第6話 呪われた剣

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおかった。毎日のように、退治を依頼いらいする書簡しょかんとどいた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだ。だったと思う。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがると振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。


   ◇


「おい、勇者。きろ。目的地にいたぜ」

 戦士の声で、勇者は目をました。ガタガタとれる、せま軍用馬車ぐんようばしゃの中だ。

 勇者のかたあたませてていた僧侶そうりょきて、ぼけまなこよだれぬぐう。戦士は微笑びしょうして、まどの外を見る。エルフは背筋せすじばして、きたないものを見る目で、窓の外をながめている。

 勇者には三人の仲間なかまがいる。男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然少女僧侶てんねんしょうじょそうりょである。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳を過ぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有の長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族しゅぞくで、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢こうまん御嬢様おじょうさまである。

 僧侶は、村の教会でも見かけるような国教こっきょう僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターとたたかう僧兵である。天然てんねんっぽい少女である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこ十代半じゅうだいなかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者にちかい。

 勇者も窓の外を見る。空気がほこりっぽい。かた椅子いすすわって、道のわるさに馬車がれたから、おしりいたい。

まずしいところみたいですね。ここも貧しいから、国にモンスター退治たいじ依頼いらいしたのでしょうか?」

 辺境へんきょう地方領ちほうりょうだといている。土地はれ、田畑たはたれ、灰色の景色けしきが広がる。領主りょうしゅ屋敷やしきらしき石造りの小城だけが、立派りっぱそびえる。

管理かんりがなっていませんわ。領土りょうどを見れば、領主の力不足が明白めいはくでしてよ」

 エルフが、レースのハンカチで口元をさえ、見くだす目でひょうした。

「おい、エルフ。そういうことを、領主の前で言うなよ」

 戦士がくぎした。

下等かとうな人間ごときが、高貴こうきなワタクシに説教せっきょうですかしら?」

 エルフが戦士をにらみつけた。つめたくんだ青いひとみだ。

 戦士の注意ちゅういは当たり前すぎて、火花をらす意味いみが分からない。

「まぁまぁ。背中をあずけてたたか仲間なかまなんですから、みんな、仲良なかよくしましょう」

 勇者はおそる恐る仲裁ちゅうさいした。

「そうですよ! 勇者さんのおっしゃる通りです!」

 僧侶があかるく元気いっぱいに賛同さんどうした。

 馬車がまった。小城の前に到着とうちゃくした。年老としおいた執事しつじらしき男一人だけが、勇者たちを出迎でむかえた。


   ◇


 勇者たち四人は、領主りょうしゅの前にひざまずく。

 領主は、長い黒髪くろかみも長いひげばしっぱなしの、陰鬱いんうつ雰囲気ふんいきの中年男である。革張かわばりの椅子いすし、あたまかかえ、前屈まえかがみに、ブツブツと何かをつぶやつづけている。

 勇者たちは、最大の難問なんもん直面ちょくめんしていた。予想よそうだにしていなかったし、解決手段かいけつしゅだんも思いつかず、何もできずにいた。なんと、この四人の中には、えらい人とまともに会話できるものがいないのだ。

 女役人は王都待機おうとたいきなので、いない。農村出のうそんでの勇者と、冒険者の戦士と、天然てんねん少女の僧侶にできるわけがない。エルフは御嬢様おじょうさまだが、相手の機嫌きげんそこねる発言のリスクが高すぎるので、しゃべらせたくない。

 結果けっか的に、領主の前にひざまずき、だまっている。領主はブツブツとひとごとり返すだけで、会話が成立しない。話がすすまない。

「それでは、領主様にわりまして、私めから説明せつめいさせていただきます」

 勇者たちを出迎えた老執事ろうしつじが、領主のかたわらへと進み出た。みじか白髪はくはつしわふかい、おだやかな目の男だ。

 助かった。こんな状況でなければ、めて感謝かんしゃを伝えたかった。この『えらい人と会話できない問題もんだい』は次までに絶対に解決かいけつしよう、と心に決めた勇者だった。

 老執事が話し始める。

発端ほったんは、数か月前、領地内の山中に洞窟どうくつが発見されたことでした」

のろいだ! 反逆はんぎゃくの王ののろいだ!」

 領主が突然とつぜん立ちあがり、さけんで、部屋へやから走り去った。びっぱなしのかみみだし、あたまかかえて、不安定な足のはこびで、半狂乱はんきょうらんにも見えた。

 勇者たちは呆然ぼうぜんと見送った。何がどうしてどうなったのか、まったく分からなかった。

客間きゃくま御案内ごあんないいたします。お茶を用意させましょう。少し長い話となりますので、くつろいで、お茶をたのしみながら、ゆっくり聞いていただければ、と思います」

 老執事はおどろいた様子ようすもなく、おだやかなみで、勇者たちに頭をさげた。


   ◇


「これが、その洞窟どうくつでしょうか?」

 勇者は、山の中の斜面しゃめんに開いたあなゆびさした。

「地図を見るかぎりだと、ここだな。斜面がくずれたあとあたらしいから、間違まちがいないだろ」

 戦士が地図を見ながら答えた。

 老執事ろうしつじの説明によると、数か月前にこのあたりの斜面がくずれ、洞窟らしき穴があらわれたそうだ。入り口付近で武器や装飾そうしょく品が発見されて、何かの遺跡いせきかも知れないと、調査隊ちょうさたい派遣はけんした。学者や護衛ごえいの兵士で構成こうせいされた調査隊は、遺跡のおくを目指して進入を開始したが、だれ一人としてかえってこなかった。

 老執事が領主に提言ていげんした。危険な遺跡いせきの可能性が高く、とう領地の兵力だけでの調査は不安だから、国に報告ほうこくして協力をあおぐべき、と当たり前の提言だ。

天然てんねん洞窟どうくつではなさそうですね。かべととのえられたかんじだし、通路つうろふとさも一定です」

 勇者は、入り口から中に数歩すうほだけ入って、かべゆかさわってみた。土をかためたみたいにカチカチだった。

「おっ。広いな。オレでも問題もんだいなくとおれる」

 戦士も中を確認かくにんした。

 中は、広い一本道のトンネルが、おくへと伸びる。外は、林の一部がくずれて地面がき出しで、まるい入り口がポッカリとひらく。

のろいの剣の伝説でんせつって、本当なのでしょうか? こわいですー」

 僧侶が怖がりながら、エルフのしゅ色のローブのそでにぎめた。

 エルフは暑苦あつくるしそうに僧侶をしやる。

 老執事の当たり前の提言を、しかし領主は聞き入れなかったらしい。理由は、呪いの剣と不死の反逆王の伝説にあったそうだ。

 数百年前、この領地の領主りょうしゅが、絶大な力を宿やど魔剣まけんを手に入れた。剣の魔力に魅入みいられた領主は、われこそが世界をべるに相応ふさわしい、と王国に反旗はんきひるがえした。

 領主は圧倒あっとう的な力と不死の兵で、王都おうとめ入った。領主軍は王国軍をくるしめたが、かずの前に敗北はいぼくし、敗走し、追撃ついげきされ、ついには山中の地下砦ちかとりでへと追いめられた。不死となった領主と兵を殺せなかった王国軍は、地下砦の入り口を封印ふういんし、彼らを地中深ちちゅうふかじ込めたのだった。

 これが、呪いの剣と不死の反逆王の伝説だ。

 今の領主が伝説を信じたのかは分からない。数百年前の、証拠しょうこの一つものこっていないような伝説だから、むしろ信じていなかったと予想よそうする。伝説と洞窟の出現をかさね合わせ、とんでもない魔法品が出てくるかも知れない、とよくをかいたのだろうとは想像そうぞうできる。

 そのせいで、調査隊ちょうさたいが何度も派遣はけんされ、おおくの人が行方不明となった。領主本人が半狂乱はんきょうらんになったのは、自業自得じごうじとくだ。

「じゃあ、オレが先頭せんとうで入るぞ。内部ないぶの地図なんてないから、はぐれるなよ」

「はいっ!」

 戦士が右手に、火をつけた松明たいまつつ。左手にタワーシールドをかまえ、洞窟どうくつに入る。

 数歩遅すうほおくれてエルフがつづく。魔法杖まほうづえふところになおし、レースのハンカチを取り出し、口元をさえる。

 数歩遅れて勇者が続く。戦士が前方の警戒けいかい、エルフが左右の警戒、勇者が後方を警戒する布陣ふじんである。

 元気に返事へんじをした僧侶は、勇者の左腕ひだりうでにしがみつく。

こわいですー。はなれないでしいですー」

「はい。なるべくそうします」

 涙目なみだめでおねがいしてくる僧侶に、勇者はやさしく微笑びしょうした。

 松明の明かりの届く範囲はんいは、通路つうろが一本だけ伸びる。ゆかたいらで、かべ天井てんじょう湾曲わんきょくして、トンネル構造こうぞうになっている。戦士が戦斧せんぷりまわせるくらいに広い。

 土を固めたカチカチの床と壁である。土の面から、石もあちこちにじってき出る。

自然しぜんの洞窟と、人工じんこうのトンネルの、中間ちゅうかんの構造に見えますわね。自然の洞窟に手をくわえましたのかしら」

 エルフが興味深きょうみぶかげに考察こうさつした。

わながあるかも知れないから、迂闊うかつさわるなよ」

 戦士が前方を警戒けいかいしながらくぎした。

「ワタクシ、そのような間抜まぬけではございませんことよ」

 エルフが不快ふかい反論はんろんした。

 勇者は、そっとかべから手をはなした。


「分かれ道だ」

 数分歩すうふんあるいたあたりで、戦士が足をとめた。

 通路が二本に分かれている。右上方向に一本、左下方向に一本ある。

「地図も指針ししんもないことだし、アイツにいてみるか」

 左下に向かう通路つうろに、人がいる。人間の男が一人だけ、である。ふるそうな長剣をち、節足動物せっそくどうぶつっぽいデザインの甲冑かっちゅう装備そうびしている。

「ギャァーッ!」

 悲鳴ひめいのような雄叫おたけびをあげて、男がりかかってきた。

 戦士がたてで受けとめ、押し返した。右手に松明たいまつを持っていたので、戦斧で反撃はんげきとはいかなかった。今この状況で松明をとして火が消えたら、暗闇くらやみに何も見えず、僧侶がきっとパニックになって、危険きけんだ。

「ギャッ! ギャッ!」

 その男がはっするのは、言葉はつうじないと確信かくしんできる音である。男は四人に背を向け、左下方向の通路にげる。

うぞ。他に手掛てがかりがない」

 戦士の決断で、勇者たちは逃げた男を追うことに決めた。


 勇者たちは、広い空洞くうどう辿たどいた。

 途中とちゅうにたくさんの分岐ぶんきがあった。逃げる男を追ったおかげで、まよわずにんだ。

 わなだと、誘導ゆうどうされていると、途中から気づいてはいた。地下を迷い彷徨さまようよりはマシだろう、という判断はんだんだ。それに、このメンバーなら大抵たいていの罠はやぶれる自信が、戦士にはあった。

「ギャギャギャッ!」

 断末魔だんまつまのような声が、広い空洞にひびく。

「ギャーッ!」

 空洞の最奥さいおくの、石の玉座ぎょくざに、一回ひとまわり大きい男がすわっている。ふかく座り、肘掛ひじかけにうでを乗せ、見おろすようにうつむく。古ぼけた赤いマントを羽織はおり、節足動物っぽいデザインの金色の甲冑をまとう。

「まさか、おびき出されていたなんて、わなだったなんて、迂闊うかつでした」

 勇者は、農村出のけ出し冒険者ぼうけんしゃっぽい発言をした。深刻しんこくそうな口調くちょうだった。

 勇者たちは、武装ぶそうした人間たちにかこまれている。全員が節足動物っぽいデザインの甲冑を装備している。手にするのは、あたらしかったり古かったり、剣、ハンマー、メイス、やりたて多種多様たしゅたようである。

「キャーッ! こわいです! キャーッ!」

 僧侶が、勇者の左腕にしがみついて、わめいた。完全にパニックだ。

「ギャァーッ!」

 悲鳴ひめいのような雄叫おたけびをあげて、近くの男がおそいかかってきた。

 勇者は右手で大剣を抜き、男のメイスを受けとめ、押し返した。

 男のおもい体がちゅういた。男はかるい身のこなしでバクちゅうし、しゃがむ姿勢しせい着地ちゃくちした。

 てきかずは、三十人ほどいる。ほぼ男で、女が数人交すうにんまじる。まえうしろもふさいで、武器のとどかない距離きょりでチャンスをうかがっている。

のろいの剣と、不死の反逆はんぎゃく王に、不死のへいか……」

 戦士が、かんがえごとをする小声でつぶやいた。

「数百年前の伝説でんせつ真実しんじつだとしましたら、大発見ですわね」

 耳聡みみざといエルフが、うれしげに相槌あいづちを打った。

「ギャーッ!」

 女が、新品しんぴんの長剣でりかかってきた。

 戦士がたてで受け、かたで押して、女をばす。女はかるい身のこなしで、地面に手をつき、片手かたてちゅうね、しゃがむ姿勢しせいで着地する。

「コイツら、甲冑かっちゅうおもいのに、身のこなしがかるすぎるぜ」

 戦士が、おどろいたようなあきれたような感想かんそうを口にした。

 言われてみれば、と勇者も同感どうかんする。対峙たいじする敵は、普通ふつうの人間とは思えない腕力わんりょくで武器を振りまわす。押し返すときは甲冑の重量じゅうりょうで重く、重い甲冑を着込んでいるのに身軽みがるに立ちまわる。

「ギャギャギャッ!」

 三人同時に斬り込んできた。やりと、ピッケルと、おのだ。

 勇者の大剣が槍をはじく。斬り返しでピッケルを受け、からめ、敵の体ごとほうげる。斧は、戦士のたてが受けながし、かたで突き飛ばす。

 三人とも、ほぼ体勢たいせいくずすことなく、軽い身のこなしでかこみにもどった。甲冑かっちゅうは、間違まちがいなく重かった。

「呪いの剣の魔力、ってことでしょうか」

 勇者は冷静れいせいだ。左腕ひだりうでにしがみつく僧侶がパニクって悲鳴ひめいをあげても、勇者は冷静だ。

 敵は、節足動物っぽいデザインの甲冑を装備している。被覆率ひふくりつは高い。ねらうなら、露出ろしゅつしているかおか、関節かんせつ部分か、ぎ目の隙間すきまとかになる。

 勇者にはまよいがある。人間を斬ったことが、殺したことがない。できるだけ、人間を殺したくない。

 今目の前にいる敵は、人間に見える。武装ぶそうした人間に見える。何もかんがえずに斬り殺すなんてできない。

「おかしいですわね。生気せいきかんじませんわ。あれでは、不死の兵というより、死兵でしてよ」

 何もしていないエルフが、羽扇はねおうぎで敵の一人をしめした。

 羽扇の示す先を見る。古い小剣と小盾をかまえた若い男である。甲冑の中にある顔は死人みたいに白く、口は半開はんびらき、目は別々の方を向いて焦点しょうてんが合っていない。

 死体と認識にんしきした一瞬いっしゅんき気がみあがった。口をおおう手のきはなかった。我慢がまんしてみ込んだ。

「おいおいおい。あいつらが死兵ってことなら、ったも同然どうぜんじゃねぇか!」

「オーホッホッホッホ! こちらには、僧侶がいらっしゃいましてよ!」

「やりましたね! 僧侶さん、出番ですよ!」

 よろこぶ三人に注目ちゅうもくされ、僧侶が呆気あっけに取られる。つぶらなひとみをパチクリとまばたき、首をかしげて考える。数秒後、すべてを理解りかいしたかおで、神の象徴しょうちょうたるくびれのある円柱を手ににぎかかげる。

「おまかせください! われにかごぉを!」

 僧侶が神にいのった。円柱が光りかがやいた。死霊しりょうめっする神の奇跡きせきだ。

 円柱の光が消え、松明たいまつの明かりが空洞くうどうらす。かべも天井も土をけずってかためた感じの、広々とした空洞である。

 てきは、変わらず勇者たちを取りかこむ。各各おのおのが武器をかまえ、おそいかかるチャンスをうかがう。いのりがいた様子ようすはない。

「おいおい。死兵じゃないってことか?」

「僧侶の祈りの力がりませんでした可能性かのうせいもありますわね」

「私も、そんな気がしてます。修行しゅぎょう不足で、ごめんなさい」

 勇者は、ピンクがみあたまをさげてあやまる僧侶を見る。僧侶がはなしてフリーになった、自身の左腕を見る。取り囲む敵を、ぐるりと見まわす。

「ギャッ、ギャッ、ギャッ、ギャッ!」

 一際ひときわ大きな、悲鳴ひめいのような雄叫おたけびのような、甲高かんだかい声がひびいた。

 勇者たちをかこむ敵たちが左右に分かれて、前方の道を開けた。前方は玉座ぎょくざの方向で、空洞の出口のある後方はふさがれたままだ。

 玉座の男が立ちあがる。三メートルはある巨躯きょくに、節足動物せっそくどうぶつっぽいデザインの金色の甲冑をまとう。甲冑につつまれたふとうでで、古ぼけた赤いマントをはらいあげ、なびかせる。

 男の手には、古い大剣がにぎられる。巨躯きょくけない、三メートルはある大剣である。勇者の大剣の二倍はある。

干乾ひからびたミイラ、ですわね」

 エルフが興味深きょうみぶかげにつぶやいた。

 巨躯の男のかおは、干乾ひからびている。完全にミイラで、眼球がんきゅうはない。はなの肉もくちびるもなく、二つと一つのあなが見える。

 玉座の前の段差だんさを、男がおりる。勇者たちにちかづいてくる。周囲の敵は、勇者たちのげ道をふさぐだけで、おそってこない。

「反逆王は、わたしが相手あいてをします。周囲の警戒けいかいだけ、おねがいします」

 勇者は戦士にげて、前へとすすみ出る。右手に大剣のつかにぎる。剣先を地面に引きり、ゆっくりと歩く。

 反逆王は巨躯きょく大股おおまたで、勇者との距離きょりめる。大剣をりあげる。うつろの目で、勇者の華奢きゃしゃ肢体したいを見おろす。

「いやぁっ!」

 勇者は跳躍ちょうやくした。反逆王のふところに飛び込み、大剣で横薙よこなぎした。

 反逆王は大剣をおろして受けた。金属きんぞく同士が打ち合い、甲高かんだかひびいた。

 すぐさま、反逆王の大剣が勇者へと振りおろされる。勇者は空中で大剣を構え、受けとめる。重量じゅうりょういきおいに地面へととされ、両足をって衝撃しょうげきえる。

 ふとうでが勇者をつぶそうとしつける剣圧けんあつを、華奢きゃしゃな腕で押し返す。反逆王の大剣をはじき、反逆王の体勢たいせいくずす。後方へとたおれそうになる巨躯の、太いあしねらって大剣を振りおろす。

 金属同士が打ち合い、甲高かんだかひびいた。また、古い大剣で受けられた。こぼれたやいば金属片きんぞくへんが、薄暗うすぐらい空洞にキラキラとった。

 反逆王は体勢を崩しながらも、古い大剣を、下からすくうように勇者へとたたきつける。勇者は片手かたて軽軽かるがると、自身の大剣をもどして受ける。勇者の華奢きゃしゃ肢体したいき、はじばされ、数メートルを後退こうたいする。

 勇者の着地に、反逆王が巨躯らしからぬ素早すばやさでみ込んだ。かなりの高さから、古い大剣を振りおろした。

 勇者は自身の大剣を両手でにぎり、受けとめた。耳をつんざくような金属音がって、勇者の華奢な背中がり、ほそい足がりさがった。

 止めた。止めることはできた。止めるのにせいいっぱいで、反撃はんげきする余裕よゆうはなかった。

 反逆王の剣圧けんあつが勇者にしかかる。華奢なうでが、華奢なあしが、あらがおうとふるえる。金色のかみの美少女の、端正たんせいかお苦痛くつうゆがむ。

「しっかりなさい、勇者! そのようなミイラが、生きた人間のはずがございませんでしょう!」

 エルフが、勇者の心を見透みすかしたように、後方から声をかけた。きびしいようなやさしいような、心をふるわせる不思議ふしぎな声だった。

 勇者の大剣が、反逆王の巨躯を弾き返した。

「そ、それもそうですよね。ありがとうございます」

 勇者のけた感謝かんしゃに、エルフはあきれたいきをつく。

 勇者にはまよいがあった。人をることへの迷いが、勇者の力をにぶらせていた。迷いが消えれば、勇者が実力を出せば、あの程度ていどの相手にはけない。

 勇者は大剣のつかを両手でにぎり、高く頭上ずじょうかまえる。ここまでとは迫力はくりょくちがう。ゴブリン退治たいじのときに見せた圧倒あっとう的な迫力が、今の勇者の背中せなかにはある。

「たぁっ!」

 勇者が反逆王に向けて跳躍ちょうやくした。反逆王が古い大剣で剣筋けんすじふさいだ。かまわず、勇者は大剣をななめにりおろした。

 甲高い金属音が鳴った。古い大剣がれて、地にちた。反逆王の干乾びた頭部とうぶが、粉粉こなごな粉砕ふんさいされた。

「ギャーッッッッッ!!!!!」

 反逆王の悲鳴ひめいが、広い空洞にひびいた。雄叫おたけびとか声とかではなく、悲鳴だ。

 しかし、反逆王はたおれない。まだ生きている。あたまを押さえ、くるしんでいる。

 勇者は、苦しむ反逆王を見あげ、自身の大剣を背中に背負せおう。魔法まほう式の自動じどうで大剣を固定こていする。

 足元に落ちた古い大剣を見おろす。刀身とうしんなかで折れている。やいばつかもボロボロの、本当に古い大剣である。

 前にかがむ。古い大剣の柄をにぎり、ひろいあげる。背筋せすじばし、かおの前にかかげる。

「ゆ、勇者さん!? あっ、あぶないですよ! のろわれちゃいますよ!」

 あわててろうとした僧侶を、エルフが背後はいごから羽交はがめにした。

 勇者は手をはなす。古い大剣が地に落ちる。ガランガランと、重い鉄の音がする。

中身なかみは、ただのミイラみたいでした。けんも、ただのふるい剣です。大きいだけの、普通ふつうの剣です」

 振り返った勇者を、ビックリした表情ひょうじょうの僧侶が見つめる。戦士は周囲の敵を警戒けいかいする。こたえが分かったドヤがおのエルフが、うなずき、反逆王の方を指さす。

 勇者は指さされた方を見る。実は、答えまでは分かっていない。

 反逆王がくるしんでいる。あたまさえ、うめきをあげる。

 いや、頭は粉砕ふんさいしたからのこっていない。口もない。

 ひたいから後頭部をおおうタイプのかぶとを両手で押さえる。兜のふちが大きくれて、液体えきたいが流れ出る。兜の先端せんたんが開いて、きばみたいな模様もようが見えて、そこから音をはっしている。

「人間に寄生きせいする昆虫こんちゅう型のモンスターなんて、めずらしくもありませんことよ。ああでも、ちた死体に寄生しつづけますタイプは、珍しいかも知れませんわね」

 エルフが、つめたくんだ声で、冷酷れいこく解答かいとうげた。たのしむような口調くちょうが、声をいっそう冷たく感じさせた。

「それが分かれば、大丈夫だいじょうぶです」

 勇者は両手を合わせ、死者をいたむ。細いうでで、華奢きゃしゃ肩越かたごしに背中の大剣をにぎり、りあげ、跳躍ちょうやくする。反逆王の頭上ずじょうから、大剣を振りおろす。

 苦しむ反逆王の巨躯きょくが、巨躯にまとう甲冑が、ななめに両断りょうだんされた。

「ギャーッッッッッ!!!!!」

 甲冑が、断末魔だんまつまの悲鳴をあげた。ぷたつにされた甲冑がそれぞれあばれて、斬り口から大量たいりょう体液たいえきらした。

 節足動物っぽいデザインの甲冑かっちゅうではなく、昆虫型のモンスターだったのだ。人間に寄生し、甲冑に擬態ぎたいしていたのだ。

 そのモンスターの外殻がいかくは、なみの金属甲冑を大きくうわまわるかたさではあるが、勇者の大剣のてきではなかった。三メートルの甲冑に擬態ぎたいする大きさと重量じゅうりょうも、勇者の強さにはおよばなかった。

「まあ、伝説でんせつなんて、そんなもんだよな。おたから期待きたいできそうにないし、まわりのやつらを退治たいじしてかえろうぜ」

 戦士が落胆らくたんかたすくめる。

 僧侶は、まだ状況をみ込めない表情ひょうじょうで、頭上にハテナかべて狼狽うろたえる。

 勇者は、のこりを退治するために振り向く。後方では、死に行くだけの反逆王が、のたうちまわる。両断されたのに、残った命で、足掻あがき苦しんでいる。

 のたうつ理由りゆうは分からない。苦しむ意味いみが分からない。モンスターのかんがえることなんて、分かるわけがない。

 反逆王がのたうち、地面がれる。かべが揺れる。天井てんじょうが揺れる。

 パラパラと、上から土がる。壁にヒビが入り、土がくずれ流れ始める。

「……まずい! 洞窟どうくつが崩れるぞ! いそいで脱出だっしゅつしろ!」

 戦士が蒼褪あおざめて、さけんだ。松明たいまつを手に、空洞くうどうの出口へ向けてけ出した。

 エルフが戦士に続いて駆け出す。勇者は僧侶の手を引いて走る。

 げる勇者たちを、残りのモンスターがおそってくる様子ようすはなかった。ってくる気配けはいもなかった。勇者たちが洞窟から脱出した直後ちょくごには、洞窟は山中の入り口まで完全にくずれて、ふたたまってしまったのだった。


   ◇


皆様みなさま。本当に、ありがとうございました」

 老執事ろうしつじが、深深ふかぶかあたまをさげた。

「いやいや。洞窟どうくつまっちまっただけだぜ。あの甲冑かっちゅうみたいなモンスターどもは、あなの中でまだ生きてるかも知れねえ」

 戦士が、もうわけないと表情に出した。

 勇者は紅茶こうちゃを飲む。ふかふかのソファに僧侶とならんですわって、あまいお菓子かしを食べながら、白磁はくじのティーカップで美味おいしい紅茶をたのしむ。

 モンスター退治関連たいじかんれん交渉こうしょうは、戦士にまかせることにした。適任てきにんだ。

「それだけでも、とても感謝かんしゃしております。埋まった洞窟は、この領地りょうち責任せきにん厳重げんじゅう封印ふういんさせていただきます。心のわずらいの原因げんいんが消えたとおつたえすれば、領主様もご安心なさいますことでしょう」

 領主の姿すがたを思い出す。長い黒髪くろかみも長いひげばしっぱなしの、陰鬱いんうつ雰囲気ふんいきの中年男で、のろいだ、とかさけんで半狂乱はんきょうらんだった、と記憶きおくしている。

「まあ、それでいいなら、こっちは問題もんだいないけどな」

 戦士は安堵あんどして、ティーカップを口へとはこんだ。

「あらあらまぁまぁ、美味おいしい紅茶ですのね。取りせ先を紹介しょうかいしていただいてもよろしいかしら?」

 何もしなかったエルフが、よこから口をはさんだ。

「このお菓子かしも、あまくてとっても美味しいですぅー。教会へのお土産みやげにしたいのですけど、つつんでいただいても良いですか?」

 僧侶も、今だ、とばかりに便乗びんじょうした。

「いや、本当に、申し訳ないっす……」

 戦士が、申し訳なさを表情に出して、苦笑にがわらいした。

 勇者は、無事ぶじわったみたいだと、満面まんめんみをかべる。達成感たっせいかんと、満足感まんぞくかんと、ほこらしさが心をたす。

「おやすいご用ですとも。皆様には、本当に、心より感謝かんしゃしております」

 老執事ろうしつじが、深深ふかぶかと頭をさげた。しわの深いかおには、屈託くったくのない笑顔えがおだけがあった。


   ◇


 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがるりまわし、凶暴きょうぼうなモンスターを易易やすやす両断りょうだんする。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第6話 のろわれたけん END

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