第14話 砂漠の都市防衛戦

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおかった。毎日のように、退治を依頼いらいする書簡しょかんとどいた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだ。だったと思う。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがると振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。


   ◇


「うわぁっ……。太くて、大きいですねぇ……。それと、あついです」

 勇者は上を見あげて、素直すなお感想かんそうを、思わず口にした。

 山みたいに巨大きょだいなアースワームが、砂漠さばくなかう。ズズッ、ズズッ、とすなし分ける音が、いたことのない重低音じゅうていおんる。

 巨大というか、比喩ひゆとか脚色きゃくしょくなしに、山ほどに大きい。アースワームはてして巨大なモンスターである、にしても、常軌じょうきいっする。

 環形かんけい動物型で、形状自体はミミズとかゴカイとかヒルに近い。うごきは鈍重どんじゅう、土色の巨体には、巨大な口吻こうふんがある。巨大な土色のきばが、丸い口吻に丸くならび、地獄じごくもんみたいな雰囲気ふんいきうごめく。

 食性は、砂や土を主食とし、ついでに口に入ったものも食べる。基本的には、砂や土がき出しの、広大な砂漠やれ地に棲息せいそくする。人の生活けんとは縁遠えんどおいこともあって、人間に直接的な被害ひがいを出した事例じれいすくない。

 ……いや、まあ、これだけデカければ、食性や棲息圏せいそくけんなんて無意味だ。動くだけで、人類じんるい脅威きょういだ。都市をほろぼしかねない天災てんさいだ。

「おーい、勇者! とりあえず、ってみてくれ!」

 砂漠さばくの都市の駐留ちゅうりゅう軍と相談そうだんしていた戦士が、頭上に大きく手をった。

「やってみます!」

 勇者も、頭上ずじょうに大きく手を振ってこたえた。

 背負せおう大剣のつかを、肩越かたごしに右手でにぎる。魔法式のはずれる。

 身のたけほどある大剣を、頭上高くかまえる。アースワームが近づくのをつ。間合まあいに入るまで、しずかに待つ。

 露出ろしゅつしたはだに日差しがいたい。ブーツしに砂があつい。砂漠の真ん中にある都市の近くで、砂漠の真ん中である。

「たぁっ!」

 勇者は砂に力強くみ込み、全力で大剣を振りおろした。巨大なアースワームの体表をおお粘液ねんえきを斬りいた。

「あー、やっぱり、本体にはとどきません! 粘液しか斬れません!」

 せまるアースワームに背を向けてげながら、大声で戦士に報告ほうこくする。ぼんやりしていたら、通りすがりに踏みつぶされる。

「分かった! 軍の人と話し合うから、ちょっと待っててくれ!」

 砂埃すなぼこりの向こうから、戦士の返事が聞こえた。姿すがたは見えなかった。

『王国軍、攻撃こうげき開始!』

 号令ごうれい合図あいずに、軍の攻撃が始まる。総勢そうぜい百名から、火矢と、魔法隊の火球がぶ。すべて、アースワームの体表をおおう粘液にっ込んで、消える。

 サイズが異常いじょうすぎて、粘液のあつさがおかしいのだ。粘液ねんえきが厚すぎて、何もかも効果こうかがないのだ。体表にすら届かないから、攻撃と認識にんしきすらされないのだ。

 山みたいに巨大きょだいなアースワームが、砂漠さばくう。ズズッ、ズズッ、と砂をし分ける音が、いたことのない重低音でる。

 勇者はよこへとのがれて、見あげる。口に入った砂をはき、はだについた砂をはらとす。砂埃をきらって、数歩すうほをさがる。

 勇者には三人の仲間なかまがいる。男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然少女僧侶てんねんしょうじょそうりょである。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳を過ぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有の長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族しゅぞくで、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢こうまん御嬢様おじょうさまである。

 僧侶は、村の教会でも見かけるような国教こっきょう僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターとたたかう僧兵である。天然てんねんっぽい少女である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこる十代なかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者にちかい。

「あ、こっちがわだれもいませんね」

 勇者は周囲しゅういを見まわしてから、アースワームの前方へと走り出した。

 仲間三人とも、アースワームをはさんで反対側にいる。こちら側には、軍の兵士たちしかいない。

 さいわい、アースワームのあゆみはおそい。走れば余裕よゆうで追いける。

「気をつけろ! ワラジムシが来る!」

 兵士の警告けいこくが聞こえた。

 勇者は足をとめ、り向き、剣をかまえた。ワラジムシとは、アースワームの食べのこしを目当てに並走へいそうする、甲殻類こうかくるい型のモンスターだ。

 得てして巨大なアースワームのおともだけあって、ワラジムシも大きい。体長が二から四メートルはある。ひらべったくて、かたい甲殻におおわれて、体節たいせつが七節、みじかい足が六ついくらいある。

「ギチチッ!」

 砂埃すなぼこりの中から、ワラジムシが飛び出した。

 身のたけほどある大剣を、ななめに振りおろした。おそいかかる一匹を、袈裟懸けさがけに両断した。

 勇者にとっては強くはない。仲間の戦士たちにも強敵ではないだろう。

 問題もんだいは、軍の兵士たちだ。これほどの数を犠牲ぎせいなしでたおせるとは思えない。

 ワラジムシは、とにかく数がおおい。アースワームのきあげる砂埃の中から、次々とあらわれる。無限にいるのかと錯覚さっかくするくらいに、切りがない。

「皆さんは、防戦にてっしてください!」

 勇者は、近くのワラジムシに斬りかかった。容易たやすく両断した。

 兵士たちに被害ひがいを出したくない。守るべき対象たいしょうが目の前で死ぬなんて、勇者としてがたい。救護きゅうご役の僧侶ははなれた反対側にいるから、怪我人けがにんもなるべく出したくない。

「ぎゃーっ!」

 兵士の悲鳴ひめいが聞こえた。

 勇者は蒼褪あおざめて、悲鳴の方を見た。兵士の一グループがワラジムシに隊列をくずされ、一人の兵士がしかかられ、今まさに食い千切ちぎられようとしていた。

 動揺どうように、思考がグルグルとゆがむ。誰かを守れない恐怖きょうふに、視界がくらむ。に合わないと分かっていて、全力ですなの地面を走る。

「ふんぬっ!!!」

 兵士を食い千切ちぎろうとしていたワラジムシの頭部とうぶが、鉄球になぐられてき飛んだ。

「大の男が、その程度ていどで取りみだすものではないぞ! 神は! つねわれらとともにいらっしゃる!」

 四十男の低くしぶい美声だった。大男が立っていた。人のあたまよりも大きな棘鎖鉄球モーニングスターを手にした、ハゲマッチョの僧兵そうへいだった。


   ◇


「落ちいて対処たいしょしてくれ! たてで守って、火でけば、たいした相手じゃないぜ!」

 戦士が冷静れいせいに、兵士たちに指示を出す。

 戦士たちのがわも、ワラジムシの襲撃しゅうげきっている。数がおおい。

 しかし、戦士は落ちいている。兵士たちの統率とうそつが取れて、適切てきせつな指示を出せる戦士がいる。瀕死ひんしの重傷だろうと治癒ちゆできる僧侶の存在も大きい。

 兵士たちがタワーシールドをならべて、ワラジムシの突進とっしんを防ぐ。盾にさえぎられてあばれるワラジムシを、魔法使いたちの火球魔法で焼く。次々と焼けげて、引っくり返り、うごかなくなる。

「おい、エルフ。数が多いんだ。オマエも手伝ってくれよ」

 戦士は、背後で何もせずにたたずむエルフに、視線しせんだけ向けてたのんだ。

 エルフは何も答えない。レースのハンカチを口元に当て、アースワームを見あげる。ワラジムシの方は見ようともしない。

 何かかんがえているようであり、何も考えていないようでもある。単に砂埃すなぼこりいやとか、ワラジムシが気持ちわるくて直視ちょくししたくない、みたいなままの可能性もある。可能性が高い。

 戦士はあきらめて、視線を戦線へともどす。

「戦士さーん! 手助けは必要でしょうか!?」

 勇者はアースワームの前方を横切よこぎって、戦士たちの側に合流ごうりゅうした。

「あっちはわったのか?」

「はい、一段落しました。しばらくは大丈夫だいじょうぶだと思います」

 砂塗すなまみれで笑顔えがおの勇者に、戦士があきれ気味にかたすくめる。

「こっちももうすぐ終わる。それにしても、早かったな。あっちでまともにたたかえるのは、勇者一人だけだったろ?」

「いえいえ。それがですね、強力なすけがいらっしゃいました」

 勇者は笑顔で報告ほうこくした。

「助っ人……?」

 戦士が、不可解ふかかいと首をかしげた。

「ぴゃっ?!」

 僧侶が、変なおどろきの声をあげて、戦士の背中にかくれた。

「こちらが、勇者様の仲間の方方かたがたですかな? おはつにお目にかかります!」

 勇者の後から、ハゲマッチョの大男があらわれた。低くしぶくテンションの高い美声だ。大きな棘鎖鉄球モーニングスター武装ぶそうした僧兵だ。

 僧兵が戦士たちを見る。少しおどろいて、笑顔になり、近づく。

「おお! ひさしいな、後輩こうはい! 元気にしておったか?」

「は、はい。お久しぶりです、先輩せんぱい。おかげさまで、元気にしてます」

 僧侶が、戦士の背後からかおだけ出して、恐縮きょうしゅく気味に会釈えしゃくした。

「わぁ。僧侶さんのお知り合いっだんですね」

「いかにも、って感じだな」

「後輩の一人がとてもほまれ高い役目をさずかったと、話には聞いておりました。勇者様方には、不肖ふしょうの後輩の面倒めんどうを見ていただき、感謝かんしゃいたします」

 勇者も戦士も、僧兵の大きくてゴツい手と握手あくしゅをする。僧兵がぎゃくの手で、僧侶のピンクがみかるたたく。

「元気ならばよし! つねに神を感じ、神を信じ、精進しょうじんかさねるのです!」

「は、はい! 頑張がんばります!」

 僧侶が元気よく宣誓せんせいした。先輩僧兵が苦手にがて、と表情ひょうじょうに出ていた。

 僧侶さんにも苦手な人とかいるんですね、みたいな新鮮しんせんおどろきで、勇者は僧侶を見る。ハゲマッチョの僧兵も見る。

 僧兵は、背の高いマッチョの戦士よりも、大男でマッチョである。国教こっきょうの僧兵と分かる、鎖帷子くさりかたびら聖布せいふじった防具をまとう。防具の質感しつかんが布に近いので、マッチョが一段いちだん際立きわだつ。

 僧侶が苦手とする理由が、勇者にも何となく分かる。ハゲマッチョの大男が常にテンション高め、距離感きょりかん近めにせっしてきたら、つかれると思う。

「戦士殿! 今後の作戦方針について、ご意見をいただけないでしょうか!」

 駐留ちゅうりゅう軍の指揮官しきかんが、戦士に助言をもとめた。砂漠さばくの駐留軍なので、革鎧かわよろい日除ひよけの外套がいとうという装備そうびだ。

 強烈きょうれつ日射にっしゃで高温になる金属のよろいは、普通ふつうは砂漠ではつけない。勇者や戦士の鎧は、ある程度の温度制御せいぎょが可能な魔法品である。

「とりあえず、アースワームの進行をおくらせる、だな。作戦をかんがえる時間が必要だ」

「そちらは、すでに準備じゅんびを進めております。進路しんろ上の都市の住民の避難ひなんのために、時間をかせぐ必要もありましたので」

 戦士と指揮官の会話に、エルフが羽扇はねおうぎを差し込む。

「あのアースワームが都市に到達とうたつしますまでに、どの程度ていどの時間がかかる見込みですかしら?」

「はい。もっとも近い都市には、一日とかからずに到達する見込みです」

 指揮官が、恐縮きょうしゅくして答えた。

「正確に、時間でお答えいただいても、よろしくて?」

「は、はい、もうわけありません。約二十時間、との試算しさんが出ております」

 指揮官が、上官におこられたみたいに、エルフに姿勢しせいただした。

「おいおい。そんなに近いのか? もっと早くに動けなかったのか?」

凶暴きょうぼうなモンスターの多い危険地帯から接近せっきんされたため、発見がおくれました。近づいたものはだれ一人帰らず、普通ふつうのアースワームなら別のモンスターに食われて終わり、みたいな場所です」

「うわぁ……。それは仕方しかたないな……」

 戦士と指揮官のやり取りを、勇者は他人事のかおで見守る。剣をる実技が専門せんもんで、作戦とか話し合いとかは苦手にがてである。

 僧侶と僧兵は、これまでたがいが何をしていたか、を報告ほうこくし合っている。この二人も、作戦立案さくせんりつあんとは縁遠えんどお実戦派じっせんはらしい。

 砂漠さばくの昼間が、まぶしい。露出ろしゅつしたはだに日差しがいたい。ブーツしに砂があつい。

「一つ、作戦を提案ていあんいたしますわ。二十四時間、時間をかせいでくださいませ」

 エルフが高慢こうまん真顔まがおで、作戦を提案した。

「それは作戦って言わないだろ……」

 戦士が思わずツッコんだ。たしかに、それだけでは、作戦ではなく要望ようぼうだ。

「ワタクシが、勇者の大剣に、最初さいしょの一振り限定の強力な魔力付与エンチャントおこないますわ。ワタクシと勇者の二人っきりで、集中しゅうちゅうできますしずかな場所で、魔力付与エンチャントのための二十四時間をくださいませ」

 全員が、エルフに注目する。勝算しょうさん皆無かいむの現状では、唯一ゆいいつの勝算ともこえる。魔力付与の効果こうかは分からないまでも、提案する価値かちがあるのだろう、程度ていどには期待きたいできる。

 指揮官しきかんがしゃがみ、砂の上に地図を広げる。戦士と僧兵もしゃがみ、地図をのぞき込む。

「現在地はここです。進路しんろ上でもっとも近い都市がここになります」

「都市の近くに、安全な場所を確保かくほしてくれ」

「都市の防護壁ぼうごへきの手前の、進路上でよろしくてよ。時間はかせいでいただけますのでしょう?」

 エルフが豪胆ごうたん微笑びしょうした。

 全員がふたたびエルフに注目し、地図へと視線しせんを戻す。

「進路上の、都市の防護壁の手前に、天幕てんまく設営せつえいさせていただきます。移動いどうは軍の馬車をお使いください。護衛ごえいの兵士と魔法使いも同行させましょう」

「オレと僧侶と僧兵さんは、こっちにのこって時間稼ぎだな。だけどよ、こんなデカブツ相手に時間稼ぎなんてできるのか?」

「はい。それにかんしては、冒険者協会と魔法協会から情報じょうほうをいただいております。ある程度の時間稼ぎは可能です」

「まあ、だよな。四時間ばせるかどうかは、やってみないと分からない、か」

 時間がない。今は、寸暇すんかしい。

「勇者。ワタクシたちはすぐに都市に向かいますわよ。馬車に急ぎなさい」

 エルフは、勇者にりんと声をかけた。従者に指示を出す主人のかおをしていた。


   ◇


 軍用馬車がまった。とびらが開いて、勇者とエルフは馬車をりた。都市の手前に到着とうちゃくした。

 白っぽい茶色の土をかためた見た目の防護壁ぼうごへきが、砂漠さばくの向こうへとびる。かべおくには建物たてものならぶが、手前はすなしかない。日差しはあつく、風はかわいて、砂埃すなぼこりう。

 防護壁に隣接りんせつして、砂色の天幕てんまくがある。足早に近づき、兵士の案内あんないで中に入る。

 中は薄暗うすぐらく、日差しがない分、すずしい。足元には木の板がかれ、木の長机ながづくえが一台と、木の椅子いすが二きゃくある。

 勇者は椅子にすわった。背負せおう大剣を手に持ち、長机にいた。

 護衛ごえいの魔法使いたちと話すエルフをつ。今の勇者には、待つしかできない。もどかしい。

「それでは、早速、始めますわよ」

 長机をはさんで向かいの椅子に、エルフが座った。

 勇者は右手で、身のたけほどある大剣の、かたつかにぎる。エルフが左手で、勇者の右手を握る。勇者は、ちょっとおどろいて、れる。

「この魔力付与エンチャントは、付与ふよする魔法使いと、武器の使用者と、双方そうほうの集中が重要ですの。一切いっさい雑念ざつねんてまして、集中してくださいませ」

 握る手に力を込めて、勇者の目をぐに見つめて、エルフはげた。

「は、はい。分かりました」

 勇者は、緊張きんちょうに身を硬くした。

 しかし、雑念を捨て去るのはむずかしい。アースワームの足止めにのこった人たちの安否あんぴが気になる。しずかな天幕の、外のことが気になる。

 勇者が横目よこめに天幕の出入り口ばかり気にするものだから、エルフはさっしていきをつく。

 勇者の性格なんて、とっくに把握はあくしている。自身より先に他人を心配しんぱいするお人好ひとよしである。エルフとは真逆まぎゃくの、勇者に相応ふさわしい性格をしている。

「この天幕の外が静かですのは、外のみなが、アースワームの足止めをしてくださっていますからですわ。完全にわすれるのは無理としましても、皆の尽力じんりょくこたえますために、ここが静かな間だけでも集中していただけませんかしら?」

 エルフは真顔まがお懇願こんがんした。傲慢ごうまんまま御嬢様おじょうさまらしからぬ、あたたかみを感じる表情だった。

 勇者は心に衝撃しょうげきを受けた。エルフがただしい。集中できない自分は、間違まちがっていた。

 エルフに人の道をかれるとは意外いがいだった。エルフを誤解ごかいしていた。もっと自己中心的な冷血漢れいけつかんだと思っていた。

「は、はい。すみません。わたしも、みんなを信じて、集中します」

 勇者は、薄暗うすぐらい天幕の中で、大剣をにぎる右手に意識いしきあつめる。つかは硬く、手に馴染なじむ。エルフの手はあたたかく、やわらかで、ほそい。

「よろしくてよ。魔力付与エンチャント詠唱えいしょうを、始めますわ」

 エルフの魔法詠唱が始まった。つめたくんで、うつくしい声だった。


   ◇


 山みたいに巨大きょだいなアースワームが、砂漠さばくなかう。ズズッ、ズズッ、とすなし分ける音が、いたことのない重低音でる。

 戦士は、正面しょうめんからアースワームを見あげる。砂漠がまぶしい。きあがる砂埃すなぼこりのおかげで、多少マシではある。

「で、何をどうやるんだ? 何やってもかない相手だぜ? 本当に足止めできるのか?」

近隣きんりんの都市より木材をはこび、アースワームの進路しんろ上に設置せっちして火をやします」

 軍の指揮官しきかんが、生真面目きまじめに答えた。

「……いや、魔法の火球が効かないのに、火を燃やしたくらいじゃダメージにならないだろ?」

 戦士は、ちょっとかんがえてから反論はんろんした。

「ダメージは関係かんけいないそうです。火球が足止めにならないのは、脅威きょうい認識にんしきされないからです。進路上に火を燃やして、火がアースワームの視界に入れば、本能ほんのう的に脅威と認識して進行速度を落とす、との冒険者協会の見解けんかいでした」

 軍の指揮官が生真面目に答えた。

「……なるほど。かなってはいるな」

 戦士は、ちょっと考えてから賛同さんどうした。

荷馬車にばしゃ第一陣だいいちじん到着とうちゃくしました。木材にワラジムシがむらがるとのことでしたので、みなさんも防衛ぼうえいへの助力をおねがいします」

 戦士たちの後方に、小さな砂煙すなけむりが見える。荷車にぐるまを引く馬が、砂漠さばくぐにけてくる。

 兵士たちは、アースワームの前方に防御陣ぼうぎょじんく。盾兵をならべ、木材を設置して着火ちゃっかするまでを守る作戦である。

 すでに、アースワームを追いしたワラジムシのれが、防御陣にせまりつつある。僧兵が兵士たちの前列中央に立つ。戦士は全体指揮が可能な真ん中に立ち、僧侶が盾兵たちの後方に待機たいきする。

「火がいたら、合図あいずする! 合図が聞こえたら、僧兵さんを目印に、左右に後退してくれ!」

 戦士は、地鳴じなりにけない大声で、兵士たちに指示した。

「神は! つねわれらとともにいらっしゃる! おそれずに、試練しれんに立ち向かいましょう!」

 僧兵が、さらに大声で、皆を鼓舞こぶした。

『おおーーーーーっ!』

 兵士たちが、さらに大きくこたえた。

 ワラジムシの群れが、すでに目の前まで迫ってきていた。


 砂漠さばくの夜は、一気に気温が低下する。いきこおる。白い息を、あらり返す。

 定期的にとどく木材を守り、ワラジムシのれとたたかう。木材がえあがるのを確認かくにんしたら後退し、負傷ふしょう者を治療ちりょうして、次の荷馬車が来るまで休憩きゅうけいする。荷馬車が来たら、再び防御陣をき、ワラジムシと戦う。

 昼に戦い始めて、夜になった。正確な時間経過けいか把握はあくしていない。

「戦士さーん! パンをいただいたので、戦士さんもどうぞー!」

「おう。ありがとな」

 戦士は、僧侶がってきたパンを受け取った。一口かじると、ジャリジャリと砂の感触かんしょくがあった。贅沢ぜいたくを言える状況でも気力でもなかった。

 砂のおかいただきに立って、後方を見る。とおくに都市のかりが見える。明かりは少なくもあちこちにともり、明日の昼までに住民の避難ひなんが完了するとはとても思えない。

 アースワームの方を見る。夜の砂漠に火が燃える。手前に、疲弊ひへいしきった兵士たちが、さむさにふるえながら休憩きゅうけいしている。

 燃える火に、アースワームの進行は、目に見えて減速げんそくする。減速はするが、その巨体が火をむと一瞬いっしゅんで火が消えて、もとの速度に戻ってしまう。

 定期的に届く木材で、短時間たんじかんの足止めができる。そんな実感のうす戦闘せんとうり返し、兵士たちの士気はひくい。

 戦士の士気も低い。気も体もおもい。仲間たちのために、なけなしの気力をふるこす。

「次の木材がとどきました! 準備じゅんびをおねがいします!」

 指揮官しきかんの声がこえた。

「よーし! 軍のみなさん、もう一踏ひとふたのむぜ!」

 戦士は、夜の砂漠さばくに声をりあげた。

 返事が小さく、地鳴じなりにき消される。兵士たちが、おもい体を引きって、防御陣ぼうぎょじんく。

 かなり不味まずい。士気の低さは被害ひがいの大きさに直結ちょっけつする。大きな被害は、作戦の続行ぞっこうあやうくする。

 盾兵前列中央あたりは、僧兵がいる分だけ士気が高い。僧侶の周囲しゅういも、仲良しな空気というか、和気藹藹わきあいあいとしている。回復魔法を使える僧侶は戦いの場でしたわれやすい、なんてのは当たり前である。

 他は、わりが見えず、成功する保証ほしょうがなく、疲労ひろうだけが蓄積ちくせきし、下を向いてしまっている。あきらめかけている。盾兵はたてに、魔法使いは魔法杖まほうづえりかかり、かろうじて立っている。

「ワラジムシの大群たいぐんが来ます! かずおおい! これまでよりはるかに多いです!」

 監視かんしの兵がさけんだ。狼狽うろたえていた。

 兵士たちがかおを見合わせる。くらくて表情ひょうじょうまでは見えないが、おびえていると動きで分かる。

 不味まずい。かなり不味い。最悪さいあく、戦線がくずれかねない。

「全員、気合を入れろ! 盾を隙間すきまなく並べろ! ここを乗りえて、勇者があのデカブツをぶったるところを、全員そろって見てやろうぜ!」

 戦士は、あらんかぎりに声を張りあげた。効果なんてないと、分かっていた。

 所詮しょせん、戦士は一般人わくだ。勇者枠の勇者のような、人の心を動かすほどの強さはないのだ。

 ワラジムシの大群が、盾をならべた前列におそいかかる。盾の並びが容易よういに波打つ。かたむいた盾にワラジムシがしかかり、そのワラジムシには、さらに別のワラジムシが乗りあげる。

 戦士の思考が停止ていしする。きっともなく突破とっぱされる。突破された後の立てなおしなんて、できる気がしない。

「なんのっ!!! まだまだーっ!!!」

 僧兵が、盾をたおしかけていたワラジムシの頭部とうぶを、棘鎖鉄球モーニングスター粉砕ふんさいした。

「おっ?! たすかる!」

 戦士は安堵あんどした。比喩ひゆでも何でもなく、命拾いのちびろいだ。

 直後に、別のワラジムシが、僧兵のかたに食らいついた。

「ぐぬっ?!」

 ワラジムシのかまみたいなあごが、鎖帷子くさりかたびら貫通かんつうしてさる。僧兵の肩に血の赤が広がる。僧兵がくるしげに顔をしかめ、ゴツい左手で、ワラジムシの頭部をつかむ。

「ふんぬっ!!!」

 そのまま、力任ちからまかせに引きがし、投げばした。突き刺さるあごは引きけたが、帷子かたびらやぶれ、露出ろしゅつした肩から血がいた。

 負傷ふしょうした僧兵におそいかかろうと、近くのワラジムシどもが動きを変える。怪我けがひるんだ瞬間しゅんかんねらわれれば、いかに屈強くっきょうなハゲマッチョであろうと、ひとたまりもない。

「神は!」

 出血にふらつく僧兵が、唐突とうとつにポージングした。上腕二頭筋じょうわんにとうきんふくらませる、ダブルバイセプスだ。

 戦士はが目をうたがった。僧兵の出血がとまった。モンスターのきずを、筋肉きんにくの圧力だけで止血したのだ。

つねわれらとともにいらっしゃる!」

 次々とおそいかかるワラジムシを、棘鎖鉄球モーニングスターで次々と粉砕ふんさいする。肩の傷には、僧兵自身の回復魔法の光がある。

 大きな負傷に微塵みじんひるまない。複数ふくすうのモンスターとたたかいながら、自身の傷を治癒ちゆまでする。人間の範疇はんちゅうえていて、生半可なまはんかな強さではない。

 おどろきすぎてわらう。あきれる。あの僧兵は間違まちがいなく、勇者枠にいる。

『おおーーーーーっ!』

 兵士たちが、大きくえた。僧兵の雄姿ゆうしふるい立ち、戦意を取り戻したのだ。

 盾兵が、盾の隙間すきまなくならぶ。波打っていた並びが頑強がんきょうな一枚のかべとなる。盾にさえぎられあばれるワラジムシを、魔法使いたちの火球魔法でく。

 全員の士気があがった。集団の統率とうそつ復活ふっかつした。

 これなら、まだ戦える。戦線を維持いじできる。色々なものを、あきらめずにむ。

「よーし! その調子ちょうしだ! 全部終わったら、国のかね宴会えんかいでもやろうぜ!」

 戦士は、歓喜かんきかくさず、地鳴じなりよりも大きく声をりあげた。


   ◇


魔力付与エンチャントが、完了しましてよ」

 エルフが微笑びしょうしてげた。勇者の右手をはなした。

 エルフの詠唱えいしょうは、んで、うつくしくて、きよらかだった。勇者はずっと、夢心地ゆめごこちだった。

効果こうかは、最初さいしょ一振ひとふりのみですわ。ワタクシのそそぎました魔力を、けっして無駄むだにはなさらないでくださいましね」

「はい。まかせてください。ありがとうございます」

 勇者は微笑ほほえんでこたえた。大剣をにぎる右手に力がみなぎり、あつかった。

 うなずいたエルフが、長机ながづくえす。しずかな天幕てんまくに、寝息ねいきをたて始める。

 天幕の出入り口に、砂漠さばくの昼のまぶしい陽光がきらめく。外に音はなく、静寂せいじゃくだけがちる。

 二十四時間、ずっとしずかだった。ずっと集中しゅうちゅうできた。

 勇者はエルフに華奢きゃしゃな背中を向け、光差す出入り口へと数歩すうほあるく。出入り口の布を左手でちあげ、天幕の外へと一歩をみ出す。

 まぶしさに手をかざす。巨大なものが地を地鳴じなりが、大音量でひびく。すなふるえ、砂埃すなぼこりう。

 おどろいた。中では静かだったのに、外はきゅう騒騒そうぞうしかった。もう数百メートル先に、山ほど巨大なアースワームがせまっていた。

もうわけありません、勇者様。エルフ様のご要望ようぼうで、天幕の周囲に音を遮断しゃだんする魔法まほうをかけておりました」

 護衛ごえいの魔法使い数人が、あたまをさげた。

 勇者は、天幕の中でねむるエルフをチラと見る。微笑ほほえんで、魔法使いたちに頭をさげる。

「ありがとうございました。エルフさんのこと、よろしくおねがいします」

 けられない理由りゆうが、一つえた気がした。

 エルフは、もっと自己中心的な冷血漢れいけつかんだと思っていた。こんなに気配きくばりができるやさしいエルフだとは知らなかった。

 勇者は表情を引きめる。アースワームの進路しんろ上にすすみ出る。

 魔法使いたちが、青い空に合図あいずの火球を打ちあげる。空高くに火球がはじけて、爆発音ばくはつおんが砂漠にひびく。

 アースワームの足元にいた人影ひとかげが、左右へとはなれた。勇者とアースワームの間に、一切いっさい障害物しょうがいぶつはなくなった。

「みんな、本当に、ありがとうございます」

 独り言をつぶやく。直立し、あつい空気をい込む。ゆっくりといきをはき、アースワームを見据みすえる。

 身のたけほどある大剣を、両手でにぎる。右足を前にみ出す。こしとし、大剣を、左腰のよこに、左脚ひだりあし沿わせてかまえる。

 呼吸こきゅうととのえる。集中する。

 砂漠さばくあつさも、砂のあつさも、日差しのいたさも、今は感じる必要ない。地鳴じなりも、かわいた風も、今はく必要ない。アースワーム以外のすべては、見る必要もない。

 つ。アースワームが間合まあいに入るまで、待つ。

 アースワームが間合いに入る。入った瞬間しゅんかんに、踏み出した右足で、強く砂をむ。

 勇者の右足を中心に、砂漠の砂がねあがった。砂の噴水ふんすいのように、空高くきあがって、った。

「はあああああっ!!!!!」

 勇者は、全身をひねりあげ、みなぎる全力をやいばへと込めて、大剣を頭上高くへりあげた。

 大剣からびた斬撃ざんげきが、砂の噴水を斬りき、熱い砂漠を斬り裂き、巨大なアースワームを両断した。


 間近まぢかに見たあるものは、砂漠が二つにれたと言う。また別のものは、空が二つに割れたと言う。かくしてこのたたかいは、『山断やまだちの勇者ゆうしゃ』としてかたがれることとなる。


   ◇


 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがるりまわし、凶暴きょうぼうなモンスターを易易やすやす両断りょうだんする。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第14話 砂漠さばく都市防衛戦としぼうえいせん END

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