第三十六話 異変

「おかしいわね……」


 あれからエリゼは地下水路を、壁の松明を頼りにかなり奥の方まで進んだ。

 なんせもう体感一時間は歩き続けている。

 だがしかし。


 ゾンビと遭遇しない。


 最初に出会ったゾンビ以降、文字通りエリゼは全くゾンビに遭遇していないのだ。

 

(王様は地下水路はゾンビの巣窟になっていると言っていたわ。それにバリケードからゾンビが溢れてきてしまうくらい、ここにはゾンビが居るはず)


 にもかかわらず、こんなにゾンビに遭遇しないなどあり得るのか。

 なにかおかしい。


 それはわかっている。

 けれど今は進むしかない。


(私の目的はゾンビの殲滅。後退があり得ない以上、選択肢はないわ)


 などなど。

 エリゼはそんなことを考えながらも、ひたすらに地下水路を進み続ける。


(今更だけどこれ、壁の松明がなかったら暗くてキツかったわね)


 もしなかったら、『ファイア』で周囲を明るくしながら歩く羽目になっていた。

 そんなのめんどすぎてやばい。


(あとはこの悪臭をなんとかしたいところだけど……ん、あら?)


 と、ここでエリゼは通路の先に一際明るい光源を目にする。

 といっても、通路より明るいくらいだが——それでも明るいのは確かだ。


(とりあえず行く当てもないことだし、行くならあそこよね)


 と、エリゼは謎の光源へと向けて歩いていく。

 するとやがて見えてきたのは——。


 大きなホールだ。


 壁に様々な機器が付いていることから、ここで水に何かしらの処理をしているに違いない。

 要するにここから街の各所に水を送っている——いわゆる水源のようなものに違いない。


(ひどい臭い。明かりもそうだけれど、臭いもひたすらキツイわね)


 エリゼはそんなことを考えた後、ホールの中央へと歩いていく。

 そうしてエリゼは思わず——。


「っ……これは!?」


 そんな声を出してしまう。

 その理由は簡単だ。


 水源と思われるホール中央の溜池。

 その底に何体もの死体が沈んでいたからだ。

 いや違う。


 よくみると、それらは水底で確かに動いているのだ。

 要するにあれは。


「ゾンビ?」


 と、ここでエリゼはとあることに思い至る。

 それはまず、ここが水路であるということ。

 水はここから街中に送られているのだ……ひょっとすると飲み水にも。


 そしてもう一つ。

 ゾンビに噛まれると、人間はゾンビになるということ。


「……」


 ゾンビに噛まれたら、どうして人間がゾンビになるか——その理由はわからない。

 けれど、そんなゾンビが浸かっている水を、人間が飲んで大丈夫なものなのか。


 そんなわけがない。


(昨日、酒場であの男の人が急にゾンビ化した理由ってひょっとして……)

 

 だとしたら。

 もし、街の水を飲めばゾンビ化が進むとしたら。


「ソフィア……っ!!」


 いや、彼女だけではない。

 街の住民全員が危ない。


 もはや、ゾンビの殲滅とかそんなことをしている場合ではない。

 即刻この場からさり、王にこのことを伝えなければならない。

 そして今すぐ、街の水を使用するのを——。


「うぅ、あ——っ」


「あ、ぅあ」


「ぅううううう〜〜っ」


 と、至る所から聞こえてくるのはゾンビの声だ。

 見れば、ホールへと続く複数の通路から——。


「ゾンビの群れ!? 今までいったいどこに隠れていたのよ!」


 完全に囲まれている。

 おまけにゾンビは通路からやってきている。


 当然だが、外に出るには通路を通るしかない。

 要するに。


(どっちみち、ゾンビを倒さないと外には出れない……ってことね)


 上等だ。

 必要最低限を殺し、ゾンビの群れを切り抜ける。


 考えた後、エリゼは剣を抜くのだった。


 

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