第17話 勇者の見る夢

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおかった。毎日のように、退治を依頼いらいする書簡しょかんとどいた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだ。だったと思う。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがると振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。


   ◇


「おあつまりのっ! 紳士しんし淑女しゅくじょ皆皆様みなみなさまっ! ながらくおたせいたしました!」

 燕尾服えんびふくを着たピエロが、たからかに宣言せんげんした。お調子ちょうし者っぽい高い男の声だった。

 きらびやかに着飾きかざった大人たちが、一斉いっせい歓声かんせいをあげた。

 変な空間だった。地下にある、広い闘技場とうぎじょうみたいな広場だった。

 高い天井てんじょうには、たくさんの魔法のあかりがかがやいて、広場も客席きゃくせきも明るい。

 円形の広場は、すなと水場と森と岩場に四分割される。巨大きょだい鳥籠とりかごみたいなおりかぶさる。檻の鉄格子てつごうしの向こうには、スーツやドレスで着飾った大人たちが、だれかれも仮面をつけて、大理石のテーブルをかこみ、大理石の椅子いすすわり、お酒のがれたグラスを片手に優雅ゆうが談笑だんしょうしいる。

「本日のメーーーン、イベントーーーっ! 王国中に名をとどろかせた、勇者様のご入場ですっ!」

 ピエロのコールに、会場がきたつ。観客かんきゃくたちが興奮こうふんして、立ちあがり、れんばかりの拍手はくしゅらす。

 勇者は思わず、頭上ずじょう高くに両手をってこたえた。なぜ手を振ったのかとわれれば、拍手でむかえ入れられて、手を振った方が良さそうな気がしたからだ。

 勇者は古竜こりゅう戦の直後に、王国への反逆はんぎゃく容疑ようぎで地下ろう幽閉ゆうへいされた。牢とぶには小綺麗こぎれいな、普通ふつう宿屋やどやと変わらない部屋へやだ。

 そこで数日をごして、唐突とうとつれ出され、暗い部屋に連れてこられた。装備そうびれた装備をわたされ、指示されるままに明るいとびらから出て、今は手を振っていた。何が何だか、何をどうすればいいのか、分からなかった。

 大勢おおぜいあつ視線しせんが、勇者に集まる。露出ろしゅつ過多かたな勇者の華奢きゃしゃ肢体したいを、はだを、仮面のおくからニヤつくみで値踏ねぶみする。羽扇はねおうぎで口元をかくし、わらう。

 急にずかしくなって、勇者は思わず赤面せきめんした。むねへそうでかくした。

数多あまた極悪ごくあくモンスターを討伐とうばつし、国内外に勇名ゆうめいせた勇者様が、なぜこのような場所にいるのか? そこには、くもなみだかたるも涙の物語があるのです!」

 ピエロが、大仰おおぎょうに泣き真似まねをしながら解説かいせつつづける。観客たちから、前置まえおきはいいから早く始めろ、みたいな野次やじぶ。全員が、興奮こうふんして、たのしんでいるように見える。

 自分が見世物みせものになっているのだろうな、くらいは勇者にも分かる。村にいたころに、めずらしい動物とか旅の一座とかの見世物を観覧かんらんしたことがある。おりの中に見世物があって、周囲しゅういを観客がかこむ、という構図こうずがよくている。

 檻は、頑丈がんじょう金属きんぞくの鉄格子で、強力な防護ぼうご魔法がかかった雰囲気ふんいきだ。

 檻の間近まぢかにまで客席があって観客がいる。身なりから、権力者か金持ちだと予想よそうできる。地下にこれほど立派りっぱ施設しせつかくしてあって、かおを隠した有力者たちがあつまって、人間を見世物にしようというなら、非合法な何かの可能性かのうせいが高い。

「それではおちかね! 勇者様の決闘けっとう相手の入場ーーーっ、です!」

 客席のおく壇上だんじょうで、ピエロが高らかにコールし、勇者がとおったとびらとは反対側の檻面かんめんにある、大きな扉を示した。

 勇者は、背後はいごり返る。今しがた通った大きな扉がある。今は閉まっている。

 反対側の檻面にも、同じ大扉おおとびらがある。高さ数十メートルの、縦長たてながで四角い、黒い金属せいの両開きの扉である。見ている目の前で、ゆっくりと、開く。

 重苦おもくるしくきしむ。耳障みみざわりにひびく。観客たちの興奮こうふんが、歓声かんせいが、最高潮さいこうちょうたっする。

『ワーーーーーッッッッ!』

 会場のれんばかりの歓声の中、モンスターが姿すがたあらわした。太いくさりつながれた、体長十メートルくらいの、サーベルタイガーだろうか。

 大型のとら魔獣まじゅうで、口からびる二本の、一メートルはある長いきば特徴とくちょうだ。農村出の勇者でも知っている、メジャーなモンスターだ。

「グルルルルルッ!」

 サーベルタイガーが低くうなる。あばれて、ガシャンガシャンとはげしく鎖をらす。

「皆々様もよくご存じ、当地下闘技場とうぎじょうの花形っ、サーベルタイガーでございます! 捕獲ほかくさいには百人の兵士の命をうばい、幾人いくにんもの挑戦者ちょうせんしゃほうむり、無慈悲むじひむさぼり食った、凶悪きょうあくなモンスターです!」

 ピエロの意気揚揚いきようようとした解説かいせつに、歓声かんせいがあがる。まんして登場とうじょうしたチャンピオンをむかえるよろこび方である。

 勇者は、小さくためいきをつく。

 可能性ではなかった。完全に、非合法な何かだ。

 人間とモンスターの決闘けっとううたって、そのじつ、モンスターに人間を食い殺させてよろこぶ。血と死の残虐ざんぎゃく殺戮さつりくショーをたのしむ。あつまりとしても、人間としても、軽蔑けいべつして、がする。

 もしかしたら、勇者はここに送り込まれるために勇者にえらばれたのかも知れない。最初さいしょから、古竜を退散たいさんさせた後に、古竜を殺せなかったことを理由に、つみわれる予定よていだったのかも知れない。

 そんなことを、観客の中にいる国王に風貌ふうぼうの男を見ながら、かんがえずにはいられない。

「さあ、いよいよ、決闘の開始だ! 勝負しょうぶ一瞬いっしゅん! まばたきなんて、するんじゃないぞ!」

 くさりが、ジャラジャラと音を変えた。サーベルタイガーの拘束こうそくかれた。

 勇者は、背負う大剣のつかを、肩越かたごしに右手でにぎる。魔法式のはずれる。

 自由になったサーベルタイガーが、勇者に向けてけ出す。強靭きょうじん四肢ししで砂をり、岩場へとぶ。かたい岩を足場に力強く跳躍ちょうやくし、十メートルの巨体きょたいで勇者におそいかかる。

 かこむ歓声が、さらに大きくなる。

 サーベルタイガーのつめ一薙ひとなぎを、上半身をひねってかわして、一歩み込んだ。身のたけほどある大剣をりおろし、サーベルタイガーの前あしを一本、り落とした。

 さき反転はんてんさせ、踏み込んだ足で強く砂を踏み、体の捻りもどしで大剣を振りあげる。サーベルタイガーを、あごの先から脳天のうてんの中央へと、たてに両断する。

 体の中央からぷたつになったサーベルタイガーが、いきおいのまま後方の大扉おおとびらへと衝突しょうとつした。ガランガランと、大扉がはげしくれた。

 飛沫しぶき出す返り血を背中にびて、勇者は大剣を背負う。魔法まほう式の自動じどうで大剣を固定こていする。

 しずかだった。客席が、静まり返っていた。

 観客たちの仮面のおくの目が、信じられない状況に困惑こんわくしている。言葉をうしない、羽扇はねおうぎが落ちる。勇者を見つめて、だれも、微動びどうだにしない。

 とびらの開く音がして、勇者はきびすを返した。等分されたサーベルタイガーの間を、血溜ちだまりをんで、暗い部屋へとくぐった。

 重苦おもくるしくきしんで、大扉が閉じる。差し込む光がなくなって、やみが勇者をつつむ。

 大扉の向こうから、ピエロのさけぶ声がこえた。観客たちの、悲鳴ひめいとも歓声かんせいともとれない声がひびいた。

 結果けっかも観客の反応はんのうも、勇者には、どうでもいいことだった。暗闇くらやみには血のにおいだけが充満じゅうまんして、シャワーを浴びさせてもらえるのかどうか、であたまの中は一杯いっぱいだった。


   ◇


「おあつまりのっ! 紳士しんし淑女しゅくじょの皆々様っ! 長らくおたせいたしました!」

 燕尾服えんびふくを着たピエロが、たからかに宣言せんげんした。

 きらびやかに着飾きかざった大人たちが、一斉いっせい歓声かんせいをあげた。

 勇者は、暗い部屋から明るいとびらをくぐり、地下闘技場とうぎじょうへと進み出る。高い天井てんじょうに、たくさんの魔法のあかりがかがやいて、闘技場も客席も明るい。

「本日のメーーーン、イベントーーーっ! 王国中に名をとどろかせた、勇者様のご入場ですっ! 今度こそ、今度こそ、皆々様のご期待きたいえるものと思います!」

 ピエロのコールに、会場がきたつ。観客たちが興奮こうふんして、立ちあがり、れんばかりの拍手はくしゅらす。

 サーベルタイガーを両断した日から、一週間が経過けいかした。勇者はふたたび、地下闘技場にれてこられた。

 円形の闘技場は、砂と水場と森と岩場に四分割される。巨大な鳥籠とりかごみたいなおりかぶさる。檻の鉄格子てつごうしの向こうには、前回と変わらず、スーツやドレスで着飾った大人たちが、だれかれも仮面をつけて、大理石のテーブルをかこみ、大理石の椅子いすすわり、お酒のがれたグラスを片手に優雅ゆうが談笑だんしょうする。

 ただし、一つだけちがうことがある。今回は、勇者は、バニースーツを着せられている。

 この場合のバニースーツとは、バニーガールの衣装いしょうを指す。肩紐かたひものないハイレグタイプのセクシーなレオタードである。

 赤いバニースーツに、ウサギの耳の頭飾あたまかざり、白いふわふわ尻尾しっぽ腰飾こしかざり、黒いリストバンド、黒いあみタイツ、赤いハイヒールというちをさせられている。いつもの服と赤いよろい没収ぼっしゅうされて、この衣装をわたされたから、仕方しかたなく着ている。けっして、好きで着たわけではない。

 れない服で、エッチな系統けいとうで、ちょっとずかしい。大勢おおぜい注目ちゅうもくされて、思わず赤面せきめんする。どこをかくせば良いのか分からず、どこか隠そうとしたうで彷徨さまよう。

「前回は、皆々様のご期待きたいえず、たいへんもうわけありませんでしたーーーっ! しかし、今回は、ご安心くださいっ!」

 ピエロの前説まえぜつを聞く気はないので、勇者は自身のバニースーツを見おろす。

 華奢きゃしゃ肢体したいむね人並ひとなみと、バニースーツが似合にあっていないこともない。ハイレグも、網タイツのおかげで露骨ろこつ露出ろしゅつはしていない。よくよくかんがえなくても、いつもの鎧よりも露出度が低い。

 いつもの大剣もない。ニンジンをしたつかの、かわいい小剣ショートソードを右手ににぎる。

 今回は、服も鎧も剣も、装備そうびすべ交換こうかんさせられた。装備品に勇者の強さの秘密ひみつがある、とでも思ったにちがいない。

 防具は、防御ぼうぎょ力がさがるだけなので問題もんだいない。これまでに、装備の防御力にたよったたたかいなんて、かぞえるほどしかない。

 武器は、ちょっとだけ問題がありそうな気がする。折れたらどうしよう、と考える。考えるのは苦手にがてである。

「それではおちかね! 勇者様の決闘けっとう相手の入場ーーーっ、です!」

 客席のおく壇上だんじょうで、ピエロが高らかにコールし、勇者が通ったとびらとは反対側の檻面かんめんにある、大きな扉を示した。

 どちらも、高さ数十メートルの、縦長たてながで四角い、黒い金属製の両開きの扉である。見ている目の前で、ゆっくりと、開く。

 重苦おもくるしくきしむ。耳障みみざわりにひびく。観客たちの興奮こうふんが、歓声かんせいが、最高潮さいこうちょうたっする。

『ワーーーーーッッッッ!』

 会場のれんばかりの歓声の中、モンスターが姿すがたあらわした。太いくさり雁字搦がんじがらめにされた、巨大な、見たことのない、人里に出てきてはいけないタイプの見た目のモンスターだ。

 高さは三十メートルほど、ナナフシのどう垂直すいちょくに立ち、あしはカマキリのうでみたいなのがたくさん、胴の下端したはしから放射ほうしゃ状にびる。腕はほそいワームみたいな触手しょくしゅがたくさん、胴のあちこちから不規則ふきそくえる。それぞれの触手の先端せんたんに円形の口吻こうふんがあって、土色のとがった歯が内向きにならんでいる。

 あたまはきっと、胴の頂点にある、植物しょくぶつたねみたいな皺皺しわしわふくらみだと思う。

 観客席から、悲鳴ひめいが聞こえた。スーツやドレスで着飾きかざった観客が、数人たおれた。

 モンスターを見慣みなれた勇者でも、直視ちょくしはきつい見た目をしている。あつく守られた都市で安穏あんのんらす貴族きぞく富豪ふごうでは、正気しょうきたもてなくても仕方ない。

 体の構造こうぞう秩序ちつじょがなく、混沌こんとんとしている。一目で、人間を殺す様子ようす想像そうぞうできる。一度にたくさんの人間を殺しらうさまが、目の前で見ているみたいに鮮明せんめいに思いかぶ。

「こいつはっ、本当にヤバイぞーーーっ! 捕獲ほかくに命をささげた、千人の兵士たちに敬意けいい感謝かんしゃをっ! 辺境へんきょうの村々をいくつも食いつぶしたっ、名前も分からないっ、とんでもないバケモノだーーーっ!」

 ピエロの高らかなコールに、観客たちが熱狂ねっきょうした。気絶きぜつした隣人りんじんなんて眼中にないとばかりに、仮面のおくくるった目をして、れんばかりの歓声をあふれさせた。

 勇者はまゆひそめる。気持ち悪い。吐き気がする。

 モンスターの見た目が気持ち悪い。観客たちの人としての在り方が気持ち悪い。この空間が気持ち悪い。

『ギョワアァァァッッッ!』

 モンスターが、触手しょくしゅ先端せんたんの口でえた。身をって、きつくくさりをガランガランと耳障みみざわりにらした。

「えっ、ええっ、もう、おさえてられない?! そりゃマズい、早く、開始! 決闘けっとう開始だ!」

 ピエロの声が、露骨ろこつあせっていた。

 ほぼ同時に、モンスターを拘束こうそくする鎖が千切ちぎれる。破片はへんり、おりにぶつかってはげしくらす。

 観客の悲鳴ひめいひびく。檻へとびた触手は、鉄格子てつごうしはばまれ、はじかれる。

 まだ閉じていない扉にも、触手が伸びた。中の暗がりから、男数人の断末魔だんまつまが聞こえた。この地下闘技場とうぎじょうの係員だろう。

 勇者にも向けて、触手の数本が伸びる。触手の先端の口が、砂の地面にみつく。

 勇者は、すでにそこにはいない。たった一回の跳躍ちょうやくで百メートルをび、モンスターの頭の上にいる。

 背中を思いっきりらし、背筋はいきんに力をめる。ショートソードを両手で握り、振りあげる。溜めた力を解放かいほうし、前のめりに、ショートソードを全力で振りおろす。

 直径ちょっけい一メートルくらいの、皺皺しわしわたねみたいな頭部とうぶを、ショートソードがいた。途中とちゅうで、負荷ふかえきれず、やいば根元ねもとから折れた。

『ギョワアァァァッッッ!』

 モンスターの触手しょくしゅ先端せんたんの口が、耳障りな悲鳴ひめいをあげた。

 勇者は砂の地面に着地ちゃくちする。勇者を目掛めがけて、触手の数本がびる。砂にハイヒールでステップをみ、かろやかにかわす。

 ショートソードが折れてしまって、ここからどうするかかんがえる。分からない。考えるのは苦手にがてである。

『ゴフッ』

 モンスターの口が、白濁はくだくした液体えきたいいた。ナナフシみたいな胴体どうたいふるわせ、らし、揺れがどんどん大きくなって、ついにはたおれた。鉄格子をはげしくたたき、水場に落ちて水飛沫みずしぶきらした。

「……ふうっ」

 どうやら絶命してくれたようだと、勇者は安堵あんどいきをはき、リストバンドでひたいの水をぬぐった。

 だが、まだわりではない。折れたショートソードをて、急いで、大扉おおとびらおくの暗がりへと走る。

大丈夫だいじょうぶですか?」

 暗がりにたおれた人影ひとかげがある。り、しゃがみ、みゃくを取ろうとして、首から上がないことに気づく。

 思わず、口をさえた。

 他の人影も、もう生きていないと、体の形を見て分かる。

やすらかに、ねむってください」

 立ちあがり、手を合わせた。

 暗がりから、明るい広場へと出る。広場を横切よこぎり、開いた大扉から、自分の部屋へとつづく暗がりに入る。

 観客たちが、さわいでいた。ピエロにめ寄る人たちもいた。おそろしいモンスターに恐怖きょうふしたことか、勇者が無惨むざんに食い殺されなかったことが、不満ふまんなのだろう。

 どうでもいい。興味きょうみもない。自身がバニーガール姿すがただと思い出して、ちょっとずかしかった。


   ◇


「本日のメーーーン、イベントーーーっ! 王国中に名をとどろかせた、勇者様のご入場ですっ! 今度こそ、今度こそ、皆々様のご期待きたいえるものと思います!」

 ピエロのコールに、会場がきたつ。観客たちが興奮こうふんして、立ちあがり、れんばかりの拍手はくしゅらす。

 勇者はずかしさにかおにして、むねへそうでかくし、内股うちまた太腿ふとももを閉じて入場する。

 今回は、隠すべき場所をぎりぎり隠す布しかない、面積めんせきの小さすぎる水着だ。恥ずかしい水着だけだ。防具はおろか、武器すらなしだ。

 観客たちが、はだのほとんどを露出ろしゅつした勇者の華奢きゃしゃ肢体したいに、視線しせん集中しゅうちゅうさせる。仮面のおくに、下卑げびみをかべる。いやらしい想像そうぞうに、口元をゆるませる。

「前回、前々回と、皆々様のご期待にえず、たいっへんっ、たいっへんっ、もうわけありませんでしたーーーっ! しかし、今回こそ、今回こそ、大丈夫ですっ!」

 ピエロの前説まえぜつに、客席がざわつく。

「今回の決闘けっとう相手はーーーっ! こちらっ!」

 縦長たてながで四角い、黒い金属製の両開きの大扉おおとびらが開いた。重苦おもくるしくきしみ、耳障みみざわりにひびいた。

 おくの暗がりから、人間と同じくらいの大きさの何かが出てくる。高さ数十メートルのとびらから出てくるには小さい。無数のきのこかたまりに手足がえたみたいな見た目をしている。

 最初さいしょから、くさりどころかロープの拘束こうそくすらない。闘技場とうぎじょうの広場を、無数の茸の塊みたいな二本の足で、ヨタヨタとふらつきながら歩く。一応、勇者の方に近づいてくる。

 強そうではない。むしろ、弱そうだ。

「このモンスターは、ご存知ぞんじの方もおおいのではないでしょうか?! 人間は、さわっただけで全身がしびれて、うごけなくなります! 動けなくなった獲物えものあなという穴に、粘着ねんちゃく性の菌糸きんしえつけて、苗床なえどこにしてしまう、とてもエッチな、もとい、おそろしいモンスターですっ!」

 客席から一斉いっせいに、ワッとわらい声があふれた。よく知るマスコットキャラが予想外よそうがい登場とうじょうしたみたいな反応だった。

 勇者も、知らないこともない。僧侶さんにりたうすい本に、そういう話があった。興味きょうみがないこともない年頃としごろなので、赤いかおが、さらに赤くなった。

こわがらなくても大丈夫! ちょっとしびれるだけだからね!」

 ピエロが、勇者をなぐさめるように声をかけた。大人しく苗床になれ、とでも言いたいのだろう。

「もしかして、あたまわるいと思われてるのでしょうか……」

 勇者はあきれて、つぶやいた。

 たしかに、素手すでつのはむずかしい相手だ。端微塵ぱみじんにできる威力いりょくこぶしも、触った瞬間しゅんかんに痺れて動けなくなっては、意味がない。ダメージすらあたえられない。

 今の勇者には、武器がない。エッチな水着を着ているだけだ。

 ヨタヨタと近づくきのこのモンスターを見る。周囲しゅういを見まわす。砂の地面から、岩場へとあるく。

 岩の一つを正拳突せいけんづきでくだく。頭くらいの大きさの石をひろい、にぎり、りかぶる。

「え?! あ! ちょ、ちょっとって待って!」

 ピエロのあわてる声が聞こえた。

 容赦ようしゃなくげた石が、茸のモンスターを木っ端微塵に粉砕ふんさいした。


   ◇


 勇者は、闘技場とうぎじょうにいた。四度目だ。

 今回は、砂にき立てた太いくいに、くさりで固定されている。

 け出そうと、華奢きゃしゃ肢体したいよじる。鎖は頑丈がんじょうで、ガチャガチャとるだけで、ビクともしない。

 正攻法せいこうほうでは勇者に勝てないと分かって、め方を変えてきたようだ。抵抗ていこうできなくして、無抵抗のままモンスターにおそわせる気だ。

 正面の大扉おおとびらが開く。重苦おもくるしくきしむ。耳障みみざわりにひびく。

 おくの暗がりから、水色のスライムみたいなモンスターがい出る。

「今回はっ! 少しだけ趣向しゅこうを変えておりますっ!」

 燕尾服えんびふくを着たピエロの声が、闘技場にひびく。

身動みうごきできない勇者様が、寄生きせいタイプのスライム相手に、何秒正気しょうきたもっていられるのかっ!? 勇者様が恐怖きょうふおびえ、嫌悪けんおかおゆがめ、狂気きょうきに身をゆだねるさまをっ! 皆々様、存分におたのしみくださいっ!」

『ワーーーーーッッッッ!』

 地下闘技場の空間に、れんばかりの歓声かんせいとどろいた。すべての観客が立ちあがり、興奮こうふんし、熱狂ねっきょうし、高らかに拍手はくしゅらした。

 勇者はあせる。藻掻もがく。身を守る武器も、よろいも、服すらなく、身動きもできず、スライムをこばすべがない。

 鎖はけない。抜け出せない。恐怖に顔が引きり、なみだ視界しかいがぼやける。

いやっ! 来ないでっ! やめてっ!」

 勇者は必死ひっしさけんだ。

 観客たちのわらい声だけが、耳にとどいていた。


   ◇


 勇者は目をました。

「また、ねむっちゃってたみたいですね……」

 つぶやき、周囲を見まわす。

 鬱蒼うっそうとした森の中にある、いずみふちである。つねに雨が降りつづける『常雨とこあめもり』と呼ばれる森で、泉のんだ水面みなもに、雨粒あまつぶ波紋はもんを広げる。

 水浴みずあびした後に、泉の縁にすわり込んで、いつのにか眠ってしまっていたようだ。

 泉の水面をのぞき込む。んだ泉の水面みなもに、金色の長いかみの、華奢きゃしゃな美少女がうつる。

 美少女だ、と自分でも思う。たまにおどろく。はだか直視ちょくしは、今でもすごくドキドキする。

 水面に両手をし込む。映る姿すがたくずれる。水をすくい、かおあらう。

 左手を木のみきに当てて立ちあがり、右手であたまさえる。思考しこうがぼんやりする。まだゆめを見ている気分で、足元が覚束おぼつかない。

 何か、夢を見ていた気がする。何度も何度も、同じ夢を見る気がする。なぜか、夢の内容は思い出せない。

 勇者は、この森にみ、『ぬま女王じょうおう』とおそれられる凶悪きょうあくなモンスターを退治たいじに来た。たぶん、そうだ。

 しかし、沼の女王は発見できず、何日も何日も、この森を彷徨さまよっている。今からまた、さがして彷徨う。

「よしっ! 今日も頑張がんばりましょう!」

 勇者は空元気からげんきで、高く宣言せんげんした。右のこぶし雨天うてんかかげて、気合をれた。

 雨のる森の中を、軽快けいかい足取あしどりであるき始める。鼻歌交はなうたまじりに歩く。王都おうと流行はやっている恋歌こいうたである。

 勇者の歩幅ほはばに合わせて、ズルリ、ズルリ、と引きるような音がついてくる。

 ついてくる音は、正体はなぞだけれど、ずっとついてくるので気にしないことにしている。ついてくるだけで、姿すがたを見せないし、実害じつがいもない。気にしなくても、たぶん問題もんだいない。

 そう、これはどうせ、ゆめなのだ。

 現実の自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。

 でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、ゆめの中で、勇者ゆうしゃと呼ばれていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第17話 勇者ゆうしゃゆめ END

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