第19話 トモとの再会

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおかった。毎日のように、退治を依頼いらいする書簡しょかんとどいた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだ。だったと思う。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがると振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。


   ◇


 勇者は目をました。

「また、ねむっちゃってたみたいですね……」

 つぶやき、周囲を見まわす。

 鬱蒼うっそうとした森の中にある、いずみふちである。つねに雨が降りつづける『常雨とこあめもり』と呼ばれる森で、泉のんだ水面みなもに、雨粒あまつぶ波紋はもんを広げる。

 水浴みずあびした後に、泉の縁にすわり込んで、いつのにか眠ってしまっていたようだ。

 右手であたまさえる。思考しこうがぼんやりする。

 何か、夢を見ていた気がする。何度も何度も、同じ夢を見る気がする。なぜか、夢の内容は思い出せない。

 泉の水面をのぞき込む。んだ泉の水面みなもに、金色の長いかみの、華奢きゃしゃな美少女がうつる。

 美少女だ、と自分でも思う。たまにおどろく。はだか直視ちょくしは、今でもすごくドキドキする。

 水面に両手をし込む。映る姿すがたくずれる。水をすくい、かおあらう。

 水面の波紋がしずまって、崩れた姿が美少女へともどった。すぐよこに、白い女の顔が映った。

 勇者は、一瞬いっしゅんかんがえる。知った顔の気がする。どこかで見た気がする。

 白い顔の女である。かみはだふくも白くて、髪は白く長く波打つ。

 横を見る。白い女が横にいて、しゃがんで、泉の水面をのぞき込んでいる。

 その女は、背が高い。体形のメリハリが強く、そでがなくてすそみじかしろな着物で、はだけたみたいな着方をして、妖艶ようえん印象いんしょうを受ける。

 うすい水色のひとみで、ひたいに、氷のつのみたいなものがえている。よく見ると、背が高いのではなく、足が地面から少しいている。

「……あっ!」

 勇者は思い出した。咄嗟とっさに、背負せおう大剣をにぎろうとした。

 それより早く、白い女が勇者におそいかかる。首にみつき、勇者をたおす。

 不味まずい。白い女をほどこうと、身をよじる。白い女の見た目からは想像そうぞうもできない腕力わんりょくに、押し倒された体勢たいせいからけ出せない。

 白い女は、組みつくうでにさらに力を込めて、勇者に頬擦ほおずりした。

「……えぇ?」

 白い女の姿すがたをしたモンスターだ。以前に討伐とうばつに向かい、雪原せつげんり合い、けたけれど大怪我おおけがわせて退治たいじしたあつかいになった、因縁いんねんの強敵だ。

 だったはずなのだが、頬擦りしてくる。危害きがいくわえてくる様子ようすはない。

「えっと、あの、状況がみ込めないのですが」

 勇者は困惑こんわくして、白い女のかたを押しあげながら、上体を起こす。白い女は、大人の女のかおで、子供みたいな笑顔えがおをする。うすい水色のひとみで、勇者を見つめる。

「え? また勝負しょうぶしたくなって、追いけてきたんですか?」

 勇者には、なぜか、白い女の言葉が分かった。音にすらなっていない、モンスターの意図いと理解りかいできた。われながら意味不明だった。

「まあ、いいですけど。その前に、ひさしぶりの再会をよろこぶ友達みたいな反応はんのうはやめてもらっていいですか?」

 またきついて頬擦ほおずりしてくる白い女の肩を押して引きがす。立ちあがり、背負う大剣をにぎり、こしの高さにかまえる。

 勝てる自信がある。ここは、白い女が圧倒あっとう的に有利な雪原ではなく、勇者に有利も不利もない雨の森である。勇者自身が、あのころより強くなってもいる。

 白い女が、しゃがんだまま、勇者をジッと見つめる。いやそうな表情をして、嫌がる子供のように、必死ひっしに首を左右にる。

「え? この姿すがたじゃなくて、以前の姿じゃないと嫌なんですか?」

 勇者は首をかしげた。

 以前の姿、が何か分からない。今と同じ露出ろしゅつしすぎの赤いよろいで、雪原でさむい思いをした記憶きおくしかない。

 どうかんがえても、鎧をいで一振りにけた最後さいごの勝負のときのことだろう、としか思いつかない。ちょっとずかしいけれど、仕方しかたなく、赤い鎧を脱ぐために金属きんぞくパーツに手をかける。

 なかった。赤い鎧を着ていなかった。着ていたと思ったのに、ビキニみたいな服だけだった。

 勇者は首をかしげる。まあいいか、とつぶやき、白い女を見る。

「これでいいですか? 以前の姿って、これですよね?」

 白い女は、やっぱり嫌そうな表情をして、嫌がる子供のように、必死に首を左右に振る。

「えぇ……?」

 勇者は困惑こんわくした。これ以上どうしろというのだ。

 必死にイヤイヤと首を振っていた白い女が、突然とつぜん、良いあんひらめいた明るい表情で、てのひらたたき合わせた。うすい水色のひとみで勇者を見つめ、わるいことをかんがえついた子供のイタズラがお微笑びしょうした。

「あ。そういうのやめてもらっていいですか?」

 勇者は嫌な予感がした。

『ウフフフフフフ』

 白い女が、すさ寒風かんぷうのようにわらう。立ちあがり、みどりの草の上をすべり、木々の間をって、森のおくへと消えていく。

「何だったのでしょうか……?」

 勇者は困惑したまま、見送った。用があるならまた来るだろう、程度ていど認識にんしきだった。


   ◇


「戦士さーん! エルフさーん! おひさしぶりですぅー!」

 僧侶が、うれしそうに、大きく手をった。

「おう! 僧侶も参加するのか。そりゃ心強いな」

 戦士は、大きく手を振り返した。

 戦士のとなりに立つエルフも、小さく手を振る。

 かつて勇者と呼ばれた少女には、三人の仲間なかまがいた。男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然少女僧侶てんねんしょうじょそうりょだ。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳はたちぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有の長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族しゅぞくで、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢こうまん御嬢様おじょうさまである。

 僧侶は、村の教会でも見かけるような国教こっきょう僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターとたたかう僧兵である。天然てんねんっぽい少女である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこ十代半じゅうだいなかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者にちかい。

「我が不肖ふしょう後輩こうはい世話せわになったこと、ふか感謝かんしゃいたします」

 人のあたまよりも大きな棘鎖鉄球モーニングスターこしにさげた、ハゲマッチョの僧兵そうへいが頭をさげた。四十男の低くしぶ美声びせいだった。

 僧兵は、背の高いマッチョの戦士よりも、大男でマッチョである。国教こっきょうの僧兵と分かる、鎖帷子くさりかたびら聖布せいふじった防具をまとう。防具の質感しつかんが布に近いので、マッチョが一段いちだん際立きわだつ。

「こちらこそ、砂漠さばくでは世話になったな、僧侶の先輩せんぱい僧兵さん。アンタも、この討伐とうばつ作戦に参加するのかい?」

 戦士はかる口調くちょうで、広場の中央にある軍本部の大きな天幕てんまくを、親指で指した。

 ここは、『常雨の森』にむモンスター『沼の女王』討伐隊の拠点きょてんである。常雨の森に近い農村のうそん設置せっちされ、王国軍の部隊と、軍の募集ぼしゅうに応じた冒険者たちがつどう。

 討伐隊の規模きぼは、千人ほどといた。一体のモンスター退治たいじとしては、並外なみはずれておおい。

「それが、大変なんですよ、戦士さん!」

 僧侶が、大仰おおぎょう身振みぶりをまじえながら、高く可愛かわいらしい声を張りあげる。

 僧兵が、ゴツい手で、僧侶の口をふさぐ。

「ふがふがふがふが!」

「他に聞かれたくない情報じょうほうがあります。人気ひとけのない場所に、同行をおねがいできますかな?」

 僧兵は真顔まがおで、周囲を注意深く警戒けいかいしていた。

「ああ、もちろんだ。ちょうど、貴族きぞく様に、専用せんようの天幕をりてもらってある」

 戦士はうなずいて、拠点のすみの、十人用サイズの天幕を親指で指した。貴族様とは、当然、エルフのことだった。


   ◇


 薄暗うすぐら天幕てんまくの中で、丸いつくえかこむ。簡易かんい丸椅子まるいす等間隔とうかんかくならべ、四人がすわる。正確せいかくには、戦士、エルフ、僧侶、僧兵の三人と一エルフである。

「ふがふがふがふが!」

 僧兵に口をふさがれたまま、僧侶が何かを伝えようとした。

さきの沼の女王討伐とうばつ隊に、僧兵として参加いたしました。お二人には是非ぜひともお伝えしなければとかんがえましたが、王国軍に他言無用たごんむようと口止めされておりますゆえ、内密ないみつのお話と心得こころえていただきたい」

 僧兵が、声をひそめて説明せつめいを始めた。

 僧侶には内密の話も説明も無理だからな、と戦士もエルフも納得なっとくした。

「討伐隊は、常雨の森に入ってから三日目に、いずみ辿たどきました。そこで、沼の女王とおぼしきモンスターに遭遇そうぐうしたのです。その姿すがたは、記憶きおく間違まちがいがなければ、勇者様と瓜二うりふたつでした」

 おどろくべき話だ。沼の女王が勇者だった、なんて信じる馬鹿はいない、くらいに突拍子とっぴょうしもない与太話よたばなしだ。

 しかし、おどろきもせずに、戦士と、羽扇はねおうぎで口元をかくしたエルフがうなずき合う。

「オレは、ずっと勇者の足取りを追っていた。そして、勇者が貴族たちの見世物みせものにされている、という情報をつかんだ」

 戦士は、自分で説明しながら、思わず歯噛はがみする。勇者の境遇きょうぐう想像そうぞうするだけで、くやしく、腹立はらだたしい。

「その先は、どうにも調しらべようがなかったから、仕方しかたなくエルフをたよった」

「んまぁっ?! 高貴こうきなワタクシが、我慢がまんして調べてさしあげましたのに、仕方なくはないのではなくて? あー、もうっ、あのぶくぶくと太ってあぶらぎった男の手、思い出しただけでベタベタして不快ふかいですわ」

 エルフが悪態あくたいをついて、ほそい手をレースのハンカチでぬぐった。

「勇者は、見世物として、寄生きせいタイプのスライムに寄生されたそうでしてよ。その後は、オークションでどこかの金持ちにとされまして、輸送ゆそう途中とちゅう逃走とうそうした、と聞いておりますわ。情報提供じょうほうていきょう者は、当家とうけと交友関係のある貴族の中でも、身分の高いかたですから、信用してくださって結構けっこうですわ」

 話しえたエルフは、自慢じまんげなドヤがお高飛車たかびしゃ高笑たかわらう。

 僧兵が思案しあん顔で、口を開く。

たしかに、勇者様と瓜二つの少女は、スライム状の何かの中におりました。が身と他のものを守るのに手一杯ていっぱいで、自信はありませんでしたが、今のお話と辻褄つじつまは合いますな」

「ってわけで、オレとエルフで、この討伐隊に参加したのさ。出現時期と情報から、勇者と関係がある可能性が高いってな」

 戦士は、近所の気さくなお兄さんの笑顔えがおで、おもい話をくくった。

「ふが!」

 僧侶が、何かを発言しようとする。口をふさぐ僧兵の手を引きがす。

「勇者さんは、ご無事なのでしょうか?!」

 心配しんぱいで心配でたまらない、とかおに出ていた。

 戦士は、エルフの方を見る。僧侶と僧兵も、ならってエルフに注目する。

 エルフが一つ咳払せきばらいして、ましがおで口を開く。

寄生きせいするタイプは、宿主しゅくしゅかしつづける可能性かのうせいが低くありませんわ。もしも勇者がまだ生きていまして、幻覚げんかく催眠さいみんあやつられているのでしたら、助けられるとかんがえておりましてよ」

 知識ちしき教養きょうようをひけらかすドヤ顔だった。

「それなら、良かったですぅー」

 僧侶が、目になみだめてよろこんだ。

「なるほど、分かりました。そういうことでしたら、この僧兵と、不肖ふしょう後輩こうはいも、お二人のお手伝いをさせていただきましょう」

「そいつは心強い。こちらこそ、よろしくたのむぜ」

 戦士は、僧兵と力強い握手あくしゅわした。僧兵の手は、戦士の手よりも大きくてゴツかった。


   ◇


 その少女は、勇者とばれていた。

 金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 今はもう、勇者はいない。かつて、その少女は、勇者と呼ばれていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第19話 トモとの再会さいかい END

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