女子と連絡先を交換できたらハッピーなんて幻想だ
『明日の朝からランニングっすから!
タオルとかスポドリとかそっちで準備しておけよ!
駅前の公園入口に6時だかんな!
1秒でも遅れたらぶっころす!』
自宅のマンションに着くなり送られてきたメッセージアプリの内容に太一は胃に痛みを覚えた。
どうやら今日の一件で彼女の下にはダイエットの神が舞い降りてきたようだ。が、それなら安寧の神にもご降臨して欲しかったと天へ恨みごとのひとつでも言ってやりたい太一である。
別れ際、強引にスマホをひったくられ連絡先を交換させられた。
太一にとって身内以外で初めて得た異性との連絡先。
だが、とてもじゃないが喜べるような心境ではなかった。
それ以前に、連絡先を強制的に登録させられた際、
『お前からぜってぇ連絡してくんじゃねぇぞ!』
となんとも理不尽なお言葉を頂戴した次第である。
だったらいっそ今から連絡先を削除してやろうか、と思いはするものの、実行する勇気などない太一であった。
「なんでこんなことに……」
制服を着替えるのも億劫なほど気分が沈む。
よりによってあの不破満天に目を付けられてしまった。これから先の高校生活が平穏無事に終わる可能性は限りなくゼロになったと思っていい。
彼女は入学してから良くも悪くも目立つ生徒だった。
派手な言動に見た目はもちろん、喧嘩っ早くとにかく気性が荒い。授業も委員会活動もサボりがちで生徒指導の常連と化している。停学をくらった回数も1度や2度ではない。
彼女は俗にいう不良生徒だ。
交友関係も派手で西住のようなイケイケグループとの付き合いも多く、男性遍歴も相当な数に及ぶと噂されていた。
しかしその容姿は(今は見る影もないが)非常に整っており派手な化粧こそしているがそもそも素材からして優秀だったりする。目つきが鋭すぎる点はあれど、女性にしては高めの身長に加えてスタイルもいい(今は見る影も:以下略)など、非の打ち所がない。
そんな彼女だからこそ、モデル業にスカウトもされるし、とにかく男の方から言い寄ってくる。
しかもあろうことかカノジョ持ちからも声を掛けられ、そのまま奪っていくことも何度もあったとか。
それが元でトラブルになり、女性同士での殴り合いにまで発展した、という話だ。停学の主な原因はそんな男女トラブルが大半だとという。
そんな、クラスの台風のような不破と、これまでひっそりと息をひそめて生活していた宇津木とでは、そもそも住む世界からして違っていたはずだった。
だというのに、まさか自分がこんなトラブルに巻き込まれるとは……
「まぁ……笑っちゃったのは僕が悪いんだけど……」
自分も容姿に難を抱えているため、そこを嘲笑されることがどれだけ気分を害することかは承知しているつもりだ。
ある意味、彼女から怒りをぶつけられたのは当然と言えば当然だ。
しかし、それがどうして彼女のダイエットに付き合うという話にまで発展するのか。
「はぁ~……」
帰ってきてからは溜息しか出てこない。明日からダイエットが終わるまでずっと不破に付き合わなくてはならないとすれば、自分の精神がいつまでもつことやら。
なにより、苛烈な性格である彼女のこと、一体どんなことをやらされるか今から戦々恐々の太一である。
どんよりとした不安がのしかかり、彼は自分でも気づかないうちに菓子の袋に手を伸ばし、中身を口に運んでいた。
が、不意に声が掛けられる。
「もうすぐ夕飯なんだから菓子食ってんなよ」
「……姉さん」
真っ黒なセミロングの髪を後ろで束ね、太一とは違い細身の体形をスーツで包んでいる。しかし服の上からでも分かるほどに体のある部分の発育が大変よろしく自己主張は激し目だ。彼女はぱんぱんに詰め込まれた買い物袋片手に、じと~っとした三白眼でぽっちゃり体形の実弟を見下ろした。
「おかえり」
「ただいま――って、どうしたの? なんか今日はいつにも増して陰キャこじらせてるじゃない」
「別に……てか、陰キャ言うな」
「はいはい。てか制服くらい着替えなさいよ。皺になっちゃうわよ」
涼子はそれだけ言うと、カウンタータイプのキッチンに買い物袋を置いて自室へ向かった。
姉の背を見送り、太一も制服から部屋着に着替えに行く。
それからしばらくして涼子の作った夕飯を口に運び、風呂に入って自室にこもった。
再度メッセージアプリを開き、不破からの連絡を読み返す。
『明日の朝からランニングっすから!
タオルとかスポドリとかそっちで準備しておけよ!
駅前の公園入口に6時だかんな!
1秒でも遅れたらぶっころす!』
彼女のことだ。本当に1秒でも遅れようものなら何をされるか分かったものじゃない。
太一はスマホのアラームを5時にセットし、寝る前に学校指定のジャージ(予備)とタオル2枚、そして財布を準備してベッドに入る。冷蔵庫の中には炭酸飲料か水しか入っておらず、明日公園に向かう道中でスポーツ飲料を買っていかねばならない。
そんなことを考えるだけ気分が落ち込んだ。
明日から自分はどうなってしまうのか……太一は不安からか、なかなか寝付くことができなかった。
ゴロン(( (´ε`;)ウーン… ))ゴロン
翌朝。5時40分――
「ぎゃあああああああああっっっ!?」
太一はベッドの上で絶叫した。
約束の時刻まで20分しかない。せめて昨晩の内にジャージや手荷物を準備しておいたのがせめてもの救いか。しかしもはや一刻の猶予どころか半刻の猶予すらないと来た。
道中で飲み物も買っていくとなればもはや遅刻は確定だろう。
――まずいまずいまずい!
寝間着を脱ぎ捨てジャージに袖を通しポケットに財布、首にタオル掛けて太一は部屋を飛び出した。
早朝のバタついた騒音に姉である涼子が「なによ騒々しいわね~」ともっさりとした動作で扉から体を半分覗かせる。
「って、あんた。なんでジャージ?」
「行ってきま~す!」
「いやどこに行くのよ!? まだ6時前よ!?」
「もう6時前なんだよ~!」
意味の分からないことを叫びながら玄関から飛び出していった愚弟の姿に涼子は呆気にとられた。
「なんなのよ一体…………ま、いっか。二度寝しよ」
ε≡≡ヘ (;゜Д)ノ ヒィィィッ!
道中の自販機でポクリを購入。持てる限りの脚力を持って全力ダッシュ。現在時刻は5時55分。早朝の爽やかさなんて感じている暇もない。日ごろの運動不足に加えて肥満体型、ダメ押しとばかりに寝不足のトリプルパンチが彼の走りを阻害する。
駅前公園までは歩いておよそ15分。彼の走りはもはや徒歩のソレに毛が生えたレベルと言えるかも怪しい鈍足である。
しかしそんなことを言ってはいられない。なにせここより先に待ち構えるはクラスのライオットクイーンこと不破満天である。
宇津木にとって彼女の怒りを買うことは死と同義である。クラスでの立場は完全にアウェーとなること間違いなし。悪い想像ばかりが彼の脳裏を駆け巡る。もはや未來視の走馬灯状態だ。
ドスンドスンと肥え太った肉体がアスファルトの上を疾駆する。傍から見ればカメの歩みも彼にとってはメロスもかくやと言わんばかりの全力疾走なのである。
守るは友の命ではなく己の安寧、しかして目指す先には原作同様、狂乱の王が待ち受ける。遅れたならば執行されるは死刑一択。
まったくもって冗談ではないが暴君相手に話が通じるわけもなし。
ならばせめて今の自分にできるのは足を一歩でも前に進めるだけである。
両手に握った500mlのペットボトルがまるで罪人の足枷のごとく重く感じられた。
息も絶え絶えもはや死相。
それでもようやく目的地が視界に入ってきた。
同時に髪の毛を逆立てて般若の形相を浮かべる不破の姿も宇津木の視界はばっちりフォーカス。
――よし、逃げよう。
思考のインパルスから肉体が回れ右を選択させるまで僅か0.01秒。彼の生存本能が肉体限界を超えてその場からの逃走を図らせた。
し・か・し、
「おいごらっ! うつぎ~~~!!」
見つかっちった。
「ひぃっ!!」
「遅刻した上に逃げっとかいい度胸だなおおい! まてこら~!!」
「い~や~~~~~!!」
早朝。6時09分。
二人は澄んだ空気を悲鳴と怒号で引き裂いて、なんやかんやと2キロほどの鬼ごっこに興じることになった。ある意味では、目的が達成されたと言えなくもないかもしれない。
「う~つ~ぎ~! ぶっころ~す!!」
ε≡≡ヘ(# ≼◉ื≽益)ノ ε≡≡ヘ(; >Д)ノ
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