第2話 母の思い出

 俺は母親が嫌いだ。死んだ人を悪く言うもんじゃないという人もいるかもしれない。でも、間違いなく人間的に恥ずかしい人だった。自分の親とは思いたくないし、人に紹介するのも憚れるようなタイプだ。俺は自分の彼女を親に紹介したことは一度もないし、早く死んでくれないかと思っていたくらいだった。


 母が父のせいで苦労していたのは事実だった。もともと裕福な家庭に育ち、お見合い結婚で父と結婚した。でも、結婚した当時から、父には愛人がいたらしい。あちらが片親で、家族の反対に遭い結婚できなかったそうだ。母はがめつい人間だったから、女がいることなんて気にしていなかったそうだ。母としては、自分は鷹揚な人物だと思い込んでいたのかもしれない。富裕層の男性は愛人がいるのが普通だからだ。


 母は一時は社長夫人として豊かに暮らしていたが、俺が高校くらいになると、会社の経営が傾いてしまい、家に金がなくなった。その頃から、母は精神を病んでいた気がする。父と喧嘩して、叫んで暴れ回って、警察を呼ばれたこともあった。俺は恥ずかしくて、早く地元を出たかった。


 下記の話は、後で父から聞いたのだけど、母は不倫相手の家に突撃していたそうだ。不倫相手は平屋の市営住宅に住んでいた。今考えると、収入がなくて苦しい生活をしていたんだろうと思う。


 母はそこにいきなり尋ねて行ったそうだ。そして、「今すぐ夫と別れなさいよ。あんたには何の権利もないんだから」と言った。相手の女性は「嫌です」と言ったそうだ。「仕送りはいらないから、別れたくありません」と強く出た。すると、母は相手の女性に掴みかかって、髪を引っ張って、引きずり回したそうだ。家には子どもがいたらしい。

 子どもが近所の人に助けを求めたから、その人が警察を呼んで、母は逮捕されてしまったらしい。でも、事情が事情なので不起訴になった。


 父はそれからは、あまり愛人の家に行かなくなったんじゃないだろうか。貧乏だからなのか、家で夕飯を食べるようになっていた。


 その後、その人の家は火事になったということだ。これも父から聞いた。家の外に灯油を撒かれて火をつけられたそうだ。家の周りに燃えやすい物が置いてあったせいで、かなり燃えてしまったみたいだ。放火と断定されたが、犯人はわからなかったそうだ。母は警察に疑われたけど、ずっと家にいたし、出かけた形跡はなかった。


 でも、俺は知っていた。母が時々、夜中に何度か自転車で出かけていたのを。俺は受験勉強をしていて、夜中まで起きていて、よく2階から見ていた。真っ暗闇を自転車に乗って消えていく母親は怖かった。まるで、母自身の心の闇に溶けていくようだった。俺はてっきり丑の刻参りでもしているのかと思っていた。そんなのができるなら、とっくにやっていただろうけど。


 ある夜、母は自転車のカゴに大きな袋を積んで、重そうにしながら自転車を漕いでいた。


 俺はその夜のことを、33年間封印している。

 母には貸しがある。

 しかし、来世でも母には関わりたくない。

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不倫 連喜 @toushikibu

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