第三十一話 不穏③

「……」


 バタンッ。

 と、無言で倒れるのは件の男だ。

 斬っても斬っても倒れなかった奴は、今後こそ動く気配がない。


(死ん、だ? 頭を攻撃したら動かなくなったけれど、そこが弱点だった?)


 などなど。

 エリゼがそんなことを考えていると。


「ゾンビだ……」


 と、聞こえてくるのは住民達の一人の声。

 彼は怯えた様子で誰にともなく、言葉を続ける。


「夜中に出るゾンビ……やっぱだめだ! この街、もうダメだ……モンスターが入り込んでやがる!!」


 と、パニックに陥った様子の住民。

 彼が言っていることは、とても興味深いことだが。


(この様子じゃ、まともに話を聞けそうにないわね)


 さて、他に落ち着いていそうな住民はいないものか。

 と、エリゼが周囲を探ろうした。

 まさにその瞬間。


「エリゼさん、すまねぇ」


 と、聞こえてくるのはまた別の住民の声。

 彼は悲しそうな、悔しそうな様子でエリゼへと言葉を続けてくる。


「嫌な役目を押し付けちまった……さっきまで飲んでた奴を殺すなんて、仕方ないとはいえいい気分じゃねぇよな……本当に、すまねぇ」


「謝るのは私の方よ、ごめんなさい。ひょっとしたら殺す以外の手もあったかもしれないのに……」


「いや、それに限ってはねぇよ」


「?」


 と、エリゼは思わず首を傾げる。

 彼の口調があまりにも言い切りだったからだ。


(この人はさっきの人より落ち着いているし、同じく何かを知っていそうね)


 となれば聞いてみるしかない。

 エリゼはそんなことを考えた後、彼へと言う。


「ゾンビっていうのと、この街に起きてること……聞かせてもらえないかしら?」


「いや、これは噂だったんだが……実は、な」


 と、彼はゾンビと呼ばれた死体を見下ろしながら、エリゼへと語り出す。

 それをまとめるとこんな感じだ。


 ゾンビとは人間がモンスターに転じた存在。

 一度ゾンビになった人間は、もう二度と人間に戻らない。

 通常のモンスターと異なり、ダメージを与え行動不能にすることができる。

 ただし、結局のところ回復してしまう。

 要するに、変わらず他のモンスターと同じく不老不死の存在。


 さらにゾンビに噛まれた人間はゾンビになる。


 そして、街で起きていることはある意味簡単だ。

 時折、挙動のおかしな人間が夜中に徘徊しているそうなのだ。

 噂程度で目撃談も少ない……けれど。


 あれはゾンビではないか。


 そういう噂が、この街を駆け巡っているそう。

 もっとも、今夜みた限り全く噂ではなさそうだが。


「おい! これがマジのゾンビなら、早く街の外に捨てねぇと復活すんぞ!」


「おう、残ったやつは王にゾンビの件を報告してこい!!」


「ちくしょう! こいつ、どこでゾンビになっちまったんだ!?」


 と、途端に慌ただしくなる酒場内。

 エリゼはここで、重大なことを言い忘れていたことに気がつく。

 それは。


「待って。そのゾンビを街の外に捨てる必要はないわ——もう死んでいるもの」


 と、エリゼは言う。

 するとピタリと静かになる酒場。

 きっと住民達はこう思っているに違いない。


 何言ってんだこいつ。


 当然だ。

 先ほどの説明にもあった通り、ゾンビはかつては人間でもモンスター。

 不老不死なのだから。


「言い忘れていたけれど、私はモンスターを殺すことができるの」


 エリゼが言った途端、急にザワザワしだす酒場。

 きっと大半の人が信じていないに違いない。

 だがしかし。


「エリゼが言っていることは本当だ!」


 と、聞こえてくるのはクレハの声。

 彼女はグロッキーから立ち直ったに違いない、エリゼ達の方へとやってくる。

 そしてそのまま、彼女は住民達へと言う。


「クレハはたしかに見た! エリゼがスライムを倒したり、ゴブリンやオークを倒したのを!!」


「お、おいおい……マジかよ」


「マジだ! クレハはスライムマザーも倒したんだぞ!」


 ドヨッ。

 と、明らかに空気が変わる酒場。


 しばらくすると、住民達の一人。

 まとめ役のような男が、エリゼへと言ってくる。


「悪いが、もう少しここに居てくれないか? それでこのゾンビが復活するか一緒に見ていてくれ」


「ええ、別に構わないわ」


 きっと、エリゼとクレハが言っていることを本当かどうか、試してみたいに違いない。

 そして万が一本当だった場合は。


「このゾンビを殺せていたら、一緒に王のところまできてくれないか?」

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