第16話 最終任務 古竜大討伐戦

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおかった。毎日のように、退治を依頼いらいする書簡しょかんとどいた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだ。だったと思う。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがると振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。


   ◇


「ついに、このときがまいった。神が勇者をえらたもうたは、古竜こりゅうを退治させんがためにほかならぬ。おの宿命しゅくめいきもめいじ、命にえても討伐とうばつしてみせよ」

 国王から、激励げきれい勿体もったいない御言葉おことばいただいた。自分がたっといと信じる人間特有の、尊大そんだいでありながら傲慢ごうまんさが丹念たんねんり込まれた、平民的には素直すなおには受けがたい、ヌメヌメとした印象いんしょうの声だった。

「国王陛下へいかに直接の激励げきれいをいただけるとは、恐悦至極きょうえつしごくぞんじます。かならずや御期待ごきたいこたえ、最高の結果を御報告ごほうこくもどってみせます。と、勇者様がもうしあげております」

 女役人が、平伏へいふくしたまま、勇者の言葉を代弁だいべんした。

 勇者と仲間三人と女役人、計五人が国王に謁見えっけんしている。謁見の玉座ぎょくざに国王がすわり、勇者と女役人は横並よこならびで国王の前に平伏する。勇者たちの後方こうほうに、仲間三人がならんで平伏する。

 国王は、何度ちらっと見ても、ひくまるい体形の中年男だ。みじか茶髪ちゃぱつで、ひたい禿げあがり、二重顎にじゅうあごだ。容姿ようしかんして率直そっちょくな感想をべたらおこられそうな、手放てばなしにはがた容姿ようしだ。

「それでこそ、自慢じまんの勇者である。勝報しょうほうを期待しておるぞ」

 国王が満足まんぞくげにうなずいた。

 勇者の言葉を代弁した、としているが、勇者の言葉を代弁したわけではない。

 勇者は、勇者様の言葉を仲介ちゅうかいするふりをしつつ、勇者様の発言の名目めいもくで当たりさわりのない発言をするので、勇者様は一言もはっさずにだまっていてください、と女役人に毎回指示される。だから毎回、黙って平伏だけしている。

 勇者の代弁は、女役人が適当てきとうかつ適切てきせつに返している。国王のためにモンスター退治をしたいなんて、勇者はかんがえたこともない。こう返せば国王の機嫌きげんそこなわないだろう、以上の意味なんて、そこにはない。

 勇者の今の気持ちをえて言葉ことばにするならば、いつものねむくなる長話ながばなしがなければいいな、だ。

が王国の歴史れきしは、勇者と古竜のたたかいの歴史ともうしても過言かごんではない。始まりは、王国の勃興ぼっこうにまでさかのぼる」

 国王の、これまでのではなく長そうな話が始まった。

 欠伸あくびをせずに乗りきれるだろうか、と勇者は不安にふるえた。


   ◇


「よーし、皆、いてくれ! これから、古竜について説明せつめいするぞ!」

 戦士が、王国軍本部の作戦室の壇上だんじょうで、居並いなら騎士きしたちにびかけた。

 勇者には三人の仲間なかまがいる。男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然少女僧侶てんねんしょうじょそうりょである。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳を過ぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有の長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族しゅぞくで、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢こうまん御嬢様おじょうさまである。

 僧侶は、村の教会でも見かけるような国教こっきょう僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターとたたかう僧兵である。天然てんねんっぽい少女である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこる十代なかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者にちかい。

「古竜のなんたるかなんて、子供でも知っておりますわ。前回の襲撃しゅうげきさいに、り返し聞かされましたもの」

 エルフが、いやな思い出を思い出してしまった表情で、口をはさんだ。

「まあ、そう言わずに聞いてくれ。人間はエルフとちがって短命たんめいなんだ。前回の古竜の襲撃なんて、年寄としよりの昔話だぜ」

「わたしも、りゅうって見たことありません」

「私も、見たことないですぅー」

 戦士と勇者と僧侶が、三人かりでエルフを納得なっとくさせようとした。

 エルフは不満顔ふまんがおながら、羽扇はねおうぎで口を閉ざした。

「じゃあ、説明を始めるぞ! まず最初さいしょに、古竜は死なない、ってことだけはきもめいじてくれ!」

 作戦室には、勇者たちと、百人の騎士がつどう。古竜との決戦にのぞむ部隊の、指揮官しきかんたちである。

「死なないって、では、どう退治すればいいんですか?」

 勇者は首をかしげて、挙手きょしゅして、戦士に聞いた。

「お話し合いで、平和に帰っていただくというのは、いかがでしょうか」

 僧侶が、能天気のうてんき笑顔えがお提案ていあんした。

「いい質問しつもんだな。古竜はどんなきずでも、少しずつだが治しちまう。だから、瀕死ひんし重傷じゅうしょうわせて、退散たいさんさせて、傷がなおるまでの数十年の平和を享受きょうじゅする、とり返してきたのさ」

 戦士が、気さくな近所のお兄さんみたいな口調くちょうで答えた。

 勇者は納得なっとくしてうなずく。騎士たちがざわめく。

 相手は半端はんぱなモンスターではない。伝説、英雄譚えいゆうたん御伽噺おとぎばなし、昔話にかたがれる、最強クラスのモンスターだ。

 こちらの被害ひがいは、きっと想像そうぞうぜっする。数百数千の犠牲ぎせい者が出る。

 なのに、相手は死なず、数十年後にはふたたあらわれるというのだ。自分や仲間たちの死に意味があるのか、疑念ぎねんが生まれ、まよいに覚悟かくごらいで何の不思議ふしぎもない。

「いいか! 迷いのあるヤツは確実に死ぬ! 覚悟の決まらないヤツ、死にたくないヤツは、だれ文句もんくは言わないから、参加を辞退じたいしてもらってかまわない!」

 戦士が強い口調で、騎士たちに呼びかけた。いつもより、真面目まじめかおをしていた。


   ◇


 火山のふもとに、大型の強弩きょうどならぶ。

 強弩は、やりサイズの矢を、台座だいざに固定した大型の弓で射出しゃしゅつする、攻城こうじょうにも使われる強力な兵器である。今回は、強弩を数十台配置はいちして、古竜戦の主力しゅりょくとする。

 数十人の兵士たちが、ロープで強弩を引き、移動いどうさせる。火山のふもとは草の一本もえないけた岩盤がんばんで、凸凹でこぼこおおくて、あつくてあせだくで、大変そうに見える。

「みなさーん! もう少しですよー!」

 僧侶が、高く可愛かわいらしい声援せいえんを投げた。

『はーい! 頑張がんばりまーす!』

 兵士たちから、びる返事が返ってきた。精力せいりょく的に雑用ざつよう参加する僧侶は、すでに兵士たちの人気者だ。

配置はいちが完了したら、各自で食事をって、体力を回復かいふくしてくれ! いつ古竜が襲来しゅうらいするか分からないから、気をきすぎないでくれよ!」

 戦士が、指揮官しきかんたちに指示しじしながら、地面にすわり、配置図を広げた。

 そう兵数は、約一万人になる。前線を、精鋭せいえい千人がつとめる。

 相手が古竜となると、人数が多いだけでは犠牲ぎせい者がえるだけだ。前線は少数精鋭でかため、防御ぼうぎょ徹底てっていした方がいい。のこりは、後方支援しえん予備待機よびたいきだ。

 勇者が、古竜に正面からいどむ。後方に配置した軍が、強弩きょうど射撃しゃげき攻撃を行う。魔法使い隊で魔法の防壁ぼうへきを張り、負傷ふしょう兵は予備兵と交代こうたいする。

 防御のかなめは、勇者と魔法使い隊になる。もとより、普通ふつうの人間がたばになったところで、古竜のあらゆる攻撃こうげきふせぎようがない。尻尾しっぽ一振ひとふりで百人がくだかれ、ブレスの一噴ひとふきで千人が黒焦くろこげにされる。

 攻撃のかなめは、強弩隊になる。勇者と魔法使い隊で守っていられるうちに、強弩で古竜をあなだらけにする。よわった古竜に勇者がダメしの一撃を決めてわり、という作戦である。

「私は、何をすれば良いでしょうか?」

 僧侶が、戦士のよこにしゃがんで、配置図をのぞき込んだ。

「僧侶は、さい後方の救護きゅうご隊だ。瀕死ひんしになるヤツもおおいだろうから、いそがしくなるぜ」

「分かりました。じゃあ、こちらのお手伝てつだいが終わったら、救護隊のテントに行きますね」

 僧侶は笑顔えがおで立ちあがり、物資ぶっしの入った大きなふくろかついで、兵士たちの方へと走っていった。見送って、戦士は微笑びしょうした。

 こういう状況では、僧侶も勇者わくだ。一般人枠の戦士とちがって、皆の士気をあげ、希望きぼうあたえる存在だ。

 とおい火山にほのおの柱がきあがる。空ははい色のあつくもおおわれ、昼間だというのに薄暗うすぐらい。地面が、かすかにれている。

「そろそろ、か? 古竜をこの目で見られるなんざ、うんがいいのか、わるいのか」

 戦士は火山の山頂を見据みすえて、小さくわらって、つぶやいた。


「北の山頂方向! 大型のモンスターを上空に視認しにん!」

 監視かんしさけんだ。興奮こうふん恐怖きょうふじった声だった。

 戦士は、手におさまるサイズの遠眼鏡とおめがねち、北の空を見る。超大型のトカゲのどうを太くして、首を長くばし、コウモリのようなうすまくつばさを六枚やした見た目のモンスターが、その三対さんつい六枚の翼を羽ばたき空をぶ。

「オレも実物を見るのは初めてだが、あれが古竜で間違まちがいないだろ! あんなとんでもないバケモノは、これまでの冒険者人生で見たことないぜ!」

 戦士の声は、どこかたのしげで、かくしきれない恐怖も混じっていた。

 兵士たちが、動揺どうようざわつく。おそれ、狼狽うろたえ、さわぎ、悲鳴ひめいをあげ、臆病風おくびょうかぜかれて、後退あとずさる。

 仕方しかたない。空を飛び、ここを目指すモンスターは、遠目とおめに見ても体長五十メートルはくだらない。さかる炎のように赤いうろこまとい、凶暴きょうぼうさと強靭きょうじんさをあわせ持つ巨体きょたいをしている。

 落ちくように指示を出そうにも、戦士自身もおびえている。足がふるえる。くちびると歯がふるえて、上手うましゃべれない。

「では、配置はいちにつきますね」 

 勇者が、微笑びしょうして、戦士に声をかけた。

 勇者は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃである。身のたけほどある大剣をにぎり、ビキニみたいなふくを着て、かくすべき場所をぎりぎり隠す露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとう。

 声が、冷静れいせいで、落ちいていた。戦士のよこを通過した。ゆっくりと、しずかに、強弩きょうど隊の前方へと進み出た。

 まさに、勇者だ。戦士の心から、恐怖が消えた。兵士たちからも、恐怖が消えた。

「よし! 全兵、勇者様につづき、配置をととのえよ!」

『はっ!』

 指揮官の号令に答え、兵士たちがうごく。勇者の立ち位置いちに合わせて強弩を移動いどうさせ、陣形じんけいを整える。

すべての準備じゅんびが整いました!」

 指揮官の報告ほうこくが、戦士へと向けられた。

「分かった。合図あいずを出すから、全員、覚悟かくごを決めてくれ」

 戦士は、緊張きんちょうした声で答えた。強弩隊の中央に立ち、タワーシールドを地にき立てた。

 握る手がふるえる。あせながれる。心拍しんぱくが、血の流れが加速する。

 いよいよ、古竜の討伐とうばつ戦が、始まる。


   ◇


『ガアアアアアァァァァァッッッッッ!!!!!』

 空高くに、古竜の咆哮ほうこうとどろいた。音とぶより、空間の振動しんどうだった。

 気がとおくなる。心臓しんぞうを握りつぶされそうな圧迫あっぱく感がある。恐怖きょうふなんて生易なまやさしい感情ではまない。

気絶きぜつしたヤツをこせ! 落ちいていけ! こっちには勇者がついてる!」

 戦士の鼓舞こぶが、後方からこえる。

 勇者は、直立し、あつい空気をい込む。ゆっくりといきをはき、古竜を見あげる。

 身のたけほどある大剣を、両手でにぎる。右足を前にみ出す。こしとし、大剣を、左腰のよこに、左脚ひだりあし沿わせてかまえる。

 呼吸こきゅうととのえ、全神経しんけいを集中する。

 戦士いわく、古竜の最初さいしょのブレスの対処たいしょが、最重要さいじゅうようだ。失敗しっぱいすれば、この場の全員がけ死ぬだろう。

 責任せきにん重大である。責任のしかかるかたと背中が、ひざをついてしまいそうにおもい。重すぎて、興奮こうふんする。

 古竜を相手に、千人の命を背負せおい、千人の先陣せんじんを切る。勇者にしかつとまらない、重大な任務にんむである。まさに、勇者冥利みょうりきる。

 血がたぎる。体が熱い。興奮しすぎて、自然しぜん微笑びしょうする。

 微笑してつ。古竜が近づくまで、待つ。古竜がほのおのブレスをき、戦士の号令がかかるまで、熱さにうず肢体したいおさえる。

 古竜が空を飛ぶ。灰色のあつい雲の下を、三対さんつい六枚のつばさで羽ばたく。巨体が、少しずつ、高速で、せまる。

かまえろ!」

 号令が聞こえた。

 兵士たちは、しずかだ。低い地鳴じなりが、熱い空気を振動しんどうさせる。古竜の羽ばたきまで、はっきりと聞こえる。

 古竜が、勇者たちの上空に旋回せんかいした。長い首の先の、かくばったトカゲみたいなあたまの、首の付け近くまでよこけた口が開いた。白いきばならぶ口に、赤い炎みたいなものがらめいた。

「勇者! たのむ!」

 戦士の号令が聞こえた。

 瞬間しゅんかん、勇者はみ出した右足で、強く岩盤がんばんを踏む。

 あつい岩盤に、足を中心とした亀裂きれつが走った。

 古竜が、ほのおのブレスをきおろした。

「はあああああっ!!!!!」

 勇者は、全身をひねりあげ、みなぎる全力をやいばへと込めて、大剣を頭上ずじょう高くへりあげた。

 大剣からびた斬撃ざんげきが、らぐ大気を斬りき、炎のブレスを斬り裂き、古竜のどうななめに斬った。

「よし! 強弩きょうど隊! 一斉射撃いっせいしゃげきだ!」

 戦士の号令で、やりみたいな大きさの矢が何十本も、古竜を目掛めがけてはなたれる。古竜の体にさり、つばさを突きやぶる。

 たまらず、古竜が着地ちゃくちした。落下の轟音ごうおんともなって、地面がれた。勇者たちの前方、百メートルにもたない近さだ。

 古竜のきずあさい。アースワームを両断りょうだんした魔力付与エンチャントでも、古竜の心臓しんぞうにはとどいていない。強弩の矢なんて、筋肉きんにくの表面に突き刺さる程度ていどにしかなっていない。

 一振ひとふり限りのエンチャントを使ってしまった今、こんなバケモノをどうたおせばいいのか、勇者には分からない。想像そうぞうもつかない。

「勇者は、防御ぼうぎょてっしてくれ! ここからは強弩隊で、アイツの体力をけずる!」

「はい! 分かりました!」

 戦士の指示に答えて、勇者は古竜へと走る。

 巨大なモンスターからだれかを守る場合は、近づかせないのが基本きほんである。あの位置いちで古竜を足止めできれば、ブレス以外の攻撃こうげきは、兵士たちには届かない。

 大剣はこしの高さにかまえる。攻撃はせず、防御に徹する。古竜が前進するようなら、全力で攻撃する。

 前進するフリから攻撃してきたら防御する。前進するフリから攻撃するフリから前進したら攻撃する。かんがえるのが苦手にがてな勇者には判断はんだんむずかしいが、古竜のかおを見れば杞憂きゆうだと思う。

 古竜が、いかりに血走った目で、勇者をにらんだ。爬虫類はちゅうるい特有の、縦長たてながひとみをしていた。

 うろこち肉を斬ったのだから、いかって当然とうぜんである。

 四本の太くみじかあしで地をむ古竜の、はらから赤い血がれる。岩の地面に、大きな血溜ちだまりができる。

 激昂げきこうした古竜の巨体が、大きくひねられた。太く長いが、空気を引き千切ちぎりながら、勇者へとたたきつけられた。

 勇者は大剣をたてとして、古竜の尾を受けた。金属きんぞく同士がはげしくぶつかる音だった。全身がバラバラになりそうな、まれて初めて味わう、これまで知らない、すさまじい衝撃しょうげきが突きけた。

 吹き飛ばされる寸前すんぜんに、かた岩盤がんばんに踏みとどまる。踏ん張り、岩盤を踏みる。全身全霊ぜんしんぜんれいで、大剣でし返す。

 古竜の尾は、とんでもなく高密度こうみつど筋肉きんにくはがねうろこまとったような、かたさに硬さをかさねて重ねた手応てごたえがある。かたけそうに、背骨が折れそうに、かんじる。

「うああぁぁぁっ!」

 古竜の尾を、はじき返した。たったこれだけで、あせだくだ。

装填そうてんんだ強弩きょうどから、第二射開始! 勇者には当てないでくれよ!」

 戦士の号令がこえた。戦士の声は、低く、力強く、とおくまで通った。

 勇者の頭上ずじょうに、やりみたいな大きさの矢が何十本も、古竜を目掛めがけてぶ。古竜の背中にさる。

『ガアアアアアァァァァァッッッッッ!!!!!』

 古竜の咆哮ほうこうとどろいた。音と呼ぶより、空間の重圧じゅうあつだった。

 自身の肢体したい圧壊あっかいするイメージを、圧力をね返すイメージではらう。目の前で聞くと、遠くで聞くよりもすさまじい。精神せいしん的によわいとショック死しかねない、との前情報まえじょうほう納得なっとくできる。

 勇者は大剣をかまえ、古竜へとけた。古竜の咆哮は、ねらいが本隊に向いた証拠しょうこだ。

「たあっ!」

 跳躍ちょうやくし、古竜の頭部とうぶりつける。うろこはじかれ、長い首の一振りで打ち落とされる。

 着地し、体勢たいせいを立てなおす。見あげ、次の攻撃こうげきそなえる。

 鱗をまとった太い足が、勇者をつぶさんとおりてくる。勇者は後方へと素早すばやね、間一髪かんいっぱつかわす。

 油断ゆだんせず、古竜を見あげる。大きく開いた古竜の口が、目掛けておりてくる。

 勇者は、身のたけほどある大剣を、左かたよこへとかまえた。強く地をみ、体をねじり、力をめた。

「やぁっ!」

 溜めた力を解放かいほうして、大剣を頭上に横振よこぶりした。古竜の口のはしを斬りいた。おりてきた口と牙が、びたゴムがちぢむみたいに跳ねあがった。

『ギャアァァァッ!』

 古竜がいかりにえた。

 勇者は油断せず大剣をかまえなおし、あら呼吸こきゅうととのえる。

 古竜は、怒りに赤く血走った目で、勇者をにらむ。勇者の頭上を、強弩きょうどの矢が飛びえる。空は灰色のあつい雲におおわれ、岩盤がんばんの地面は火山の地鳴じなりにふるえる。

たたかいは、まだ始まったばかりです」

 みずからに言いかせて、勇者は、ゆっくりといきをはいた。


   ◇


 どのくらいの時間が経過けいかしたのだろうか。

 古竜には、すでにかぞえきれないかずの矢がき立つ。戦闘せんとう開始直後よりもうごきはにぶり、破壊はかい力も落ちている。確実かくじつよわってはいる。

 勇者は、古竜のみ付けをかわしながらかんがえる。踏みつけられた大地がれる。

 古竜の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに全神経しんけい集中しゅうちゅうする。しなければ、勇者といえども、命はない。

『ガアアアアアァァァァァッッッッッ!!!!!』

 古竜の咆哮ほうこうとどろいた。

 勇者は眩暈めまいにふらつき、あわててみとどまった。心臓しんぞうにぎつぶされそうなくるしさに、むねさえた。

 頭上ずじょうを、強弩きょうどの矢が数本飛ぶ。一本だけが、古竜の背中にさる。

 古竜の二度目のブレスあたりから、強弩隊の動きが、かなり少なくなった。ほのおのブレスは、勇者が至近距離しきんきょりからいたけれど、炎の余波よはで大きな被害ひがいが出たのかも知れない。

 心配しんぱいだ。後ろは見ない。勇者が前に集中しなければ後ろに被害が出る、と戦士に念押ねんおしされたからだ。

 戦士の声もこえなくなった。巨大な古竜があばれる轟音ごうおんのせいか、勇者が戦闘せんとうに集中しているせいか、他の理由なのかは分からない。心配でも、後ろは見ない。

 今できるのは、仲間を信じて全力でたたかうことだけだ。皆を信じ、軍を信じて、古竜を退しりぞけるのだ。

 古竜の巨体が大きくひねられ、太く長いが勇者にたたきつけられる。勇者は大剣で受け、金属同士がはげしくぶつかる音が、耳をつんざく。全身を、いよいよバラバラの肉塊にくかいにされそうな、強烈きょうれつ衝撃しょうげき貫通かんつうする。

「うああぁぁぁっ!」

 声をしぼり、気力を振り絞り、全力でみとどまって、古竜の尾をはじき返した。

 かたけそうだ。背骨が折れそうだ。全身の疲労ひろうに、たおれてしまいそうだ。

「ハァ……ハァ……」

 あら呼吸こきゅうり返す。あつい空気をはい循環じゅんかんさせる。

 勇者の背中には、後方千人の命がっている。たおされそうだった重責じゅうせきが、今は背中をささえる。全身にみなぎる力となる。

 古竜の口が、おりてきた。相手が巨大すぎて、真下ましたから見あげると、開いた口にあたまかくれて見えないのだ。

 口には、白く、大きく、けの一つすらないきばならぶ。強度とするどさは、岩をもくだく。

 防御ぼうぎょてっするのであれば、右か左にびたい。後方は、後方の部隊に接近してしまう。前方は、後方部隊と古竜の間に、勇者という障害物しょうがいぶつがなくなってしまう。

 跳ねた先に足がおりてくる、まで想定そうていできる。勇者が想定できるほどかしこいのではなく、さっきから散散さんざん、それをやられている。

 自身の体力の消耗しょうもうが気になる。消耗がかさなれば重なるほど、動きがにぶくなる。鈍化どんかの先には、いつかかならず、けきれずにつぶされる結果がっている。

 人間の限りある体力と、古竜の無尽蔵むじんぞうの体力の勝負しょうぶなんて、わるすぎる。勇者でなければ、とっくに死んでいる。勇者でも、長くはたずに死ぬ。

 責任せきにん重圧じゅうあつと、死の恐怖きょうふが心を鷲掴わしづかむ。疲労ひろうが手足にからまって、肢体したいを引きたおそうとする。

 せまる限界をさとって、勇者はわらう。

 笑う。笑わずにはいられない。まさに、勇者冥利みょうりきる。

 勇者だからこそ、今ここに立っている。まだ立っていられる。

「後ろはもういいぞ! 全員さがった!」

 戦士のさけぶ声がこえた。

 来た!、と心の中でつぶやいて、勇者は前方へと、素早すばや跳躍ちょうやくした。

 背後に、古竜の牙が岩盤がんばんむ。石片せきへんが背中を打つ。ここまで右か左か後ろにしかけなかったから、初めて前にけて、はらの下へともぐったから、古竜の反応はんのうかならおくれる。

 身のたけほどある大剣を、頭上ずじょうりあげる。跳躍の先で、岩の地面を強くむ。岩盤がんばんを踏みって、さらに力強く跳躍する。

「はあああああっ!!!!!」

 初撃しょげきで斬りいた腹のきずかさねて、渾身こんしん一撃いちげきを振りいた。

『ギャアァァァッ!』

 古竜がえた。

 露出ろしゅつしていた腹の肉を、さらにふかく斬り裂いた。おぼれそうに大量たいりょうの血が、五十メートルをえる巨体きょたいからき出した。

 血をびて、勇者はうずくまる。疲労ひろうしすぎて、もう立てない。

 血があつい。体が熱い。消えそうな意識いしきすがり、引きめる。

 まだ、わっていない。古竜は退散たいさんしていない。勇者の責任せきにんを、まだ取れていない。

 自分は、勇者なのだ。たくさんの人の命を、背負っているのだ。こんなところで、負けられないのだ。

 大剣をにぎめる。あしに力を込める。ひざを突き、を食いしばる。

「うああぁぁぁっ!!!!!」

 華奢きゃしゃな体を無理矢理むりやりこし、真上まうえにある肉へと大剣を突きあげ、突きした。

『ギャアアアァァァッ!』

 古竜がえた。いかりか、悲鳴ひめいか、分からなかった。

 強い風が起こる。古竜のつばさはげしく羽ばたく。巨体がはなれ始める。

 勇者は、すがるようにして、大剣を引きく。地に両ひざを突き、脱力だつりょくして、空を見あげる。

 古竜が、あつはい色のくもおおわれた空へと、のぼる。勇者の方を見ようともせず、雲の中へと昇って消える。

 まだ、油断ゆだんはできない。急降下きゅうこうかしてきて、三度目のブレスをくかも知れない。

 薄暗うすぐらい空を見あげる。あがらないかたうでは脱力する。かすかな振動しんどうひざに伝わる。

 水滴すいてきが、ほおに当たった。ポツポツと、水のつぶり始めた。熱い体に心地好ここちよい、返り血をあらながす、めぐみの雨だ。

『うおーっ!』

 後方から、兵士たちのどきが聞こえた。興奮こうふん歓喜かんきあふれていた。いつまでもりやまず、空気をふるわせ、雨を震わせた。

 勇者はずっと、空を見あげていた。両ひざを地にき、脱力だつりょくし、古竜がもどってくるのではないかと、あつい雲を、いつまでも見あげていた。


   ◇


「勇者よ。失望しつぼうしたぞ」

 国王から、落胆らくたん勿体もったいない御言葉をいただいた。自分がたっといと信じる人間特有の、尊大そんだいでありながら傲慢ごうまんさが丹念たんねんり込まれた、平民的には素直すなおには受けがたい、ヌメヌメとした印象いんしょうの声だった。

 謁見えっけん玉座ぎょくざに国王がすわり、勇者と女役人は横並よこならびで国王の前に平伏へいふくする。勇者たちの後方こうほうに、仲間三人がならんで平伏する。

 国王は、ひくまるい体形の中年男だ。みじか茶髪ちゃぱつで、ひたい禿げあがり、二重顎にじゅうあごだ。容姿ようしかんして率直そっちょくな感想をべたらおこられそうな、手放てばなしにはがたい容姿だ。

「勇者ともあろうものが、古竜の退治たいじに失敗し、あまつさえ、が軍に甚大じんだいなる被害ひがいを出すとは何ごとか。王国への反逆はんぎゃくわれても、文句もんくはあるまいな」

 国王の苦苦にがにがしい口調くちょうに、女役人が口を開く。

偉大いだいなる国王陛下へいかの御言葉に、異論いろんはさをおゆるしください。しかしながら」

だまれ! 見苦みぐるしい言いのがれなどきとうない!」

 国王が声をあらげた。

 女役人は、言葉をつづけられなかった。国王が反論はんろんを許さないタイプの人間だと、知っているからだ。

 古竜は死なない。ゆえに、最善さいぜんの結果は、退散たいさんさせること、である。

 退散させたのだから、退治に成功した。殺せなかったから退治に失敗した、との国王の見解けんかいこそが間違まちがいだ。

 軍の被害にしても、瀕死ひんし重傷じゅうしょうだろうと治癒ちゆできる僧侶のおかげで、最小限にとどめられた。それでも数百人の死者が出たが、古竜相手に奇跡きせき的なすくなさだ。

 そうじて、今回の古竜退治は、過去の記録きろくくらべても遜色そんしょくない、あるいは最高に近い結果のはずである。失望されるいわれなど、一ミリもないはずである。

 それを、失敗だの、反逆だの、見当違けんとうちがいもはなはだしい。言いかりもいいところだ。

 いかりにまかせて反論しようとした戦士が、かたふるわせて、歯を食いしばる。体がうごかず、声が出ない。

 冒険者の戦士には、高位の魔法で体の自由をうばわれていると分かる。かろうじて動く視線しせんで、僧侶もエルフも同様どうようだと確認かくにんする。

 王宮につかえる魔法使いたちの仕業しわざだろう。この謁見えっけんで勇者たちがどう動くか予想よそうして、勝手かってな行動をさせないように準備じゅんびしていたのだ。

王命おうめいである。勇者は、勇者の地位を剥奪はくだつし、罪人ざいにんとして地下牢ちかろう幽閉ゆうへいせよ。他の三名は、ひまを出し、退城たいじょうさせよ」

 国王の命令で、勇者たちを近衛騎士このえきしたちが取りかこんだ。かたかかえ、立たせた。

 声を出せない。動けない。

 困惑こんわくの表情で、蒼褪あおざめたかおで、勇者は大人しく連行れんこうされた。戦士たちは、だまって見送ることしかできなかった。


   ◇


 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがるりまわし、凶暴きょうぼうなモンスターを易易やすやす両断りょうだんする。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第16話 最終任務さいしゅうにんむ 古竜大討伐戦こりゅうだいとうばつせん END

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