第20話 少女は かつて 勇者だった

 その少女は、勇者ゆうしゃばれていた。

 金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 今はもう、勇者はいない。かつて、その少女は、勇者と呼ばれていた。


   ◇


 ここは、『常雨とこあめもり』と呼ばれる森である。『ぬま女王じょうおう』とおそれられる凶悪きょうあくなモンスターがみ、つねに雨がつづく。

 ゆがんだ木々が鬱蒼うっそうしげる。れて瑞々みずみずしい草が、みどり一色に地面をおおう。

 木の葉からは、水のしずくが降り続く。雨は木々にさえぎられ、わずかの隙間すきまってちる。

 今回、王国軍と冒険ぼうけん者の合同部隊数百人が、沼の女王討伐とうばつのために常雨の森にみ込んだ。途中とちゅうに多少の離脱りだつ者を出しながらも、捜索そうさくの三日目にいたった。僧兵そうへい情報じょうほうの通りであれば、そろそろいずみ辿たどくはずだ。

 時間は、正午しょうごになるくらいだろうか。雨が降り続ける森は、薄暗うすぐらい。

「今さらくことでもありませんが」

 僧兵が、戦士に確認かくにんする。四十男の低くしぶ美声びせいである。

 僧兵は、人のあたまよりも大きな棘鎖鉄球モーニングスターこしにさげた、ハゲマッチョだ。

 背の高いマッチョの戦士よりも大男でマッチョで、国教こっきょうの僧兵と分かる、鎖帷子くさりかたびら聖布せいふじった防具をまとう。防具の質感しつかんが布に近いので、マッチョが一段いちだん際立きわだつ。

「勇者様をおすくいする算段さんだんはございますかな? あれほどの強さの勇者様を、われらだけでおさえられるか、正直しょうじきなところ不安にかんじております」

 僧兵の意見は、もっともだ。討伐とうばつ隊に参加して、沼の女王とした勇者と対峙たいじした経験けいけんがあるなら、尚更なおさらだ。

 かつての勇者の仲間なかまであり、勇者の圧倒あっとう的な強さを知る三人も、同様どうようの不安を感じている。

「それは、はっきり言って、やってみないと分からないぜ」

 戦士は開きなおった。

「ワタクシの魔法まほうで、スライムを焼却しょうきゃくしてさしあげましてよ」

 エルフが、勇者の猛攻もうこうしのいで詠唱えいしょうを完成させ、勇者の鉄壁てっぺきの守りをやぶって魔法を直撃ちょくげきさせる、という前提ぜんてい条件じょうけん無視むしした。根拠こんきょのない自信で、たたかう前からほこった。

「勇者さんなら、きっとスライムの支配しはいから、自力で脱出だっしゅつしてくださると信じてます」

 僧侶そうりょが自信満々まんまんで、他力本願たりきほんがんした。

 かつて勇者とばれた少女には、三人の仲間なかまがいた。男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然少女僧侶てんねんしょうじょそうりょだ。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳はたちぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有の長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族しゅぞくで、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢こうまん御嬢様おじょうさまである。

 僧侶は、村の教会でも見かけるような国教こっきょう僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターとたたかう僧兵である。天然てんねんっぽい少女である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこ十代半じゅうだいなかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者にちかい。

「そうですな。沼の女王にてる見込みこみがないからと、勇者様を見捨みすてることなどできませぬな」

 僧兵そうへい微笑びしょうして、ゴツい手で、後輩こうはい僧侶のピンクがみをポンポンとかるたたく。

 勇者は見捨てられない。あきらめられない。

 かつての仲間だった三人にとって、勇者はあこがれであり、親友しんゆうであり、何度も命をすくわれた恩人おんじんでもある。王国に裏切うらぎられ、見捨てられたのなら、命懸いのちがけでも力になりたいとかんがえて、何の不思議ふしぎもない。

「まあ、それはそうだな。それに、今回は、金輪際こんりんざいないくらいのすけがいるからな。これでダメなら何やってもダメ、くらいの覚悟かくごのぞむつもりだぜ」

 戦士は、近所の気さくなお兄さんの笑顔えがおで、僧兵のゴツいかたに手をいた。

「良いでしょう。神にちかって、が心に誓って、この命を勇者様のために使うと約束やくそくいたしましょう」

 僧兵が、ハゲマッチョのナイスミドルな微笑びしょうこたえた。

「前方にいずみが見えます!」

 先行する王国軍から、ついに泉発見のしらせが入った。


   ◇


 いずみうつる勇者の目つきが、するどく変わった。

 泉のふちにしゃがんでいた勇者は、周囲しゅうい警戒けいかいしながら立ちあがる。ゆがんだ木のみきに背を当て、木々の向こうをうかがう。

 水につつまれたみたいにブヨブヨとしたモンスターが、少しはなれた場所にいる。赤くほそい二本の目で、こっちを見ている。

 人間の大人と同じくらいの大きさで、人間の大人にたシルエットをしている。見た目は水っぽくてブヨブヨしている。ときどき、ゼリーがれるみたいにプルプルとれる。

 ちょっとレアなモンスターだと思っていたが、レアじゃなさそうだ。ここ最近さいきん幾度いくどか、かなりの集団しゅうだん遭遇そうぐうした。

 今回も、たくさんいる。様々さまざま武器ぶきを手に、集団で、ゴポゴポとくぐもる音で会話している。

 勇者は、背負せお大剣たいけんつかを、肩越かたごしに右手でにぎった。魔法まほう式のはずれた。

 あのモンスターは知性があり、武器を使い、音で意思いし疎通そつうする。勇者を見るなり攻撃こうげきしてくる、凶暴きょうぼう種族しゅぞくである。

 そんなやつらがれでおそってきたら厄介やっかいだ。先制せんせいして、陣形じんけいととのえる前に戦力をぐべきだ。

「ふぅっ」

 一ついきをはく。水にれた草をらし、ゆがんだ木々の間を走る。ブヨブヨしたモンスターのれの、中央にり込む。

『ゴポポッ!』

 モンスターの何体かが、くぐもる音をはっした。もっとみじかい、悲鳴ひめいみたいな音もじった。

 かまわず、身のたけほどある大剣を、片手で横薙よこなぎする。数体のブヨブヨした胴体どうたい両断りょうだんされて、水にれた草の上にちる。水っぽいにくを水たまりにたたきつけたような、生々なまなましい不快ふかいな音がする。

 勇者は油断ゆだんせず、周囲を見まわす。モンスターどもは、パニックになっている。勇者に背を向け、げようとして、勝手かってたおれる。

 逃げる背中を追いけて、何体かった。つらなって、近くのやつたおれた。

 げるからと、見逃みのがすわけにはいかない。集団しゅうだんおそってくるなら、逃げてもまた集団を再形成さいけいせいして、おそってくる。二度とおそってこない、くらいに徹底てってい的にたたく。

 身のたけほどある大剣を、片手で軽々かるがるるう。一振ひとふりで、何体ものモンスターを両断りょうだんする。雨のる森が、あっと言うにモンスターの残骸ざんがいだらけになる。

「ゴポポポポポッ!」

 勇者の前に、一回ひとまわり大きなブヨブヨが立ちふさがった。周囲のまどっていた奴らが、逃げるのをやめて勇者を取りかこんだ。

 目の前にいるのは強いやつだと、勇者は直感ちょっかんした。しかも、れの戦意せんいふるい立たせるほどの、けて強い奴だ。

 相手は、棘鎖鉄球モーニングスターと、いやかんじのする菱盾ひしたて武装ぶそうしている。ゴポゴポと音をはっしているが、言葉としては理解りかいできるはずもない。

「はぁっ!」

 勇者は、素早すばやみ込み、一回ひとまわり大きなブヨブヨに大剣をりおろした。

 菱盾ひしたてで受けられた。かまわず力尽ちからづくでし込み、ばした。

 たおれたところにトドメをそうと、大剣を振りあげる。周囲から矢とやりが飛んでくる。大剣で槍をはらい、空中で矢が止まって二つに折れる。

 一回り大きなブヨブヨは、すぐに立ちあがり、武器とたてかまえなおした。

  厄介やっかいてきである。あれほど簡単かんたんきざめていたザコすら、冷静れいせいさを取りもどし、連係れんけいしてたすけ合い、れなくなっている。

「でも、大丈夫だいじょうぶです。わたしは、勇者ですから」

 勇者はひとごとつぶやいた。身のたけほどある大剣を頭上ずじょうりあげ、ゆっくりといきをはいた。

 精神せいしん集中しゅうちゅうする。難敵なんてきは、渾身こんしんの一振りで両断りょうだんすればいい。戦意をうしなったザコを、ゆっくり殲滅せんめつすればいい。

 一回ひとまわり大きなブヨブヨが、攻撃こうげき体勢たいせいで、ゼリーみたいな肉体をプルプルと積極せっきょく的にらす。しかし、おそいかかってはこず、菱盾ひしたての後方に身をき、防御ぼうぎょてっする。うごきと行為こうい矛盾むじゅんしていて、まるで、勇者の目をくことだけが目的とも思える。

「……っ?!」

 勇者はあわてて、ゆがんだ木々の先へと視線しせんを向けた。

 ほのお魔法まほう気配けはいがする。死のにおいとでもびたくなる、とてもとても、不快ふかいな気配である。

 いた! 魔法を詠唱えいしょうする、背の高いブヨブヨがいた。目の前のヤツは、やはりおとりだ。

 このモンスターが魔法まで使えるとは、意外いがいだった。たかがモンスターとあなどった。

 だが、問題もんだいない。どの程度ていどの魔法が使えるにしても、詠唱が完成する前に両断すればむ。

「たぁっ!」

 勇者は力強く跳躍ちょうやくした。んだ草から水飛沫みずしぶきがあがった。

 木の葉の中を樹上じゅじょうへとける。木の葉の中を地面へと降下こうかする。

 水のしずくそそぐ。眼下がんかの、背の高いブヨブヨの脳天のうてんへと、大剣をりおろす。

 そのブヨブヨの赤くほそい二本の目は、ぐ、らぎなく、勇者を見つめていた。強い意志いしみたいなものをかんじた気がしたけれど、勇者には、モンスターの意志なんて、興味きょうみもなかった。


   ◇


 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみうつる自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣たいけん背負せおい、ビキニみたいなふくて、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽々かるがるりまわし、凶暴きょうぼうなモンスターを易々やすやす両断りょうだんする。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第20話 少女しょうじょは かつて 勇者ゆうしゃだった END

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