小さな妖精さんの手作り料理
メグと一緒に買い物から我が家に帰ってきた。
賃貸1DKのアパートであるが、妖精が使うための出入り口や
トイレ、バスルームなどが人間用のものと併設されている物件である。
お家賃は私の月収の1/3ほど。多少、最寄り駅から遠いとも感じたが
妥協点だろう。
私が借りた部屋には妖精用の出入り口がある。
これは例えると、飼い猫の通れるための扉に鍵ががついたものを想像してほしい。
妖精は基本的にキラキラと蝶のように空を飛びながら暮らすので、
扉の位置は人間の肩ぐらいにあることが多い。低すぎると使いにくいのだそうだ。
その扉に妖精が手を当てると幾何学模様が浮かび鍵が開く。
この模様が個人コードにあたる。
「お家の鍵も私の魔力が登録してあるし、いつでも遊びに来れるね。合鍵なんて
ドキドキしちゃう。こっそり来てお掃除したり…いや、変な所はさわらないよ?
仮に見たとしても見なかったことにするって。」
見られて困るものは一応、多分、置いてるつもりはないのだが…掃除関しては一言
連絡をくださいと伝える。ほ、本当にやましいことなんてないんだからね!
「さてさて、ではお料理を始めます。カレーを作ります!」
買ってきた食材をキッチンに置いて、メグは早速エプロンをつけて準備に取り掛かる。
「お米だけは炊いておいて」と言われていたので朝から炊いてある。
ほかほかご飯である。
「本日はメグちゃんのマジカルクッキングです。私たち妖精もあなたたち人間の文明の利器を使うことが多くなった昨今ですが、今日はなるべく魔法を使ってお料理をします。がんばります!」
ふんす!とメグが胸を張るので、わーと一人で拍手をする。
くつろいで待っていてとも言われたが、手持無沙汰なので助手に立候補する。
「では、まずお野菜を洗います。お水自体は蛇口から出る水道水を使うよ。そうそう、ちょろっとでいいよ。それをこうして…集めてまとめて」
メグがむーんっと言いながら力を込めると水が球体にまとまっていく。その水の球体にじゃがいもや人参を入れるとわしゃわしゃと洗われていく。
30秒くらいで野菜たちは綺麗になっていた。
「じゃがいもとか皮も綺麗にむけているでしょう?私の祖先がって元々じゃがいもをたくさん食べる地域にいたみたいで、こういう魔法は家にけっこう伝わってるんだ。あ、人間には芽が毒なんだよね。取っておかないとね。」
妖精はじゃがいもの芽を食べても食中毒にならないと聞いたことがある。
むしろそこが美味しいと言う人もいるらしい。
メグはせっせと器用に風の魔法で芽をくりぬいていく。
「お料理の時の風魔法は危ないから私の前に出ちゃダメだよ。絶対にダメだよ?
いや、振りとかそういうんじゃないからね?」
メグたち妖精の魔法は”自然を操る力”である。
自然界の事象をある程度コントロールする能力であるから、水の魔法は水がなければ使えないし、火の魔法は火種が無くては使えない。しかし、風の魔法は空気の流れをコントロールするため応用が利くという。
今、メグが肉や野菜をスパスパと切っているのも風の魔法。
突風のような音がする風の球体の中でカレーの具材がどんどん切られていく。
「いやぁ、なんか野菜を切る時ってちょっとストレス解消になるんだよね。
え?風を使ってどうやって切っているかって?うーん…よく知らない。
昔からこうやれば便利だよって言われてやってるから。ほら、例えばあなたも冷蔵庫がなんで冷たくなるかって詳しく知らないでしょう?それと同じだよ。」
言われてみれば私たちも普段使っている家電の仕組みなどあまり気にしない。
そういうものかぁとしばし思いふけっていると、メグがお鍋をとって欲しいというので棚からガスコンロの上に置いてあげた。
「次は具材を油で炒めます。火も魔法で…と言いたいけど、これは家だとガス使ってもあんまり変わらないし、こっちのが便利なのでやりません。キャンプとか行く機会があれば今度見せてあげる。火の扱いってちょっと苦手だけどね。」
妖精によって魔法の得手不得手はもちろんあるらしい。ちなみにメグは植物を育てる魔法が一番得意だ。
そういう特技だからか野菜も美味しいものを選んでくれる。
火にかけた両手鍋の周りをくるくる飛びながら、メグはせっせと具材を炒める。
じゅうじゅうという音と香ばしい匂いがしてくる。
人間用の調理器具が大きいから大変じゃないかと聞くと「実は木製だと手になじむからそんなでもない」との事。土の魔法の応用技であると。危ないので油跳ねに気をつけてほしい。
具材に火が通った後は水を加えてコトコトと煮込んでいく。
15分ほど煮込む中で水の魔法を使って丁寧にアクも取っていく。
「私たち妖精でも魔法で美味しく作れるからカレーは人気料理なんだ。」
元々、種族としてスープ料理が多かったため、使う魔法のバリエーション豊富になったという。今では便利になったから魔法で作らない人もいるけど、手間をかけると美味しくできると彼女は言う。
「よし、じゃあ火を止めて…カレーのルゥを入れてひと煮たち…あとはそう!これです!さっきスーパーで言ったサプライズの隠し味!その名も”妖精の粉”ですっ!」
…なにやらヤバそうな代物が出てきて少し引く。これは合法なのだろうか?
「そんあヤバいものじゃないよ!私の地元じゃコンビニにだって売ってるし。カレーに入れると美味しいんだよ。」
地元に伝わる調味料なのだそうだ。家ごとに独自の製法があるという。
スパイスみたいなもの?闇料理界とかで使われるものではないよね?
「大丈夫だよ。ちゃんと美味しくなるから安心して。」
なんだか押し切られてしまった感じはあるが、メグを信用しようと決めた。
そうこうしている内にカレーが完成。独特のスパイシーな香りが食欲をそそる。
この香りはなぜか懐かしい気持ちになるから不思議だ。
たぶん100年くらい前から日本人はカレー好きの遺伝子になっているのだろう。
我ながらすごい適当なことを言っているが、要するにお腹がすいた。
お皿にご飯をよそってカレーをかける。メグのは妖精用の小さなお皿なので
まるで私がたくさん食べる人のようだ。
「とにかく美味しいから食べてみて!飛ぶぞ?」
最後に入れたブツが不安だったが、いただきますと一口食べてみた。
瞬間、ぴりりとする辛さとカレーのコクと同時に清らかな森の香りが吹き上げた。
カレーに味を殺されない調味料だと…?こ、これが妖精の粉というものか?
市販のルゥを使っているのにカレーに爽快感があるというか、本当にそのままで
語彙力がなくて申し訳ないのだけど、妖精にいたずらされているような...。
うん、美味い!これは美味いぞぉー!
そんな私の様子をみてメグは見事なドヤ顔を決めて満足そうだ。
「ふふーん。カレーとかシチューとか煮込み料理は得意なのだよ。そうだ!お味噌汁とかも今度作ってあげるね。朝ご飯を作ってあげたい。」
人間用の調理器具が多いキッチンで料理ができるのか正直不安であったが、彼女の手際の良さを見て感心してしまった。朝食はぜひともお願いしたい事と、キッチンに不便があったら教えてほしいと伝える。
「ふふ、まかせて!なんか美味しいって言ってもらえるの嬉しいな!
大好きなあなたの胃袋を掴め作戦、大成功だね!」
そう言ってメグは花のような笑顔を私に向けてくれた。
そして結局、彼女の作ったカレーを私はその場で全部食べきってしまった。
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