第3話 冒険者ギルド

「金貨1枚と大銀貨7枚……」


 それが今の僕の全財産だ。この物価が高い王都でも、切り詰めれば半月は暮らせるそこそこの金額だけど、故郷への旅費と考えるとまるで足らない。このままだと僕の命は後半月か……どうにかしてお金を稼がないと。でも、どうやって?


「ステータス、オープン……」


 クルト 男

 体力100 魔力3

 状態:普通


 筋 力:17

 知 力: 7

 耐久力:13

 器用さ:11

 素早さ: 9


 ギフト:【勇者の友人】レベル2


 【勇者の友人】をタップしても、いつものように「閲覧できません」と表示されるだけだった。


 ギフトが不明だけど、筋力にはちょっと自信のある。こんな僕をどこか雇ってくれないかなぁ……。


 王都の就職は縁故が物を言うと聞く。僕にはそんなもの無い。人脈作りみたいな表の仕事は【勇者】であるアンナやパーティのリーダーであるアレクサンダーの役目だった。僕に仕事を紹介してくれる伝手なんて無いのだ。


 今までの経験を活かすなら冒険者だけど……。


 僕は冒険者だけど、戦闘能力には自信が無い。というか武器すら持ってない。僕は冒険者だけど“ポーター”と呼ばれる荷物持ちなのだ。そんな僕が、1人でダンジョンに潜るのはリスクが大きい。パーティを組めればいいんだけど……。


「はぁ……」


 僕は悪い意味で有名人だからなぁ……。栄えある勇者パーティの面汚しとして。パーティのお荷物が荷物持ちしてるなんて笑い話にもなったくらいだ。まったく、何が面白いんだろうね?


 そんな僕とパーティを組んでくれる優しい人たちは居るかな?


 たぶん居ないんだよなぁ……。


「冒険者ギルド……」


 冒険者のことを考えていたからだろう。行く当てもなく王都の大通りを彷徨っていたら、いつの間にか冒険者ギルドに辿り着いていた。盾をバックに剣と杖が交差した冒険者ギルドの紋章、その下にあるスイングドアには、さっきからひっきりなしに人が出入りしている。


「どうしようかな?」


 冒険者ギルドに出入りする人々を横目に見ながら考える。ダメで元々の気持ちでパーティの参加希望を出してみようかな?たしか、参加希望を出すだけならタダだし、もしかしたら、こんな僕でも拾ってくれるパーティもあるかもしれない。あると思いたい。あるといいなぁ……。


 淡い期待を抱きながら冒険者ギルドへの扉を開けようと手を伸ばすと、勝手に扉が開く。扉から現れたのは、筋骨隆々とした大男だ。知ってる顔だ。しかも、あまり良くない意味で知ってる顔だ。僕はやり過ごそうと顔を伏せたが、遅かった。


「んー?誰かと思えば、勇者様の腰巾着じゃねぇか!」


 面倒なのに見つかっちゃったな……。デトレフ。僕と同じくポーターをしている冒険者だ。


「お前が1人で冒険者ギルドに来るなんて、どんな風の吹き回しだよ?まさか、パーティをクビになったか?」


 おそらく冗談で言ったのだろうけど、いやに察しがいいデトレフに思わず閉口してしまう。


 そんな僕の様子に、デトレフは喜色を露わにした。


「おいおいおい!マジかよ!?こいつはビッグニュースだ!オレは元々お前みたいなポーターもどきが勇者パーティに居ること自体気に喰わなかったが、そうかよ、やっとクビになったのかよ」


 デトレフは嬉しそうに饒舌に語る。ポーターもどきというのは、ポーターに適したギフトや能力を持たないポーターへの蔑称だ。逆にポーターに適したギフトや能力をもったポーターはガチポーターと呼ばれている。


 ギフトの能力は強力だ。ポーターに適したギフトや能力を持っているかどうかで、ポーターとしての能力は大きく差が生まれる。


 目の前の大男、デトレフは【重量軽減】のギフトを持つガチポーターだ。常日頃からポーターもどきへの侮蔑が酷いが、その中でも特に僕には当たりが強い。僕のようなポーターもどきが勇者パーティに居ることが不満なのだ。その地位には自分こそが相応しいと周囲に公言しているらしい。


「こりゃオレにも運が向いてきたな!」


 そう言って僕のことなど眼中に無いように上機嫌で歩いていくデトレフ。


「はぁ……」


 なんだか出鼻を挫かれたような、やる気が削がれた気分を味わいつつ、僕は冒険者ギルドの中に入るのだった。



 ◇



 王都の冒険者ギルドは、大きく立派だ。どこか武骨な印象を抱かせる石造りの建物で、冒険者の聖地と呼ばれる王都の冒険者ギルドに相応しい貫禄さえ感じる。その中には多数の冒険者の姿が在り、併設された食堂の席はほぼ埋まっていた。今日も冒険者ギルドは大盛況だね。


 がやがやと聞き取れない言葉の波を浴びながら、僕は受付嬢の居るカウンターの列に並ぶ。パーティをクビにされ、幼馴染にさえも捨てられて、デトレフからは侮蔑を受けて、僕の気分は酷く落ち込んでいた。鬱になっていたんだろう。がやがやと聞き取れない言葉の数々が、全て僕をバカにしているようにさえ思えた。皆が僕を蔑んでいるような気さえした。そんなことないのは分かってる。でも、声が視線が僕の精神を苛む。このまま消えてしまいたい気分だ。


 自殺という言葉が頭を過る。もう全てを諦めて投げ出して自棄になる。なぜだかそれが、とても甘美なものに思えた。いっそ今からでも……。


「次の方どうぞ」


 いつの間にか、僕の列の前に居た人は居なくなっていた。カウンターの奥に受付嬢さんの姿が見える。僕の順番がきたようだ。


 一瞬悩んで、僕はカウンターへと歩き出す。自棄になることは、いつでもできる。今はやれることをやっておこう。

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