呪いが街へ行く方法2

 シャノンとウィルフレッドが出会って一週間が過ぎようとしていた。呪いの研究は進まないが、彼女は屋敷での生活にも慣れ、穏やかに過ごせるようになった。

 ウィルフレッドを送り出したあと、洗濯と少しの掃除を終わらせてセルマと一緒に簡単な昼食をいただく。午後は買い物をして夕食の準備をしながらウィルフレッドの帰りを待つ。

 彼の手助けなしで屋敷のことを完璧にこなすことはできないが、少しずつ仕事を増やして、多少なりとも彼の役に立てるようになったという自信がシャノンにはある。


「うまくいれられるようになったな」


 朝食の席で彼から紅茶のいれ方を誉められたら、それだけでシャノンは幸せな気持ちになる。


「今日はセルマも休みだし、中心街に行ってくるといい」

「いいんですか?」

「あぁ、帰りに食材とパン……中心街に行けば珍しい菓子も売っているだろうから、明日セルマと食べる茶菓子も買ってくるといい。日が沈む前には帰って来なさい」

「はい!」


 今日は休日で学園や王宮での仕事は基本的に休みとなる。ウィルフレッドは屋敷の研究室で仕事をする予定になっていた。前から中心街に行ってみたいと彼に話をしていたのだが、希望が叶っておもわず顔がほころぶ。


「辻馬車には一人で乗れるか? 知らない人から声をかけられても絶対に一緒にいくなよ。いちおう地図を用意したから持っていくといい」

「ありがとうございます…………ん?」


 シャノンは地図を受け取って拡げる。そこには危険な場所やおすすめの菓子店が手書きで記されている。読み書きが得意ではないシャノンのためにわざわざ文字の横に絵まで描きこまれた地図は、明らかにウィルフレッドの手によるものだ。


「あ、あの……とってもわかりやすいです……ありがとうございます。ははは……」


 ウィルフレッドは時々、シャノンのことを子供のように扱う。彼の職業が教師だからなのか、シャノンの年齢を忘れてしまったのかは定かではない。シャノンの首輪に魔力を込めるときには必ず髪を撫でて体調を気遣うし、今日もこうやって絵入りの地図を持たせてくれる。ウィルフレッドには子供扱いしているという自覚も悪気もないのだろう。彼女としてもそれはわかっているので、なかなか指摘ができないのだ。


 ウィルフレッドに魔術をかけてもらってから、シャノンは屋敷を後にする。

 外に出かけるときは手袋をして、ストールを首に巻き、首輪が目立たないようにしている。そこまで太いものではないが、シャノンの細い首にはめられている首輪は、お世辞にもおしゃれとは言い難いし、飼い犬のようでかなり怪しい。

 風が少し強く、薄く雲が広がり日差しをさえぎる。少し肌寒いので、無骨な首輪を隠すためのストールは寒さ対策にもちょうどいい。バスケットの中にお金とウィルフレッドの特製地図を入れる。


***


 辻馬車に揺られて一時間もかからずに、王都の中心までたどり着く。小高い丘の上に建つ王宮から、なだらかな下り坂になっている目抜き通りには様々な店が軒を連ねている。休日の今日は、午前中から市が行われていて賑わいをみせている。

 シャノンが中心街に着いたのはお昼前だったから、市の野菜や果物はあらかた売れてしまい、露店の台の上が寂しくなっていた。それでもいくつかの鮮度のいい野菜と果物を選んで買うことができた。

 街の中には広場とよばれる建物のない場所がいくつかある。市が行われている場所もその一つで、王都で最大の広場だ。馬車の立ち入りを防ぐためポールが設置された広場は石畳の細長い空間で、等間隔に三つの噴水が設置されていた。

 それぞれ百年以上前の高名な建築家の作品なのだが、シャノンには違いや価値がよくわからない。一番気になるのは噴水の水がどうやって汲み上げられているのかということだ。シャノンにとって水を汲むということは重労働で、水はとても貴重なものだ。それが無限に流れ続けるとはいったいどういう仕組みなのか気になるし、王都のすごさをあらためて感じるのだ。


 広場に出ている露店から漂うおいしそうな匂いに誘われて、彼女は昼食をこの場所で済ませることにした。

 簡素なテーブルと丸椅子が適当に並べられた屋台は、異国の麺料理を出す店だ。ハーティアではあまり食べない米という穀物の実でできた麺料理はプリプリとした独特の食感だ。スープは少し唐辛子が効いていて冷えた体を温めてくれる。店主によれば本来ならもっと辛い料理なのだが、ハーティア人向けに辛味はおさえられているとのことだ。気さくに話しかけてくる店主は小麦色の肌に黒髪の異国人で、南の大陸から来たのだという。


 村から出たことのないシャノンにとって王都は見ているだけでも驚くことばかりで、あっという間に時間が過ぎる。ウィルフレッドから頼まれていた物やお菓子を買い、手芸店でレース編みの道具も買う。あとはパンを買って屋敷へ戻ろうとしたところで、段々と雲が厚くなってきた。風上の方を見ると、どんよりとした雲が王都の上空に近づいていることがわかり、雨が降り出す前に馬車に乗らなくてはと彼女は歩みを速める。

 目抜き通りは、王宮から離れるほど庶民的な店が多くなる。王都の生活水準は高いので、庶民的と言ってもシャノンの感覚とは少し違うのだが、王宮近くには装飾品店などが多く、離れるほど日用品を扱う店が多いのだ。

 シャノンはその一角にあるパン屋に入る。積み木を並べたように同じ形の建物が並ぶ王都で、そのパン屋の特徴といえば、真っ赤な扉くらいだ。外からでも商品が見えるように大きな窓が設置された入りやすい雰囲気の店。その扉を開ける。


「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれたのは、白髪混じりの灰色の髪をした人のよさそうな女性だ。奥には作業帽をかぶった男性が二人いて、せっせとパンを焼いている。

 シャノンはいくつかのパンを選び、パン屋の女将がそれを丁寧に袋につめる。


「お嬢さんはどこから来たの?」

「王立学園のほうです。その近くのお屋敷で働いているんです」


 馴染なじみの客が多い店なのか、女将はシャノンのことを気にかける。


「まぁ、仕立てのいい服を着ているから、どこの商家の娘さんかと思ったよ」

「屋敷のご主人様に買っていただいたものなんです」

「それは、いいご主人様に恵まれたものだねぇ」

「はい!」


 袋に詰めたパンをシャノンに手渡してから、女将はガラス窓の外を見た。雲は益々厚くなり、昼間だというのに室内はすでに薄暗い。


「すぐにでも雨が降りだしそうだねぇ」

「そうですね、そういえば傘を用意していなかったので急がないと!」

「お嬢さん、うちのを持っておいきなさい。せっかくのパンも雨に濡れたら食べられないよ」


 そう言って、女将が店の奥から持ってきた傘をシャノンに押しつけるように渡す。


「その可愛らしい服を濡らしてしまったらご主人様も悲しむでしょう?」

「あの、ありがとうございます! 次にお休みがもらえたら、必ずお返ししますね」


 シャノンはそう言って店をあとにする。中心街の乗り場に向かう途中でポツリポツリと雨が降り出す。パン屋の女将のお陰で野菜やお菓子、そしてバスケットに入りきらず抱えているパンを守ることができそうだ。

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