第10話 手紙

 俺の目が覚めてもアザミはまだ起きていなかった。お昼ごろには目を覚ましてくれるとサァリーが言っていたので、そうなのだろう。それまで俺は手紙を書くことにした。

 クーレとしては初めての手紙だ。サァリーが言うには俺の伯父様宛に手紙を書いて欲しいらしい。サァリーの手紙と一緒に送りたいんだって。

 でも、俺は何書けばいいのかなんて分からない。前世でも、手紙らしい手紙なんて書いたことはあんまりないからな。中学生?くらい時に習った気がするけど覚えてない。


「ねぇ、サァリー?どんなこと書けばいいの?」

「そうですね。まずは、クーレ様自身のことでも書いてみましょうか」


 俺のことか。じゃあ、まずは“はじめまして。クエレブレ・パンプキムです”とでも書くか。

 えっと、サァリーと暮らしていることも書こう。そうそう、沢山教えてもらってること、魔法が使えたこと、ミミーのお肉が美味しいこと、毎日が楽しいこと。

 うん、いろいろ書けるなぁ。って、こんなんで良いのか?


「あの、サァリー?」

「どうしましたか?」

「なんか日記みたいになっちゃったの」


 自信がなくなり、眉を下げてサァリーに尋ねる。サァリーは俺の手紙を一読する。まるで、審判を受けている気分だった。


「大丈夫ですよ」


 コクリとサァリーは頷いてくれたお陰で、俺は安心する。


「ついでに昨日のことも書いておきましょうね」

「昨日?」

「はい。昨日、おかしな天気でしたよね。それを見てどんな気持ちだったのか、そのままお書きになってください」


 昨日のことか。ミミーが取れなくて残念だったこと。ケガしたラータがいたこと。黒い雲があって、凄く怖かったこと。明かりの魔法を使ったこと。あとは、ラータが起きなくて不安なこと。

 うん、このくらいかな。フフ、6ページも書いちゃった。まだ見ぬ伯父様はきっと読むのが大変だろうな。

 俺は満足気に見返す。けれど、不安になってくる。なんだか、文字がぐちゃぐちゃしている。書いている時はそんなこと無かったのにどうして?


「サァリー、どうしよう。文字が変。ぐにゃぐにゃしてる」

「大丈夫ですよ。クーレ様の文字は何も変ではありませんよ」

「本当に?」

「勿論です」


 そうなのかな。本当にそうなのかな?うぅん、これはきっとサァリーのお世辞だ。もっと文字の練習して、綺麗に書けるように頑張ろう!

 トントンと手紙を揃えて、サァリーに渡す。


「お手紙終わりました」

「はい、ありがとうございます」


 俺の手紙を受け取ったサァリーは、自分の手紙と一緒に二つ折りにして、封筒の中に入れた。裏側の封筒のフタする部分を俺に見せる。


「それでは、クーレ様。貴族がお手紙を出すときに一番重要な事があります。貴族の手紙には、指に特殊なインクをつけて、この部分に貴族の紋章を浮かび上がらせるのです」

「紋章ってなに?」

「紋章はその一族であるということの証明になる模様です。その中でも貴族の紋章は貴族章とも言います。貴族章は細部が一人一人違うため、個人を特定するときにも使われます」

「へぇ、そうなんだ」


 つまり、この手紙に使いたいということは、俺が貴族の血が流れているってことを証明したいのね。なるほど。

 サァリーは深呼吸をし、


「クーレ様、やっていただけますでしょうか」


 まるでこの世の終わりのように悲しそうな顔をして、そう言った。


「うん、いいよ!」


 俺はサァリーが気にしないように元気いっぱいに返事をした。ありがとうございます、とそう深々と頭を下げられた。

 封筒をテーブルの上に置き、用意した無色透明な液体を横に置いた。液体を入れている器は小さなガラスの小瓶に入っていた。


「人差し指を入れてみてください」


 俺は指を小瓶に突っ込む。インクを触れた瞬間から指にチクリとした痛みが走る。指を見てみると、傷もないのに血が垂れていた。


「いたい…」

「申し訳ありません。さあ、こちらに指を当ててください」


 封筒のフタと封筒が重なっている場所に血が流れている指を押し付けた。血が流れて丸く広がっていき、徐々に紋様になっていった。


「わぁ、すごい」


 俺は痛みを忘れて血液が動くさまを見る。もぞもぞとして生き物みたいだ。


「もう大丈夫ですよ」


 サァリーに声をかけられて、指を離す。指の血は止まっていた。

 数秒すると、封筒の上の血も止まっていた。キチンと血がついていない白い隙間が出来て、紋章が見やすくなっていた。

 俺の紋章は蔓模様が全体を囲っており、その中にはひらひらとしたローブをきた者がいて、その人はフードをかぶってうつむている。その人の手の伸びた爪が、中央の花を下の方で守るように交差していた。花は5枚の花弁があり、その花はまるで星のような形の花だった。爪の外側には、その花と似たまた別の花が外向きに左右に一つずつ咲いていた。

 まるで一つの絵だ。


「クーレ様の貴族章はお美しいですね」

「へへ、ありがとう」


 サァリーがうっとりと褒めてくれ、俺は少し誇らしくなった。中心の花を指さして教えてくれた。


「この部分はゲンテレナの花です。クーレ様の父方の血族の証ですね。パンプキム家の証はこっちの花です」


 指を外側に描かれた花に移動して指す。俺は、ローブの人物を指さして尋ねる。


「じゃあこれは何?」

「これは、クーレ様を加護してくれている神様ですよ」

「神様?」

「えぇ、世界にはいろいろな神様がいらっしゃるのです」

「俺の神様…。何の神様のなの?」

「この世界を作ったとされるリミューという女神ですね。あまりにも体が大きいので地上にはいられず、天界から降りてこられないそうですよ」

「そうなんだ。じゃあ、俺もそのくらい大きくなれるのかな」


 俺がそういうと、サァリーは苦笑する。


「えぇ、きっと大きくなりますよ」


 その笑い方は、まるで大きくならないみたいじゃないか?あーでも地上にいられないくらい大きいってどこまで大きいんだろう?

 俺の大きな体が屋敷をふんじゃう想像をしてしまった。これはダメだ。


「んーそんなに大きくなったら、地上にいられなくなっちゃうね」

「フフ、そうかも知れませんね」

「そっかぁ。なら、まぁまぁな大きさで良いのかも」


 丁度いい大きさが一番なのかも。でも、サァリーよりは大きくなりたいな。

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