第18話 再会
『極致の魔剣』の拠点、作戦室。昨日、僕がクビを告げられた場所でアレクサンダーたちは待っていた。部屋の奥の執務机にアレクサンダー。手前のテーブルの左右に置かれたソファーには、右にルドルフとフィリップ。左にアンナが座った。僕はどうしようかな?テーブルを挟んで仲良く談笑する気も無いし、このまま立っていようかな。
「座らないのかね?」
「このままでいいよ。それより話って?」
そうアレクサンダーに不愛想に返すと、アレクサンダーたちが少し驚いた顔を見せた。そうだね。今までの僕なら、こんな反抗的な態度は取らないね。何をされても、何を言われてもへらへらと愛想笑いを浮かべている。それが今までの僕だ。
「随分と嫌われてしまったようだ」
そう言って肩を竦ませて苦笑いを見せるアレクサンダー。それに釣られたのか、ルドルフとフィリップも苦笑を浮かべる。どうして笑えるのだろうね?ひょっとして、嫌われていないと思っていたのだろうか? それはいくらなんでも頭がお花畑すぎるだろう。
「話というのは他でもない。クルト、君のギフトに関してだ。実は、あれからアンナの調子が一層悪くなってね。やはり君は、パーティに必要な人材なのではないかと結論が出たんだ。どうだろう? 昨日のことは忘れて、今まで通りこの5人でパーティを組むというのは?」
勝手な言い草だ。アレクサンダーの言葉は僕の予想を超えるものではなかったし、僕の望むものではなかった。
「はぁー…」
僕はこれ見よがしに大きなため息を吐いてみせる。一目で僕が失望したことに気が付くだろう。
「てめぇ、なんだ、その態度は?」
それにキレたのがフィリップだ。彼は今にも僕に掴みかからんばかりに腰を軽く浮かせている。
僕はフィリップを一瞥して、アレクサンダーを呆れた目で見る。
「躾がなってないけど?」
「てめぇッ!」
「フィリップ! 黙っていろ。今は私とクルトが話している」
ついに立ち上がったフィリップは、しかし、アレクサンダーの声に制止される。間に指1本入るかどうかという超至近距離で睨み付けてくるフィリップ。僕とキスでもしたいのだろうか?
「てめぇ、覚えてろよ」
「臭い」
「ッ!?」
僕の一言に激昂しそうになったフィリップだったが……。
「フーッ! フーッ!」
呼吸を荒らげて僕を睨み付けるだけだ。
「だから臭いって」
フィリップの中でアレクサンダーの命令はそれほどまでに重いらしい。
フィリップは僕を睨み付けたまま器用に後ろに下がると、ドスンッとソファーに座った。まだその目は僕を睨み付けたままだ。よほど怒っているようだ。
「君は本当にクルトかい? たった1日で随分と変わったように見えるが……」
当然だろう、君たちにとって都合の良い“良い子”な僕なんてもういないんだから。
「そういうのいいから。パーティに加入しないかだろ? それを答える前に返してほしい物があるんだ」
「返してほしい物? 君の装備なら……」
「違うよ。僕が返してほしいのは、今まで払われなかった冒険の報酬だ」
僕の要求が単純にお金だと知ってか、アレクサンダーが笑みを見せた。
「もちろん払おうとも」
「じゃあ払ってもらおうかな。今まで滞納していた分と慰謝料も込みで。ミスリル貨10枚でいいよ」
「ミスッ!?」
「ッ!?」
「……てめぇ、ボリ過ぎだろうが…!」
アンナが悲鳴のような声を上げて、ルドルフは言葉には出なかったようだが驚きの表情を浮かべ、フィリップが怒りを滲ませて言う。余裕そうに笑み浮かべていたアレクサンダーも、ピクピクと口の端がヒクついている。
「あまり無理を言うものでは……」
「『極致の魔剣』なら払えない額じゃないよね? 払わないなら話は終わりだ。僕は帰らせてもらう」
「それは……」
言葉に詰まるアレクサンダー。そうだね。簡単には呑めない要求だね。
ミスリル貨は、ミスリルの別名が聖銀のため聖貨と呼ばれることもあるアンティークコインの一種だ。これ1枚でなんと、大金貨120枚分のくらいの価値があるらしい。なぜボカした表現なのかというと、厳密に価値が定まっていないからだ。ミスリル貨は、お金というよりもコレクションアイテム的、そして投機的な性質を帯びている。
実はミスリルで貨幣を造ったのは、遠い昔に滅んだ人族の統一国家であるザクセン帝国だけらしい。ミスリルは実用性の高い貴金属だから、普通は貨幣なんかにしない。魔法の触媒に、軽くて丈夫なため武具に、七色に輝くその美しさから装飾品に、その魔導率の高さから魔道具のコアにと実用的に使うことが一般的だ。かの滅んだ帝国でミスリルの貨幣が造られたのは、それだけ帝国が強大で、豊かなことを示しているというのが通説だ。
そんなミスリル貨が、なぜ今も高値で取引されているかというと、歴史的な価値の他にも、もう1つ理由がある。多くの人族の国が、ザクセン帝国の後継を名乗っているからだ。そのため、ザクセン帝国の遺産、帝国遺産は、アーティファクトと呼ばれ、多くの国の王族や貴族に尊ばれている。つまり、国の偉い人たちがアーティファクトの価値を認め、高めているのだ。なんでも、アーティファクトを持っていることがステータスになっているらしい。僕にはよく分からない世界だ。
そんな数あるアーティファクトの中でも、ミスリル貨は、人気の高いアーティファクトらしい。それを10枚。『極致の魔剣』が、その莫大な財産と名声を背景にミスリル貨を収集していることを知っているからこそできる要求だ。アレクサンダーは、このミスリル貨を貴族に贈ることで貴族とのコネを増やしているらしい。僕がミスリル貨を要求したのは、単純に持ち運びが楽だからだけど、アレクサンダーの野望を少しでも邪魔できたらいいなという目論見もあった。
「……分かった。いいだろう」
「アレク!?」
アレクサンダーの判断に驚いたのか、アンナが悲鳴のような声を上げる。
アンナじゃないけど、これには僕も驚いた。僕の言った金額は常軌を逸した金額だし、ミスリル貨というのは、仮にお金を持っていたとしても、収集するのが大変な貨幣だ。だからプレミア感を感じるし、只の贈り物ではない、貴族に贈っても恥ずかしくない格のある贈り物になる。それを手放すなんて、アレクサンダーは何を考えているのだろう?
まぁだいたい想像はつくけどさ。できれば外れててほしいな。その方が面倒が少なくて済む。
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