第18話 朱羽子、覚悟の捨て場は?

鷹也にもらった空の写真を、一枚一枚アルバムに閉じ、誰も見ていない場所でも笑顔なんて、見せたりしないのに、哀しい顔だって、しない朱羽子は、毎日それを見てから出勤し、帰ると、1日の疲れを癒す為に、またそのアルバムを開く。


お互い惹かれ合い、少しずつ近づこうとしていた2人に、ある日、晴天の霹靂が起こる。



いつもの様に、午後2時鷹也は喫茶店に現れた。

「こんちわー!マスター!岩滑さん!」

「おぉ。青野木君。いらっしゃい」

「いらっしゃいませ」



朱羽子は、この日、ある覚悟をしてきた。

出勤する前に、いつも部屋にいない時は、秘密の場所に隠しておいた。

その大切な、大切なアルバムをお守りにして、喫茶店に向かった。



カウンターの鷹也の正面に位置取り、自分の手を思いっきり握って、これ以上なく躊躇したが、どうしても鷹也に聞きたいことがあった。

それは―…、


「ねぇ、鷹也君…」

「はい!」

初めて自分の名前を呼ばれて、鷹也はどうしようもなく嬉しかった。

「さ…」

「さ?」



あの時と一緒だ。

あの日、父、橙史の命を奪う決心をした時、どうしようもない不安感と恐怖。

それでも、どうしても止められなかった命を守るための衝動。

1つない感情があるとすれば、意味不明かも知れないけれど、あるとしたら、『怒り』だ。


どうしてだろう?憎んだ。恨んだ。苦しかった。辛かった。だれも助けてくれない。


そこまで追い詰められた朱羽子なのに、怒りとは違う…。

何と表現したらいいのだろう?

心の中で、まだ幼い、自分の頭を撫でてくれた父の手を、温度を、もしかして、記憶の隅に残っていたからかもしれない。



そんな、一生に二度も一大決心をすることになるとは、朱羽子は思ってもいなかった。

事件後、そんな風に緊張するほど、他人と深い仲になるつもりもなかったし、そんな事、もう自分の人生には必要ないと思っていた。

『あり得ない』

強くそう思っていたのだ。



しかし、鷹也にめぐり逢い、鷹也の写真を見て、事件以来…いや、生まれて初めて感動した。

青い空は確かにあるのだと、初めて思った。

灰色の空が少しずつ眠って行くように、『あ…これが…青空…』と思う事が出来た。


物心ついた頃には、もう橙史から暴力受け、心と体はもうボロボロだった。

そんな朱羽子に、鷹也は青い空を教えてくれた。

なんの汚れもない奇麗なものがこの世にある事を、朱羽子に見せてくれた。



そんな鷹也に、聞かずにはいられなかったのだ。


自分が犯した罪が、鷹也のカメラにはどう写るのか…。

自分自身がどう、写るのか…を。


「鷹也君は…さ…殺人を犯した人って…どう思う?」

体中の神経と、勇気を振り絞って、朱羽子はその質問を何とか言葉にすることに辿り着いた。

「え?」

「だから、人を殺し…」

しかし即座に、朱羽子は、すべての言葉を言う時間が奪われた。

「そんなの、人じゃないですよ!」


「!」


コンマ数秒も間も開けずに、帰ってきたその言葉に、朱羽子の体は固まった。





 何を期待していたんだろう?

 何を勘違いしていたんだろう?



鷹也からの口から自分を肯定してもらえば、笑っていいのかと知れないと思った。

鷹也からの口から罪を罪と言われなければ、この自分が、引きずって生きて来た過去を捨てて良いのかも知れないと。



けれど、そんな事はあり得なかったんだ。

そんな過去の清算の仕方出来なかったんだ。

もう、2度と許されない事をしてしまったんだ…。



鷹也に自分の過去を一緒に背負ってもらおう、なんて、虫の良すぎる話だったんだ。



当たり前。

当たり前なのに、朱羽子はその時初めて、犯した罪の重さを突きつけられたきがした。


自分を、『岩滑朱羽子』と言う人間を、誰かに助けてほしくて、救ってほしくて、許して欲しくて、鷹也が返してくる答えを、何故か期待していた。


好き…だったんだ。

この青い空を青く見えている、この鷹也事が…。

言い放った、

【そんなの人じゃないですよ!】

と言う答えに、鷹也に、助けてはもらえないんだ、と知った。

救ってはもらえない、と知った。

許されることは無いんだ…と、知った。


鷹也に。

鷹也に。

鷹也に。


当たり前のその事実を、鷹也の一言で初めて、こんな時に…少し…いや、鷹也が自分を好きで居てくれた事で、なんとか、平常心を保っていた朱羽子は、目の前が真っ暗になった。



自分が犯した過ちは、決して消える事は…消せる事出来ないんだ、と。


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