第40話 バケモノ
そして、運命の時が訪れる。広いボス部屋の中央。オレたちと奴らの丁度中間地点。空間からにじみ出るようにソイツは姿を現す。
大きい。オレやハンスよりも頭2つは大きい巨体。犬を無理やり二足歩行にしたようなアンバランスさを感じさせる体躯は屈強で、洞窟の闇にまた溶けてしまいそうな黒々とした毛並みをぶ厚い筋肉が盛り上げている。並みのコボルトよりも暴力的な雰囲気を漂わせるその身を飾るのは、まるで蛮族の王のような黄金のトゲ付き肩パッドの鎧だ。両手にも黄金に輝くでかい両刃の斧を2つ持っている姿は、とても野蛮なまさに戦王。
コボルトキングを雑魚ボスと嗤う奴らに見せてやりたいね。この獰猛な野獣の姿を!
そして、出現したばかりのコボルトキングの首が飛んだ。
「は…?」
予想外の突然の出来事に、己の口から間抜けな声が漏れる。何が起こった…?
トンッと軽い足音を響かせて、グラリと傾くコボルトキングの横に現れたのは、向こうのパーティでリーダー面をしていた金髪の女だ。コボルトキングを一撃だと!? 嫌でも脳裏に甦るのは、同じくコボルトキングを一撃で倒してみせた女。【勇者】アンナ。バカな……アイツも【勇者】クラスのギフトを持ってるのか!? そんなバカなことがあってたまるか…!
出現して、なにも為すことなく首を失ったコボルトキングの体が、ボフンと白い煙になって消える。その後、なにか硬い物が落ちるゴツンという音が静寂に包まれた中、やけに大きくここまで響いた。
「リーダーどうす……」
「やった! 金鉱石よ!」
ハンスの奴が臆病風に吹かれたのか、オレの指示を仰ぐ。その声を掻き消すように、金髪の女がなにかを拾って叫ぶ。金鉱石だと? ふざけやがって…! 神はどこまでオレたちを弄べば気が済むんだ…!
女は余程嬉しかったのか、仲間の方を向いてはしゃいでいた。その姿がオレを心を無性に苛立たせる。
「予定通りだ。やれ」
オレはハンスに低く答え、クロスボウの狙いを金髪の女に向ける。第二の勇者伝説などあってはならない。これ以上『コボルト洞窟』に冒険者が集まるなどあってはならない。金鉱石がドロップするなんて噂がこれ以上流れるなどあってはならない。バカハンスめ! オレたちにはこいつらを殺る他無いんだよ! 幸いなことに、敵は油断している。今こそ好機!
仲間の方を向いて、こちらに背を向けてピョンピョン飛び跳ねている金髪の女。たしかにお前のギフトは強力だ。だが、その油断が、その驕りがお前を殺す。今この瞬間、お前は絶対に敵に回してはいけない存在を敵に回したぞ。オレを敵に回したことを後悔しながら死ぬがいい。
オレは狙いを定め、ゆっくりと絞るように冷たい引き金を引いていく。連射性など考慮していない威力だけを追求した大型のクロスボウが吐き出すのは、金属製の短く太いボルトだ。金髪の女の革鎧など容易に無意味な物とし、女の体を穿ち抜くだろう。
まるで猛獣が低く唸るような音を四重に響かせ、解き放たれたボルトの1つが一直線に金髪の女へと飛び、パッと赤が咲いた。洞窟の暗闇を一瞬晴らす閃光火花。女だ。金髪の女が、いつの間にかこちらを向いて剣を振り抜いていた。遅れて物騒な鈴の音のような甲高い音が大きく響き渡る。
何だ? 何が起こった? オレが撃ったというのに女はまだ立ったままだ。おかしい。無傷だと? いや、さっきの火花と音は……弾いたのか? まさか、この暗く視界が悪い中、高速で迫るボルトに気が付いて弾いたのか!? そんなマネが人間に可能なのか!? 直前まで女がこちらの殺意に気付いた様子は無かった。なぜだ!? なぜ気付かれた!? なぜ弾くことができたんだ!?
「ひ……」
我知らず口から声が漏れた。クロスボウはいつの間にか手から零れ落ち、ガシャンと音を立てて地面を転がった。
その音が引き金となったのか、女の姿が突如として消える。
なにが!? どこに行った!?
「ひぎぇええええええええええええええええええええええ!?」
突然、隣から男の悲鳴が上がる。目を向ければ、まるで壊れた人形のように両腕が二の腕からポッキリと折れたハンスが泣き叫んでいた。誰がやった? そんなのあの女に決まってる!
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!?」
再び上がる悲鳴。今度も男のもの。それも普段から聞いてる耳馴染みのある声だ。クソが!
「ばっと……」
心臓が大きく脈打ち、なにもかもがスローになる景色の中、オレは腰の剣に手を伸ばし、視線を左右に動かす。全てが色褪せ、白黒になった視界に映るのは、また一人仲間を手に掛けた女の姿だ。
音も消えた世界の中、次はお前だとばかりに女がこちらに迫る。女は普通に動けているというのに、オレの体は遅々として動かない。まるで体を溶けた鉛で覆われてしまったかのようだ。
女が剣を振り上げるのを、オレは見上げることしかできなかった。クソ! 化け物め…!
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