第3話 勇者デビュー

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 日々は、大剣をるい、モンスター退治たいじれていた。

 人間の生活圏付近せいかつけんふきんにも、危険きけんなモンスターの生息域せいそくいきおおかった。毎日のように、退治を依頼いらいする書簡しょかんとどいた。

 仲間なかまは、人間の戦士、エルフの魔法まほう使い、人間の僧侶そうりょだ。だったと思う。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがると振りまわす。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。


   ◇


 勇者は王城おうじょう到着とうちゃくした。ほりかる大きなばしわたって、大きな城門じょうもんをくぐって、建物たてものまでつづ石畳いしだたみの、建物の正面扉しょうめんとびらの前で馬車ばしゃまった。

 馬車の毛皮みたいな椅子いすに、ちょこんとすわって、役人の指示しじつ。声をかけられるのを今か今かと待ちがれる犬のようなかがやひとみで、正面の椅子に座る、勇者を村までむかえにきた役人を見つめる。

 この役人は、みじかいおかっぱがみの、三十歳さんじゅっさい手前くらいの、おかた印象いんしょうの女の人である。魔法まほう使いっぽいタイトなローブを着て、短いマントを羽織はおっている。

 王都の高官こうかん目印めじるしみたいな服装ふくそうである。色は青で、官位で色が決まっているらしいが、田舎いなか農村のうそんの平民の勇者はこまかいことは知らない。興味きょうみもない。

 今の勇者の興味は、馬車をりても良いのかどうかと、降りたらしゃがんで石畳をでまわしても良いのかどうか、にある。それらにしかない。

勇者様ゆうしゃさま国王陛下こくおうへいかへの謁見えっけんの前に、勇者様の補助ほじょをさせていただくものたちを紹介しょうかいいたします。勇者様の王都おうとでの拠点きょてん待機たいきさせてありますので、かお合わせをねて御案内ごあんないしましょう」

 女役人が無表情むひょうじょうげた。見た目のままに、堅苦かたくるしい言葉選ことばえらびとしゃべり方だ。

 この女役人は、村からここまで冗談じょうだんの一つも口にしなかった。世間話せけんばなしの一つもしてこなかった。勇者の世間話に一つとして反応はんのうしなかった。

 面白おもしろみのない人、を通りしてこわかった。片田舎かたいなかに出張させられて不機嫌ふきげんなんじゃないの、みたいな居心地いごこちわるさがあった。

「えっと、つまり、馬車を降りていいってことですか?」

 勇者はつとめて明るい口調くちょう質問しつもんした。

「はい。目の前にあるとびらから入って、おくに進みます。廊下ろうか複雑ふくざつな道順になっていますので、れるまでは御案内させていただきます」

 女役人は無表情で、抑揚よくよう少なくこたえた。

「馬車を降りたら、石畳にさわってみてもいいですか?」

 勇者は努めて明るい口調で質問した。

「え……? 石畳いしだたみですか……? 問題もんだいはないと思いますが」

 女役人が、怪訝けげんと表情に出して首をかしげた。

 この女役人が表情を変えるのを、勇者は初めて見たかも知れない。それくらい無表情だった。感情表現もなかった。

「ありがとうございます!」

 勇者は感激かんげきの高い声で感謝かんしゃして、飛び出すように馬車を降りる。石畳に着地ちゃくちして、しゃがんで、石畳を両手ででまわす。

 つめたくてかたい。ゴツゴツしていてツルツルもしている。村の監視所かんしじょとは一味違ひとあじちがう、都会とかいの石の感触かんしょくである。

「勇者様。こちらです」

 女役人に呼ばれた。表情も抑揚も、すでになかった。

 勇者は名残惜なごりおしく手をはなし、立ちあがる。女役人にしたがって、開いた扉から建物の中に入る。

 石の廊下がびる。かべ天井てんじょうも石造りである。壁にはところどろこに、まどと扉と燭台しょくだいならぶ。

 がりかどを右に曲がる。二股ふたまたの廊下の左の方に進む。曲がったり進んだりをり返す。

 しろの人たちとも、ときどきちがう。兵士や、騎士きしや、メイドや、役人と擦れ違い、だれもが廊下のはしへとけてあたまをさげる。勇者は恐縮きょうしゅくして頭をさげ返すが、女役人は無反応で通りすぎる。

 途中とちゅうには、大理石だいりせきはしらの並ぶ廊下もあった。きついたら、大臣クラスも共用する廊下なので不審ふしんな行動は御慎おつつしみください、と注意ちゅういされた。ひんやりと冷たくて、スベッスベで、気持ち良かった。

 道順みちじゅんが完全に分からなくなったころ、広い中庭なかにわに出た。中庭のすみに、村の酒場さかばくらいの大きさの、石造りの建物がっていた。

「この建物が、勇者様の王都での活動拠点かつどうきょてんとなります。中庭は御自由ごじゆう出歩であるいていただいて結構けっこうです。城内を御歩きになりたいときは、近くにいるものに御声がけください」

「はい! ありがとうございます!」

 勇者は元気に感謝かんしゃした。

「中に、補助ほじょ役のものたちがおります。一般いっぱん的にいうところの、仲間なかま、あるいは、パーティーメンバーになります」

 女役人が、とびらの取っ手に手をかけようとする。

「あ、あの、扉を、わたしが開けてもいいでしょうか?」

 勇者は、おそる恐るおねがいした。

「もちろん、かまいません。どうぞ」

 女役人が、無表情で一歩さがった。

 勇者は扉の取っ手をにぎる。

 これが、自分の勇者としての一歩目だと感じた。一歩目は、自分の足でみ出したかった。自分でやりたかった。

 取っ手をひねって、扉を開けた。いま体験たいけんしたことのない、ここから始まる冒険ぼうけんの、初体験のにおいがした。


   ◇


 三人いる。

 ゆかかべも天井も石造りで、つくえ椅子いす木製もくせいだ。

 勇者たちが入るのを見て、椅子にすわっていたものは立ちあがり、部屋のすみに立っていたものは歩いて、勇者の前にならぶ。

 背が高く屈強くっきょうな男の戦士せんしと、背の高い女のエルフと、小柄こがらむねの大きい女僧侶おんなそうりょだ。三人とも、一目で分かるくらい特徴とくちょう的な装備そうびや見た目だ。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳を過ぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろいを装備している。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有の長くとがった耳の、床に届くほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、冷たい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。外見的には大人の女だが、エルフは人間よりも寿命じゅみょうがかなり長いので、見た目以上の情報じょうほうは見た目からは分からない。

 女僧侶は、村の教会でも見かけるような、国教の僧服姿そうふくすがたである。こし鎖鉄球フレイルをさげているので、モンスターと戦う僧兵なのだろうと思う。小柄で、胸が大きくて、ピンク色の髪で、子供っぽさののこ十代半じゅうだいなかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者に近い印象を受ける。

 勇者は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃである。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとう。

 勇者は突然とつぜんに、自分の格好かっこうずかしくなった。恥ずかしい格好だと思い出した。さりげなく、むねへそうでかくした。

「勇者にえらばれた、…………です。みんな、よろしく、おねがいします」

 勇者は赤面せきめんしつつ、緊張きんちょう気味に挨拶あいさつした。名前を名乗った気がしたが、ノイズがおおくて認識にんしきできなかった。

 戦士が一歩、前に出る。よろいがガシャガシャとる。片手をこしに当て、片手の親指おやゆびで自身のかおす。

「オレは」

戦士せんし

 エルフが、戦士を指さして、戦士の自己紹介をさえぎった。高い空をける冬の寒風かんぷうのように、つめたくんだ声だった。

僧侶そうりょ勇者ゆうしゃ上司じょうし魔法まほう使い。は、それで事足ことたりますでしょう?」

 他の三人とエルフ自身も、指をさして呼んだ。知的で気品きひんある口調くちょうで、自己紹介じこしょうかい必要ひつようない、と主張しゅちょうしているようでもあった。

 せっしづらい感じの人、もとい、エルフだ、と勇者は感じた。

「あ、あのっ、魔法使いさんだけ、六文字で長くて、呼びづらいと思います」

 僧侶が挙手きょしゅして、一生懸命いっしょうけんめい真顔まがおで、天然てんねんっぽい指摘してきをした。高くて可愛かわいらしい声だった。

 エルフはもくして、僧侶を見つめる。冷たい目で、すような視線しせんを向ける。一触即発いっしょくそくはつ危機ききかと、勇者と戦士があせをかく。

「……では、エルフとでも呼んでください」

 呼び名の候補こうほを考えていただけのようだ。勇者と戦士は汗をぬぐって、安堵あんどいきをはいた。

 戦士が一歩さがり、ふたたび一歩前に出る。

「じゃあ、あらためて自己紹介な。オレは戦士だ。冒険者協会に所属しょぞくして、モンスター退治たいじ経験けいけんもそれなりにある」

 声はひくふとく、ざっくばらんで人のさそうなしゃべり方だった。近所に面倒見めんどうみの良いお兄さん、といった感じだ。

「冒険者ランクはAで、戦闘せんとうランクはSだ。冒険者として優秀ゆうしゅうで、戦闘はちょう優秀、って評価ひょうかだな。モンスター退治のときは、いくらでもたよってくれ」

 戦士は、たくましい上腕二頭筋を見せてアピールした。

 典型てんけい的なパワータイプの戦士だ。強いモンスターだろうと正面しょうめんからぶつかってパワーで勝負しょうぶする、単純明快たんじゅんめいかい脳筋のうきんだ。プロの冒険者ぼうけんしゃというのもたのもしい。

 戦士がさがると、僧侶が一歩前に出る。

「あっ、あのっ、あのっ、僧侶そうりょです。小さな教会で見習みなら僧兵そうへいをしていました。回復魔法かいふくまほうとか、おじいちゃんおばあちゃんの話し相手とか、得意とくいですっ」

 高くて可愛かわいらしい声だった。勇者以上に緊張きんちょうしていて、声を出すだけでも必死ひっしのようだ。一生懸命な様子ようすが、美少女の勇者から見ても可愛い。

 回復魔法はたよりになる。くすり治療ちりょうでは助からない傷病しょうびょうも、回復魔法なら治癒ちゆできたりする。使える仲間が一人いるだけで、パーティーメンバーの生存率がねあがる。

 それ以外の部分は、頼りになりそうにはない。初対面しょたいめんの相手を見た目だけで判断はんだんするのは失礼しつれいな気がするが、それでも頼りになりそうにはない。

 僧侶が一歩さがる。エルフが、嫌嫌いやいやながらとかおに出し、一歩前に出る。

「エルフの魔法使いですわ。ワタクシ、魔法協会会長に直直じきじきにおねがいされましたから、仕方しかたなく力をしてさしあげますの。下等かとうな人間ごときが、高貴こうきなワタクシの庇護ひごを受けられますことを、心より感謝かんしゃして平伏へいふくしてくださいませ」

 高慢こうまんな、つめたくんだ声だった。かえり、勇者たちを見くだす目だった。虫けらでも見るような目だった。

 気位きぐらいの高いエルフはおおい。エルフは人間よりも魔法のさいひいでており、魔法使いのエルフは人間を見くだす傾向けいこうにある。さらには、身分差までプラスされている。

 一般常識いっぱんじょうしきだ。一般常識だが、雰囲気ふんいき急激きゅうげきわるくなった。

 戦士がエルフを横目よこめにらむ。僧侶は泣きそうなかおをしている。勇者は動揺どうようして、どうフォローしていいか分からず、オロオロする。

担当官たんとうかんです。上司じょうしと呼んでいただいて問題もんだいありません。役割やくわりとしては、皆様と治安維持部門ちあんいじぶもんとの仲介ちゅうかい役となります」

 女役人が無表情むひょうじょうで、抑揚よくよう少なく自己紹介した。場の雰囲気を無視して、淡淡たんたんとしていた。

 今だ、と勇者は一歩前に出る。

「ゆっ、勇者です。まれたときに、勇者にえらばれました。戦闘訓練せんとうくんれんと、農作業のうさぎょうを、ずっとつづけてきました」

 勇者は緊張きんちょう気味に自己紹介した。

 三人の仲間が勇者を見る。金髪きんぱつ華奢きゃしゃな美少女がなぜ勇者なのか、どこをして勇者足ゆうしゃたるのか、さがすように見つめる。勇者が勇者である理由を見つけようと、足の先からあたま天辺てっぺんまで、めるように見まわす。

 勇者はずかしさに赤面せきめんした。露出過多ろしゅつかたの格好が恥ずかしすぎた。思わず、むねへそうでかくした。

華奢きゃしゃすぎないか? 背中のデカい剣を、本当にれるのか? ちゃんとめし食ってるのか?」

「びっ、美少女だと思います。美少女すぎて、びっ、ビックリしました。はだもスベスベで綺麗きれいだし、王都慣おうとなれしてない感じも、したしみをてて良いと思います」

「中身はともかく、装備は強力な魔法品ですわね。中身はともかく」

 三人が、勝手かって評価ひょうかを口にする。三人で意見交換いけんこうかんするみたいに、言葉ことばは三人の間でだけう。勇者には向けられない。

「みっ、みんな。これから、なっ、仲良くしてください。よろしくお願いします!」

 勇者は、評価会議ひょうかかいぎさえぎるように、いきおいよく頭をさげた。

「そろそろ、国王陛下への謁見えっけんの御時間になります。御案内ごあんないいたしますので、皆さんも御同行お願いいたします」

 女役人が無表情で、抑揚少なくげた。場の雰囲気ふんいきを無視して、淡淡たんたんとしていた。本当に面白おもしろみのない人だと、きっと四人全員が思っていた。


   ◇


「勇者よ。よくぞまいった。うれしく思うぞ」

 国王から、勿体もったいない御言葉をいただいた。自分がたっといと信じる人間特有の、尊大そんだいでありながら傲慢ごうまんさが丹念たんねんり込まれた、平民的には素直すなおには受けがたい、ヌメヌメとした印象の声だった。

「子供のころよりの念願ねんがんかない、国王陛下への拝謁はいえつをおゆるしいただき、感激かんげきしております。と、勇者様がもうしあげております」

 女役人が、平伏へいふくしたまま、勇者の言葉を代弁だいべんした。

 勇者と仲間三人と女役人、計五人が国王に謁見えっけんしている。謁見の玉座ぎょくざに国王がすわり、勇者と女役人は横並よこならびで国王の前に平伏する。勇者たちの後方こうほうに、仲間三人がならんで平伏する。

 国王は、ちらっと見た感じ、ひくまるい体形の中年男だった。みじか茶髪ちゃぱつで、ひたい禿げあがり、二重顎にじゅうあごだった。容姿ようしかんして率直そっちょくな感想をべたらおこられそうな容姿だ、と思った。

「そうであろう、そうであろう。良い心掛こころがけである」

 国王が満足まんぞくげにうなずいた。

 勇者の言葉を代弁した、としているが、勇者の言葉を代弁したわけではない。

 勇者は女役人に、勇者様の言葉を仲介ちゅうかいするふりをしつつ、勇者様の発言の名目めいもくで当たりさわりのない挨拶あいさつをしますので、勇者様は一言もはっさずにだまっていてください、と指示された。だから黙って平伏だけしているのだ。

 勇者の代弁は、女役人が適当てきとうかつ適切てきせつに返している。勇者が国王に謁見したいなんてかんがえたことは一度もない。こう返せば国王の機嫌きげんそこなわないだろう、以上の意味なんて、そこにはない。

 勇者の今の気持ちをえて言葉ことばにするならば、たくさんの人にはだを見られてずかしい、だ。

が王国の長い歴史れきしにおいて」

 国王の長そうな話が始まった。

 欠伸あくびをせずに乗りきれるだろうか、と勇者は不安にふるえた。


   ◇


 どうにか無事ぶじに謁見をえ、勇者たちは拠点にもどった。

 石造りの部屋へやの中央の、木の机をかこむ木の椅子いすの一つに、戦士がすわる。僧侶も椅子に座る。エルフは部屋のすみに、女役人は出入り口前に、それぞれ立つ。

 勇者は木の椅子に座り、木のつくえす。

緊張きんちょうしました。つかれました」

 突っ伏したまま、ありのままを言葉にした。

「本日の予定よてい終了しゅうりょうしました。勇者様は長旅ながたびで御疲れでしょう。夕食時ゆうしょくどき御迎おむかえにまいりますので、それまでゆっくり御休憩ごきゅうけいください」

 女役人が無表情むひょうじょうで、抑揚よくよう少なくげた。口調くちょうやさしさとかはなくて、マニュアルに沿った対応感があふれていた。

「他に御質問ごしつもんがなければ、失礼させていただきます。治安維持部門に提出ていしゅつするための、報告書ほうこくしょまとめなければいけませんので」

「ちょっときたいことがある」

 戦士が挙手きょしゅした。声はひくく、ふとく、いぶかしむようにおもい。

「はい、どうぞ、戦士様」

 女役人は無感情むかんじょうに、発言をうながした。

「どうして、男がオレだけなんだ? パーティーには、パーティーバランスってやつがあるだろ?」

 わりとどうでもいい質問しつもんだった。

ぞんじあげません」

 答える方もどうでもよさげだ。

「女三人の中に男一人は肩身かたみせまいだろ。神にえらばれた勇者は仕方しかたない、魔法使いもまあ適正てきせいってやつがあるんだろうな。でも、僧侶そうりょはハゲマッチョの大男でも良かったんじゃないか?」

 戦士が僧侶を左手で示した。

「えっ? あっ、うっ、ご、ごめんなさい。わっ、私っ、ドジで、ノロマで、皆さんのお役に立てるか分かりまぜんけどっ、がんばりばすからっ」

 僧侶がなみだ声でうったえた。目に涙をめ、泣き出しそうだ。

 非難ひなんする目が戦士にあつまる。

「いやてっ。ちがう、違うんだ。そういう意味じゃないんだ」

 戦士があわてふためいて弁明べんめいした。

「そんなことないですよ、僧侶さん。回復魔法かいふくまほうが使えるなんて、すごいですよ」

 勇者は、僧侶のあたまでてなぐさめる。

 のこる二人の非難の視線しせんが、戦士にさる。

たしかに、ヒーラーは貴重きちょうでしてよ。自衛じえいできます僧兵でヒーラーはとくすくないと、聞いたことがありますわ」

経緯けいいはどうであれ、国の決定事項けっていじこうです。協力きょうりょくしてモンスター退治にいそしんでください。要望ようぼうや問題がある場合は、文書で提出ていしゅつしてください」

「はいはい。オレがわるかったよ。仲良くたたかわせてもらうよ」

 戦士はあきらがおで、降参こうさん諸手もろてげた。

「はいっ。私も、神の御名みなのもとに、精一杯せいいっぱい奉仕ほうしさせていただきます」

 僧侶は笑顔えがおちかいを立てた。勇者になぐさめられて、機嫌きげんなおしたようだ。

 これはもしかして前途多難ぜんとたなんなのではないか、と勇者は予感よかんしていた。はじめてみ出した世の中は、想像そうぞうしていたような単純たんじゅん構造こうぞうではなさそうだった。

 勇者としてパーティーの先頭せんとうに立ち、優秀ゆうしゅうな仲間のアシストを受けて、華麗かれいにモンスターを退治する。

 そんなイメージをいだいていたし、そんなイメージしかいだいていなかった。

 現実げんじつは、ちがいそうな気がする。あまくなさそうな気がする。性格の違うメンバーたちを上手うまなだめてまとめて、得意とくい不得意に合わせた気遣きづかいが必要になりそうな気がする。

 戦士は、女三人の中に一人だけ男で、肩身かたみせまい。口も性格も大雑把おおざっぱそうだから、メンバー間の不和ふわ原因げんいんとなることも多いに違いない。

 僧侶は、自分に自信のない天然てんねん少女だ。実力はたしかめるまで判断はんだんできかねるし、戦闘せんとう時は僧侶を過保護かほごに守りつつうごく必要がありそうだ。

 エルフにいたっては、人間嫌にんげんぎらいの御嬢様おじょうさまだ。トラブルメーカー確定かくていだ。どうフォローすれば良いのかすら分からない。

「あ、あの、本当に、よろしくおねがいします」

 勇者は、不安を心のおく無理矢理むりやりし込めて、うつむき気味に頭をさげた。

 前途ぜんとは、多難たなんがすぎていた。勇者は、途方とほうれていた。


   ◇


 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみに映る自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣を背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 華奢きゃしゃな美少女が大剣を軽軽かるがるちあげる。それはとてもアンバランスな状況で、だからゆめなのだと認識にんしきできた。

 現実げんじつの自分が何者なのか、男なのか女なのかさえ、夢の中では思い出せない。でも、夢の中で、わたしは金色の長いかみの美少女だった。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第3話 勇者ゆうしゃデビュー END

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