第4話 最初の任務はゴブリン退治

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおかった。毎日のように、退治を依頼いらいする書簡しょかんとどいた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだ。だったと思う。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがると振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。


   ◇


 勇者たち一行いっこうは、王都おうとからとおまずしい村に到着とうちゃくした。勇者と、男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然てんねん少女僧侶おんなそうりょの四人だ。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳を過ぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有の長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族で、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢な御嬢様である。

 女僧侶は、村の教会でも見かけるような国教の僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターと戦う僧兵である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこ十代半じゅうだいなかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者に近い。

 御者ぎょしゃとか案内あんない役とか荷物持にもつもちとか、王国軍の兵士も数人同行している。戦闘せんとうには参加さんかしない予定よていなので、戦力としてはカウントしていない。

「ようやくきましたね。王都に行くまで村から出たことがなかったので、長旅ながたびって新鮮しんせんかんじです」

 勇者は馬車ばしゃりて、思いっきりびをした。椅子いすかたい、せまい軍用の馬車で数日揺すうじつゆられてきたので、おしりいたい。

「この程度ていどをあげるようじゃあ、まだまだだな。長距離ちょうきょり移動いどう冒険ぼうけん者の基本きほんだぜ」

 戦士も馬車を降りて、思いっきり伸びをした。体の大きな戦士は、馬車の中でとく窮屈きゅうくつそうにしていた。

 つづいて、僧侶が降りる。口をさえて、大きな胸をらして、しげみにけ込む。

 最後さいごに、エルフが降りてくる。村のほうを、きたないものを見るような、見くだすような目で見る。

貧相ひんそうな村ですのね。ワタクシに相応ふさわしい宿やどはございますのかしら。野宿のじゅく安宿やすやども、もういやでしてよ」

 御嬢様おじょうさまエルフのままに、ないと思います、とこたえたいのを勇者は我慢がまんする。癇癪かんしゃく駄駄捏だだこねも、ぎりぎりまで先送りしたい。すぐにバレると分かっていて、バレるまで一秒でも長くかくしておきたい。

「まずは、村長さんに挨拶あいさつして、お話をきましょう」

 勇者は、つとめてあかるく提案ていあんした。


「よく来てくだせえました、勇者様。もうわけないのだけんど、まずしい村だで、十分じゅうぶん報酬ほうしゅうを用意できませなんだ。ほんに、申し訳なかです」

 せこけた老人があたまをさげた。この村の村長だ。

 場所は、古い板材でてられたボロボロの、村長の家の中である。村長の家に限らず、どの建物たてものもボロボロの、一目見て分かるほどにさびれた、貧しい村である。

「国から派遣はけんされてきたので、報酬は不要ですよ。ゴブリンは、わたしたちが退治たいじしますから、安心してまかせてください」

 勇者は、努めて明るく微笑ほほえんだ。

「おおおお、勇者様! ありがとうごぜえます! ありがとうごぜえます!」

 村長が、ゆか両膝りょうひざをつき、勇者の手を両手でにぎって、なみだながしながら感謝かんしゃした。

 勇者はれてしまって、かおを赤くした。ここまではげしく感謝されるのは初めてだった。

「それじゃあまずは、村長さん。ゴブリンにかんして分かってることをおしえてくれ」

 戦士が勇者と交代こうたいする。

 戦士は現役げんえきの冒険者だ。ちょっと前まで農民のうみんだった勇者とちがって、モンスター退治のプロだ。屈強くっきょうなマッチョだし、重装備じゅうそうびだし、武器は戦斧せんぷだし、大きなたて背負せおっているし、見た目もたのもしい。

「へ、へい。少しおちくだせえ、戦士様」

 村長が、ガタつくつくえに地図を広げた。このあたりの村や山林の地図だ。

 せこけたゆびで、ちかくの山をしめす。

「ゴブリンどもは、この山から来て、この山にかえりますだ。近隣きんりんの村も被害ひがいっとりまして、そこの若いしゅうらからも、同じ山で見たと聞いとります」

 戦士が地図を見る。真顔まがおで考えている。

 勇者も地図を見る。真顔で考えてみる。何も分からない。

「なあ、村長さん。その山の地形図みたいなのはあるかい?」

「山にくわしい狩人かりゅうどたのんで、大まかな地形図は準備じゅんびしておきましただ。ゴブリン出てからは、山に入るのはあぶないからって、どこにゴブリンのがあるかまでは分からんと言うとりました」

 村長が小さい地図を広げる。一枚目の地図とくらべて、簡易かんい的なものである。小川はせんで、林は範囲はんいで、みたいに手書てがきされている。

 戦士が手書きの地図を見て、満足まんぞくげに微笑びしょうした。

 勇者も手書きの地図を見て、戦士の真似まねをして満足げに微笑してみた。これも何も分からなかった。

「ありがとよ、上等じょうとうだ。あとはこっちでやれる」

 戦士が、地図二枚を丸めて手に取る。

「そんだば、宿泊しゅくはく用の家に案内あんないいたしますで」

「場所は聞いてるから、案内はいらないぜ。退治の方は、一週間もかからないと思う。まあ、大船おおぶねに乗ったつもりで、安心してまかせてくれ」

 村長の申し出を遠慮えんりょして、勇者と戦士は家を出た。村長とのせっかたとか、情報じょうほうの聞き方とか、たのもしくてやさしそうな振舞ふるまい方とか、戦士を参考さんこうにしよう、と勇者は思った。


 家の外には、エルフと僧侶がっている。エルフは少しはなれた木陰こかげに立ち、僧侶はあつまった村人たちに神のおしえをいている。

 村人たちも村長同様に痩せている。貧しさに気力をうしなった目をしている。

「二人とも、行きましょう」

 勇者は二人をんだ。

「はーい」

 僧侶が明るく元気に返事をした。村人たちに笑顔えがおで声をかけ、小走こばしりでけてきた。

 優雅ゆうがあるいてくるエルフの合流ごうりゅうを待ってから、四人揃そろって歩き出す。

「この村のみなさんは、ゴブリンが出るようになってから、りや木の実採みとりに山に入れなくなって、食べるものにこまっているそうです。農作物のうさくもつ大半たいはんぜいとして徴収ちょうしゅうされるし、このままでは今年の冬をせるか分からない、とおっしゃっていました」

 僧侶が、村人からいた話を報告ほうこくした。

 勇者は戦慄せんりつした。ドジでノロマと自己申告じこしんこくした小柄こがらむねの大きいピンク髪天然少女僧侶が、今のみじかい時間で情報収集して、さりげなく共有したのだ。

 自分とおなじく世間知せけんしらずだと思っていた。同列どうれつだと思っていたのに、村長に挨拶あいさつしただけの勇者よりも、ずっと有益ゆうえき存在そんざいだと示した。

 勇者は焦燥しょうそうられてエルフを見る。

貧相ひんそうな村ですわ」

 エルフが見くだす目で、率直そっちょく感想かんそうを口にした。

 勇者は安心した。同列だ。勇者と同等の世間知らずだ。

「おい、エルフ。そういうことを、村人の前で言うなよ」

 戦士がくぎした。

下等かとうな人間ごときが、高貴こうきなワタクシに説教せっきょうですかしら?」

 エルフが戦士をにらみつけた。つめたくんだ青いひとみだ。

 前途多難ぜんとたなんである。

「まぁまぁ。背中をあずけてたたか仲間なかまなんですから、みんな、仲良なかよくしましょう」

 勇者はおそる恐る仲裁ちゅうさいした。

「そうですよ! 勇者さんのおっしゃる通りです!」

 僧侶が明るく元気いっぱいに賛同さんどうした。

 すすむ先に、てつけのわるそうなボロ小屋ごやが見えてきた。ボロ小屋といっても、他のいえよりは大きいし、マシな見た目だ。 

「お、あれだな。この村での、オレたちの宿泊所だ」

 戦士がボロ小屋を指さした。

「本気ですの?! 野宿のじゅくも、安宿やすやども、ボロ小屋も、いやですわ! 馬車ばしゃほうが、まだマシですわ!」

 御嬢様おじょうさまエルフが癇癪かんしゃくこした。かたいからせて歩き去った。

 前途多難だ、と勇者は肩をとした。


 日が落ちて、やみつつまれる。くらな村の家々に、かりは一つも見えない。

 小屋こやにいる勇者は、暗い部屋へやの中で、かた布団ふとんに入る。たびつかれはあっても、初任務はつにんむの不安と緊張きんちょう興奮こうふんで、目がえてしまう。

 戦士は、数日すうじつかけて下調したしらべをする、と村を出た。エルフはもどってこなかったので、馬車でる気なのだろう。

 僧侶が、となりの布団に入る。勇者の方を向いて、じっと見つめてくる。勇者も僧侶の方を向いていて、目が合う。

「私、緊張きんちょうしてしまって、ねむれません」

 僧侶が正直しょうじき告白こくはくした。

「わたしもです」

 勇者も正直に告白した。

「勇者さん。少し、お話しませんか?」

「いいですね。仲間と仲良くなるのは、大事だいじだと思います」

 勇者も僧侶も、微笑ほほえんでうなずき合う。今このときは、二人の素朴そぼくな少女でしかない。

「わたし、モンスターにくわしくないんですけど、ゴブリンってどんなかんじなんですか?」

 話題わだいは駆け出し冒険ぼうけん者だった。

僧兵教育そうへいきょういくならったことあります。ゴブリンは、武器ぶき道具どうぐを使って、れで行動こうどうします。人間の大人より背がひくくて、一対一なら一般いっぱん的な戦士よりよわいです」

「それなら、簡単かんたんに退治できそうですね」

 勇者は安堵あんどして、いかにも初心者な感想をべた。

「勇者さんなら、きっと楽勝らくしょうです。初任務に、むずかしい案件あんけんえらばれるはずもありません」

 僧侶は自信満満じしんまんまんに、いかにも初心者な意見を述べた。

「でも、村をおそうなら、凶暴きょうぼうなモンスターだったりするんですよね?」

危険きけんで凶暴らしいです。家畜かちくや人間を殺したりさらったり、食べちゃったり、とくに女の人は」

 途中とちゅうで、話す僧侶が、両手でかおおおう。

「こっ、これ以上はっ、私の口からは、言えませんっ」

 僧侶はれたように、ずかしそうに、両手でおおった顔を振っていた。この話題はここまでにした方が良さそうだ、と勇者は本能ほんのう的に察知さっちしていた。

 村はくらく、小屋も暗い。暗い布団に入って、しずかに夜がけていく。


   ◇


「あの洞窟どうくつが、ゴブリンどものだ」

 戦士が小声こごえで、前方に見えるがけの下の洞窟をゆびさした。

 勇者は目をました。ていたはずはない。でも、目を覚ました気がした。

かずおおいですね」

 僧侶そうりょが、尻込しりごみした小声を出した。

 勇者はしげみのうらにしゃがみ、茂みしに崖の方を見る。

 まだ距離きょりがある。高い崖の下に、洞窟の入り口らしきあなが開いている。穴の前に、醜悪しゅうあくなモンスターたちの姿すがたがある。

 一般的にゴブリンと呼ばれるモンスターだ。

 人間の大人よりは小さく、手足はふとみじかく、どうは長くてはらが出て、はだよごれた暗緑あんりょく色で、筋肉質きんにくしつ体毛たいもうはない。りあがった目はにごった黒色、はなは大きくみにくり、口はよこに大きくけ、薄茶うすちゃ色のきばえ、粗末そまつなボロぬのこしく。武器をよろいを着たやつもいる。

「信じがたいほどにみにくい生きものですわね」

 エルフがきたないものを見る目をして、口にレースのハンカチを当てた。

 勇者たちは風下かざしもにいるので、においがながれてくる。いやにおいがする。

 数が多い。ざっとかぞえて五十匹はいる。土の地面の見えるひらけた広場ひろばで、大きな鉄鍋てつなべを火にかけ、周囲しゅういざつすわって、集団で食事をしている。

洞窟どうくつの中にいるやつと合わせて、百匹をえるれだ。半端はんぱな冒険者パーティーじゃあ返りちにされる規模きぼだな。全員、慎重しんちょうに立ちまわってくれよ」

 戦士の説明せつめいかさね合わせて、注意深ちゅういぶか観察かんさつする。洞窟の入り口の前に、王冠おうかんみたいな金属片きんぞくへんあたまに乗せた、他より一回ひとまわり大きいゴブリンがいる。

「あのゴブリン、大きいですよね」

 勇者は、一回り大きいゴブリンを指さした。

「あれが群れのボスだろうな」

「ボスをたおせば、ちですか?」

「ボスを倒せば、群れが組織そしき的にはうごかなくなるから、退治たいじしやすくはなる。だが、多数たすう逃走とうそうされて山にゴブリンがのこるリスクも高くなる。どのタイミングでボスを倒すかは、判断はんだんむずかしいんだ」

「なるほど」

 勇者は感心した。さすが戦士はプロの冒険者だ。

「ではっ、ではっ、どのように戦えば良いのでしょうか、戦士さん先生っ!」

 僧侶がテンパった声で興奮気味こうふんぎみに聞いた。鎖鉄球フレイルにぎりを両手でしっかりとつかみ、臨戦態勢りんせんたいせいだ。

たたかい方はかんがえてるところだから、まあて。武器はこしのホルダーにもどしとけ。今から緊張きんちょうしてたら、戦う前にヘトヘトになっちまうぜ」

 てきの姿が見える距離きょりにあるのに、戦士は冷静沈着れいせいちんちゃくだ。さすがプロの冒険者だ。戦いれた感じがたのもしい。

 戦士が土の地面に、木のえだの先で三角形をいた。頂点ちょうてんの一つに、小さな丸を描いた。

「あの場所は、洞窟どうくつの入り口辺りを頂点として、がけが『く』の字になってる。ゴブリンどもがいる広場は、手前の森と二面の崖で三角形にかこまれてる感じだ。洞窟は行き止まってるって情報じょうほうだから、森側からめればげ道を最小限さいしょうげんにできる」

「森の中に、伏兵ふくへいがいるのではなくて?」

 よこからエルフが口をはさんだ。

「弓を使うゴブリンがひそんでいるだろうな。だから、四人でかたまっておたがいをカバーする。オレと勇者が広場のやつらをはしからくずして、エルフが魔法まほうで弓兵に対処たいしょして、僧侶はエルフの護衛ごえい、みたいな感じでどうだ?」

 戦士が地面に矢印やじるしを描きながら提案ていあんした。

 勇者に異論いろんはない。異論になる作戦案さくせんあんもない。何もかんがえていない。

「がんばりますっ!」

 僧侶がエルフにって、明るく意気込いきごみをかたった。勇者と同じく何も考えていない顔だった。

 エルフが暑苦あつくるしそうに僧侶をしやる。地面に描かれた三角形を指さし、森側から洞窟へとぐに指をうごかす。

「勇者が森から最短距離さいたんきょりでボスに斬りかかりまして、勇者に殺到さっとうするゴブリンを、ワタクシの攻撃こうげき魔法で一網打尽いちもうだじんにしますのは、いかがかしら? 詠唱えいしょう中は動けませんし、高位魔法は詠唱に時間がかかりますので、そのかん護衛ごえいは戦士と僧侶におねがいすることになりましてよ。皆さん、それくらいは、できますわよね?」

 エルフにより、別のあん提示ていじされた。普通ふつうなら、すぐにぼつになるような無茶むちゃな作戦だ。無茶振むちゃぶりもいいところだ。

 ゴブリン五十匹の中に単独たんどくで斬り込むのも、何匹いるか分からない伏兵から『動かないまと』を守るのも、数十匹のゴブリンと斬り合いながら攻撃魔法にき込まれるのも、無茶がぎる。勇者でも勇気でもなく、無謀むぼう蛮勇ばんゆうである。

「できると思います。いきなりボスをたおすのは、ダメなんですよね?」

 勇者は何も考えずに、いつもの微笑びしょうで答えた。

「がんばりますっ!」

 僧侶がエルフにふたたび寄りって、明るく意気込みを語った。勇者と同じく何も考えていない笑顔えがおだった。

「おいおい、マジかよ……」

 戦士はあきがおで、あたまかかえた。


   ◇


 金色の長いかみの美少女が、森の中をあるく。華奢きゃしゃ肢体したいにビキニみたいなふくて、露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとって、大股おおまたっきる。右手には、身のたけほどもある大剣をにぎる。

 周囲しゅういから、ギャーギャーと耳障みみざわりな声が聞こえる。モンスターの声なんて、意味いみも分からない。無視むしして問題もんだいない。

 樹上じゅじょうや草むらからんでくる。当たっても、服や鎧の保護ほご魔法だけでふせげる。無視して問題ない。

 森をける。ゴブリンのれがいる。

 ゴブリンどもが、金色の長い髪の華奢な美少女、勇者に注目ちゅうもくする。ギャーギャーと耳障りにく。間抜まぬけな獲物えものの登場をよろこぶように手をたたき、ねておどる。

 勇者には、鳴き声も、動きも、意味が分からない。分かる必要もない。無視して問題ない。

 大きな鉄鍋てつなべよこを歩き抜ける。後方こうほうで武器を抜く音が鳴る。たくさん鳴る。

 前方ぜんぽうには、他より一回り大きなボスゴブリンが、一回り大きな武器をかまえる。勇者をめるような、嘲笑あざわらうような、下卑げびた目をする。

 勇者は大剣をりあげて、ボスゴブリン向けて跳躍ちょうやくした。いきおいのままに大剣を振りおろし、ボスゴブリン近くのゴブリン二匹を両断りょうだんした。

 後方の足音が一気に加速かそくした。数十匹のゴブリンがいかくるって、勇者めがけて殺到さっとうしていると、音だけで理解りかいできた。


「勇者って、あんな容姿ようしですのに、強くていらっしゃいますのね」

 エルフは、ゴブリンの群れに突っ込んだ勇者を見ながら、おどろき半分、好奇心こうきしん半分の感想かんそうを口にした。

「こっちはそれどころじゃねぇよ! オマエもちったぁ自衛じえいしろ!」

「キャー! こわいですっ、怖いですっ! キャー!」

 三人の方にり込んでくるゴブリンを、戦士が斬りせる。斬っても斬っても次々にびかかってくる。

 僧侶は半泣はんなきで悲鳴ひめいをあげ、まどっている。エルフは優雅ゆうがに歩くだけで、つえかまえようともしない。

 結果けっか的に、戦士一人が足手纏あしでまとい二人を守って戦う構図こうずだ。思考しこうおおくすのは、生きて帰れたらメンバーの変更へんこう要求ようきゅうする、との強固きょうこな決意だ。

「ここなら、よろしいかしら?」

 エルフが森と広場のさかい到着とうちゃくした。魔法杖まほうづえかまえ、ことわりもなく魔法の詠唱えいしょう開始かいしした。

「しゃくねつのぼうい、ふきあがるいかり」

 左手に魔法杖をにぎり、むねの前へと左腕ひだりうでを伸ばす。右腕も胸の前へと伸ばし、右手を魔法杖の水晶球にえる。詠唱の声は、熱風ねっぷうさらされたれ地のようにかわき、高く、む。

「マジか。返答へんとうくらいてよ。ここじゃ弓のかずおおすぎて、守りきれねぇぞ」

 戦士が切羽詰せっぱつまった声でこたえた。

 曲刀きょくとうで斬りかかってきたゴブリンを、戦士の戦斧せんぷが両断する。左腕にかまえたタワーシールドが、飛んできた矢の数本を受けとめる。

 視界しかいはしに、別方向からねらう弓が見える。多方向たほうこうから狙われている。狙う弓が多すぎて、守りきれるか分からない。

「それでしたら、問題もんだいありませんことよ」

 エルフが得意とくいげにげた。

 戦士はおどろいた。エルフが、魔法を詠唱しながらしゃべったからだ。二つの音を同時にはっしたからだ。

「かぜのまもりよ、ゆうきゅうのたいきよ」

 魔法を詠唱しながら、魔法の詠唱を開始した。魔法の同時詠唱は、かなりの高等魔術こうとうまじゅつだ。

「なるほどな。アンタが勇者の仲間なかまえらばれた理由りゆうが分かったぜ」

 戦士は納得なっとくした。

「キャー! 怖いですっ、怖いですっ! キャー!」

 まどう僧侶が選ばれた理由は、分からない。納得できない。

「つつめよ、ウィンドカーテン!」

 三人の周囲しゅういを強い風がかこむ。飛んできた矢をき込み、きあげ、はじき飛ばす。

 斬り込んできたゴブリンは、戦士がふせぎ、し返し、斬りせる。

「ははっ! これなら、楽勝らくしょうだな!」

 戦士は、危機ききを乗りえたかおわらった。


 数十匹のゴブリン相手あいてに立ちまわっていた勇者は、一瞬いっしゅんだけ動きを止めた。ほぼ同時に、広場にほのおが吹きれた。

 どさくさにまぎれて、強くみ込み、上半身をひねり、力いっぱい大剣をりおろし、ボスゴブリンを両断りょうだんする。振りいたやいば余勢よせいで、自身に向かってくる炎を斬りはらう。

 他のゴブリンは、わざわざ斬る必要ひつようもない。ボスをうしない、統率とうそつなく逃げ惑い、この炎でけ死ぬだろう。


 この数時間後には、洞窟内にのこった残党ざんとうすべたおし、ゴブリン退治は達成たっせいされた。勇者たちの初任務はつにんむは、成功せいこうわったのだった。


   ◇


 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがるりまわし、凶暴きょうぼうなモンスターを易易やすやす両断りょうだんする。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第4話 最初さいしょ任務にんむはゴブリン退治たいじ END

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