第三十話 不穏②
「うぅ〜、ぁあああああああああああっ!」
と、常軌を逸した様子で、住民へと掴みかかる男。
それを見た周りの住民はというと。
「うぉあ!? どうしたんだこいつ!」
「おい、いきなりどうした!?」
「おい放せ! 何やってんだお前!」
と、慌てまくってる様子。
その様子からも、現状がイレギュラーであり普段でも見慣れぬ光景ということがわかる。
などなど。
エリゼがそんことを考えている間にも。
「あがぁあああああああああああああっ!!」
と、異常な様子の男。
奴はそのままの勢いで、掴みかかっていた住民の首元へと噛み付き……そして。
ブシュウウウウウッ!
と、噴き出る血。
男が住民の首元を食いちぎったのだ。
結果。
「う、うわぁああああああああああっ!」
「なんだこれ、なんだこれぇえええ!」
「う、噂だ! これ……あの噂の!!」
「いいからこいつをなんとかしろ!!」
と、パニック状態に陥る酒場内。
それも仕方ないに違いない。
首元を食いちぎられた住民は、どう見ても死んでいる。
要するに、いきなり殺人事件が起きたのだから。
「ぐがあああああああああああっ!!」
と、そうこうしている間にも、再び別の住民へと襲い掛かろうとしている男。
その次の瞬間。
ガンッ!
と、響き渡る音。
住民の一人が男を背後から、剣の鞘で殴りつけたのだ。
けれど、男は倒れない。
それどころか。
「うぅ……あぁああああっ」
と、平然とした様子で再び住民へと襲い掛かろうとしている。
このままではまずい。
(さすがにこれはもう、黙って見ていられる状況じゃないわね)
考えたのち。
エリゼはクレハへと言う。
「クレハ! 起きて、武器を出して……お願い!」
「武器……う〜、武器ぃ」
と、なんとかといった様子で小さなナイフを作り出すクレハ。
きっと彼女の今のコンディションでは、これが限界だったに違いない。
けれど、これで十分だ。
「ありがとう、クレハ。ここでゆっくりしていてね」
言って、エリゼはクレハからナイフを受け取ったのち、彼女を近くの椅子へと座らせる。
そして。
ダッ!
と、床を蹴って住民へと襲い掛かろうとしている男の元へと疾走。
「だれか、誰か助けてくれぇえええええ!!」
そんな住民の声が聞こえてきたのと、エリゼが件の男を間合いに捉えたのはまさしく同時だった。
となればやることは一つ。
ドッ!
と、エリゼは疾走の勢いそのままに件の男の心臓を、背後から突き刺す。
(ごめんなさいっ)
襲われている住民を助けるためとはいえ、先ほどまで一緒に飲んでいた人を殺したのだ。
(さすがにいい気分は——)
と、エリゼがそこまで考えた。
まさにその瞬間。
「ぁあああああ……っ」
と、エリゼの方へと首を向けてくる男。
ありえない。
「っ、この!」
エリゼはナイフを引き抜き、すぐさま男の首を切りつける。
当然、凄まじい勢いで噴き出る血……だが。
死なない。
男は平然とした様子で、エリゼの方へと向き直ってくる。
もうなりふり構っている場合ではない。
斬ッ!
斬ッ、斬ッ!
と、エリゼは男を斬りまくる。
けれど、それでも男は死なない。
それどころか、男はゆっくりとエリゼの方へと近づいてくる。
「っ……この!」
と、エリゼは男の頭部へとナイフを突き立てる。
すると。
「……」
バタンッ。
と、男はその場に崩れ落ちるのだった。
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