第四話 モンスターを倒せる唯一の存在②

「あ、れ……スライムが、居ない?」


 言って、エリゼは周囲をもう一度よく見る。

 けれどやはり、スライムの姿は消えている。


(見逃してくれ、た? でもどうして……)


 モンスターはその全ての個体が凶暴。

 人間を見れば即座に襲いかかってくるのだ。

 つまり、見逃されるなんてことはあり得ない。


 ならばいったいどういうことか。

 エリゼには段々と、自らの中に荒唐無稽な発想が浮かび始めている。


「……」


 エリゼが握っている木の枝。それについているスライムと同じ色の粘液。

 そして、彼女の周囲に広がる同様——スライムと同じ色の粘液。


「ひょっとしてこれ、スライムの死体なんじゃ……」


 そんなのあるわけない。

 だって、モンスターは不老不死なのだ。

 増えるだけで、何をしても絶対に死なない——つまりは減らない。


 だからかつてあったという、人間の文明は滅んだのだ。

 こんな木の枝なんかで倒せれば、そんな事態になるはずが——。


 ブゥウウウウウウウウウンッ。


 と、エリゼの思考を断ち切るように聞こえてくる羽音。

 見れば、すぐそばに昆虫型モンスターが飛んでいる。


「あ、ぅ」


 エリゼは完全に失念していた。

 外の世界はモンスターで溢れている。

 森の中という絶好の立地に、モンスターがいないわけがない。


 ブゥウウウウウウウウウンッ!


 と、特有の動きでエリゼの周囲を飛び始める昆虫モンスター。

 奴はお尻についた針で、何度もエリゼを襲おうとしてくる。

 その度に。


「いや! 死にたくない!」


 エリゼは必死に木の枝を振るう。

 不恰好に何度も何度も……。


 そして時はきた。

 それはまさに偶然だった。


 ベシッ。


 と、木の枝が昆虫モンスターに直撃したのだ。

 結果、昆虫モンスターは地面に落ちる。


 けれど当然、モンスターがその程度で死ぬわけがない。

 モンスターは羽を動かして、再び飛び立とうし始めている……が。


(逃げないと! この機を逃したらきっと私は——)


 死ぬ。

 けれど本当にそうか。


 だって相手はモンスターだ。

 しかも飛んでいる。

 逃げても確実に追いつかれるに決まっている。

 スライムにさえ追いつかれたのだから。


「っ……」


 と、エリゼは木の枝を構える。

 馬鹿らしいことをしようとしているのは、エリゼにだってわかっている。


 モンスターを倒せない。

 死なないから。


(でも、このまま逃げて死ぬより……まぐれかもしれないけど、さっきのスライムの時に得た直感にかけてみたい)


 すなわち。

 この木の枝、もしくはエリゼにはモンスターを殺せる力がある。


 と、エリゼがそんなことを考えた瞬間。

 動き出す昆虫モンスター。

 もう一刻の猶予もない。


「あ……あぁああああああああああああああっ!!」


 と、エリゼは木の枝を振り上げ、全力でモンスターへと叩きつける。


「ギィ!」


 と、声を上げるモンスター。

 けれど、奴はまだ動いてる。


「わ、私は……死にたく、ない。だから、だから……私を殺そうとするならっ」


 死ね。

 全員死ね。


 バシッ。

 バシッ、バシッ!!


 エリゼは何度も何度も、木の枝を叩きつける。

 何度も何度も何度も何度も何度も。

 何度も何度もだ。


「はっ、はっ、は……っ」


 そうして、エリゼの息が乱れてきた頃。

 気がつけば。


「やっぱり、殺せちゃった」


 そんなエリゼの前には、粉々になった昆虫モンスターの死体があるのだった。

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