第10話 雪原に踊る白い女

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおかった。毎日のように、退治を依頼いらいする書簡しょかんとどいた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだ。だったと思う。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがると振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。


   ◇


 吹雪ふぶき雪原せつげんなかを、一人の少女があるいていた。

 少女は茶色の粗末そまつなローブをまとい、ローブの上から分かるほどに華奢きゃしゃだった。あたまおおうフードからは、金色の長いかみ寒風かんぷうなびいていた。ほそい手は、ボロ布にくるまれた大きないたのようなものをつかみ、もる雪の上を引きっていた。

 空には、あつい灰色のくもめる。薄暗うすぐらく、強い風がれ、つめたく白いゆきが吹きすさぶ。足元は雪がくるぶしまでもり、おもあゆみの邪魔じゃまをする。

「ハァッ……ハァッ……」

 うつむき気味に歩く少女のいきあらい。あつい息が、一瞬いっしゅんで白くこおる。吹雪とさむさと疲労ひろうで、視界も思考も不明瞭ふめいりょうになる。

『オーホッホッホッホッホ』

 雪原に、女のわらう声がひびいた。はだを切るような吹雪をものともしない、鼓膜こまくを直接に振動しんどうさせるような、高くとおる声だった。

 少女はかおをあげた。前方に、白い女が立っていた。かみも肌もふくも白くて、吹きすさぶ雪にけ込みそうな錯覚さっかくがあった。

 背が高い。髪は白く長く波打つ。体形のメリハリが強く、そでがなくてすそみじかしろな着物で、はだけたみたいな着方をして、妖艶ようえん印象いんしょうを受ける。

 それぞれの手に、こおりの剣みたいなものをにぎっている。ひたいに、氷のつのみたいなものがえている。よく見ると、背が高いのではなく、足が地面から少しいている。

『ウフフフフフフ』

 白い女が、ローブをまとう少女に近づく。雪原をすべるように、冷たい風に空中をながれるように、足をうごかすことなく近づいてくる。あっと言う間に、目の前までせまる。

 ギィンッ、と金属きんぞくの打ち合う音がひびいた。風の音にまれて、すぐに消えた。

 少女のローブが、薄暗うすぐらい空にいあがる。くるむ布がかれて、少女の身のたけほどある大剣があらわになる。少女は金色の長いかみで、華奢きゃしゃ肢体したいにビキニみたいな服を着て、かくすべき場所をぎりぎり隠す程度ていどしかない高露出こうろしゅつの赤いよろいを纏い、身の丈ほどある大剣をにぎり、人々に勇者とばれる。

「旅人をおそうモンスターめ! 覚悟かくごしてください!」

 勇者は大剣をりあげ、白い女へとみ込み、振りおろした。

 白い女は、二本の氷剣ひょうけんを大きなむねの前で交差こうささせ、大剣を受けとめた。金属の打ち合う甲高かんだかい音がった。

「くっ……」

 勇者はわずかに動揺どうようしていた。

 大剣で受けた白い女の初撃しょげきは、速く、おもかった。勇者の大剣の重い一撃いちげきは、剣二本とはいえ、なんなく受けとめられた。この白い女は、勇者から見ても、強い。

 大剣がし返される。雪原にり、後退あとずさる。雪に足を取られて、よろめく。

 白い女は雪の上をすべり、バレエでもおどるようにまわる。勇者の側面そくめんから背面はいめんへと回り込み、二本の氷剣で斬りつける。素早すばやく、するどく、勇者の華奢きゃしゃな肢体をねらう。

 ギギィンッ、と金属の打ち合う音がつらなった。二連にれん斬撃ざんげきを、大剣で受けた。勇者の速度でも、受けるのがせいいっぱいだ。

 白い女の容赦ようしゃない連撃れんげきを、勇者は大剣で受ける。大剣をたてとして、自身と白い女の間にかざす。耳にさわる金属音と、あらり返す呼吸音こきゅうおんの中で、反撃はんげきのチャンスを注意深くさがす。

「ハァッ……ハァッ……」

 しかし、白い女の一方的な攻勢こうせいに、防御ぼうぎょてっするしかできない。白い女のうごきに、ついていけない。どうしても、剣をける。

『ウフフフフフフ』

 白い女がわらう。雪の風音かぜおとうように、冷たくささやく。雪原の上をすべり、踊りうようにまわって、勇者のはだりつける。

 勇者は、雪におもい足をはこび、上体をひねって、白い女の斬撃ざんげきに対応する。大剣で氷剣を受け、押し返し、雪をみ分け、一歩を踏み込む。

「ここです!」

 気合の声でさけんだ。大剣を横薙よこなぎに、白い女へと斬り込んだ。

 白い女は、後方へとびながら、バレエでもおどるように回って、二本の氷剣で受けながした。勇者との距離きょりが開いた。うすい水色のひとみで勇者を見つめ、わらうように口角こうかくりあげた。

 勇者は即座そくざに、前のめりの体勢たいせいもどし、大剣をかまえなおした。今のはみ込みがあさかったし、おそかった。もっとふかく、素早すばやく踏み込まなければ、白い女の白いはだにはとどかない。

「勇者さーん! 今行きますねー!」

 吹雪ふぶきの向こうから、僧侶の能天気のうてんきな声がこえた。吹雪の中に、ピンク色のかみが見えた。

 勇者には三人の仲間なかまがいる。男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然少女僧侶てんねんしょうじょそうりょである。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳を過ぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有の長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族しゅぞくで、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢こうまん御嬢様おじょうさまである。

 僧侶は、村の教会でも見かけるような国教こっきょう僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターとたたかう僧兵である。天然てんねんっぽい少女である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこ十代半じゅうだいなかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者にちかい。

『ウフフフフフフ』

 白い女が笑う。声のした方をり返って、勇者を見つめて、わるいことをかんがえついたかおで笑う。雪の上を滑るように、声のした方へと向かう。

 勇者は蒼褪あおざめて、はじかれたようにけ出した。白い女の、着物が大きくはだけて、白いはだの大きく露出ろしゅつした背中をった。雪がおもくて、空気がつめたくて、のぞむようには走れなかった。

「みんな! あぶないです! げてください!」

 勇者のさけびがむなしくき消される。氷の剣が、吹雪の中におぼろげに見える仲間たちへと、振りおろされる。

 ギィンッ、と金属の打ち合う音がひびいた。一太刀目ひとたちめは、戦士がたてふせいだ。

「キャーッ?! 何か来ましたっ!」

 僧侶が悲鳴ひめいをあげた。混乱こんらんし、背中を見せてげ出した。

 白い女の二太刀目ふたたちめも、戦士が盾で防いだ。力量りきりょうの差に盾をはじばされ、左腕ひだりうでを斬られた。太い腕から、赤い血が飛沫しぶいた。

 白い女はそのまま、僧侶の背中をりつける。僧侶が雪にころぶ。僧侶の背中が斬りかれ、白い僧服が赤くまる。

「僧侶さん!」

 勇者はようやく追いついた。僧侶を気遣きづかいながらも、身のたけほどある大剣を、白い女へと振りおろした。

 ギィンッ、と金属の打ち合う音がひびいた。大剣は、氷剣ひょうけん一本で受け流された。勇者のあせりを見透みすかすひとみで、白い女の横顔よこがおが笑っていた。

「キャーッ! いたいですっ! 死にたくないですっ!」

 さらに混乱した僧侶が叫んだ。雪原にうつせにたおれたまま、雪塗ゆきまみれの顔をあげ、足掻あがくように手足をバタつかせた。

 白い女が氷剣を逆手さかてつ。僧侶の首筋くびすじを見おろし、微笑びしょうし、氷剣をき立てようと、振りあげる。

 に合わない。ムリだ。ダメだ。

 勇者は蒼褪あおざめた。戦士も蒼褪めていた。僧侶は泣いていた。

「バーニングウォール!」

 地面から、ほのおはしらが吹きあがった。勇者と戦士と僧侶をき込むほどの、広く大きな炎だった。周囲しゅういの雪がけて消えて、冬枯ふゆがれの茶色の地面が露出ろしゅつした。

 冷たくんだ知っている女の声だったから、エルフの魔法まほうだと分かった。少しはなれて、魔法杖まほうづえむねの前にかまえたエルフの姿すがたがあった。まま御嬢様おじょうさまなので、雪道ゆきみちつかれたと駄駄だだね、おくれ気味だったのだ。

『ウフフフフフフ』

 白い女がわらう。れるゆきに、たのしげにおどう。手には、なかばまで溶けた氷剣をにぎる。

 僧侶は無事ぶじだ。火にあぶられてしているが、首がつながっているから大丈夫だいじょうぶなはずだ。

「させません!」

 勇者は、白い女と仲間三人との間に立ちふさがる。白い女を見据みすえ、大剣をかまえる。背後からは、エルフの魔法詠唱まほうえいしょうが聞こえる。

『オーホッホッホッホッホ』

 白い女が、一際ひときわ高く笑った。雪の中にき、ゆらゆらとれて、くら吹雪ふぶきの中へと、風に流されるように消えていった。姿すがたが見えなくなった直後ちょくごにはもう、音も、気配けはいも、完全に消えていた。

「……ふぅっ」

 勇者は安堵あんどいきをはいた。あつい息が、一瞬いっしゅんで白くこおった。かおは、紙一重かみひとえで僧侶が死んでいたかも知れないと思って、さおだった。

「勇者! ほうけてないで僧侶をはこびなさい! 早く治療ちりょうしないと、あぶないかも知れませんのよ!」

「は、はいっ!」

 エルフのりんとした声にばれて、われに返った。あれほどの強敵きょうてきは、初めてだった。勇者の責任せきにんというやつを、初めてかたに重くかんじた、勇者だった。


   ◇


 レンガづくりの部屋へやに、暖炉だんろの火がえる。パチパチとまきける小さな音に耳をかたむけ、勇者はしばし目をつぶる。ふかふかの白いベッドにしていると、あらがいがたい睡魔すいまちてしまいそうになる。

わるかったな、勇者。オレまで足手纏あしでまといになるモンスターとは思わなかったぜ」

 戦士があやまる声がこえた。気さくな近所のお兄さんみたいな、かる口調くちょうだった。

いたかったですぅー。こわかったですぅー。死ぬかと思ったのですぅー」

 僧侶がベッドに突っ伏したまま、涙目なみだめうったえた。

 僧侶は、白い女みたいなモンスターに、背中をられた。血をながす僧侶を勇者がかついで、雪原せつげんからいそいで町にもどった。きずは思ったよりあさく、町の教会で治癒ちゆしてもらい、今はねんのためベッドにうつせにて、安静あんせいにしているところだ。

ころんだおかげで、傷が浅くてんだみたいですね。本当に良かったです」

 勇者は、僧侶のピンクがみでる。ならんだベッドに横並よこならびにている。二人とも、うつせにしている。

 戦士は暖炉に近い椅子いすすわる。白い女に斬られたうでを気にしている。傷は回復魔法で完治かんちしたが、手を動かして違和感いわかんがないか確認かくにんしている。

 エルフは、体のしんまでえたからと、温泉に行った。今頃いまごろは、開放かいほう的な露天風呂ろてんぶろたのしんでいるのだろう。

 ここは、王国の北端ほくたん位置いちする中都市である。国境こっきょうを守る王国軍が常駐じょうちゅうし、北の交易こうえき要衝ようしょうとなる商業都市で、王国内でもかなりさかえている。冬に雪のもる寒冷な気候きこうでも、人々には活気があるし、夜の町はかりがあふれる。

 勇者たちは、ここの交易路こうえきろついたモンスターを退治たいじに来た。常駐する王国軍が討伐とうばつできなかった相手と聞いて、強いモンスターだろうなとは予想よそうしていた。実際じっさいは、予想の三段階さんだんかいくらい上だった。

「これからどうする、勇者? 準備じゅんびをやりなおしてもいいが、あのモンスター、オレたちで補助ほじょになれるようなランクじゃなさそうだったぞ」

 戦士は冷静れいせいである。弱気よわきに聞こえる発言も、合理ごうり的な判断はんだんだと声で分かる。

 勇者はかんがえる。ふかふかのまくらに顔をめ、う~~~~~っ、とうなって、考えをまとめようとする。考えるのは苦手にがてである。

「みんなは、出発の準備をすすめておいてください。わたしは、ここの騎士団きしだんに、稽古けいこをつけてもらおうと思います」

 勇者は枕から顔をあげ、ふかい考えがありそうな表情ひょうじょうで答えた。深い考えなんてなかった。考えるのは苦手だ。


   ◇


「本日は、よろしくおねがいします」

 勇者は、居並いならぶ騎士たちにあたまをさげた。

 王国軍の駐屯所ちゅうとんじょ中庭なかにわにいる。高い石壁いしかべかこまれ、壁の上にはうすく雪がもる。さむいし雪がってはいるが、足元の土の地面には積もっていなくて残念ざんねんである。

 兵士たちの訓練くんれん用の中庭だけあって、殺風景さっぷうけいで広い。地面は土と、石畳いしだたみと、瓦礫がれきとに分けて整備せいびされている。建物たてものは、宿舎しゅくしゃ倉庫そうこと、他にも色々ある。

「おいおい。こんなほそい女の子が、勇者だってのか?」

 騎士の一人が、揶揄からかうように軽口かるくちを言った。

 騎士たちは、にぶい鉄色の全身甲冑ぜんしんかっちゅうまとう。こし長剣ロングソードをさげ、手には円盾ラウンドシールドを持つ。

「デカい大剣だな。そんな細腕ほそうでれるのか? ちゃんとめし食ってるのか?」

 別の騎士が、仲間の戦士の第一声みたいな口調くちょうで、勇者の肢体したいを見まわした。

 騎士は二十人くらいいる。全員が、背が高く、体格が良い、男の騎士である。

 男たち二十人くらいが、好奇こうき視線しせんで勇者を見る。長い金色のかみ端正たんせいかおを、露出過多ろしゅつかた華奢きゃしゃな肢体を、かくれないはだを、めまわすように見ている。

「強力な魔法鎧まほうよろいなんだろうが、肌を出しすぎじゃないか? 北の土地だから寒いだろ? 防寒着ぼうかんぎってきてやろうか?」

 また別の騎士が、むすめのいるオッサンみたいな気遣きづかいをした。勇者はずかしさに赤面せきめんして、思わずうでむねへそを隠した。

「実戦に近い状況で訓練したいので、このままお願いします」

「そうか、たしかに、それでこそ訓練か。勇者様ののぞむままに、相手をさせていただこう」

 居並ぶ騎士たちは、勇者の前に整列せいれつし、右のこぶしを左のかたへと当て、騎士の礼にて敬意を示した。ガチャンッ、と、甲冑の金属きんぞくの打ち合う音が心地ここちよくった。


「我ら騎士団とお手合わせくださる勇者様に、感謝かんしゃ敬意けいいを!」

 いかつい全身甲冑の騎士団長が、たからかに宣言せんげんした。

『うおーっ!』

 騎士たちが一斉いっせい雄叫おたけびをあげた。

 勇者は迫力はくりょく気後きおくれする。男二十人にあつ眼差まなざしで注目されて、れる。

 身のたけほどある大剣をにぎり、かべに立てかける。わりに、木製もくせいの大剣を両手で握る。

 訓練くんれんなので、全員が木剣ぼっけんを使用する。よろいたてはそのまま金属製である。この条件でも、多少の怪我けがはすると思う。

「勇者様。本日は、とう騎士団との合同訓練を御提案ごていあんいただき」

 騎士団長の長そうな挨拶あいさつが始まった。

準備じゅんび出来ました! 早速さっそく、よろしくおねがいします!」

 勇者は元気良くあたまをさげて、挨拶を強制終了させた。

「ふむ、ならば、騎士たちよ! 勇者様をかこめ! 双方そうほう一切いっさい手加減てかげん無用にて、訓練開始!」

『うおーっ!』

 騎士たちが一斉に雄叫びをあげた。

 騎士たちは木剣をかまえて、勇者を囲む。二十人の大きな円から、五人ずつの四円に分かれる。勇者も木製の大剣を構え、精神せいしんを集中する。

「まずは小手調こてしらべだ!」

 はなれて監督かんとくする騎士団長が、騎士たちに号令ごうれいした。

 騎士五人が、勇者をかこり込む。勇者はなるべく足をうごかさず、最小限さいしょうげん視線移動しせんいどうだけで状況を把握はあくし、上半身のひねりとうでで大剣をる。

 カカンッ、と木剣のかわいた音がった。五本全ごほんすべてをはじき返した。騎士たちはよろめき、さがって尻餅しりもちをついた。

 間髪入かんぱついれず、次の五人が斬り込む。勇者は同じく、最小限の動きで対処たいしょする。少し足が動いてしまったが、なんなく弾き返す。

 次の五人も、次の五人も、木剣を肢体したいかすられることなく弾き返した。正規せいきの騎士団だけあって手強てごわく、最後さいごには勇者自身の体勢たいせいくずれ気味だった。足が大きく動き、立ち位置いちもずれた。

 これではダメだ。雪のもる雪原せつげんでは、足のはこびではたたかえない。雪がおもくて、動きがおそくなってしまう。

「お見事みごとです、勇者様! 不甲斐ふがいないぞ、騎士たちよ! 呼吸こきゅうを合わせ、前後左右から同時に斬り込め!」

『はいっ!』

 騎士団長の号令に、騎士たちがするどく返答した。騎士たちから油断ゆだん慢心まんしんが消えた。

 騎士たちが勇者をかこみなおす。五人の四円は変わらない。勇者にもっとも近い円の五人がり込んでくる。

 カカンッ、と木剣の乾いた音が鳴った。五本全てを弾き返した。

 同時ではあっても、まだ対処できる。勇者自身は最小限のうごきを心掛こころがける。

 次の五人も、次の五人もはじき返す。背中に木剣がかする。最後さいごの五人は、足を動かし、大剣を大きくって弾き返す。

 騎士たちが、土の地面に尻餅しりもちをつく。勇者を見あげ、今さらながらにおどろいている。華奢きゃしゃ小娘こむすめが、大人の男二十人を相手に、いき一つみだしていない。

不甲斐ふがいない! じつに不甲斐ない! しんに王国の騎士ならば、ふたたび立ちあがり、勇猛ゆうもうに戦ってみせよ!」

 騎士団長の号令ごうれいに、騎士たちが立ちあがる。かぶとかくれて分かりづらいが、全員の目に戦意がみなぎる。木剣と盾をかまえ、勇者を囲む。

 勇者も木製の大剣を構え、精神を集中する。訓練は、まだ始まったばかりである。


 何時間が経過けいかしただろうか。

 訓練と休憩きゅうけいり返し、時間感覚はもうない。午後であって夕方ではない、くらいしか分からない。

 勇者は、あら呼吸こきゅうを繰り返す。木製の大剣の先を地面にき立て、杖代つえがわりにりかかる。露出過多ろしゅつかたはだあせながれ、体の熱気ねっきが白くのぼる。

 騎士たちは、周囲に寝転ねころがって、ぐったりしている。甲冑かっちゅうは木製の大剣の打ち込みでベコベコにへこみ、つかて、たおれ込んでいる。装備そうびおもさや動きの大きさをかんがえれば、勇者よりも疲労困憊ひろうこんぱいちがいない。

「ハァッ、ハァッ……。あ、あの、騎士の皆さん、ありがとうございました」

 訓練を終了しゅうりょうしやすいようにと、勇者はあたまをさげた。

「まだですぞ、勇者様! 騎士たちよ、これで終わって本当に良いのか?! 騎士たるもののほこりは、どこにわすれてきたのだ?!」

 騎士団長が騎士たちを鼓舞こぶした。

 騎士たちが、立ちあがる。甲冑のベルトをはずし、ぎ始める。兜も盾もはずし、木剣ぼっけん一本のみをにぎり構える。

 甲冑なしで攻撃こうげきを受けたら、木製もくせいの大剣でも相当にいたいだろう。れたりあざができたり、骨折こっせつすることもあるだろう。

 しかし、重い装備を外せば、動きが速くなる。み込みも、剣のりも、これまでとはちがってくる。勇者との力量りきりょうの差を、わずかでもめられる。

 騎士たちが、覚悟かくごを決めたのだ。何としてでも勇者につと、全員がおのれの誇りにちかったのだ。

「あ、やっぱり、訓練のつづきをお願いします。手加減てかげんとか、いりませんから」

 勇者は、うれしさに微笑びしょうして、木製の大剣を構えた。これでこそ、ここに来た意味いみがあると、確信かくしんしていた。


   ◇


 吹雪ふぶき雪原せつげんなかを、一人の少女があるいていた。

 少女は茶色の粗末そまつなローブをまとい、ローブの上から分かるほどに華奢きゃしゃだった。あたまおおうフードからは、金色の長いかみ寒風かんぷうなびいていた。ほそい手は、身のたけほどある大剣をつかみ、もるゆきの上を引きっていた。

 空には、あつい灰色のくもれ込める。薄暗うすぐらく、強い風がれ、つめたく白い雪がすさぶ。足元は雪がくるぶしまでもり、おもあゆみの邪魔じゃまをする。

「ハァッ……ハァッ……」

 うつむき気味に歩く少女のいきあらい。あつい息が、一瞬いっしゅんで白くこおる。吹雪とさむさと疲労ひろうで、視界も思考も不明瞭ふめいりょうになる。

『オーホッホッホッホッホ』

 雪原に、女のわらう声がひびいた。はだを切るような吹雪をものともしない、鼓膜こまくを直接に振動しんどうさせるような、高くとおる声だった。

 少女はかおをあげた。前方に、白い女が立っていた。かみも肌もふくも白くて、吹きすさぶ雪にけ込みそうな錯覚さっかくがあった。

 白い足は地面から少しいていて、背が高く見える。髪は白く長く波打つ。体形のメリハリが強く、そでがなくてすそみじかしろな着物で、はだけたみたいな着方をして、妖艶ようえん印象いんしょうを受ける。

 それぞれの手に、こおりの剣みたいなものをにぎっている。ひたいに、氷のつのみたいなものがえている。

 この白い女に会うために、ここに来た。

今度こんどこそ、退治たいじしてみせます!」

 少女は、ローブをぎ、雪風ゆきかぜに投げてる。風に乗って、ローブが空高くう。少女は長い金色の髪で、華奢きゃしゃ肢体したいにビキニみたいなふくて、かくすべき場所をぎりぎり隠す程度ていどしかない高露出こうろしゅつの赤いよろいを纏い、身の丈ほどある大剣を握り、人々に勇者とばれる。

『ウフフフフフフ』

 白い女が勇者にちかづく。雪原をすべるように、つめたい風の中をながれるように、足をうごかすことなく近づいてくる。あっと言う間に、目の前までせまる。

 ギィンッ、と金属きんぞくの打ち合う音がひびいた。風の音にまれて、すぐに消えた。

 白い女の氷剣ひょうけんを、大剣で受けた。白い女はバレエでもおどるように回転して、勇者の側面そくめんから背後はいごへと移動いどうした。

 ギギィンッ、と金属の打ち合う音がつらなった。背中をねらった二連の斬撃ざんげきを、大剣を背負せおうようにして受けた。

 勇者は足を動かさなかった。視線しせんの移動も最小限さいしょうげんだった。一日特訓いちにちとっくん成果せいかだ。

 即座そくざ攻撃こうげきてんじる。上体をひねって白い女にりつける。白い女が回転しながら受け流し、さらに回転して勇者の首筋くびすじを狙う。

 勇者は背中をらして氷剣の先端せんたんけた。避けざまに、大剣のもどしで白い女のうでを狙った。

「くっ……!」

 氷剣がかたかすった。あさく斬られて、はだに赤くせんが入った。

 でも、白い女の左腕を浅く斬った。ほそい腕の白い肌に赤い線が入った。きず一つつけられなかった前回とくらべれば、大きな進歩しんぽだ。

『ウフフフフフフ』

 白い女がわらう。傷の入った自身のうでを見て、たのしげに微笑びしょうする。

 おたがいに、血が流れてもいない。本当に浅い傷だ。何の不利も有利もなく、ここからが勝負しょうぶだ。

 勇者は白い女を正面しょうめんに見て、両手で大剣をかまえる。

 白い女は二本の氷剣をそれぞれの手に握り、楽しげに回転する。

 ギギィンッ、と金属の打ち合う音がつらなった。真正面ましょうめんから、高速の斬り込みだった。高速だったが、勇者に受けられない速度ではなかった。

 勇者は反撃はんげきで、氷剣をし返しつつ大剣をりおろした。白い女は回転しつつ受け流し、勇者の側面そくめんを氷剣で横薙よこなぎした。

 足をわずかにうごかして、氷剣の剣筋けんすじを大剣でさえぎる。剣同士がぶつかる金属音と同時に、足を大きく動かしてみ込む。全身をひねり、前のめりに大剣をき出し、最長の一振ひとふりを最速でり出す。

「てやぁっ!」

 勇者の大剣が、白い女の脇腹わきばらを斬りいた。ほぼ同時に、左腕ひだりうでを氷剣で斬られた。

 即座そくざに、勇者は一歩さがって大剣をかまえなおす。左腕から血が流れても、気にする余裕よゆうはない。

 白い女は、血の流れる自身のはらをチラと見る。すぐに勇者へと視線を戻し、たのしげに口角こうかくりあげる。二本の氷剣を構え、バレエでもおどるようにクルリとまわる。

 まだ、り込みがあさかった。完璧かんぺきなタイミングだと思ったのに、致命傷ちめいしょうとどかなかった。

 完璧なタイミングの完璧な一撃いちげきが致命傷にいたらなかった理由は、簡単かんたんだ。勇者の力量りきりょうそのものが、白い女にとどかないのだ。白い女をたおすのに、わずかながら、りないのだ。

 勇者はかんがえる。あら呼吸こきゅうを繰り返す。あついきさむさにこおる。

 白い女に、僅かに力及ちからおよばない。もる雪が足におもい。正直しょうじきなところ、寒い。

「……あっ!」

 勇者は、一つだけ、勝つ方法をひらめいた。

 大剣を雪原にす。赤いよろいのブレスレットをはずし、雪原にとす。

 白い女が、不思議ふしぎそうに首をかしげる。このすきに斬りつけようなんてせずに、見守って、っている。

 赤い鎧の、ブーツをぐ。サークレットを外し、落とす。大事だいじな部分をぎりぎりかくすくらいしかない、ブレストとスカートも脱いで落とす。

 地に突き刺した大剣を、両手でにぎり、引きき、頭上ずじょうの高くにりあげ、かまえる。

「今度こそ、退治してみせます」

 勇者は白い女を見据みすえ、宣言せんげんした。

『ウフフフフフフ』

 白い女はたのしげにわらい、二本の氷剣を構え、バレエでもおどるようにクルリとまわった。

 よろいを脱いで身軽みがるになる。防御ぼうぎょて、一撃いちげきける。それが、白い女との力量の差をめる、今思いつく、唯一ゆいいつの方法である。

 雪に裸足はだしで冷たい。さむい。風がいたい。

 精神せいしんを集中する。白い女だけを見据みすえる。不要な他のすべてを、感覚から消す。

 風の音が消える。寒さが消える。白い女の殺気さっきが、チリチリとはだを刺す。

 呼吸こきゅうが、ととのう。心臓しんぞうの音が、ひびく。ゆっくりと、規則正きそくただしく、耳につたわる。

 不要な感覚の、全てが消えた。

「たぁっ!」

 勇者は、最速全力でみ込んだ。雪がいあがって、視界しかいが白におおわれた。

 勝負は一瞬いっしゅんだった。白い女と高速で交錯こうさくし、打ち合った。

 舞いあがった雪が風に流れる。視界が戻り、風の音が戻り、空気の冷たさが戻る。

 勇者の右肩みぎかたが大きくかれ、赤い血をき出した。大剣を地につき、華奢きゃしゃ肢体したいささえようとして、ふらつき、雪原にたおれた。白い雪に、勇者の血の赤が広がった。

 白い女は、ほこるようにクルクルとまわる。白い女のむねも大きく斬り裂かれ、赤い血をき出す。クルクルと回ると、白い雪にらされて、赤い雨みたいな模様もようを作る。

『ウフフフフフフ』

 白い女が楽しげに笑う。バレエでもおどるようにクルクルと回る。

 勇者を見おろし、微笑びしょうする。白い雪原をすべるように勇者からはなれ、風に乗って吹雪ふぶきの中へと消えていく。

 白い女の姿すがたが見えなくなった直後ちょくごにはもう、音も、気配けはいも、完全に消えていた。

「勇者さーん! ご無事ですかー?!」

 はなれて待機たいきしていた仲間たちが、あわてふためいて、雪の中を走ってくる。

 勇者は雪原せつげんたおれたまま、ゆっくりと目をじる。さむい。血がながれて、ねむい。

 白い女がなぜ勇者にとどめをさなかったのかは、勇者には分からなかった。ただ、夢の中で眠いなんて不思議ふしぎかんじだな、とおぼろげに思っていた。


   ◇


 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがるりまわし、凶暴きょうぼうなモンスターを易易やすやす両断りょうだんする。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第10話 雪原せつげんおどしろおんな END

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