第10話臥竜に酒を

正樹と羽弦先生のテーブルに、めぐみとヒロサカは近づいた。

「お久しぶりです。羽弦先生。そして、初めまして西正樹さん。西さんの事は先生から聞いています。今回も『資産家連続殺人事件』は、面白かったです」

「どうも、ありがとうございます。ヒロサカさん」

「あのう、先生、西さん、これから4人で飲みに行きませんか?パーティーも間も無く終了ですし」

「いいねぇ、正樹くん、小森さんは大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「私も大丈夫です」

「よっしゃ、決まり。3人とも僕に付いて来なさい」


4人はタクシーに乗車して、先生がひいきにしている料亭扇谷りょうていおおぎやに向かった。

先生はまるで自分の家かの様に、靴を脱いで女将が、

「まぁ、珍しい。羽弦先生が若い子を連れて来るなんて」

「うるせえ、ババア案内しやがれ」

「はいはい、ご準備出来てます」

先生はタクシーの中で、電話していたのだ。

先生は慣れたモノで、宴会が始まった。

さすがに正樹も年に1、2回しか料亭に行かない。

直木賞受賞作家は、金があるんだなと納得し、早くこんな身分になりたかった。


「いやぁ、ホテルの料理の不味いこと」

と、先生が言うと、

「羽弦先生は寿司が旨いと言って、ガツガツ食ってたじゃないですか!」

「正樹くん、ノンノン。空きっ腹じゃ、あまり酒が飲めないでしょ?」

「ね、ヒロサカ君」

「は、はい。僕も唐揚げを鱈腹たべました。でも、小森さんはあまり食べずに泡盛飲んでるから心配してます」

めぐみは顔が紅くなる。

「ヒロサカさん、めぐみは大丈夫ですよ。酒豪ですから」

「え、そうなの?小森さん酒豪なの?」

「会社の仲間には、そう言われます」

「では、新たな出逢いに乾杯だ!」


かんぱ~い。


「ここのスッポン鍋は最高なんだ」

先生は小鉢をつまみながら言った。

正樹もスッポンは滅多に食べれないシロモノなので、嬉々としている。

3人はスッポンに夢中だ。

先生は、どんどん酒を注文していく。

「小森さんは、普段はどのようなお仕事をされているんですか?」

めぐみは、おちょこをぐいっと傾けて、

「西さんに拾われて、中古車の検査してます」

「へぇ~」

「ヒロサカさんは普段はどんなお仕事ですか?」

「公務員です」

「安定してますね」

「はい」

いきなり、先生が声を出した。

「ヒロサカ君は、警察官なんだよ。キャリア組で、今、警視なんだ」

「すっげぇ~」

正樹が呟いた。

「そうでもありませんよ。みんな、足の引っ張りあいです。ノンキャリア組からは嫌われ、キャリア組同士は出世争いが絶えません。だから、作家として売れたら警察辞めます」

「えぇ~もったいないですよ~」

と小森が言うと先生が、

「臥竜にどんどん酒を飲ませちまえ」


めぐみはこの風変わりなヒロサカに好意を抱いた。

ヒロサカも、めぐみに好意を抱いた。

しかし、トランスジェンダーであることを知らないみたいだ。

それを察知した羽弦先生は、事の次第を話した。

「僕は知っていましたよ。小森さんがトランスジェンダーであることを。額の骨格で分かるんです。削る手術をしても、僕は警察官です。そういうの分かるんです。性別なんて関係ないです。僕はもっと小森さんの事を知りたいだけです」

めぐみは目から涙が出そうになった。

この日の飲み会は、ヒロサカとめぐみがLINE登録しあって、解散した。

正樹と先生は小さくガッツポーズした。


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