【Web版】毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない

らいと

1:不破満天は優しくない

ギャルが陰キャに優しい世界なんてただの夢物語でした

「おい、こら宇津木……てめぇさっきアタシのこと笑ったよなぁ?」

 

 人気の少ない校舎裏。目の前で不破満天ふわきららが鋭い眼光で一人の男子生徒を睨みつける。

 

 鼻先がくっつくかと思えるほどに距離は近く、しかし背筋に走るゾッとするほどの寒気に宇津木太一うつぎたいちは目を逸らした。

 

「い、いや、ぼ、僕は……別に……」

「はぁ? 嘘つくんじゃねぇよ。さっき教室で、アタシが『デブ』って言われて笑ってただろうがよ!」

「そ、それは~……」

 

 不破満天、クラスカーストのトップ、ヒエラルキーの最上層。気が強く周囲を威圧する鋭い目つきに、がっつり染めた金の髪、更には耳、口を開くたびにチラと見える舌にもピアスを開けたゴリゴリのギャル。

 

 大人しく、クラスでもパッとしない太一からすれば、もはや次元すら超越して関りを持つことなどないはずの人種。

 

 それが今、胸倉を掴みあげられ恫喝されている。もはやちょっと涙目だ。


 確かに、つい数分ほど前、太一は一瞬とはいえ笑いをこらえきれずに噴き出してしまった。そこは謝罪せねばなるまい。しかしこの威圧感の前に彼は舌も頭も回らず濁した言葉を紡ぐのが精いっぱい。それが、余計に不破の苛立を加速させてしまうことになっているとも気づかず。

 

「おいこら宇津木~」

「ひっ」


 不破は空いた手をゴキリと鳴らすと、勢いよく太一の腹に掴みかかった。

 

「このダボダボな腹肉くっつけるてめぇにだけは笑われたくねぇんだよ! このキモブタ野郎!!」

「す、すみませ~ん!!」

 

 校舎裏に響く情けない叫び。

 なにがどうしてこうなったのか。それは、今から10分ほど前。教室での出来事がきっかけであった。


 

 ヘ(# ゜Д゜)ノ ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ



「はぁ!? 急に別れるってっ、意味わかんないんだけど!?」

 

 教室で金切声が上がった。不破満天、2年1組に所属するクラスカースト最上位の女生徒だ。

 遠目にも分かる派手な金髪。耳には複数のピアスが銀色に光っている。

 

 肌寒さと暖かさが隣り合わせに同居する5月初旬。宇津木太一は教室のど真ん中で始まった突然の喧嘩に肩を震わせた。極力目立たないように彼はその大きな体を窮屈そうに机で縮こまらせる。

 

「いやぁ、だってなぁ……」

 

 ぼりぼりと頭を掻く少年、西住昇龍にしずみとおりは面倒くさそうに不破をあしらっている。

 

「ちゃんと理由言ってくれねぇとアタシ納得できねぇから!」

 

 教室の空気は控えめに言っても最悪だった。階級上位者の怒りに周囲の生徒は完全に委縮してしまっている。


 クラス全員の心境を代弁するなら間違いなくこうだろう、

『痴話げんかならよそでやってくれ!!』と……


 しかし、西住はそんなギスギスとしたクラスにいらぬ一石を投じようとしていた。

 

「つかさ――お前、最近ふとったべ」

「は?」

 

 途端、教室中の空気が凍り付いた。

 しかし西住はまるで周囲を意に介した様子もなくベラベラと口を開く。

 

「いやちょい前からな、ちょっとずつ肉ついてきたな、とは思ってたんだよ」

「なっ!?」

 

 歯に衣着せぬ物言いに不破は顔を赤く染めた。

 周囲からヒソヒソと囁きが零れる。その大半が不破を嘲笑するような呟きだ。

 確かに不破は着ているシャツもピチピチ、顎の下には肉が付き、一年前まではシャープだった小顔はもはや見る影もない。

 

「モデルのバイトもクビになったとか言ってしよぉ。ハッキリ言ってもうお前と付き合ってる価値ないわ。つうわけでよ、別れっぺ、俺たち」

「ちょ、ちょっと待ってよ! だったらほら! ダイエットするからさ!」

「いやもういいって、つか――」

 

 と、西住は次の瞬間、ドレッドノート級のとんでもない発言をぶちかます。


「こないだお前とヤッてる時、ああもうこれは無理だわって、完全に萎えたんだよなぉ。腹なんて動く度に弾んで見てらんなかったぜ」

 

 その言葉と同時にクラスは静寂に包まれ、しかし一瞬で破られる。

 

「ぶふっ……」

 

 音の出所はクラスの端、窓際の席から。全員の視線が動いた。そこにいたのは、口元を押さえて顔面蒼白になる、宇津木太一の姿であった。

 

 すると、ゆらりと幽鬼のように不破が動いた。

 

 瞬間、クラスメイト達は一斉に、


『ああ、あいつ死んだわ……』

 

 心の中で彼を哀れんだ。そんな中にあっても事の元凶である西住はマイペースに、


「じゃ、俺部活あっから」

 

 などと軽い調子で教室から姿を消した。そんな彼の姿を不破は黙って見送り、しかし次の瞬間にはグリンと首を太一の方に回転させ、とても言葉では形容しがたい形相で迫ってくる。


「う~つ~ぎ~」

「ひぃっ!」

「ちょっとその面ぁ貸せやこらぁ!!」

「ひぃぃぃぃっ!!」

 

 こうして、太一は首根っこを掴まれ、校舎裏へと連行されていったわけである。


 クラスメイトたちはその様子を見送り、合唱した。



 (。-人-。) (。-人-。)(。-人-。)チ~ン

 

 

 そして時は進み現在へ――

 

「このデブが、このデブが、このデブが!!」

「いたっ! 痛いです不破さん!」

 

 腹の肉をがっつりホールドされた状態でギリギリと捻られる。


「このっ、このっ、このっ! どいつもこいつも! アタシをバカにしやがって~!」

 

 不破はクラスの女子連中が自分に向けていた悪意を敏感に感じ取っていた。

 クラスの女王として君臨していた彼女が辱められた末にカレシにフられる。不破のことをよく思っていなかった生徒たちからすれば「ざまぁ」というわけだ。

 

 おまけにカレシだと思っていた西住からは自分を着飾るだけのアクセサリーとしか見られていなかった。

 

 そこにきてこれまで視界にすら入っていなかったカースト最底辺の太一からも笑われ、彼女は完全に脳が沸騰していた。とにかく何かに当たり散らさねば気が済まない状態となっていたのだ。

 

 

「くそが! くそが! くそが!」

 

 太一を押さえ付けたまま地団太を踏む不破。目端にはうっすらと涙が溜まっていた。

 

「く、そ……なんなんだよ……最低かよ、くそがよ~……」

 

 遂には顔を俯けてしまう不破。

 彼女の姿に、さすがに太一もいたたまれない気分になってくる。


「あ、あの……不破さん。だ、大丈夫――」

「おい!」

「は、はい!」

 

 慰めの言葉を掛けようとしたところを遮られ、太一はびくりと体を硬直させる。

 

「てめぇ、このアタシを憐れんでじゃねぇだろうな? 調子にのんなよこのブタが!」

「す、すみません……」

「ああ~! イライラする! 昇龍もクラスの連中も! お前も!! 全員なめやがって!」

 

 涙の痕を残しながらも鬼の形相で自分をバカにした連中に怒りをぶつける。

 これ以上下手なことをすれば自分がどうなるか分からない。太一は口を引き結んだ。余計なことを口走れば事態が更に悪化することは明白だ。

 

「ぜってぇ仕返ししてやる……アタシのことをバカにした連中! 全員!」

「ひっ!」


 底冷えするような怨嗟の声に宇津木は危うく漏らしかけた。

 もはや一刻も早くこの場を逃げ出したい。ただその一心である。

 

 しかし、次の瞬間に彼女から飛び出した言葉に、太一は絶望を覚えさせられることになる。

 

「おい宇津木!」

「ひゃい!」

「てめぇはこれからアタシを笑った罰を受けてもらうかんな!」

「ば、罰って……」

 

 一体何をさせられるというのか。

 不破はおもむろにスカートからスマホを取り出した。

 

 ――ま、まさか。ここで服を脱がして僕の恥ずかしい写真を!?

 

 と、顔面蒼白になった次の瞬間、不破はスマホの画面を勢いよく宇津木の前に突き付け、


「これからアタシが元の体形に戻るまでっ、てめぇにダイエットを付き合ってもらうからな!!」

「え?」

 

 太一はスマホの画面に映る、スリムでスタイル抜群『だった』頃の不破と、今のぽっちゃりした彼女を交互に見比べて、


「えええええええええ~~~~~~~っ!?」

 

 校舎裏に驚愕の声を木霊させた。

 

 

 エェェェッ⁉Σ(;゜Д゜) ビシッ\(゜Д゜#)

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