第13話 戦士と大蛇と冒険と

 オレは、冒険者ぼうけんしゃで、戦士だ。

 男としても背が高く、体格のいい、筋肉質きんにくしつなパワータイプだ。装備そうびは、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろいに、大型の戦斧せんぷに、大型のタワーシールドと重装だ。

 日々は、戦斧をるい、モンスター退治たいじれる。人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおい。退治の依頼いらいも、ひっきりなしにい込む。

 今は、尋常じんじょうじゃない強さの勇者と、瀕死ひんしの重傷すら治癒ちゆできる僧侶と、性格に問題もんだいはあっても高位の魔法使いと、パーティーをんでいる。特に勇者は、華奢きゃしゃな少女の肢体したいで大剣を軽軽かるがると振りまわし、目をうたがうほどに強い。

 凡人ぼんじんのオレでも補助ほじょくらいにはなるかと末席まっせきにいるわけだが、ちょっと前まではフリーの冒険者だった。単独たんどくだったり即席そくせきのパーティーを組んだり、大小様々な冒険に明け暮れていた。

 今回は、そんなフリーのころ依頼いらい解決かいけつした相手の指名で、久しぶりの単独行たんどくこうとなる。かつての依頼主いらいぬしの指名が勇者の手伝いよりも優先ゆうせんされたのは、その依頼主が隣国りんごくの国王だからに他ならない。


   ◇

 

「戦士よ。よくぞ来てくれた」

 玉座ぎょくざにある王が、両手を広げ、よろこびをかくさずにむかえた。

「ご無沙汰ぶさたしておりました、ジャハール王。今度こたびは、直直じきじきのご指名、光栄にぞんじます」

 戦士は王の前にひざまずき、こうべれた。

 この国の王は、三十代なかばとまだわかい。せていて、温厚おんこうで、人望じんぼうあつい。

 あつ地域ちいきにある国なので、衣服は白く長くうすい布をまとうタイプである。そこに、国王ならば金の王冠おうかんかぶり、重臣じゅうしんであれば胸章きょうしょうを差し、衛兵えいへいは剣とたてびる。

かしこまることはない。わし其方そなたの仲ではないか。かおをあげよ」

 王がうれしげに話す。

 えらぶったところがなくて、気さくで、王族おうぞくらしからぬ王だ。威厳いげんがないのがたまきずだ。

おそおおくございます。このような平民の」

「おお! エルリーン! ずかしがらずに、こちらに来なさい!」

 戦士の言葉をさえぎって、王がむすめの名をんだ。

 戦士は顔をあげ、王の手招てまねきする方向の、謁見えっけんの柱を見る。

 柱のかげから、少女が顔を出している。ジャハール王の娘、エルリーン王女である。十五さいくらいだと記憶きおくしている。

 三年だったか前の依頼いらいで、命をねら魔女まじょから守った。結果、戦士は王女の命の恩人おんじんという立場だ。

 三年前より成長している。ピンク色のかみが、かたよりも下にびる。ほおを赤らめ、戦士を見たり目をらしたりと、せわしなく視線しせんうごかす。

 戦士は、王女の方へとひざまずきなおす。

「エルリーン王女も、おひさしゅうございます」

「せっ、戦士様! おいしとうございました!」

 王女が柱のかげから出て、女の子走りでけてくる。体にまとう白い薄布うすぬのたけみじかく、ミニスカート程度ていどしかない。そでもなく、胸元むなもとが大きく開く。

 ブレスレットとかアンクレットとか、金の装飾そうしょく品はおおい。ただの装飾ではなく、護身ごしん用の魔法品だと、冒険者の戦士には分かる。

「きゃっ?!」

 謁見の間の見て分かる段差だんさに、王女がつまずいた。

あぶない!」

 戦士は咄嗟とっさに駆けり、王女をきとめた。

「お怪我けがはございませんか、エルリーン王女」

「はっ、はい。ありがとうございます、戦士様」

 かおを赤くした王女が、抱きとめられたまま、うるひとみで戦士を見あげる。

 戦士は、反応はんのうこまる。目を合わせ、見つめ合う。

「この不埒者ふらちものめ! 高貴こうきなるエルリーン王女様に、いつまでれておるか!」

 衛兵えいへいの一人が、いかりにかおを赤くして、戦士に食ってかかった。

 白い薄布をまとい、王族の近衛騎士このえきしと分かるきらびやかなよろい装備そうびした、少女である。としころは王女と同じで、バックラーを右うでめ、レイピアをこしにさげる。

「またアンタか……」

 戦士は反応に困って、仕方しかたなく目を合わせた。

 魔女から王女を守ったときに、王女の近衛騎士をしていた少女だ。あの頃はまだ子供だったのに、無礼者だの王女に近づくなだのとうるさかった。

 今は、王女と同様どうように、三年前より成長している。金色の長いかみを、はなやかにみ込んでいる。貴族きぞく御令嬢ごれいじょうなのだろうと、見て分かる。

「よいではないか、ミハノ。戦士は、いずれエルリーンの婿むことなるかただ」

 王が、明るい声で、近衛騎士を制止した。

「だから、なりませんってば。平民のオレと、王女様じゃあ、身分がちがいすぎる」

 もうかしこまるのをやめて、王を見る。

 王は、微笑ほほえましげなニコニコがおで、戦士たちを見ている。

「おぬしはもう貴族だぞ。三年前に爵位しゃくいさずけたではないか」

「あれはことわったでしょ。オレは、かたる貴族より、気楽な冒険者でいたいんです」

 戦士は、三年前の返事をり返した。

「そうだったか? まあ、相思相愛そうしそうあいであれば、身分なんぞどうでも良い。わしは、可愛かわいい娘がしあわせになってくれるなら、それで良いのだ」

「なりません、ジャハール王! こんな薄汚うすぎたない冒険者風情ふぜいが、たっといエルリーン王女様を幸せにできるはずがありません!」

 ミハノが会話に割り込んだ。

 王女が、ほおふくらませて、ミハノをさえぎる。

「まあっ! ミハノ! 姉妹同然にそだったミハノといえども、戦士様をわるくいうことはゆるしませんよ!」

「もっ、もうわけありません、エルリーン王女様。私は、たっといエルリーン王女様の幸せをかんがえればこそで、けっ、けっして、聡明そうめい御意志ごいしはんしようなどとは」

 場が混乱こんらんしている。王は王女の花嫁姿はなよめすがた想像そうぞうして思わずなみだぐみ、王女はミハノをしかり、ミハノは狼狽うろたえ王女に懸命けんめい謝罪しゃざいしながら戦士をにらむ。戦士はあきらめ顔で、状況がなるようになるまでつしかない。

「また会ったのう、戦士。三年ぶりになるか?」

 また少女があらわれた。っ黒なローブをあたまからかぶった、黒髪の魔女だ。口調くちょう年寄としよりだが、声も見た目も、王女やミハノと同様に若い。

 三年前に、逆恨さかうらみから王女をねらった魔女である。恩赦おんしゃで極刑をまぬがれ、国仕くにづかえになったといている。見た目は少女でも、魔女の実年齢じつねんれいなんて、エルフみに分かったもんじゃない。

「おう。真面目まじめはたらいてるか?」

「当たり前じゃ」

 魔女が不気味ぶきみわらいながら、わら人形のようなものを、ローブのふところから取り出す。そでからは、羽根ペンを出す。

「ところで、戦士。真名まなおしえよ。フルネームじゃぞ」

「名前なんて聞いて、どうするんだ?」

 戦士は、不可思議ふかしぎと首をかしげた。

「この人形に、書くんじゃよ」

 魔女が、わら人形のようなものに、羽根ペンの先を当てた。

「書くと、どうなるんだ?」

「名前のぬしの行動を、制限できるのじゃ。しゃべらせない、うなずかせる、ちかいのキスをさせる、くらいは簡単かんたんじゃな」

 ヒッヒッヒッ、と不気味に笑う魔女の手から、戦士はわら人形を取りあげた。胴体どうたいん中からひねって、引き千切ちぎった。

 王女が口元を両手でかくし、ショックを受けたような落胆らくたんしたような表情をする。ミハノは、王女に気づかれないようにかおそむけ、安堵あんどする。

れるな照れるな」

 魔女は、想定内とばかりに笑って、戦士を見あげた。

「ジャハール王。今回の依頼いらいとは、どのような内容ですか?」

 戦士は三人から目をらし、王の方に向く。

 王は変わらず、うれしげに微笑びしょうする。

「うむ。説明せつめい案内あんないは、ミハノにまかせてある。手伝いとして魔女殿どのを、見学としてエルリーンを、同行させてもらいたい」

「おいおい、マジかよ……」

 戦士は小さくつぶやいて、気がおもいと、青くみじかかみきあげた。

 王女は満面まんめん笑顔えがおで、ミハノは苦苦にがにがしく歯噛はがみして、魔女は不気味にわらっていた。


   ◇


 戦士たちは、森の入り口に到着とうちゃくした。侵入しんにゅう者をこばむように、木々の鬱蒼うっそう生繁おいしげる森だ。

 森にみ込む。近くにモンスターの気配けはいはない。必要最低限の警戒けいかい問題もんだいない。

 天気はいい。くも一つない快晴かいせいで、朝のななめに差して、森の中も明るい。

 よこあるくミハノが、戦士にこえるように舌打したうちする。つづけて、説明を開始する。

「今回の依頼は、この森のモンスター退治たいじです。低ランクのモンスター複数種類ふくすうしゅるい目撃情報もくげきじょうほうが、周辺の村々からせられています」

「そういうのは、国軍でやった方が良くないか? 低ランクだけなら、少数精鋭せいえいよりも、かずが多い方が効率こうりついいだろ?」

 戦士は、苦虫にがむしつぶしたようなかおにらむミハノに、苦笑にがわらいでこたえた。

「戦士殿どのには、先行しての調査ちょうさと、強い個体の討伐とうばつをおねがいしたい、とのことでした。その後に、国軍によるモンスター殲滅せんめつ作戦が実行される予定です」

「それならそれで、オレ一人に高い報酬ほうしゅうを出すほどじゃないと思うがね。とくに今は、国仕くにづかえの勇者のパーティーに所属しょぞくしてるから、国家間の交渉こうしょうも必要だっただろ?」

 戦士のするど質問しつもんに、ミハノがいよいよ憎悪ぞうおかくさず歯噛はがみする。よこから、王女が会話にり込む。

「はい! 戦士様にお会いしたいと、わたくしが、父にお願いしましたの!」

 だれかを思い出すような、能天気のうてんきな答えだった。

「まあ、報酬ほうしゅうさえもらえれば、オレはかまわないけどな」

 戦士は、気のおもさに苦笑くしょうした。

 モンスター退治に、王女とミハノと魔女が同行している。

 王女は、城内と同じ服装ふくそうに、僧侶用のうすく白いケープを羽織はおる。ノースリーブにミニスカートみたいな白い服で、宝飾ほうしょく品が白いはだかざり、白いケープの下に清楚せいそける。いかにも王女様的な見た目ではある。

 ミハノも、城内と同じ近衛騎士このえきし装備そうびだ。きらびやかで目立つよろいと、レイピアと、太腿ふとももの肌の露出ろしゅつは、探索たんさく戦闘せんとうには向かない。とはいえ、王女と同様に高位の魔法装飾そうしょくで守られているから、大きく気にかける必要はないだろう。

 魔女も、城内で見たまま、真っ黒なローブをあたまからかぶった魔女スタイルである。右手には、老木ろうぼくからけずりだしたような、コブのあるがりくねった魔法杖まほうづえつ。左手には、金属製の、火の消えたランタンを持つ。

 この森を根城ねじろとしていた魔女はともかく、王女とミハノは完全に護衛ごえい対象である。

 戦士は三人を見るのをやめて、内心で落胆らくたんいきをついた。一人で気楽に、魔女の森を探索したかった。モンスター退治したかった。

 勇者とむようになって、戦士の冒険ぼうけん変質へんしつしてしまったのだ。強い三人にかこまれて安心感がある反面、緊張きんちょう感やスリルや胸躍むねおどるワクワク感がなくなった。冒険とはべなくなっていた。

 しかし今は、冒険をしている。どのルートの安全性が高いか、強いモンスターがあらわれたらどう対処たいしょするか、どのタイミングで休憩きゅうけいしたり帰還きかんするのが効率こうりつ的か、他にも色々とかんがえながら探索している。緊張感が心地ここちよく、スリルがあって、胸躍むねおどり血がたぎる。

 戦士は足を止め、地図を開き、位置いち確認かくにんする。森は広い。まずは、予定通り、中央にあるみずうみを目指す。

「戦士様。わたくし、回復かいふく魔法の勉強をしておりますの。戦士様がお怪我けがなさいましたら、すぐに治癒ちゆしてさしあげますわ」

 王女が、戦士の左うできついた。

「ああっ、王女様! 王女様のかけがえない御身おんみは、不肖ふしょうこの私がお守りします。私からはなれませんようにしてください」

 ミハノが、王女から戦士を引き離そうと割り込んだ。

「戦士様に守っていただくから、いいの。邪魔じゃましないでよ、ミハノ」

 ほおふくらませる王女に、ミハノが狼狽うろたえる。このわりみたいな涙目なみだめになる。

「け、けっして、そのようなつもりでは……。わ、私は、たっといエルリーン王女様のかがやかしい将来しょうらいあんじればこそ、案じればこそ……」

 この二人にはかかわらないでおこう、と戦士は決めた。三年前も今も、こういうタイプは苦手にがてだ。

 後ろに立つ魔女の方を向く。

「どう思う? オレは、モンスターにまった遭遇そうぐうしないのは不自然ふしぜんだと思うぜ」

 魔女が、ヒッヒッヒッ、と不気味ぶきみわらう。

「そうさのう。われのいない三年で、勢力図せいりょくずわったのは間違まちがいあるまい。このあたりには、大人しい小型の齧歯類げっしるいがおったはずじゃ」

 がりくねった魔法杖が、動物の気配けはいすらない頭上ずじょうを指し示した。

人里ひとざとに近いからいない、ってこともないよな? 人里近くで多数目撃たすうもくげきされたから、国が退治にうごいたんだろ?」

 戦士は地図を閉じて、ふたたび歩き出した。木々の間をって、らされたしげみをえ、地面をめる落ち葉をんだ。

 何かがいた痕跡こんせきおおい。とおくとも数日前、もしかしたら数時間前にも、この場所を何かが通ってはいる。

 急襲きゅうしゅう警戒けいかいし、樹上じゅじょうにも意識いしき分散ぶんさんする。

「もっとおくに入らないと確証かくしょうてないけれど、何か強いやつが、森に入ってきたのかもねえ。もともと森にいた奴らは、強い奴からげて、森を出ちまったのが人里近くで目撃もくげきされた、ってところじゃろうて」

 魔女が、ヒッヒッヒッ、と不気味に笑った。少女の声で老婆ろうば口調くちょうは、なかなかの違和感いわかんだ。

「同意見だ。今日は中央のみずうみに行って、湖周辺を調査ちょうさしてみようと思う。いつモンスターがおそってくるか分からないから、道中どうちゅうの警戒をおこたらないようにたのむぜ」

「あいよ。おじょうちゃんたちの面倒めんどうは、まかせときな」

 戦士を先頭せんとうに進む森は、朝の日差しに明るかった。れたしげみや落ち葉をむ音が、冒険心をき立てた。この魔女みたいに気配きくばりできる仲間と冒険したいなと、戦士はついついかんがえてしまっていた。


   ◇


 湖に辿たどいた。モンスターの一匹にすら遭遇そうぐうしなかった。完全に森のピクニックだった。

「わぁっ! 綺麗きれいな湖ですわ、戦士様!」

 王女が歓声かんせいをあげて、水辺みずべった。

 水に手を入れてはしゃぐ王女の背中を見ながら、戦士は周辺しゅうへん警戒けいかいする。

 青く広い湖がある。水面が陽光を反射はんしゃし、キラキラと光る。水草の群生ぐんせい倒木とうぼくがアクセントとなって、幻想げんそう的な雰囲気ふんいきかんじる。

 水辺近くまでみどりの草むらにかこまれる。森の木々から湖までは数十メートルあって、見通しはいい。草むらに、生き物の足跡あしあとらしきれ方が見える。

 生き物は、見えない。水を飲む動物の姿すがたがない。とりの一すらいない。

 ぎりぎりまで感覚をます。肉体を活性化する。思考をフル回転かいてんさせる。

 王女のそばにはミハノがいる。二人ならんでしゃがんで、一緒いっしょに水をすくい、はしゃぐ。

 魔女が二人にあゆる。状況の不自然ふしぜんさに気づいたするどい眼光で、周囲を警戒けいかいしている。やはりたよりになる。

 湖の、戦士たちの反対側の水辺が波立なみだった。水面がれて、あわが広がった。

「来るぞ! 気をつけろ!」

 戦士はさけんで、戦斧せんぷとタワーシールドをかまえた。

 湖の水中から、何かが飛び出す。水をまとっていて、形状は分からない。人間の半分ほどの大きさの何かが、水面からび出し、ね、水面に飛び込む。

 一つ二つではない。十か二十か、簡単に表現するなら、たくさん、だ。

 たくさんの何かが水面を跳ね、湖によこのラインを構築こうちくして、戦士たちの方にせまる。飛び出してから飛び込むまでが早く、まとった水にかくれて、姿すがたは見えない。

 王女とミハノは、湖を横断おうだんするラインが迫るのを、無言で見ている。はっきりとは見えないから、はっきりとは理解りかいできず、反応を決めかねている。

 魔女が魔法の詠唱えいしょうを開始する。はげしい水音にき消されて、声は聞こえない。

 戦士は、不意の襲撃しゅうげきを警戒する。意識いしきは前方と周囲に半半はんはんに分ける。冒険者のかんが、あの水飛沫みずしぶきあぶなくない、とげている。

 水飛沫がいよいよ、湖をはしから端までめてせまる。水中から飛び出した何かが、水辺みずべ着地ちゃくちして、まとう水をとす。水の中の形状をあらわにする。

『きゃーっ?!』

 王女とミハノが、そろって悲鳴ひめいをあげた。

 黄緑きみどり色のカエルだ。人間の半分くらいのサイズの、大ガエルとか呼ばれるモンスターのれだ。基本きほん的には大人しく、無害むがいなモンスターだ。

 大ガエルの群れにおどろいた王女とミハノが、森に向かってげ出した。大ガエルたちの向かう同方向にぐ逃げて、パニックになっていると傍目はために分かった。

 魔女が、まかせろと示すように手をり、二人を追う。本当にたよりになる魔女である。

 戦士は深呼吸しんこきゅうして、重心じゅうしんをさげ、戦斧せんぷとタワーシールドをかまえなおした。

 集団でねる大ガエルの群れは、前方で左右に分かれて、戦士の左右を通過する。おそってはこないし、襲ってこないと分かっている。

 戦士は大ガエルを無視むしして、前方に意識を集中しゅうちゅうする。大ガエルが逃げるのとは逆方向の、森の中にこそ危険なモンスターがいる。

 バキバキと、木のえだれる音がる。ザクザクと、落ち葉がみ荒らされる。森の中から、何かが飛び出す。

『ゲコーッ!』

 大ガエルたちが一斉いっせいいた。悲鳴ひめいなんだろうな、と思考のはしで思った。

 みどり色の斑模様まだらもようの、大きなヘビだ。森林に棲息せいそくし、体長十メートルは余裕よゆうえる、マンバと呼ばれるヘビ型のモンスターだ。

 マンバが枝をぎ折り、森の中から飛び出した。草むらを高速でいずり、湖を迂回うかいして、っ込んできた。

 戦士は身構みがまえる。直撃ちょくげき不味まずいが、直撃しなければチャンスになる。ちがいざまに一撃をねらえる。

 マンバは、戦士を迂回し、とおめによこを通過する。戦士など眼中にないとばかりに、脇目わきめも振らず大ガエルの群れを追う。

 戦斧がとど距離きょりではない。舌打したうちして、マンバの尻尾しっぽを追う。重装備じゅうそうびで追うには、相手が速すぎる。

「くっ! て!」

 重いよろいをガチャガチャと鳴らして、戦士はマンバを追った。数分とたずに、森の中に見失みうしなってしまったのだった。


   ◇


 重いよろいをガチャガチャとらし、戦士は森の中を歩く。昼の日差しが明るい。

 木のみきに、こすったあとを見つける。しげみがらされ、千切ちぎれた草が散乱さんらんしている。

 しゃがむ。草を数本ひろって観察かんさつする。千切ちぎれてもない。

「こっちで良さそうだな……」

 戦士はつぶやいて、立ちあがった。

 見まわす周囲にモンスターの気配けはいはない。

 人間も戦士しかいない。三人とははぐれた。むしろ、大ガエルからげる三人を追わず、意図いと的にはぐれた。

 四人が三人と一人になった場合、普通ふつうは一人の方を迷子まいごと呼ぶ。今回は例外れいがい的に、三人の方が迷子である。モンスターのいる森で迷子は危険ではあるが、まあ、魔女がいるから心配しんぱいすることもない。

「まずは、あっちからか」

 戦士は地図を広げた。進行方向をたしかめて、閉じた。かるい足取りで歩き出した。

 そうそう、こういう冒険ぼうけんがしたかったんだ、と思わずほおゆるむ。

 一人は気楽きらくでいい。いつおそわれるか分からない緊張きんちょう感が、心地ここちよい。自分で方法を模索もさくし、道をさがし、ゴールを目指すのは、たのしくて楽しくてしょうがない。

 笑顔えがおを進める。戦斧せんぷとタワーシールドをかまえ、油断ゆだんはしない。たまにのこ横枝よこえだはらうだけで、道には苦労くろうしない。

 ガサリ、と草葉くさはらす音がこえた。

 戦士は素早すばやく、太い木のかげかくれた。

「いやがった……」

 楽しさに、思わず声が出た。

 しげる木々の間に、マンバがよこたわる。大ガエル一匹に太い胴体どうたいきつき、大きく口を開けて、あたまからみ込む。大ガエルはき声すらはっさず、無抵抗むていこうにされるがままに見える。

 戦士は戦斧とタワーシールドを構えなおし、木陰こかげからび出した。マンバに向けて、もる道をけた。

 気づいたマンバが、戦士の方を向いた。大ガエルはすでに呑み込まれてしまって、マンバのどうふくらみとてた。食事中の不意討ふいうちは、完全に失敗だ。

 問題もんだいはない。最初さいしょから、不意討ちが成功するとも思っていない。

 戦士の重装備じゅうそうびは、うごくだけで音が鳴って、隠密おんみつ行動に向かない。ヘビ型モンスターはねつ獲物えものを感知できる。そもそも、モンスターに、人間の感覚の『かくれる』が通用するとは限らない。

「シャッ!」

 マンバが、開いた口から液体えきたいいた。

 戦士はタワーシールドで射線しゃせんふさいだ。液体がタワーシールドに当たって、飛散ひさんして、戦士の体にも飛沫しぶきがかかった。

 透明とうめいな液体で、粘性ねんせいひくい。毒液どくえきの可能性が高い。ヘビ型モンスターには毒持どくもちがおおい。

 マンバがっ込んでくる。戦士は、タワーシールドを落ち葉に突き立て、マンバに対してななめにかまえなおす。

 毒の影響えいきょうか、体がしびれる。痺れて、思うようにうごけない。戦斧せんぷたても、上手うまにぎれない。

 不味まずい。直撃ちょくげきは不味い。斜めに受けて、ちがいざまの一撃をねらいたい。

 ドンッ、と強い衝撃しょうげきが全身に走る。重い音が全身をふるわせる。

 衝突しょうとつした。角度は悪くない。震える足を装備と自身の重量じゅうりょうさえ、衝突の威力いりょくにずりさがり、ブーツで土をけずり、みとどまった。

 タワーシールドのよこを、マンバがうろここすりながらい通る。戦士は戦斧を地につき、のこる全力を込めたりあげのいきおいで、マンバのよこぱらりつける。

「ぐあっ!」

 衝突しょうとつ衝撃しょうげきえきれず、戦士ははじき飛ばされた。木のみきに背中からぶつかり、もる地面にたおれた。いたみとしびれで、咄嗟とっさには動けなかった。

 今おそわれたら、死ぬ。確実かくじつに、食い殺される。

 けだ。勝負しょうぶには、往往おうおうにしてうんが必要だ。モンスターの相手は、運を天にまかせる覚悟かくごがなければ、やってられない。

 マンバが木々の間をいずる。ザクザクとえだや木の葉を這い荒らす。音が、急速にとおざかっていく。

 先ほどの攻防こうぼうで、戦斧で肉を斬りいた手応てごたえがあった。どうやら、獲物えものにとどめをすよりも、自身の負傷ふしょうを重く見て、逃げる方をえらんだようだ。

「ああ、これだから、冒険はやめられねえよなあ」

 声が、自然しぜんわらっていた。賭けは、戦士の勝ちだ。

 戦士はたおれたまま、こし革袋かわぶくろから毒消しの丸薬がんやくを取り出した。しびれに手がふるえて、口にし込むのも一苦労ひとくろうだった。


 戦士は立ちあがった。倒れて、毒消しを飲んでから、十分じゅっぷん経過けいかしていない。

 手をにぎって、開いてとり返す。まだしびれがのこる。たたかうには、十分じゅうぶん動く。

 かがんで、戦斧せんぷとタワーシールドをひろう。油断ゆだんなく周囲を見まわす。

 マンバがげた方向は把握はあくしている。追跡ついせきして、退治たいじする必要がある。

 逃げ出すほどのきずわせたのだから、今こそたお好機こうきのはずだ。通常の動物型モンスターなら、高速治癒ちゆもしなければ、負傷ふしょう無視むしして活動もできないだろう。

 木々の間をけ、マンバがい荒らしたしげみへとみ込む。

 赤い血溜ちだまりがあった。ながれる血がすじとなって、森のおくへとつづいていた。


 大きなヘビ型モンスターがよこたわる。森林に棲息せいそくし、体長十メートルは余裕よゆうえ、マンバとばれる。太い胴体どうたいみどり色の斑模様まだらもようをなすうろこは、自身から流れる血で赤くよごれている。

 血のあとを追って、簡単かんたんに追いつけた。

わるかったな。勇者みたいに強くはないから、一撃必殺いちげきひっさつとはいかなかったんだ」

 戦士は、もうわけなさをかおに出して、マンバに声をかけた。

 マンバに戦士の言葉が分かるわけがない。分かるとも思っていないし、分かる必要もない。ただ、無用な苦痛くつうあたえてしまったことを、あやまりたかった。

 マンバの胴体に、大きくかれた傷がある。戦斧せんぷあらい斬り口で、赤い血がなく流れる。ほうっておいても死ぬ、致命傷ちめいしょうである。

 マンバが、弱弱よわよわしい威嚇いかく音をはっした。かすれていて、聞きとれなかった。

 戦士は戦斧とタワーシールドをかまえ、よこたわるマンバに近づく。マンバの口から液体えきたいかれ、ほとんど飛ばずに、口のはしから地面にしたたる。

「今、らくにしてやる」

 戦士は、戦斧を頭上高くに振りあげ、振りおろした。


   ◇


「おーい! 三人とも、無事みたいだな!」

 戦士は、近所の気さくなお兄さんみたいに明るい声で、大きく手を振った。

「戦士様っ! おたすけくださいませーっ!」

 王女が、懇願こんがん悲鳴ひめいこたえた。

 数十匹の大ガエルにかこまれた大岩の上に、王女とミハノと魔女がすわっている。王女とミハノは、おたがいをめ合って、泣きながら悲鳴をあげている。魔女は、不気味にわらって手をり返す。

 森の中の開けた草むらだ。大ガエルからげる途中とちゅうに、そこにある大岩が目について、上にあわてて避難ひなんした、が正解せいかいだろう。大ガエルが大人しいことと、大岩の上くらいでは避難にならないことは、冒険者ですらない二人には無意味だ。

 大ガエルたちがゲコゲコとく。大岩を囲んで、大岩の上の三人を見あげ、注目する。一匹が、向けてしたばす。

「きゃーっ! 足をめられましたわっ! 助けてっ、戦士様っ、ミハノーっ!」

「おおおおおのれ、カエルめっ! しし神聖しんせいなるエルリーン王女様の御御足おみあしを舐めるとは、うらやま……、無礼な! なんたる無礼な!」

 ミハノがレイピアをいて、半狂乱はんきょうらんで振りまわした。

「おいおい! あんまり刺激しげきするなよ! 大人しいモンスターなんだぜ!」

 戦士は声をかけて、三人の方に歩く。ゆっくりと近づくと、大ガエルたちが一斉いっせいに戦士を見る。

『ゲコーッ?!』

 また一斉に、悲鳴みたいな鳴き声をあげた。パニックになって、滅茶苦茶めちゃくちゃねまわって、大ガエル同士でぶつかったりころんだりしながら、森の中へとっていった。

 四人だけが残った。戦士は周囲を見まわし、かたすくめた。

「お前さんにみた、大ヘビのどくと血のにおいのせいじゃろ。退治がわったのなら、結構けっこう、結構」

 岩からおりた魔女が、ヒッヒッヒッと不気味に笑った。

「戦士様っ! 戦士様がかならず助けにきてくださいますと、信じておりました!」

 岩から飛びおりた王女を、戦士は体全体で受けとめる。

「おっと。無事で良かった。よく頑張がんばったな」

 ピンク色のかみが、ドジでたよりないのに頑張り屋のだれかを連想れんそうさせた。無意識むいしきに、王女のあたまでた。

「きっ、きっ、きっ、貴様きさまっ! どさくさにまぎれて、エルリーン王女様のつややかな御髪おぐしれるとは、何たる破廉恥はれんち! はなれなさい、今すぐ離れなさい!」

 ミハノが半狂乱で、戦士と王女を引き離そうと割り込んだ。

「戦士様は、わたくしの許婚いいなずけですから、良いのです。わたくしたちの仲を邪魔じゃまするのであれば、姉妹同然にそだったミハノといえどもゆるしませんよ」

「いやいや、約束してないぜ?」

「もっ、もうわけありません、エルリーン王女様。私は、たっといエルリーン王女様のしあわせをかんがえればこそで、けっ、けっして、聡明そうめい御意志ごいしはんしようなどとは」

 王女はミハノをしかる。ミハノは狼狽うろたえ、王女に懸命けんめい謝罪しゃざいしながら、戦士をにらむ。戦士の発言は華麗かれいにスルーされてしまう。

 戦士はあきらがおで、かたすくめた。右うでにしがみつく王女が、心理しんり的におもかった。

 正直しょうじきなところ、権力けんりょくにもとみにも、興味きょうみはない。緊張きんちょう感と、スリルと、胸躍むねおどるワクワク感があればいい。結果けっか感謝かんしゃされればうれしい。

 戦士は、自分は冒険ぼうけんが好きなのだと、再認識さいにんしきした。たくましいむね達成たっせい感と満足まんぞく感にたされるのを、森の明るい空の下にかんじていた。


   ◇


 オレは、冒険者ぼうけんしゃで、戦士だ。

 男としても背が高く、体格のいい、筋肉質きんにくしつなパワータイプだ。装備そうびは、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろいに、大型の戦斧せんぷに、大型のタワーシールドと重装だ。

 日々は、戦斧をるい、モンスター退治たいじれる。強すぎる三人とパーティーをみ、らく役割やくわりあまんじている。

 今回の、一人でのモンスター退治は、強すぎる仲間との冒険にれたオレに、冒険の本当のたのしさを思い出させてくれた。冒険者である意味を再認識させてくれた。

 オレは、戦士だ。そして何より、冒険者だ。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第13話 戦士せんし大蛇だいじゃ冒険ぼうけんと END

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