第三十八話 VSゾンビ②

「はっ、はっ、は……っ!」


 と、現在エリゼは通路を全力疾走中。

 行きは警戒して歩いて進んでいたため、ホールに着くのは時間がかかった。


(だけど帰りは走っている分、時間がかからないはず!)


 もうすぐだ。

 もうすぐ地下水路を抜けることができる。


(もどかしいわねっ。一刻を争う事態だからなおさらに!)


 もしも、ゾンビが浸かった水を一定量飲むとゾンビ化する——そんなエリゼの想像が正しかった場合、今にも手遅れになる人が現れてもおかしくない。


(ここはクレハの街、そしてソフィアが暮らす街よ!)


 そんな事態には絶対にさせない。

 そうしてエリゼは全力疾走を続け——。


 ……。

 …………。

 ………………。


 「見えた、光!」


 間違いない。

 あれは地下水路の出口——。


 斬ッ!


 と、エリゼの思考を断ち切るように意識外から襲ってくる斬撃。


「っ!」


 と、エリゼは咄嗟に飛び退く。

 けれど——。


「痛い、わねっ!」


 言って、エリゼは胸元へと視線をやる。

 そこから流れ落ちている結構な量の血。

 要するにエリゼ、完全には先程の斬撃を躱しきれなかったのだ。


(仕方ないとはいえ、隙だらけで走っていたのが悪かったわね)


 結構な致命傷だ。

 このままならば、数分で死に至る出血量……だが。


「回復魔法『ヒール』」


 言った瞬間、エリゼの身体は急速に回復していく。

 本当に便利な魔法だ。


「さて、よくもやってくれたわね」


 と、エリゼは視線を前——先ほど斬撃を繰り出してくれた相手へと向ける。

 するとそこにいたのは。


 騎士甲冑を見に纏い、巨大な剣を持った大男。


 いったいどういうことなのか。

 なぜ普通の人間が、エリゼへと攻撃を——。


 などなど。

 エリゼはそこまで考えたところで気がつく。


(違う、こいつは人間じゃない! 身体もまったく腐敗していないし、何もかも人間にしか見えないけど)


 ゾンビだ。


 先にエリゼがゾンビについて学んだ際、確かに書いてあった。

 その内容は——。


『ゾンビになった人間は例外を除き、大抵はどんどん皮膚が腐っていく』


 そう、例外を除きだ。

 要するに。


(特定条件——例えば優れたゾンビは腐敗が起きず、人間とほとんど変わらないことがある……ということ?)


 可能性はある。

 と、エリゼがそんなことを考えた。

 まさにその時。


「エリゼ、殺す……命令」


 と、どう聞いても人の言葉を喋るゾンビ。

 まさかそこまで人間らしいとは思わなかった。

 これは油断しない方がいいに——。


「し、しし……死ぃいいねぇええええええ!」


 と、凄まじい速度で突っ込んでくるゾンビ。

 きっと身体能力も強化されているに違いない。


(この巨大でこの速度、おまけにあの大剣……厄介ねっ)


 考えた直後、エリゼはすぐさま横への飛び退く。

 すると、先程までエリゼがいた場所へ、凄まじい勢いで振り下ろされるゾンビの大剣。

 同時。


 ドゴォォオオオオオオッ!!


 鳴り響く凄まじい爆音。

 破砕され周囲に飛びちる地面だったものの塊。

 さらには。


 メキ。

 メキメキメキッ。

 メキョッ。


 と、聞こえてくる耳障りな音。

 ゾンビの両腕が砕け散ったのだ。


(っ……自分の両腕が砕ける力で剣を振うとか、いったいどういうゾンビよ!?)


 だが、これで先と同じ速度では剣を振れないに違いない。

 エリゼは剣を構え、ゾンビの頭部へと——。


「エリ、エリリリリリリリ、エリゼェエエエエエエエエエエッ!」


 と、響き渡るゾンビの咆哮。

 直後。


 振ってきた。


 ゾンビは折れたおかげで鞭のようにしなる両腕を使い、猛烈な速度で大剣を振ってきた。


「っ、まず——!」


 と、エリゼは思わず呟く。

 さすがに想定外——エリゼは攻撃が絶対に来ないと踏んで、攻撃態勢に移ったのだ。

 にもかかわらず、ゾンビはエリゼへと攻撃をしてきた……要するに。


 避けられない。


 直撃はまずいっ!

 と、エリゼはなんとか大剣と身体の間へと、剣を滑り込ませる。

 それと同時。


 バキャッ!


 と、聞こえてくる音。

 直後。


 ……。

 …………。

 ………………。


「っ!」


 まずい、一瞬意識が飛んでいた。

 気がつくと、エリゼは壁へとめり込んでいた。

 おまけに腹部からは、出てはいけないものが出ている。

 またも致命傷だ。


 と、そうこうしている間にもゾンビはエリゼへと近づいてくる。

 そしてそのまま、やつは大剣をまたも振う気配を見せてくる。


 このままではまずい。

 さすがに連続して攻撃を受ければ死ぬ。

 故に。


「か、回復魔法……『ヒール』っ」



 と、エリゼはすぐさま身体を回復。

 するとすぐさま治癒していくエリゼの身体。

 同時、振り下ろされるゾンビの大剣。


「っ!」


 と、エリゼは転がりながら、なんとかその一撃を躱す……同時。


 またも爆ぜる床、響く爆裂音。


(あいつの両腕が折れてるせいで、攻撃がまるで鞭みたい。軌道も攻撃タイミングも読みにくい……となると、近接戦闘は危険ね)

 

 おまけに。

 と、エリゼはチラリと通路の一角を見る。

 するとそこにあるのは、真っ二つに折れた剣。


 先ほどのゾンビの一撃により、破壊されてしまったエリゼの剣だ。

 要するに、エリゼはこれで近接戦闘の手段を失った。


(にしても、クレハには本当に感謝ね。咄嗟にあの剣で防御したけれど…..あの剣の耐久力が低ければ、即死していたかもしれないわね)


 まったく。

 もう少しで地下水路を抜けられるというのに、面倒くさいことこの上ない。


「これ以上構ってる暇、ないのよ」


 言って、エリゼはゆっくり立ち上がる。

 そして、彼女はそのまま目の前のゾンビを睨みつける。


「ここからはなりふり構わず、後先も考えずにいかせてもらうわ」

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