呪いが街へ行く方法3

「レイ様、彼女は無事出かけてくれましたか?」


 シャノンが王都の中心街へ出かけてからしばらくすると、ウィルフレッドの屋敷をドミニクが訪れた。彼の訪問にウィルフレッドは眉間の皺を倍増させて不機嫌に出迎える。


「……このやり方は好かない」

「残念ですが、これは私の職務です。あなたに近づく者を監視して調査する――――それが私の優先事項ですから、拒否するなら彼女をしかるべき場所に移しますよ」

「まったく『高貴な血筋』とやらが聞いて呆れるな。私自身が今まで自由にできたことなど、片手で数えられるほどしかないのではないか?」

「そもそも、あなたが何かを強く望まれたことなど、ほとんどないでしょう?」

「今回は違う。あの者は私にとっては得難い人間かもしれない。……必ず解呪して、ここに残ってくれるように話をするつもりだ」

「そうであるなら、尚更彼女を知る必要があります。チェルトンには我が一族の人間を一人行かせていますが、どんなに急いでも往復で二十日はかかるでしょうね」


 ドミニクの目的はシャノンの身辺調査で、彼女の出かけている間に荷物を確認することだった。

 実はチェルトンに人を遣っているし、今日もそうだが、彼女が外出する際は気がつかれないように監視をさせている。

 ドミニクは彼女が王都に行こうとしていた理由が知りたいのだ。

 死ぬ前に王都で有り金を使い果たすつもりだったという彼女の話が本当かもしれないし、嘘かもしれない。わからないなら確認するのが彼の仕事だ。

 自分たちから彼女に近づいたのだから、彼女の目的がウィルフレッドに接触することだったとは考えていない。だが、身元や目的のはっきりしない人間をウィルフレッドの周囲に置いておくことはできない。

 正直に言えば、今までウィルフレッドと同居などできる人間は一人もいなかった。彼は物心がついたときから強い魔力感知能力に悩まされ、ほぼ一人で暮らしてきたのだ。ウィルフレッド自身も呪いへの対策が済めば彼女をどこかに預けるつもりだった。

 それがすでに一週間が経過しても、普通に屋敷に住んでいるのだ。最初はただ、同情で彼女を保護したウィルフレッドだが早くも彼女に執着しはじめている。


「さてと、では失礼しますよ。……って別にあなたは一緒に来なくてもいいんですよ?」

「いや、貴様を監視する」

「別に下着を盗んだりはしませんって!」


 そう言いながらドミニクはシャノンが私室として使っている部屋の扉を開ける。まったくためらうことなくクローゼットやチェストの中身を暴く様子を不快な気持ちで眺めるウィルフレッドだが、ドミニクを制止できない時点で同罪だ。そういう自覚があるので余計に気分が悪いのだ。

 シャノンはウィルフレッドが買い与えた物以外、ほとんど何も持っていなかった。

 出会ったときに持っていたボロボロの荷物や服は洗える物だけ綺麗に洗い、まとめられている。それらは単なる必需品であってシャノン自身を表すものではない。

 次に、ドミニクは物書き机の引き出しを調べる。引き出しからは大きな巾着と鍵のついた木製の小物入れが出てくる。巾着には現金と小さな鍵が入っている。


「鍵と宝箱を同じ引き出しにしまうなんて、危機管理的には最悪ですね。本当に無害な人間なのか、無害を装っている人間なのか……どちらなんでしょう?」


 冗談交じりにドミニクがつぶやく。巾着には多額の現金が入っている。二十歳の女性の貯えとしては多すぎるが、解呪をするために旅をしてきたというなら用意していないほうがおかしい。ドミニクが気になるのは、この金をどうやって用意したかということだが、それについてはチェルトンに向かわせた者からの報告を待つしかないだろう。巾着の中に入っていた鍵を小物入れの鍵穴に差し込む。すると簡単に開いてしまう。



 中に入っていたのは四通の手紙、たったそれだけだった。



 正午を過ぎたあたりで雲が厚くなってきた。

 ウィルフレッドは研究室にこもり、ただひたすら解呪方法を模索していた。実は高確率で解呪できそうな方法をウィルフレッドはすでに思いついている。けれども、二ヶ月以内にという制限をつけられると正直その方法は取れない。


「やはり『陣』の改変か……」


 魔術の設計図にあたる『陣』を改変する方法は、解呪方法としては一番手っ取り早いし、魔術を無効化するためによく使われている方法だ。

 だが今回『陣』の位置を正確に把握することが困難であることがその手段を使うことに二の足を踏ませている。改変することにより、魔術の効果を変更することはできるのだが、魔力そのものが消失するわけではないからだ。

 魔力がもっとも変換されやすいのは熱や炎で、魔術が暴発すると熱を伴った爆発を起こす。壊れてもいい物にかけられた魔術を無効にするのなら有効な手段だが、壊れたらまずい人体に対してその方法をとるのは、危険が伴う。

 考えがまとまらないウィルフレッドが研究室の窓から外を見ると、知らないうちに雲がさらに厚くなり、そのうち雨が降ってきそうな空模様になっていた。


「洗濯物は……外に干していたか?」


 もし、ドミニクがまだこの屋敷にいたとしたら「所帯じみたことを言うな」とぼやいただろう。シャノンがこの屋敷に来てから、天気のいい日は外に洗濯物を干すようになった。今までは当然のように魔術で乾かしていたのだが、太陽の光の力というものを彼は少し侮っていた。魔術で洗い魔術で乾かしていたときよりも、シーツや枕カバーが柔らかくいい香りがするのだ。

 些細なことかもしれないが、ずっと一人で生活をしてきた彼にとってはささやかでも幸せを感じる大切なことだ。


「あの者は傘を持っていかなかったな……」


 洗濯物を取り込んだあと、リビングルームにある大きな窓から敷地の外を見ながら、ウィルフレッドはシャノンのことを考える。ちょうど玄関から屋敷の外へ出るアプローチの石畳に一つ二つと灰色の染みができて、雨の降り出しを教えてくれるところだった。

 ウィルフレッドは瞳を閉じて、もう一つの世界で彼女の気配を探る。彼自身の魔術をまとっているシャノンを探すことは、彼にとってはとても簡単なことだ。

 シャノンはまだ中心街付近にいて、ゆっくりと南へ向かっている。おそらく辻馬車に乗ったのだろう。彼女が屋敷の前に到着するまで、まだ時間がある。


(時間になったら、外で待とう。……風邪でもひいてしまったら大変だ)


 ウィルフレッドは雨に濡れた捨て犬のように瞳を潤ませるシャノンを想像しながら自然と表情を緩めた。


***


 シャノンの気配が近づいてくる頃、雨足はさらに強くなっていた。短い距離でも雨に濡れては大変だと思い、ウィルフレッドは傘を持って門の前で待つ。

 辻馬車が屋敷の門の前で止まり、しばらくしてシャノンが降りて来る。彼女は出かけたときに持っていたバスケットと、女性用ではなさそうな使い込まれた傘を抱えている。

 シャノンが傘を広げた瞬間、ウィルフレッドは左手に持っていた傘を隠したい気分になる。


「あれ? レイ先生! どうしたんですか?」

「雨が降ってきたから迎えに……だが、不用だったようだな」

「あの、でも、ありがとうございます」


 彼女の笑顔を見て、ウィルフレッドが抱いた気持ちは罪悪感だ。つい先ほどまで家捜しの真似事をしておきながら、彼女を心配する権利があるのだろうか。呪いや陰謀には全く関係ない、ウィルフレッドやドミニクが無断で立ち入ってはならない彼女のごく個人的な部分まで暴く必要などなかったのに。


「この傘、親切なパン屋の女将さんが貸してくれたんです」

「そうか、ならば次の休みには礼をしに行かねばな……どこのパン屋だ?」

「目抜き通りの二番街です!」

「……そうか。優しい女将でよかったな」


 シャノンは少し頬を赤く染めて嬉しそうにパン屋の女将の話をする。無邪気な笑顔を向けられると、さらに罪悪感で胸が苦しい。ウィルフレッドは彼女に気持ちを悟られないように、差している傘を少し斜めに傾けて顔を隠した。

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