第二十話 エリゼは復讐してみる②

「あは♪ メインディッシュのご到着、ね」


 言って、エリゼは見張り台の手すりから身を乗り出し、真下を見る……するとそこに居たのは。


「エリゼ! 早くこの門を開けろぉおおおおおおおおおおおお!!」


 ドンッ!

 ドンッ! ドンッ!


 と、必死な様子で門を叩いている町長だ。

 相当中に入りたいに違いない。

 故にエリゼは——。


「……」


 と、何もせず町長をガン見して見た。

 一種の人間観察だ。

 すると。


「開けろぉおおおお! 開けてくれぇえええええ!」


 言って、今度は門を引っ掻き始めた。

 なるほど、人間は門が開かないと叩くのをやめ、掘ろうとするに違いない。


「ぷっ……ちょっと、バカみたい♪」


 思わずエリゼは笑ってしまう。

 町長があまりにも惨めで、楽しくなってきたからだ。

 今ほど、かつてこの世界に存在していたという『カメラ』が欲しいと思ったことはない。


(あれさえあれば、この一瞬を永遠に切り取って、いつでも見返すことが——)


「エリゼぇえええええええ!」


 と、エリゼの思考を断ち切るように聞こえてくる町長の声。

 エリゼはそんな彼へと言う。


「あら、なにか?」


「なにかじゃねぇええええ! 開けろこのクソ女ぁああああああたああああ!」


「っ……怖い! 私、そんなことを言われると傷ついてしまうわ!」


「奴隷の分際でふざけるなてめぇええええ! 殺す、テメェを殺す!! 絶対に殺してやるぉあああああああああ!」


 言って、鬼のような形相をしてくる町長。

 次の瞬間、エリゼは奇跡を目にした。


「ぐるぁあああああああああっ!!」


 なんと町長。

 門に爪を突き立て、ゆっくりとゆっくりと……亀のような歩みだが、確実に登ってきているのだ。


 すごい。

 これぞ人間の神秘。


 背後から迫るスライムマザーという死。

 怨敵であるエリゼへの殺意。


 この二つが、町長に人間への限界を越えさせたに違いない。


「あがぁあああああああああああっ!」


 と、少しずつ登ってくる町長。

 エリゼはそれを見て思わず。


「う……ぐすっ。なんて、なんて素敵な光景なの——まるで一枚の絵画のよう……っ」


 胸に迫り上がってくるものを感じた。

 まるで自らも神秘の一部と化したかのような。


「エリゼ、エリゼぇえええええええ!!」


 と、そうこうしている間にも、だいぶ登ってきた町長。

 もうすぐ、エリゼの居る見張り台へと手が届く。


 頑張れ!

 頑張れ町長!!


「頑張って! あと少しよ!!」


 エリゼは純粋な気持ちで応援した。

 見てみたかったからだ——人間の限界を超えた人間が、目的を達成する瞬間を。


「ぁああああああああああああああああっ!」


 と、ついに見張り台の手すりを掴む町長。

 同時、彼は顔を出しエリゼを睨みつけてくる。

 瞬間。


 なんか萎えた。


 人間の限界とか急にどうでもよくなった。

 だからエリゼは——。


 ゲシッ。


 と、町長の顔面に蹴りを入れた。

 すると「?」と言った様子で落下していく町長。


 ボキッ。


 と、聞こえてくる骨が折れるような音。

 きっと町長のものに違いない。


「あら、かわいそう……そこまでするつもりはなかった、の……ぷ、くっ、あは、あははははははははははははは♪」


 楽しい。

 やっぱり最高に楽しい。

 惨めに這い回っている町長見るのクソ楽しい。


 けれど、エリゼが楽しんでいられる時間もそう長くなかった。

 楽しい時間には必ず終わりがくるのだ。


「あ、あ…….嫌だ、俺は、俺は死にたく——へぶっ」


 と、妙な音を出す町長。

 彼の腹には太く長い触手が突き刺さっている。


 スライムマザーだ。

 やつがついに町長を捕らえたのだ。

 そして次の瞬間。


「スゥウウウウウウ、ラァアアアァアアアアア!」


 そんな鳴き声をあげるスライムマザーの中に、町長の身体は消えていくのだった。

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