第10話 愛を探す
「岩滑さん!こんちわ!」
「…いらっしゃいませ」
そんなドポジティブ鷹也と、ドネガティブな朱羽子のやり取りがこの店の2時を告げる合図になっていた。
「マスター!昨日いい写真撮れたんですよ!どうですか!?」
ひし形のキラキラが背中に纏わりついているかのような、飛び切りの真っ直ぐな笑顔で、鷹也はマスターにいつも通り、ファイルからガバーっと、無作為にテーブルの上に並べ、その1枚を探し出した。
「あ!これこれ!どうですか!?」
「んん…この写真にタイトルをつけるとしたら?」
「え―…と…出会い…とか…ですかね…」
「なるほど。でもこれが、出会いだとすれば、空の色が悲しい気がしないかい?君にはもっと、晴れ晴れした空を描けると思うが」
「そうか…今、マスターに言われて改めて俺のこの写真見ると、出逢いなんかじゃない、『別れ』だ…」
「ふむ。そんな所かな。さすが、青野木君はすぐに自分の写真を客観的に見えるから、それは大きな武器になるよ」
鷹也は、マスター、杉丈太郎を心から尊敬し、自分の才能、技術を認められるかどうかも解らないけれど、素直に良い、悪いを指摘されたところを見直し、それでも、自分の魅力は自分で引き出す…そんな人だった。
朱羽子は、そんな鷹也の姿を毎日見ていては、その度に同じことを思った。
(あの人⦅鷹也⦆には、この空…どんな色に見えているんだろう…?)
と。
自分のアパートの窓や、店へ来る途中の道、喫茶店の窓から見える空を、いつも、何度も、見上げる癖がついた。
けれど、朱羽子の瞳には、只、白黒写真のような空が広がるだけだ。
*
灰色の空を見上げる時、朱羽子の脳裏に過るのは、一冊の日記だった。
本当は奇麗なブルーの日記帳だったが、朱羽子の目には限りなく灰色に近い青だった
。
開こうとしても、どうしても、どうしても、開けなかった日記帳。
そう。
それは、父、橙史が残した日記帳だった。
あんな人が残した日記帳読んだって仕方ない。
こんなの…捨てちゃえばいい…。
朱羽子は何度も…何度も何度も何度も、そう思った。
けれど、憎しみとともに、朱羽子は朱羽子は何処かで信じたかった。
あんな人でも、少しは自分を愛してくれてたんじゃないか…と。
でも、…だから、怖かった。
もしも、この日記の中に自分が居なかったら…。
もしも、この日記の中に自分への愛が何処にもなかったら…、そう思うと、その日記帳を開く事も、捨てる事も出来なかった―…。
けれど、鷹也が空の話をしたり、マスターがそれを褒めたり、アドバイスをしたりする姿を遠くから眺めていると、何もかもが、錆のような灰色を携えて、追いかけてくる恐怖が、灰色の空が、…何故か、色を得てい行くような気がした。
そうしたら、あんなに恐ろしかった日記帳すらも、元の空の色を取り戻していくようで、時々たまらなく、日記帳の中身を見たくなった。
『愛』を…探したくなった…。
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