第2話 婚約が決まってしまったらしい

 その日のうちに私とアドルフ殿下の婚約は確定したらしい。殿下はまだ婚約者が決まっていなかった。貴族の派閥争いで決められないとか、すでに心に決めた人がいて話を全部蹴っているとか、王妃様が決めたがらないとか、うわさや憶測は多い。


 でも全部デマだったんだろう。だってこんな一瞬で、私みたいな弱小男爵家の娘に決まったんだし。なんであの流れで婚約なの? 夢なら今すぐ覚めてほしい。まさか、アドルフ殿下と結婚したらあのエロ本みたいなことをさせられるの?


 絶望している娘をよそに、両親は大喜びだ。


「さすが我が娘。うちの子は可愛いからなあ」


「ええ、カタリーナは可愛いものね」


 こんなときに親バカを発揮しないでほしい。何かおかしいって疑ってほしい。


 うちは貴族の中でも下の下の領地なし男爵家。裕福でもなければ目立った功績もない。パーティーに参加しても、王様やアドルフ殿下のことなんて遠巻きに見るしかできない。そんな家の娘が第一王子の婚約者なんて、釣り合わないよ。


 弟だけは、


「姉さんは殿下の弱みでも握ったの?」


 と怪訝な顔をしていたけれど、まだ十三歳の弟には刺激の強すぎる本のことなんて言えなかった。


「婚約を破棄できないかな。その、殿下とは趣味が合わないと思うの」


 そう言ってみても、


「殿下は読書家だと聞くし、本好きのお前とは趣味が合うと思うぞ?」


 と、お父様はきょとんとしていた。違うの。そういう健全な趣味の話じゃないの。それに私の婚約者については、ずっと前からお父様にお願いしていることがあった。


「初恋の男の子と婚約させてくれる話はどうなったの?」


「そんなもん、アドルフ殿下が優先に決まっているだろう。どうせ見つかってもないし、もう諦めろ」


「お父様のばかっ!」


 婚約パーティの日取りが勝手に決められ、王宮からドレスの採寸係が派遣されてきて体中を調べられた。やっとアドルフ殿下の婚約が決まったと、王都では盛大なお祭りも開かれるらしい。


 話したこともないような人からお茶会のお誘いが届いたり、刃物の入った郵便物が届いたり、婚約を破棄しろという趣旨の怪文書が届いたり、展開についていけないことばっかりだ。


 どんどん大事おおごとになっていくせいで、あのエロ本が忘れられない。泣きたい。なんで読んじゃったんだろう。家に閉じこもっていたら、アドルフ殿下からお茶会への招待状が届いた。


「お断りしよう! 私、王宮に着ていくような立派なドレスは持ってないよ」


 何度も首を横に振ったけれど、


「大丈夫。素敵なドレスが一緒に届いたわ」


 お母様がアドルフ殿下から届いたプレゼントの箱を開けてしまった。高そうな美しいドレスだし、いい品なんだろうけど、素直に喜べない。だって昔読んだ本に「男が服を贈る時はあとで脱がすことが前提」って書いてあったから! 着るのが怖い。


「うちには馬車もないじゃない?」


「迎えをよこしてくださるって」


「私、お茶会の作法に自信がないの」


「じゃあ改めて特訓しましょうね。大丈夫、なんとかなるわ」


 お母様が慈愛に満ちた笑顔で逃げ道をふさいでくる。


 うう、助けて。


 殿下のエロ本を見つけてしまったなんて、今から話したところで信じてもらえるとも思えない。婚約破棄したくて適当なことを言っていると思われるのがオチだ。待てよ。考えてみればアドルフ殿下と直接話せるなんて、チャンスだ。口外しないことを固く誓って婚約を破棄してもらわなきゃ!

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