第17話 招待

 全てを理解した次の日。僕は朝早くから冒険者ギルドにやって来ていた。こちらから訪ねることも考えたけど、相手の出方を知りたかったので、分かりやすい場所に居てあげようかなと思ったのだ。


 周りには、朝も早い時間だというのに、たくさんの冒険者が忙しそうにしている。クエストボードに張り出されたばかりのクエストを吟味する者たち。パーティ同士で集まって、今日の冒険のスケジュールを確認している者たち。皆忙しいからか、僕に絡んでこないのも良いね。


 時折、僕に蔑みの視線が向けられたり、嘲りが聞こえるけど、どうでもいい。全く気にならない。精神的な余裕があるおかげかな。心のゆとりって大事だね。


 そのまま冒険者ギルドで待ち続ける。ちなみに、今日は『百華繚乱(仮)』はお休みの予定だ。昨日、ダンジョンに行ったからね。体を休ませるのも大切な仕事なのだ。



 ◇



 事態に動きがあったのは、夕方になってからだった。


「ヒヒッ。お前、勇者様のパーティをクビになったんだって?まぁ元々、お前なんかが勇者様のパーティに入っていたのがおかしかったんだけどな。ヒヒッ」

「しかも、昨日はポーターとして無様を晒したそうじゃないか?」

「困るんだよねー、ああいうマネされると。僕たちポーター全体が下に見られるじゃないか」

「そうだそうだ」


「うんうん。そうだね」


 他のパーティに冒険に誘われなかったポーターもどきたちの不満の声を軽く流していると、こちらに近づいてくる人影が在った。思ったよりも遅かったな。待ちくたびれたよ。


「おい!話を聞いているのか!?」


 僕は憤るポーターもどきたちを無視して現れた人影に声をかける。


「遅かったね、アンナ」

「ッ!?クルト、あなたやっぱり何か知ってるの!?」


 アンナは大げさに体を震わせると、ポーターもどきたちの人垣を割り、僕に喰ってかかる。


「「勇者様!?」」

「あなたたち邪魔よ、消えなさい」


 いきなりの勇者の登場に驚くポーターもどきたちに、アンナの冷たい声がかかる。思えば、村に居た時は、こんなに傲慢な少女じゃなかったんだけどな……。どこにでも居るような明るい少女だった。変わってしまったアンナの姿に少し悲しいものを感じる。


「い、行こうぜ」

「おう」

「勇者様、失礼しました」


 ポーターもどきたちが、いそいそと去ると、アンナが僕を見て歪な笑みを浮かべる。なんていうか、無理矢理努力して浮かべた笑顔って感じだ。目が笑ってないから不気味さすら感じる笑顔になっている。


「クルト、あなた何か知っているの?」

「全て知ってるよ」

「全て、ね……」


 アンナの目が更に細くなる。


「あなたに話があるの。一緒にパーティの拠点まで来てくれないかしら?」

「話があるなら、ここで聞くよ」


 僕が冒険者のギルドのテーブルをトントンと指で叩くと、アンナの口の端がピクリと動いた。


「言い方を変えるわ。アレクがあなたに話があるそうよ」

「話があるならアレクの方から来ればいいじゃないか。人を呼びつけるようなマネは感心しないな」

「あなた…ッ」


 僕の言葉にアンナの笑顔に罅が入る。一瞬だけ覗かせたその顔は、とても醜悪なものだった。ダンジョンで見た悪魔でも、もうちょっとかわいげがあったと思う。


「そんなこと言わないで。お願いよ、私を助けると思って」

「なんで僕がアンナを助けないといけないのさ?」

「ぐッ…!そ、そんなこと言わないでよ」


 もうアンナの顔を笑顔と表現するのは限界に近いね。もう顔中に僕に対する苛立ち、憎悪が漏れ出ている。


「ふーっ」


 アンナが目を閉じて、大きく息を吐くと、先程より綺麗な笑みを浮かべてみせた。なんだろう?目が据わってる。何か覚悟を決めたような雰囲気を感じた。


「おっぱい」

「え?」


 いきなり何を言い出すんだろう?


「来てくれたら、お、おっぱい触らせてあげるわ…!」

「へー…」


 アンナが、なんだか予想外のこと言い出した。


「それだけじゃないわ!それ以上のことだって……」


 そう言って、悔しさを滲ませつつも、まだ媚びるような笑みを浮かべてみせるアンナ。僕を毛嫌いしていたアンナの言葉とは思えない。間違いなく誰かに言わされている。その誰かは、どうしても僕に『極致の魔剣』の拠点まで来てほしいらしい。その理由は……考えるまでもないね。


「アンナにそうしろって指示を出したのは誰?」

「それは……」

「それを教えてくれたら、行ってあげてもいいよ。誰に何て言われたの?」

「……アレクに……体を、使ってでも連れて来いって……」


 アンナが悔しさを滲ませた震えた声で答える。仮にも恋人にそんなこと言われて、疑問に思わないのだろうか?まぁアンナの人生だから好きにしたらいいんだけどさ。


「なんだって?もう一度言ってよ」

「だから、アレクがあなたを……」


 どんどん小さくなるアンナの言葉に僕はため息を吐く。


「もっと大きな声で言ってよ。聞こえないよ?」

「くっ……」


 アンナが僕をキッと睨み付ける。


「アンナにあんなことを言うなんて、アレクは酷い奴だね」

「あなた、やっぱり聞こえて!アレクのこと悪く言わないで!」

「ちゃんと大声で言ってくれたら、君に手を出さないで行くよ」

「……ほんと?」


 アンナが僕のことを睨み付けたまま考え込む。


「君だってそんなことしたくないだろ?ほら、大声でいいなよ。大声というのはハードルが高いかな?じゃあ普通の話声でもいいよ。もう一度言うんだ」

「………」


 アンナも僕に抱かれるなんて嫌なのだろう。渋々頷いた。


「あなた、を……体を使ってでも連れて来いって言われた……」

「誰に?」

「……アレクに……」

「もう一度最初から言ってみようか」

「くっ……アレク、に…あなたを、体を使ってでも連れて来いって言われた……」


 アンナは気が付いていないようだけど、【勇者】であるアンナの動向はいつでも注目の的だ。今もそうである。


「うん。いいよ」


 周囲が少し騒がしくなったのを確認した僕が頷くと、なぜかアンナがビクリと体を震わせて自分の体を抱きしめ、上目遣いで僕を窺うように見た。


「する……の…?」


 僕がその気になったと勘違いしたらしい。


「いらないよ」


 今更、君に興味なんて無いよ。


「じゃあ、行こうか」


 僕も『極致の魔剣』の面々には用があったしね。招いてくれるのなら丁度良い機会だ。


 明らかにホッとした表情を見せるアンナを連れて、僕は古巣の拠点へと向かうのだった。さあ、彼らはどんな顔を見せてくれるだろうか?

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