27話 妹を……

「私が欲しいのはシトエン様の命だけ。だから王子、そこの腰を抜かした侍女と……それから勇敢な騎士さま、妹を連れてこのテントから逃げてください」


「自爆する気か?」

「最初はそう思っていましたが……。させてくれそうにないですね」


 苦笑いしているからあきれる。


「当たり前だろ。ロゼは絶対テントから出さないぞ。妹がいる限り、自爆はできんだろう」

「なるほど、ではやり方を変えましょう」


 ひょいとモネは肩を竦める。それから真面目な顔でシトエンに向き合った。


「シトエン様。本当にあなたは天女のような方です」


 モネは目を閉じ、両手の指を組み合わせた。その姿は、まるでシトエンに対して祈りをささげているように見えた。


「私が絶対天の国までお連れいたします。冥府の道で悪鬼どもが阻もうと、この私が身を挺して必ずやあなたを天の国まで。神の御許まで。だから」


 静かに目を開き、佩刀を抜いた。


「いまここで、死んでください。妹のために」

「やめて、お姉ちゃん!」


 絶叫するロゼを突き飛ばし、俺は抜刀してモネの背中に一振りする。

 気配を察したロゼが振り返り、剣を横に持ち替えて俺の一撃を受けた。


「ひいいいいい!」

 ラウルが悲鳴を上げるのが聞こえる。


「火花!!!! 団長、火花がやばい!」


 あ、そうか。

 ぎりぎりと上から刃を押し付けていたんだが、慌てて剣を放り出し、間合いを取る。


 間を置かず、モネが斬りかかってきた。


 右に身体を躱す。一撃目はフェイントだったらしい。剣先は最後まで振り抜かれずに、軌道を変えて真っ直ぐ俺に向かって突きを放ってきた。バックステップで間合いを取る。


「団長っ! カンテラも気を付けて!」


 ラウルが叫ぶ。あいつ、ぜんぜん俺の心配をしないな。


 だが、モネの攻撃は続く。


 剣を振り上げるのではなく、何度も”突き”を繰り出してきた。

 振り上げ、下すよりそりゃこっちの方が早い。


 切っ先はおもいっきり俺の腹を狙っている。


 狙いも動きも悪くない。

 うちの騎士団に欲しい。


 少しだけ左に身体を躱し、徒手のまま俺もモネの方に踏み込む。

 モネの剣が俺の左側ぎりぎりを通過する。


 モネが柄を握りこむ右手。そこを横から殴る。

 簡単に軌道がずれ、モネの上半身が揺らぐ。


 ち、とモネが舌打ちする。

 足を踏ん張り、体勢を立て直したのが見えた。攻撃を変えるか。


 だが。


 モネの視線は、俺から外れない。

 もう一度、突きで狙いに来る。

 そう思ったのに。


 また来るとみせかけ、ロゼは身体を反転させ、シトエンに向かって剣を振り上げる。


「お命ちょうだいする!」


 絶叫のようなモネの声。


「甘い!」


 俺はモネにむかって突進し、その腰にとり付いて持ち上げた。


「顎を引けっ! 身体を丸めろ! 受け身を取れよ!」


 怒鳴りつけ、そのまま背後にぶん投げた。

 たっぱはあっても所詮女だ。軽い。重さは強さだ。武器さえ持ってなったら、重量がある方が強い。


 俺の忠告が聞こえたらしい。

 どん、と重い音と、ラウルの「ぎゃあああああ」という悲鳴は上がったが、骨が折れるような音はしなかった。


 素早く確認をすると、モネは起き上がろうともがいているが脳震盪のせいで動けていない。おまけに……。悪い。骨は折れていないようだが、あれ、着地の時に右肩、外れたな……。


 すばやくラウルがモネにとり付き、「死にたくない団長と心中したくない」と高速呪文のように繰り返しながらモネの胴体にくくりつけられていた麻紐を短刀で切り、火薬入り布袋を胸に抱え込んだ。


「出ないで!」

 持ち出そうとしたラウルの足にロゼがとりつく。


「このテントを火矢が狙ってる! 誰かが出たらすぐに火をつけられる!」

「ラウル殿! これ」


 シトエンが水差しを持って駆け寄ってくるから、ラウルはそっと布袋を地面に置いた。

 そこにダバダバとシトエンが水をかける。


「……これで……。なんとか大丈夫でしょう」

 両腕で水差しを抱きしめたまま、シトエンはほっと微笑みを浮かべた。


「やれやれですよ。死なずにすんだ……」

 ラウルがその場に頽れた。


「お姉ちゃん……っ!」


 ロゼが仰向けに横たわったまま動けないでいるモネのところに走り寄っている。

 俺も近づき、立ったまま見下ろした。


 妙に伸びた右肩を押さえてモネが脂汗を流していた。だが足は動いているようだし、なにより左手で右手を押さえているということは、首の骨や背骨は折れてないだろう。あとはシトエンに診てもらうとして……。


「ずっとシトエンを狙っている暗殺集団というのは、お前らのことか? アリオス王太子はお前たちに関与していないようだが……。誰が命じた」


 尋ねると、モネは痛みを堪えるように柳眉を寄せたまま、俺を見上げた。


「その方に対して恨みも憎しみもあるが……なにより私や妹を今まで育ててくれた。その恩には報いたい。名は言えない」


「言いたいことはそれだけか?」


「まだある」


 モネは瞳から険を取り、すぐ側で蹲って泣いているロゼを左手で優しく撫でた。


「ロゼ。もう心配ない。すべてお姉ちゃんが持っていく。サリュ王子」

「なんだ」


「厚かましいお願いだが……。妹を頼みたい」

「本当に厚かましいな、お前。情報取るために俺がロゼを拷問にかけるとか思わないのか」

 呆れてそう言うと、愉快そうにモネは笑った。


「そんな男なら、もっと早くに妹に手を出してる。あんたはそんな人じゃない。シトエン妃」

「……なんですか?」


 シトエンが水差しを持ったまま隣に近寄ってきた。


 ただ、俺のように立ったままではない。ロゼの横に座り、泣きじゃくる彼女の背を撫でている。


「ティドロス王国に、と言ってくださいましたよね。どうか妹を。この子は、シトエン妃に忠誠を誓います」

「あなたも一緒に行くのですよ。大丈夫。その肩もすぐに戻ります。いま……」


 治してあげますという声に被せるように、モネはロゼを見てほほ笑んだ。


「さようなら。幸せに」

 そのまま、ぐ、と顎が動いた。……おい、まさか。


「ちょ……待て、お前! 口開けろ!」


 慌てて屈みこみ、頬を挟んで口を開けさせようとするが歯を食いしばってやがる。


「モネさん⁉」

「お姉ちゃんっ!」


 叫ぶふたりの目の前で、がくがくとモネが痙攣を始めた。そうかと思えば、身体をエビのように丸め、うっ、と嘔吐くような音を漏らす。


「毒……⁉ ロゼちゃん、モネさんは何を飲んだかわかる⁉」

 シトエンが問い詰めるが、ロゼは青ざめて首を横に振った。


「だ……だけど、お姉ちゃん。今回のことで自分が死ねばあたしは自由だって……。だ、だからきっと致死量……」


 ごぼっと音を立ててモネが吐いた。固形物らしきものはなく、どろっとした液体が口から出る。

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