第10話 愛を探す

「岩滑さん!こんちわ!」

「…いらっしゃいませ」


そんなポジティブ鷹也と、ネガティブな朱羽子のやり取りがこの店の2時を告げる合図になっていた。


「マスター!昨日いい写真撮れたんですよ!どうですか!?」

ひし形のキラキラが背中に纏わりついているかのような、飛び切りの真っ直ぐな笑顔で、鷹也はマスターにいつも通り、ファイルからガバーっと、無作為にテーブルの上に並べ、その1枚を探し出した。


「あ!これこれ!どうですか!?」

「んん…この写真にタイトルをつけるとしたら?」

「え―…と…出会い…とか…ですかね…」

「なるほど。でもこれが、出会いだとすれば、空の色が悲しい気がしないかい?君にはもっと、晴れ晴れした空を描けると思うが」

「そうか…今、マスターに言われて改めて俺のこの写真見ると、出逢いなんかじゃない、『別れ』だ…」

「ふむ。そんな所かな。さすが、青野木君はすぐに自分の写真を客観的に見えるから、それは大きな武器になるよ」


鷹也は、マスター、杉丈太郎を心から尊敬し、自分の才能、技術を認められるかどうかも解らないけれど、素直に良い、悪いを指摘されたところを見直し、それでも、自分の魅力は自分で引き出す…そんな人だった。



朱羽子は、そんな鷹也の姿を毎日見ていては、その度に同じことを思った。



(あの人⦅鷹也⦆には、この空…どんな色に見えているんだろう…?)


と。



自分のアパートの窓や、店へ来る途中の道、喫茶店の窓から見える空を、いつも、何度も、見上げる癖がついた。


けれど、朱羽子の瞳には、只、白黒写真のような空が広がるだけだ。





灰色の空を見上げる時、朱羽子の脳裏に過るのは、一冊の日記だった。

本当は奇麗なブルーの日記帳だったが、朱羽子の目には限りなく灰色に近い青だった

開こうとしても、どうしても、どうしても、開けなかった日記帳。



そう。

それは、父、橙史が残した日記帳だった。



あんな人が残した日記帳読んだって仕方ない。

こんなの…捨てちゃえばいい…。


朱羽子は何度も…何度も何度も何度も、そう思った。

けれど、憎しみとともに、朱羽子は朱羽子は何処かで信じたかった。

あんな人でも、少しは自分を愛してくれてたんじゃないか…と。

でも、…だから、怖かった。

もしも、この日記の中に自分が居なかったら…。

もしも、この日記の中に自分への愛が何処にもなかったら…、そう思うと、その日記帳を開く事も、捨てる事も出来なかった―…。



けれど、鷹也が空の話をしたり、マスターがそれを褒めたり、アドバイスをしたりする姿を遠くから眺めていると、何もかもが、錆のような灰色を携えて、追いかけてくる恐怖が、灰色の空が、…何故か、色を得てい行くような気がした。



そうしたら、あんなに恐ろしかった日記帳すらも、元の空の色を取り戻していくようで、時々たまらなく、日記帳の中身を見たくなった。



『愛』を…探したくなった…。

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