25話 突然の訪問

◇◇◇◇


 次の日。

 俺たちは盛大な見送りをうけ、バリモア卿の屋敷を出発した。


 シトエンは「わたしのわがままで実家で一泊してしまって……」と言っていたけど、とんでもない。


 装具の見直しもできたし、なにより馬が休息できた。

 タニア王国の国民は本当に馬が大好きなようで、馬具の修繕や馬の扱い自体もうまい。


 シトエンは「お父さまがサリュ王子に馬上試合を申し込まないようにしなくてはっ!」と心配していたが、ラウルがうまく取り入って馬の放牧をさせてもらえたから、馬、ノーストレス。

 うきうきと足取り軽くティドロスに向かって出発したのだけど……。





「まったく、どうなってんだか」 

 もう苛立ちが収まらない。


 今日だけで何度この台詞を吐いたかわからない。


 俺はザクザクと草を踏みしだいて歩く。背後からラウルが早足で追いつきながら状況説明をしてくれた。


 行きと帰りでルートが違うため、ルミナス王国国境警備が混乱していること。

 確認のために馬を走らせるから明日の朝まで猶予が欲しいこと。

 こちらはアリオス王太子と共に国境を抜けると連絡を受けていた。それなのに待てど暮らせどティドロス一行の姿は見えず、警備を解いたところだから準備に時間がかかる、とのこと。


「ようするにうちが悪いって言いたいのか。最初に説明しただろうがよ、帰りは王太子の別荘に最短速度で行くため、通過する領が違うって」


 ラウルに言っても仕方のないことを発して更に苛立ちが募る。 

 通り過ぎざま、空気が動いたからか、かがり火がパチリと爆ぜて火の粉が夜の闇に舞う。


「とにかく、朝が来るのを待つしかありません。うちの騎士団、野営が得意でよかったですね。というか、もう水を得た魚ですよ。うちは騎士団ではなく山岳部隊かなんかだったかもしれません」


 ため息交じりにラウルが言う。

 ちらりと背後を見やると、なにもかも諦めたような顔でずらりと並ぶ野営テントを眺めていた。


 タニア王国を抜け、夕方にルミナス王国に入り、本日予定の屋敷に向かおうとしたのだが……。


 通行許可証の問題でルミナス王国側が認めてくれない。


 国旗や部隊識別章、なんなら俺自身の紋章やシトエンの紋章を見せても、『連絡を受けた日時と場所が違う』と向こうも困惑するばかりだ。


 嘘や嫌がらせとは思えないほどの混乱ぶりを見れば、朝まで待つしかない。

 まさかこんなところを強行突破して争いのタネをまくわけにもいくまい。


 いままでずっと快適な屋内宿泊が続いたから団員たちが腐るかと思ったが、意気揚々とペグを打ちはじめ、あちこちで威勢のいい声を上げながらテントを張り始めたのを見て、少しだけほっとする。


「シトエンのことがある。くれぐれも警戒してくれ」

「承知」


 神妙な顔でラウルが頷く。

 こいつにはアリオス王太子が打ち明けてくれた話をしている。


「……ですが、いったいどこの暗殺集団から狙われているというんでしょう」

 ラウルが俺の隣に並び、小声で言う。


「アリオス王太子がご存知と言うことは、ルミナス王国がらみなんでしょうか?」

「わからん」


 俺は首を横に振る。そうなんだろうが迂闊なことは言えないし、思い込みというのも危うい。だが、ラウルは続ける。


「もしルミナス王国だったら……自然死を願うのもわかりますよね。タニア王を怒らせずに、とりあえずシトエン妃にいなくなっていただくにはそれしかない。あとは」

「あとは?」


 顔を向けると、ラウルは肩を竦めた。


「ティドロス王国が無能のせいで、暴漢に襲われて殺される、とかじゃないですか」

「やばいこというなよ」


 ドン引いたが、ありそうな話ではある。暗殺者に始末させておいて、『警備が手薄だからだ。シトエン妃はみすみす見殺しにされたようなものだろう』とか吹聴されたら……。


 たまんねぇな。


 ぶんぶんと首を横に振り、ついでに目に入った団員に「盛大にかがり火を焚け」と命じた。


「どんどん燃やします!」


 嬉しそうに答えてくれた。その隣にいた団員もウキウキした様子だ。


「冬山じゃないから楽しいっすね! なんかこの国、夏だけど涼しいし」

「ずっと行儀よくしなきゃいけなかったから、やっとのんびりできます!」

「あとでマシュマロ焼いたら、シトエン妃に持っていきますね」


 ついでにキャンプファイヤーでもしておけと言っておこうか。

 そうでないと、国境付近でこんなにずらりとテントを並べるなんて……。


 うちは難民か。


 苦笑して「ありがとう」と告げ、通り過ぎる。


「あちらがシトエン妃のテントになります」

 ラウルが小走りに前に出て誘導してくれた。


 ちょっと頬が緩むのが。

 シトエンのテントの入り口に、カラフルで綺麗なガーランドが飾ってあることだ。


 うちの騎士団、当然だけどずっと女なんていなかったから……。団員全員がシトエンに気を遣っている。


 で、移動の時は用心もかねてこうやってテント持参で行動するんだけど……。シトエンのテント用に、謎モビールとか装飾用の布だとかを準備しているんだから、いい奴等だなぁと思っている。シトエンもそれを見て「可愛いですね」と団員に話しかけるもんだから、なんかどんどん増えてる気がするぞ、シトエン用のものが。


「サリュ王子です」

 ラウルが入り口で声をかける。


「まぁ! どうぞ」

 シトエンの声が聞こえ、ラウルが入り口の幕を上げてくれる。


 腰をかがめて中に入る。

 途端に穏やかな光に包まれた。


 テント内はランタンがぶら下げられ、下は厚めの敷布が広げられている。椅子や寝台は簡易用のものだが、慣れてもらうより仕方ない。寝台の上には蚊帳が吊られており、暑くなるとどこか布幕を開けて風を逃すつもりのようだ。


 ……これでは。

 今晩もシトエンになんの手出しもできない……。なにかことを起こそうものなら、閨の声が騎士団に筒抜け……。まさに鉄壁の守りだ……。


「イートンはいま、お水をいただきに行っていて……。お疲れ様です、ルミナス王国国境はなんと?」


 椅子を勧められたが首を横に振ってやんわりと断る。


「やはり朝を待たないと駄目みたいだ。今晩はこのテントで宿泊になるが大丈夫か?」


 申し訳なく思ったのに、シトエンも目をキラキラさせて頷いた。


「もちろんです。さっき団員の方がマシュマロを焼くと教えてくださいました。あとで一緒に行きませんか、サリュ王子」


 ……焼きマシュマロ……。そんなに魅力的だったとは。


「あと、わたし、焚火がしてみたいんですがいいですか? こう、火打石で」

「そりゃ構わないが……」


 苦笑いというかなんというか。

 アトラクションのようなもんなんだろうか。これは団員たちが喜ぶし、教え甲斐がありそうだ。


「じゃあ、キャンプファイヤーします? 団長が火の精霊で」

「なんで俺が」


 ラウルを睨みつけていたとき、テント幕が開いてイートンがにこにこ顔で入ってきた。


「お嬢様。お客様ですよ。ああ、お水が重たかった。どなたか殿方に頼めばよかったですね」

「お客様?」


 シトエンが不思議そうに首を傾げる。イートンは「あら、どうも」と俺とラウルに会釈をし、大きな水差しをふたつ、テーブルに置く。どん、とかなり重量のある音がした。確かに、騎士団の誰かが代わりに運んでやればよかったのに。


「モネさんとロゼちゃんです。最後のご挨拶にって。さあ、どうぞ」

「モネさんとロゼちゃん?」


 驚いたのはシトエンだけじゃない。俺とラウルもだ。


 なんであのふたりが……? まあ、タニア国人だからいてもおかしくはないんだが……。


 だが。

 ラウルが無言で問いかけて来る。俺も黙って頷いた。


 どうして。

 うちの団員が、誰も俺やラウルに訪問を告げに来ない?

 あのふたり、どのルートを選んでここまで来たんだ?

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