第二十九話 不穏

「うぅ〜、もう食べれないぞ……」


 と、聞こえてくるのはクレハの声だ。

 現在、エリゼとクレハは件の歓迎会へとやってきていた。


 もっとも、もう大分食べたり飲んだりした訳だが。

 それにしても食べすぎた感ある。


(クレハほどじゃないけれど、私もかなりお腹がいっぱいね)


 けれど、エリゼとクレハなどまだマシな方だ。

 その理由は簡単。


「ぁ 〜〜〜、ぅぅ〜〜〜〜……」


 と、先ほどまで一緒に飲んでいた住民達の一人が、完全にグロッキー状態だからだ。

 テーブルに突っ伏して、ピクピクしてしまっている。


「おいおい、飲み過ぎだろこいつ!」


「ちげぇねぇ!!」


「いや、そんなに飲んでたかこいつ?」


 と、聞こえてくるのは別の住民達の声。

 彼らは楽しげな様子で、どんどん飲み食いを続けている。


 歓迎会を真っ先に提案した人達だけあり、きっと普段からこういう飲み会をしているに違いない。

 さすがの耐性の高さだ。


(私もクレハもそろそろ限界だし、もう十分楽しんだわ……そろそろ帰ろうかしら)


 それこそ、クレハまでグロッキーになったら事だ。

 なんせエリゼはクレハの家を知らないし、それ以前にこの街に詳しくないのだから。


 などなど。

 エリゼはそんなことを考えた後、住民達へと言う。


「それじゃあ、私とクレハはそろそろ失礼しようかしら」


「え、マジかよ!?」


「えぇ、マジよ。今日はありがとう……とても楽しかったわ」


 お世辞ではない。

 エリゼはこれまで、人間らしい生活を送ってこなかった。

 にもかかわらず、いきなりのこの歓迎会。

 楽しくないわけがない。


「もう一杯やってけばどうだ?」


「おいおい、無理強いすんなって!」


「そうそう、また今度飲めばいいだろ!」


 と、聞こえてくる住民達の声。

 エリゼの町の住民達とは大違いの善人ぶりだ。

 

 さて。

 エリゼはそんなことを考えた後、クレハを席から立たせる。

 そして。


「さようなら、今日はありがとう」


 言って、住民達へと背を向け酒場の出口へと向けて歩いてく。

 すると、背中に聞こえてくる住民達の声——みんな口々に別れを惜しむ声を投げかけてくる。


「うぅ……クレハ、気持ち悪いぃ」


 と、そんな中聞こえてくるクレハの声。

 どう見ても、彼女はグロッキー寸前だ。

 あそこで帰るという選択をしてよか——。


「ぐぉあああああああああああああああっ!!」


 聞こえてくる絶叫。

 同時、ガラスが割れ何かが壊れるような音。


「っ!?」

 

 いったい何事か。

 と、エリゼは音が聞こえてきた方を振り返る。

 するとそこでは。


「うぅ〜、ぁあああああああああああっ!」


 と、先ほどまでグロッキー状態だった住民の一人。

 彼が口から泡を吹き、目から血を流しながら、別の住民へと掴みかかろうとしている姿だった。

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