動かず、弱々よわよわしい。

 何がきたのか、周囲しゅうい惨状さんじょうを見て、何となくは分かる。

 どうしてそうなったのか、ぼんやりとした記憶きおく手繰たぐる。ぼんやりとしていても、何となくは分かる。

 何度も見たゆめの内容を、はじめて思い出す。夢だと思っていたものと、今がつながる。何が夢で何が現実げんじつか、認識にんしき曖昧あいまいすぎて判別はんべつなんてできないけれど、夢だとか現実だとかは、もうどうでもいい。

「いやぁーーーーーっっっっっ!」

 わたしはさけんだ。がた光景こうけいを、拒絶きょぜつした。

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かつて、わたしは、勇者だった。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第21話 わたしは かつて 勇者ゆうしゃだった END

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