第7話 燃える森

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおかった。毎日のように、退治を依頼いらいする書簡しょかんとどいた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだ。だったと思う。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがると振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。


   ◇


「おい、勇者。きろ。周囲の様子ようすが変だ」

 戦士の声で、勇者は目をました。ガタガタとれる、せま軍用馬車ぐんようばしゃの中だ。

「へあっ? ももう、きましひゃ?」

 勇者のかたあたませてていた僧侶そうりょきて、ぼけまなこよだれぬぐう。

 戦士はけわしい表情で、まどの外を見まわす。エルフは背筋せすじばして、するどい目をして、窓の外のとおくを見渡みわたす。

 勇者には三人の仲間なかまがいる。男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然少女僧侶てんねんしょうじょそうりょである。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳を過ぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有の長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族しゅぞくで、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢こうまん御嬢様おじょうさまである。

 僧侶は、村の教会でも見かけるような国教こっきょう僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターとたたかう僧兵である。天然てんねんっぽい少女である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこ十代半じゅうだいなかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者にちかい。

 勇者もまどの外を見る。今にも雨のり出しそうな、おも曇天どんてんである。馬車は、森の中の街道かいどうを走る。

 かた椅子いすすわって、馬車がれるから、おしりいたい。心なしかあつい。勇者の知らないかんじの森に見える。

めずらしい森ですね。木がところどころ、げたみたいに黒いです。何て種類しゅるいの木なんですか?」

 勇者は、独断どくだん偏見へんけんもとづいて、植物しょくぶつとか森とかにくわしそうなエルフにいた。

実際じっさいに焦げてますのよ。木は、この地域ちいきに広く自生じせいする種類の、一般いっぱん的な木ですわ」

 エルフが、あきらかな警戒けいかいの目を窓の外に向けたまま、つめたくんだ声で答えた。

 意味いみが分からず、勇者は首をかしげ、ふたたび窓の外を見る。

 街道沿かいどうぞいの森のところどころに、げたみたいに黒い木が立つ。心なしかあつい。赤い火がえる木が通りすぎる。

 馬車のかた椅子いすすわりなおす。硬くてれておしりいたい。今回の対象たいしょうモンスターの資料しりょうひらく。

 今回のターゲットは、火をけもの型モンスターだ。

 小都市にちかい森に出現しゅつげんし、森をやしてまわっている。目撃情報もくげきじょうほうなどから、ヘルハウンド系統けいとう予想よそうされる。

 他都市との往来おうらい交易こうえきさまたげとなっていて、迅速じんそく退治たいじのために勇者たちがばれた。勇者たちは今、王都おうとを出発して、くわしい情報をもらうために小都市へと向かう、道中どうちゅうだ。

「分かりました」

 勇者は、すべてを理解りかいしたかおで、資料をじた。

おそいですわ」

 エルフがツッコミを入れた。

「おい、兵士さんがた! いそいで引き返してくれ! このへんは、もうモンスターの縄張なわばりに入っちまってる!」

 戦士が、馬車の外に向けてさけんだ。御者ぎょしゃとか荷物にもつ輸送ゆそう担当たんとうする、王国軍兵士への指示しじだ。

 馬車が急にUターンする。大きくれる馬車の中で、たおれてくる僧侶を受けささえる。

 馬のいななきが聞こえた。視界しかいが赤いほのおつつまれた。馬車が横倒よこだおしになって、強い衝撃しょうげき石畳いしだたみたたきつけられた。


   ◇


「こいつは、こまったな」

 戦士は、周囲のげた木を確認かくにんしながらつぶやいた。

こわいです。あついです。あついです」

 僧侶が、戦士の服のすそつかんで、窮状きゅうじょううったえた。

 戦士は、僧侶と二人だけで、焦げた森の中を彷徨さまよう。火をくモンスターに発見されないように、かくれてあるく。勇者とエルフを見つけようと、周囲に気をくばる。

 勇者とエルフとは、はぐれた。不可抗力ふかこうりょくだ。

 馬車がたおれたときに、僧侶とエルフが昏倒こんとうした。える馬車の外に出たら、数人の兵士が倒れていて、火を吹く大型のモンスターがおそいかかってきた。戦士は僧侶をかかえ、勇者がエルフと兵士数人をかかえ、身をかくせる森の中へと、その場からげるしかなかった。

「どどどどんな、モンスターだったのでしょうか?」

 僧侶の声がふるえる。

「火を吹く頭部とうぶが三個ある、四足歩行のけもの型モンスター、ケルベロスだな。大きさも五メートルか六メートルはあった。資料しりょう情報じょうほう二回ふたまわりは強い」

「ひぇぇっ……」

 悲鳴ひめいれる気持ちは、戦士にも分かる。準備じゅんびもなしにてる相手ではない。準備する前に遭遇そうぐうしていい相手ではない。

「ここはもう、モンスターの縄張なわばりの中だ。大きな声は出すなよ」

 り返って、僧侶を確認かくにんする。戦士の服のすそをギュッとつかんで、涙目なみだめうなずく。

 状況は、まずい。ケルベロスに鉢合はちあわせたら、勝てるわけがない。逃げるにしても、僧侶をれて、逃げきれる自信はない。

 生きのこる道は、ケルベロスより先に勇者たちと合流ごうりゅうするか、ケルベロスに見つからずに森から脱出だっしゅつするしかない。自分たちが広い森のどこにいるかも分からず、迂闊うかつに音も出せない現状では、どちらもむずかしいだろう。

仕方しかたないか……」

 戦士はつぶやいた。意をけっして、僧侶に向いた。

 僧侶は涙目で首をかしげた。

「オマエに、話しておくことがある。大事だいじな話だ」

 戦士は真顔まがおだ。重要じゅうような内容だと、一目で分かった。

 僧侶は涙目で、ぎゃく方向に首をかしげなおす。生きるか死ぬかの瀬戸際せとぎわで、二人っきりで、真顔で、戦士が何を話そうとしているのか、かんがえる。とある結論けつろんいたってしまって、顔をにする。

「まっ、まっ、まっ、ってください、戦士さん。急にっ、そんなお話、こま、こまりますっ。といいますか、あのっ、そのっ、お気持ちはうれしいのですがっ、わっ、私は、神におつかえする身ですのでっ」

 赤い顔で動揺どうようする僧侶に首をかしげつつ、戦士は話を切り出す。

「勇者は戦闘せんとうが強い。エルフは魔法まほうちょうじ、オマエは回復かいふく魔法が使え、オレは事前の情報収集や準備を得意とくいとしてる。それぞれに、ちがう方向性の強さがあるってことだな」

 僧侶が妄想もうそうしたような話ではなかった。僧侶のかおがさらに赤くなった。

「だが、今回は、オレが役目をたす前に、こうなっちまった。だから、今のオレは、役立たずだ」

 戦士は真顔だ。冗談じょうだんとか自虐じぎゃくとかではない、真面目まじめな話だ。

「そ、そんなことありませんよ。戦士さんは、強いじゃないですか。ゴブリンだってたおせるじゃないですか」

 僧侶は、戦士のこし戦斧せんぷしめした。

たしかに、ゴブリンくらいなら倒せるし、オレ自身、冒険者ぼうけんしゃとしてかなり強いつもりだった。その自信も、勇者の強さを見ちまったら、粉粉こなごなになったけどな。まあいいとこ、劣化れっか勇者どまりだ」

 戦士は、自嘲気味じちょうぎみわらう。僧侶のピンクがみに大きな手をき、ぜるようにでる。

「つまり、オレじゃあケルベロスには勝てないってことだ。もしも遭遇そうぐうしたら、オレが時間をかせぐから、オマエは逃げて勇者たちをさがせ。どうせ、一人で逃げるなんて、って言うんだろうけど、オレにも戦士としてのプライドがあるから、オマエだけでも守らせてくれ、たのむ」

 戦士は笑顔えがおである。僧侶は戦士を見あげて、ほおふくらませて、不満ふまん表情ひょうじょうに出す。

「一人でげるなんていやです! ……でも、分かりました」

 僧侶は渋渋しぶしぶ承知しょうちした。先手を打たれすぎて、反論はんろんできなかった。

「よし。それでいい」

 戦士は笑顔を大きくして、僧侶のピンク髪を撫でた。思いっきり掻き混ぜた。

 突然とつぜん、近くで、バキバキとかわいた木のれる音がした。

「しまった。見つかっちまった」

 戦士は戦斧せんぷとタワーシールドをかまえる。げた木々の間から、灰色の見事な毛並けなみの、大きなけもの型モンスターが姿すがたあらわす。高さは五、六メートル、おおかみのような頭部とうぶが三つならび、それぞれの口に赤いほのおあふれる。

 りあがった赤い目で、戦士と僧侶を見おろす。計六個の目が、二人を見る。

「逃げろ」

 戦士は、タワーシールドを地面にき立てた。

「で、でもっ」

 僧侶は戦士の背後はいごで、すそつかむ手に力を込めた。

 ケルベロスの口の一つが、炎をいた。タワーシールドに直撃ちょくげきして、炎が二つにれた。左右をめるように吹きけたほのおが、二人のふくを少しいた。

「逃げろ!」

 戦士は、強くさけんだ。

「……はいっ!」

 僧侶が半泣はんなきでこたえた。戦士の裾をはなし、背中を向けて、け出した。

 森の中を逃げた僧侶を、ケルベロスの目は追わない。のこった戦士に、六個の目のすべてが向く。

「そうだ、それでいい。オレが相手をしてやる」

 戦士は戦斧とたてを構え、攻撃こうげきのチャンスをうかがう。ジリジリと間合いをめる。

 ケルベロスの口の一つがほのおを吹く。戦士はける。

 別の口が炎を吹く。戦士は避ける。

 残りの口が炎を吹く。戦士は避けようとする。

 しかし、左右を炎にはさまれていて、ける空間がない。

 戦士はたてで炎を受けた。盾に当たった炎は左右にれ、左右の炎のかべに当たって押しもどされ、盾にかくれる戦士の体を焼いた。

「うわっ?! くっ!」

 戦士はおどろあわて、よろめいて、数歩をさがる。炎があつい。皮膚ひふが焼けて、いたい。

 目の前に、ケルベロスの大きなつめがある。わけも分からないまま、戦斧と盾をはじばされる。青黒いよろい胸部装甲きょうぶそうこうけ、かわのベルトが千切ちぎれる音がして、むねにくぎ切られる感覚かんかくが、激痛げきつうが、一瞬いっしゅんだけ神経しんけいを焼く。

 あっと言うだった。呆気あっけなかった。

 雨がり始めた。くらい灰色のおもくもから、大きな水のつぶが、無数むすうに落ち始めた。

 戦士は、森のなかに、大の字にたおれている。ぼやける視界に、曇天どんてんを見あげる。視界のはしに、ケルベロスがうつる。

 いたみは、本当に一瞬だけだった。今はもう、すべての感覚がない。ぼんやりと曖昧あいまい光景こうけいだけが、うつろな思考しこうに映る。

 ゆびの一本もうごかせるわけがない。ケルベロスにとどめをされるまでもない。ほんの少しの時間の経過けいかだけで、命はきるだろう。

 戦士を見ていたケルベロスが、とおくの何かに気づいたように、遠くを見あげた。瀕死ひんしの戦士に背を向け、悠然ゆうぜんと歩き出した。

 ケルベロスの向かう先が、僧侶が逃げた方向とはちがうことが、せめてものすくいだった。戦士は、最後さいごに僧侶を守れたと満足まんぞくして、微笑びしょうして、ゆっくりと目をじた。強い雨音が、遠くかすかに耳にひびいていた。


   ◇


 げた木のかげから、僧侶が姿をあらわした。

 僧侶は半泣きで、たおれた戦士のもとへと走る。地面に露出ろしゅつした木の根につまずいてころぶ。すぐさま立ちあがり、どろを落とすこともせず、なみだぬぐう。

 って、戦士のかたわらにしゃがみ込む。僧服そうふくで手をいて、戦士の首のみゃくをとる。

大丈夫だいじょうぶです。まだ、ギリギリで生きてます」

 自分をふるい立たせるようにつぶやいて、僧侶は両手を、戦士の大きくけたむねの前にかざした。

 僧侶の両手が、白い光につつまれる。白い光は大きくなって、戦士の体をつつみ込む。

「戦士さん、ごめんなさい。やっぱり、げるのは、やめました。そのわり、絶対にたすけてみせますから、安心して、おまかせください」

 僧侶は、もう泣いていなかった。はげしくる雨の中で、奇跡きせきの光が、白くうつくしくかがやいていた。


   ◇


 ケルベロスが、雨の森の中を、悠然ゆうぜんあるく。

 縄張なわばりに、二組の侵入者しんにゅうしゃがいた。一組の侵入者の一人を仕留しとめ、もう一組の侵入者のほうへと向かっていた。今は見失みうしなって、なく巡回じゅんかいしていた。

 強い雨が、灰色の毛並けなみをらす。体のねつが水を蒸発じょうはつさせ、白い水蒸気すいじょうきをあげる。つめを土に食い込ませ、邪魔じゃまな木々は力任ちからまかせにへしる。

 カーン、と、おので木を切るような音がひびいた。

 ケルベロスは、足を止め、音のした方向を見た。

 カーン、と、斧で木を切るような音が響く。断続だんぞく的で、少しずつ位置いちうごく。まるで、自分の場所をおしえているようでも、だれかをんでいるようでもある。

 ケルベロスは、少しの間、動かなかった。三つのあたま曇天どんてんへと向け、とおえた。悠然ゆうぜんとした足取あしどりで、音の方へと歩き出した。


   ◇


「おっ。やっと来やがったか」

 音のぬしは、戦斧せんぷにぎる戦士だった。戦士一人だけだった。ケルベロスには、不思議ふしぎな光景だろう。

おどろいたか? まあ、さっき、死んだと思ったよな。オレも、死んだと思ったしな」

 戦士は、つい先ほど、ケルベロスのつめむねを引きかれた。今は、胸のきず治癒ちゆし、生きて立っていた。先ほどと今のちがいがあるとすれば、戦斧を握っていてもたてっておらず、全身をおおっていたよろいを全てはずしたくらいだ。

 戦士は、戦斧で、近くの木を斬りつける。カーン、と高い音がひびく。つづけて何度も斬りつけ、カンカンカンカンと耳障みみざわりにらす。

「よし、こんなもんだろ。勝負しょうぶだ、ケルベロス。今度は、さっきみたいにはいかないぜ」

 戦士が戦斧をかまえた。両手でを握り、大きなやいばをケルベロスへと向けた。

 ケルベロスのかおには余裕よゆうが見える。おおかみっぽいけもの型モンスターの表情ひょうじょうなんて、戦士には分からないが、簡単かんたんに殺せる獲物えもの程度ていど認識にんしきされていることは分かる。

「さっきの敗因はいいんは、おそれたことだ。オマエの攻撃こうげきを恐れ、オレはたてよろいで身を守ろうとした。だが、オマエの攻撃には盾も鎧も役に立たず、結果けっか的に、うごきをさまたげるおもしにしかなってなかった」

 戦士は、チャンスをうかがいながら、自分を鼓舞こぶするように、これからたたかう相手へと話しかけた。ケルベロスも、人間の言葉なんて分かりはしないだろう。分かりたいとも思わないだろう。

「オレはな、事前の情報収集じょうほうしゅうしゅうと準備が得意なんだ。情報と準備じゅんびの時間さえもらえれば、少しくらい格上かくうえのモンスターだって、たおしてみせるぜ」

 戦士が、ケルベロスに向けて突進とっしんした。

 ケルベロスは、口の一つから、戦士目掛せんしめがけてほのおを吹いた。戦士は、戦斧せんぷで炎をいた。

 別の口から炎が吹かれる。戦士は素早すばやける。

 さらに別の口から炎が吹かれる。戦士は、サイドステップでさらに避ける。

 戦士の左右が炎でさえぎられた。逃げ道をふさがれた。

 しかし、最初さいしょの炎は斬り裂いた。次の炎が来るまでに、状況を見極みきわめ、斬りかかる余裕よゆうがあるはずだ。

 ケルベルスは、三つの口が順番じゅんばんに炎を吹く。同じ口から連続れんぞくでは吹かない。それはたぶん、同じ口から連続で炎を吹くには、多少のインターバルが必要だからだ。

 わずかのいて、最初に炎を吹いた口から、もう一度、炎が吹かれる。戦士の正面しょうめんへと炎がびる。

 戦士は、上へと跳躍ちょうやくした。片側をさえぎる炎を軽軽かるがるえ、木のみきってさらに高く飛び、ケルベロスのあたまの一つへと、戦斧をりおろした。

「ギャウッ!」

 ケルベロスの頭の一つを両断りょうだんした。えるほのおのような赤い血があふれた。

 ケルベロスがくるまぎれにつめを振りまわす。爪に脇腹わきばらを引きかれ、戦士は地面にち、うずくまる。

 苦痛くつううめきながらも、ケルベロスを見あげる。まだ健在けんざいで、のこる二つの頭で戦士をにらみ、二つの口に炎をめる。

「ここまでやって、どうにか頭一つと相討あいうちか。さすがにケルベロスは格上すぎたな」

 戦士は、自嘲気味じちょうぎみつぶやいた。けた言いわけみたいだな、と自覚じかくしていた。

「戦士さん、大丈夫だいじょうぶですか? すぐに回復かいふくします!」

 戦士に、僧侶がる。

「なっ?! 馬鹿野郎! 今度こそ勇者たちをさがしにいけ、って言っただろ」

 戦士は、激痛げきつうかおゆがませながら、僧侶に文句もんくを言った。

「大丈夫です。このくらいのきずなら、楽勝らくしょうです」

 僧侶は、戦士の言葉にみみさなかった。せまるケルベロスも、その口かられ出る炎も、かいしていなかった。

 戦士には、それが僧侶の自信か、確信かくしんか、天然てんねんか、分かりかねる。どうするのがただしいのか、まよう。

「いいから、逃げろ! 焼き殺されるぞ!」

 戦士は、僧侶をばした。ケルベロスの口が二つ、開いた。口にまった炎があふれた。

「マジックシール!」

 おぼえのある、つめたくんだ声が聞こえた。ケルベロスの口が二つじた。炎をかなかった。

「わぁ、すごい! 本当に、二つまでならブレスを妨害ぼうがいできるんですね!」

 純真じゅんしんひとみをキラキラとかがやかせて、勇者がよこ通過つうかする。右手には、身のたけほどある大剣がにぎられる。

「そうもうしあげましたでしょう? ワタクシは高貴こうきなエルフですから、この程度ていどは、簡単かんたんなことでしてよ。どこぞの平民冒険者風情とは、出来できちがいますの」

 見覚えのある高慢こうまん御嬢様おじょうさまエルフが、戦士の横に進み出た。戦士を見おろし、嘲笑あざわらうような目をした。

「あれ、でも、あたまは三つありますよね?」

「あらあらうふふ。今は、一つつぶれていますから、二つですわ」

 勇者とエルフの能天気のうてんきなやり取りに、戦士は気がける。ケルベロスを見あげるのをやめて、全身の力を抜き、ひたいを地につける。

「あっ、言いわすれてました。勇者さんたちと合流ごうりゅうできました。もう大丈夫ですよ」

 僧侶が、能天気に微笑ほほえんだ。

「ああ、みたいだな」

 戦士も、激痛げきつうゆがめたかおで、わらった。

おので木を切る音がこえたので、絶対に戦士さんたちだと思いました! あとまかせてください!」

 ケルベロスには同情どうじょうする。勇者なんていう、はるかに格上かくうえの相手とたたかって、勝ち目なんてありはしない。


 戦士はここで気絶きぜつした。ことの顛末てんまつは、小都市の教会で目をまして、ベッドの上で聞いた。

 話を聞くあいだ、やたらとうれしそうな僧侶と、やたらと自慢じまんするエルフを、勇者が微笑ほほえましげに見守っていた。この三人と自分が仲間なかまなんて不思議ふしぎな感じで、話はあたまに入ってこなかった。

 まあ、あの後のことなんて、どうせ決まっているのだから、聞くまでもないか、と思った。それに、三人とも説明せつめい下手へたすぎて、ちゃんと聞いても分からなかっただろう。


   ◇


 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがるりまわし、凶暴きょうぼうなモンスターを易易やすやす両断りょうだんする。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第7話 えるもり END

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