女の子(ギャル)と二人きりイベントですよ誰か代わってくれ

 まったくもって碌なもんじゃない。町内鬼ごっこに興じた末になんとか不破を振り切ることに成功した。

 

 マンションのエントランスに飛び込み不破をやり過ごす。

 

 命がかかっているとなれば人間実力以上の力を発揮できるものらしい。とはいえ太一は虫の息。もはや一歩たりとも動きたくない。なんなら学校にだって行きたくない。

 

 しかしながらこれで終わりのはずもなく、ポケットでスマホが振動した。ぼちぼち通勤通学を始める者たちの姿が見え始めたころ。ぐっしょりと汗に塗れた手でスマホを取り出す。

 

『宇津木! てめぇ遅れたくせに逃げんじゃねぇぞ!』

『学校来たら覚えとけよ!』

 

 送信されてきた不破からのメッセージ。文面から彼女の怒りがありありと伝ってくる。完全にやらかした。

 

 咄嗟に体が動いしてしまったとはいえ逃走したのはさすがにまずかった。

 

 せめてまずは謝罪すべきだったと後悔してみても後の祭り。不破の怒りが現在どれほどのものか、想像するだけで脚が震える。とはいえこのまま事態を放置すれば余計にこじれるのは火を見るよりも明らかだ。

 

「うぅ~……学校行きたくねぇ……」

 

 時刻は7時20分。涼子は既に出社済み。今朝は朝食の用意もされておらず、自分で準備しなくてはならなかった。遅くともあと30分以内には家を出なければホームルームに遅刻する。

 太一は適当な総菜パンを炭酸で流し込んで制服に袖を通す。汗を流している時間もなく、重い足取りでマンションを後にした。

 

 滑り込むような形で教室に駆け込んだ。今朝の汗に加えてじっとりとした湿り気が全身を包んで気持ち悪い。

 

 クラスの視線が太一に集中した。しかしそれも一瞬。クラスメイト達はすぐに各々のグループで談笑を再開させる。

 

 見たところ不破の姿はない。彼女は遅刻の常習である。太一はほっと息をつく。しかし妙な居心地の悪さを感じながら机に収まった。 


 それとほぼ同時に担任教師の倉島が姿を見せる。

 

 よれよれのシャツに無精ひげを生やしたやる気のなさそうなおっさんだ。愛煙家なのかほんのりタバコのニオイを漂わす。いつもどこか飄々としてつかみどころがない。「くらやん」という愛称がクラスでは定着している。

 

「え~と、他に連絡事項は~……と」

 

 マイペースに進むホームルーム。

 教室の扉が開き、不破が教室に姿を見せた。途端、太一の体がびくりと反応する。

 

「不破、また遅刻か~? このままだと進級できねぇぞお前」

「ウザ。へいへい申し訳ありませ~んつぎ気をつけま~す」

「たく。ほらさっさと席に着け」

「ほ~い」

 

 やる気のない担任とやる気のない生徒。弛緩したやりとりの中、不破が宇津木に気づいて眼光鋭く睨みつけてくる。太一は彼女の視線から逃れるように顔をそむけた。

 

 不破がドカッと席に腰掛ける。同時にスマホを取り出すとホームルーム中であるにも関わらず操作し始めた。倉島が「はぁ」とため息を漏らす。もはや日常、平常運転である。担任の諦めの表情が如実にそのことを物語っていた。


 と、不意に太一のスマホが振動。そっとポケットから取り出し恐る恐る画面を覗き込む。


『宇津木てめぇ』

『休み時間覚悟しとけよ』

 

 一気に血の気が引いた。同時に死を悟る。さらば高校生活。地獄の門が大口開けて手招きしている光景が見えるかのようだ。1時間目の授業を太一は死んだ魚のような目で受けた。心なしか全身が真っ白になっているような気がしないでもない。

 

 ――そして、

 

「オラこい宇津木!」


 授業が終わるなり不破は太一の首根っこをひっつかみズルズルと引き摺るように校舎裏へと連行していった。



 怒(Д ゜#)┓( >д<)//))イヤァァァァ!



「宇津木てめぇ!」

 

 なんだかデジャヴな光景だった。

 

「遅れてきたうえに逃げっとかてめぇまじでクソかよ!」

「すみません!」

「あやまるくらいなら最初から逃げんなや!」

「そんなこと言われても~」

 

 あの時の不破の顔を見たときはもう逃げる以外の選択肢が頭になかった。

 

「こちとらてめぇのせいで朝から全力ダッシュさせられたんだぞ! どう落とし前つけんだよオイ!」

「お、落とし前って……」

 

 言ってることが完全にヤクザのソレである。

 

 しかし、一方的に約束を取り付けられたとはいえ、寝坊の末に遅れたのは事実といえば事実である。


「まず飲みもん買ってこい! あと適当に食いもん!」

「いや、まだ購買やってない……」

「コンビニ行けば買えんだろうが!」

「そ、それじゃ次の授業に間に合わ、」

「ああん?」

「行かせていただきます!」

 

 ぎろりと睨まれて秒で宇津木は折れた。

 校門を飛び出しコンビニへダッシュ。

 しかし何を買ってこいと具体的に言われてないことに気づき焦りを覚える。だが連絡しようにもこちらからは『絶対に連絡をしてはならない』ルールになっている。

 だがあまり待たせては余計に彼女の怒りに油を注ぐだけ。 

 

 太一はなんとなく思いついたものを購入しすぐさま学校までUターン。

 既に授業は始まっている。太一はこっそりと、しかし急ぎ足で校舎裏へとった。


「おせぇ!」

「す、すみません。なに買っていいか、わからなくて」

「チッ……体だけじゃなくて頭も鈍いのかよお前」

 

 悪態をつきながら、太一の手からコンビニ袋をひったくって中身を確認。

 ドキドキと心臓を脈打たせる中、不破の眉根が寄るのを見て太一はビクリと震えた。


「ダイエットコーラに……チキンサラダ……」

「ダ、ダイエットしてるから、そういうのがいいのかな、って……」

「チッ……まぁいいよ。で、箸は?」

「へ?」

「だ~か~ら~! は・し! まさかこのアタシに手づかみでサラダ食えってんじゃねぇだろうな!?」

「あ」

 

 完全に忘れた。不破のこめかみに青筋が浮かび、


「すぐに持ってこい! アホ!」

「ぎゃふん!」

 

 お尻に強烈な蹴りを入れられてしまった。



キック!! ヽ( # ゜Д゜)ノ┌┛Σ(ノ >Д<)ノゲシッ



 ――『今日の放課後にまた走っから

    今度こそ逃げんなよ』

 

 と、彼は今朝の運動でグロッキー状態だったところを強引に連れ出された。

 

 むろん飲料とタオルを持参して。

 

 太一は学校指定のジャージ、不破は有名スポーツブランドのロゴが入ったスポーツウェア。しかし体形に合っていないせいかところどころ肉がはみ出している上にかなりピッチピチである。

 

 履き潰したボロボロのスニーカーで太一はべったんべったんと重苦しい足取りで前に進む。

 

 しかしそれは不破も同様だ。太一ほど無様ではないがどう見繕ってもスマートとは言い難い走りである。


 ぐるりと町内を一周した二人。朝に待ち合わせた駅前公園のベンチに不破はドカッと腰を落とし、太一はそんな彼女の前で膝に両手をついて今にも吐きそうな荒い呼吸を繰り返していた。

 

「ああ~、クソが……全然足が動かねぇ……」

 

 不破は己の体がほんの数ヶ月前のように機敏に動かないことに苛立ちを募らせる。少し前は男子グループに交じってテニスやらバスケやらに興じていたはずなのに、今ではこんな軽い運動で肉体が悲鳴を上げている。

 

 いつからこうなったのか既に記憶もあやふやだ。

 

 体の変化を自覚し始めたのは読者モデルのバイトをクビになった時だ。確かにその時にはまともに体を動かすことがなくなっていたような気がする。しかしモデル業はほんの小さな体形の崩れでも衣服や撮影に多大な影響が出ることから不破は自分の変化の大きさをまだそこまで危険視していなかった。

 

 どうせ小遣い稼ぎに始めたバイトである。やめたからといっていきなり金銭的に窮地に陥ることはない。実入りがよかったのは確かだがバイトは他にもある。いざとなればすぐに他の職を当たればいい。

 

 だが、最初は小さな変化でしかなかったものが、先日の西住から繰り出された別れ話によって誤魔化すことができないほど表面化していることに気付かされた。

 

 おかげでこれまで築いてきたクラス内での地位はもはや地の底だ。西住の女子人気は高くそれゆえに彼のカノジョであったことは確かなステータスだったのだ。

  

 それが彼の方から別れを切り出され、その理由が今の体形である。

 

 とにかくイライラして仕方ない。あまりにも短い期間で環境の変化が起きたせいで感情の発散が追い付かないのだ。そこで発散先に選ばれてしまったのが宇津木太一という名の憐れな生贄だったわけである。

 

「宇津木、飲みもん。早く」

「は、はい」

 

 横柄に不破は太一からスポーツドリンクを受け取る。生ぬるい温度。しかし汗を掻いた肉体が水分を欲して彼女は一度に中身を半分以上飲み切ってしまった。

 

「宇津木~、制汗スプレー買ってきて」

「え~」

「なんか文句あんのか?」


 威圧感バッチリの眼光で睨みつけられる。

 

「うっ……で、でも、あの……お金……」

「チッ。そんぐらい立て替えようとか思えねぇのかよ」

「そ、そんな~……」

「お前、今朝逃げやがったよな。遅刻して来たくせによ」

「そ、れは……分かりました。買ってきます」

 

 トボトボと背中を丸めてコンビニへと向かう宇津木。

 ハッキリしないモノ言いに、なよっとした態度。その全てが不破を苛立たせる。

 体よくパシリに使えるかもしれないと思ってダイエットに付き合わせたがアレでは逆にストレスで余計に太るのではないか。 

 

「ああ! ほんとっとムカツク!」

 

 太一だけではない。西住にも、クラスの連中にも、小言ばかりの教師にも、自分の体にも、なにもかもが思い通りにいかない。それが腹立たしくてしょうがない。

 

「ぜってぇ痩せてアタシを嗤ったこと後悔させてやる」

 

 黒い感情をむき出しに、不破は残ったペットボトルの中身を喉に流し込む。生暖かい液体が喉を滑り落ちる感触に、不破は余計に苛立ちを覚えた。

 

 

キ━━( ゜皿 ゜;)━━ッ!

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