第11話 あれから、初めて朱羽子が泣いた日の事
「こんちわ!マスター!」
こうして、今日も午後2時を迎えた。
今日で、鷹也が顔を出すようになって、数か月が経った。
「こんちわ!岩滑さん!」
鷹也は、マスターはとは別に、朱羽子に挨拶をするようになった。
「やぁ、青野木君。今日も持ってきたのかい?毎日いっぱい撮るね。良いことだ」
「マスター、今日のは、1枚だけだけど、自信あるんです!見てください!」
「これはこれは」
「ど…どうですかね?」
鷹也は、ごくんと喉を鳴らした。
「おぉ、今日のは、本当にいいね。タイトルは?」
「『再会』です。なんか儚い感じがして、『やっと会えたんだね』って感動しちゃって、シャッターを切ったんです」
朱羽子は、いつも通り、喫茶店の狭いから見える灰色の空を見つめて、お客さんの見えないところで、深い…深い溜息をついた。
(やっぱり…灰色にしか見えない…。あの人はどうしてあんなに空の話が出来るんだろう?こんな、いつ見ても変わらない、灰色の空を見て…)
コーヒー1杯で中々長時間、鷹也。
「あ…」
鷹也が、店の時計を見て、居座りすぎたのを、やっと気づいた。
「すみません!こんな時間まで居座っちゃって!」
「構わないよ。僕はもう妻は亡くなってしまったし、子供もっいっちょ前に
家庭を築いているからね。僕は最近、君の撮った写真を見せに来てくれる青野木君と話すのが楽しいんだ。現役を退いた身ではあるが、写真は、今でも趣味程度に撮っている。いつか、現役自体の杉丈太郎を君は超えるかも知れない。頑張ってください」
「朱羽子ちゃん、もう(午後)9時だ。閉めよう。暗くなるのが早くなったね。毎日青野木君が写真を持ってくるから、暗い空を忘れそうになるよ(笑)」
「…はい」
「あれ!?」
突然、マスターが、声を上げた。
「え?」
朱羽子はその声に少しびっくりした。
「あぁ…。青野木君、会心の写真、1枚忘れて行ってしまったよ。まぁ、良いか。きっと明日も来るんだろうから」
マスターは、苦笑いした。
その時、朱羽子は初めて鷹也の撮った写真を見た。
「…!」
朱羽子は、言葉を失った。
その1枚の、何の変哲もない紙に映りだされていたのは、眩しいほどの青い空だった。
少し大きな雲と、少し小さな雲が、『互いに、やっと会えたね』と向き合って抱き締め合う寸前のような、青い空の写真だった。
まるで、鷹也の心の純粋さをそのまま映しだしたようなその写真に、朱羽子は、初めて、どうしようもなく惹かれた。
「朱羽子ちゃん?」
名前を呼ばれて、何だろう?と思った。
なんだろう?と思って、何だろう?と思った。
マスターに教えてもらって、自分の異変に、やっと気づいた。
朱羽子は、泣いていた。
「どうしたんだい?大丈夫かい?」
「あ、…はい…大丈夫です。すみません」
慌てて涙を拭って、少し急いで、食器を洗って、明日の準備をして、
「すみません。お先に失礼します」
とマスターに少し涙ぐんだ顔を見られないように、ちょっと荒々しく、ドアを開けて、店から、飛び出していった。
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