29話 ヴァンデル、やって来る

◇◇◇◇


 そうして。

 五日後、俺たちはようやくルミナス王国を抜け、ティドロス王国に戻ってきた。

 馬をひたすら走らせ、一路向かうのはもちろん……。



 王太子が用意してくれたプール付きの別荘だ!!!!!!!



「本当にいいんですかねぇ、あれ」

 馬首を並べているラウルがぼやくように言う。


「なんのことだ」

 俺はそれより、もうそろそろ別荘が見えて来るんじゃないかと気が気じゃない。


「モネとロゼのことですよ。もともとはシトエン妃を暗殺しようとしてた奴等ですよ? それについては何も語らないし……」


「いまは恩義を感じてシトエンに忠誠を誓ってくれてるんだからいいじゃないか。あ。噂は流しておけよ。女刺客は残虐にこう……俺によって処刑? 惨殺? されたって」


 対外的には死んだと思わせておかねばならんからな。


「いつ寝返るかわからないですよ」


 ため息交じりに言うが、俺はそんな感じは受けない。


 一命をとりとめたモネも今では普通に生活できるようになったが、ロゼと一緒にシトエンの世話や話し相手をしてくれている。


 その雰囲気を見る限りでは、俺はラウルが言うような事態は起こりそうに思えない。


 なぜなら。

 あの姉妹は、とてもティドロス王国での生活を楽しみにしているからだ。


 モネだって、シトエンの処置が早かったとはいえ、ここまで回復できたのは『生きたい』と彼女自身が強く願ったからに違いない。


 妹との新しい生活。

 モネはそれに賭けたし、その未来を提供してくれたシトエンに心底感謝している。


 シトエンからティドロス王国の様子を聞かされては心躍らせ、イートンの指示にも素直に従っている。


 そもそも。

 シトエンを殺そうとする前、モネはシトエンに敬意を払っていた。


 いままで枷をつけられ、逃げようとすれば鞭を打たれたため、どうしても牙を剥かざるを得なかったのだろう。


 その枷がなくなれば。鞭を振るうやつを排せば。


 モネもロゼも。

 心の中にある感謝の気持ちに従うんじゃないだろうか。


 ……まあ、王太子には「甘い」と呆れられそうだが。


 今のところ、団員も警戒はしているからあの姉妹に妙な気を起こす奴らもいない。風紀的にとてもいいし。


 なにより、シトエンを守ってくれるのであれば、俺としては大歓迎だ。


「命の恩人を裏切るまい」

「どうですかねぇ」

「お前、そんなに疑り深いから嫁が来ないんじゃないか?」


 本当に不思議だ。こんないい男がなんで選ばれないんだろう。嫁なんてよりどりみどりだろうに。


「ぼくのことは放っておいてくださいよ。それより、あれ。迎えじゃないですか?」


 ラウルが馬の鞭を前方に向ける。

 なるほど、山道の先に数頭の騎馬が見えた。


「本当だ。道案内もしてくれるのなら……」


 助かるな、と思った矢先、一騎、こちらに駆けて来た。

 鐙に両足をかけたまま、立ち上がりぶんぶんと大きく手を振る男は……。


「やあ、親友! 待っていたぞ! 王太子から警護を頼まれて馳せ参じた!」


 ヴァンデルだ……。


「わー!!! 団長、気をしっかり!!! 手綱をしっかり握って!」


 思わず馬上から落ちるかと思った。


「全隊止まれ! 止まれーっ」

 ラウルが馬首を回して駆けていく。


 その合図がなければ、きっと俺は落馬して、自身の騎士団の藻屑に消えていたに違いない。


 それぐらい脱力していた。

 ……なんであいつがいるんだ。


「いやあ、親友、久しぶりだな! 結婚式以来か! 会いたかったぞ!」

 ヴァンデルが馬を寄せて俺ににこやかに話しかけて来る。


「なんでお前がいるんだっ!」 


 つい怒鳴る。

 こいつがいれば、俺とシトエンのいちゃラブが確実に邪魔されるではないか‼


 だが、奴は表情を引き締め俺に顔を寄せる。


「聞いたぞ。タニアではシトエン妃の命が狙われたとか」

「っていうか、息をふきかけるな! どこでそれを聞いたんだっ」


 つい詰問口調で尋ねるが、すぐに気づく。


「俺の報告書か……。王太子から連絡が?」

「そうだ。王太子殿下はいち早く動かれ、俺に別荘の警護をお命じになられた」


 また耳元で囁くんだが……。

 それ、必要か⁉ 普通に言ってよくね⁉


 どん、と突き放したころには、ラウルが戻ってきてくれた。


「それで、例の女刺客たちはどうだ。同行させているんだろう?」

 尋ねられ、俺はラウルと顔を見合わせる。


「俺は……問題ないと思っている」

「ぼくは、要経過観察だと」


 ふむ、とヴァンデルは腕を組んで馬上から馬車を見た。


「ああ、そうだ。王太子に代わり、僕の配下の者が例のバックルとペンダントは売り払っておいたぞ。尾ひれはひれつけてな」


「そうか、すまんな。それでどうだ?」

「噂は広まっている。心配するな」


 俺が王太子に報告書と共にお願いしたのは、「誰かに頼み、モネが持っていた黄金のバックルとロゼのペンダントを、盗品を扱うようなところで売り払ってほしい」ということだ。

 そのときに、「この持ち主、すごい拷問をかけられて死んだらしい。それでもなにも語らなかったらしいがな」と言ってほしい、と。


 ヴァンデルが言うには、モネとロゼの拷問死は広がり、現在、バックルとペンダントがどこに移動しているのかを追跡している最中だそうだ。


「ま……。どうであれ、いまから警備はうちで受け持つ。お前たちはゆっくりしていればいい」


「え。そうなの? お前の隊が請け負ってくれるのか」

「当然じゃないか。アリ一匹寄せ付けん」


 ヴァンデルは自信満々に頷いた。


「安心しろ、サリュ。もちろん」

「もちろん?」


「プールは水を抜いて清掃済みだ。到着後、すぐに使えるぞ」

「ヴァンデル‼ お前は俺の親友だ‼」

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