第三幕

霧のロンドン

 ロンドンを脱出した陸軍ヘリのAH-1ワイルドキャットが郊外の基地に着陸した。

 ヘリからオースティン・ヘイグ首相が降りると厳重に兵士たちに警護されて案内されていく。

 陸軍の将軍が状況をヘイグ首相に説明する。

「王室の方々は既に避難を完了しました。内閣の閣僚たちも避難済みです」

「で、一体何が起きてるんだ?」

 首相の質問に将軍は暗証番号を押しながら答える。

「依然、ロンドンはガスで囲まれていますが、広がりはみせていません。ロンドン周辺の避難は順調です。しかし何故か都市のガスは内側に向けて拡散していてロンドン市内の市民の多くは孤立していいます。現在、警察、海軍を含めた稼働できるヘリを動員して救出に取り組んでおります」

 中に入ると戦闘服の兵士たちが慌ただしく動き回っていた。首相が通ると敬礼をし、すぐに作業に戻っていく。

 奥まで行くと大型モニターの前に簡易会議室が設置されていた。既に避難していた防衛大臣と内務大臣、その他の補佐官たちが起立する。

「誰か状況を説明できる者は?」

 ヘイグ首相の問いに内務大臣が答える。

「ガスの正体は霧に近いものと思われますが正体は不明ですが、多数の死傷者が出ています。あと数時間でロンドンはこの謎のガスに覆われるでしょう」

「何の毒なんだ? ウィルスか?」

「いえ、ウィルスではありません。ですが酸や僅かな窒素以外にも正体不明の成分が見つかりました。現在解析中ですが、恐らくこれが死傷者の原因だと思われます」

「正体不明の成分という事は人工のものということか?」

「可能性は高いでしょう」

 防衛大臣が付け加える。

「海外展開中の部隊を含め陸海空全軍は警戒態勢に入りました。第3師団がロンドンに向けて移動中。テロ組織の化学兵器による攻撃の可能性を考慮して対応をします」

「まったく……ロンドンの機能が停止するほどの大規模攻撃を許したのか?」

「それについては弁解のしようもありません。先行する偵察打撃旅団の偵察部隊がく現地に到着しましたのでもっと詳しい事がわかるでしょう」


「ウォッチキーパー(英国軍の無人偵察機)、ロンドン上空に到達します」

 オペレーターのひとりが報告をすると画面の映像がロンドン上空に切り替わった。

 ロンドン上空に到達した無人偵察機が地上を映し出す。高層のビルの上階は霧に覆われてはいなかったが市民が避難していたとしてもヘリ発着場のないビルでは救助は困難だろうと思われた。

 白い霧に覆われた都市はまるで石炭ガスに覆われた1950年代に逆戻りしたような光景だった。


 陸軍の軍服を着た士官が早足で駆け寄ると同席していた陸軍のポール・ネルソン将軍に耳打ちした。将軍は数回頷くと首相に報告する。

「到着した偵察部隊がガスの中に突入します」

 モニターが兵士のヘルメットに取り付けたカメラからの映像が映し出された。

 大通りの先は霧に覆われ、様子は見えない。

「このまま霧の中に入って大丈夫なのか?」

 兵士を心配した首相が言った。

「兵士たちは防護服を装着していますし、同行するTPzフックス1は対化学兵器対策済みの偵察車両です」

 画面では首相と閣僚たちが見守る中、偵察車両は霧の中をゆっくりと進み始めていく。

「4-2、いまから市内に侵入します」

 偵察部隊の隊長からの通信がスピーカーに流れる。

「視界不良で10M先は見えない。ちょっとまて……」

 霧の中から何かが向かって来るのが映った。

 兵士たちは一斉にL85A3アサルトライフルを構える

「誰かが霧の中からこちらに向かってくる。生存者からもしれない」

 霧の中から現れたのは馬に乗った騎士だった。異様な仮面と鎧を纏い、黒いマントとなびかせている。

 偵察部隊に気がついたのか騎馬は立ち止った。

「我々は陸軍だ。避難するならこちらへ来い」

 隊長が呼びかけたが返事はなく、馬はその場に止まったままだ。その様子に異常さ感じ取った隊長がハンドサインで射撃準備の合図をする。

 すると騎馬はゆっくりを進み始めてくる。

「止まれ!」

 しかし隊長の警告にも騎馬の歩みは止まらなかった。

「曹長、威嚇射撃しろ」

「了解」

 部隊で射撃の一番上手い曹長が命じられた通り、騎馬に向かって威嚇射撃した。

 だが騎馬は動じない。それどころかさらに接近を続けた。

 自爆テロを警戒した部隊に緊張感が走る。

「最後の警告だ。止まれ!」

 こいつはテロリストなのか?

 制止しない相手に対して隊長は決断を下した。

「曹長、馬を狙撃しろ」

「了解」

 曹長は馬の首を狙って引き金を引いた。見事に命中したが馬は少し身震いしただけで何の反応もない。まるで弾丸は影をすり抜けたかのようだった。もう一度、首を狙って当てたが反応は同じだった。さらに他の部分を狙撃したが何の効果もない。

「構わん、騎手を狙撃しろ」

 爆弾を装着していた場合、これ以上の接近は部隊全体を危険を及ぼす。危険を感じた隊長は狙撃の許可を出した。

 ヘッドショットしたが、乗馬していた騎士も。だが馬と同じく手ごたえはない。さらに数発を打ち込んだが何も変わらなかった。

 騎士は剣を鞘から抜き振り上げると雄たけびを上げた。それはなにか肉食の獣のような咆哮だった。

 すると騎馬の背後から何かが大量に向かってくる。

 現れたのは異形の集団だった。着ているものもボロボロで顔は茶色く干からびている。ほとんど骨のような姿だ。例えるなら動く屍の集団だった。

「射撃開始!」

 異常さと身の危険を感じた隊長は部隊に射撃命令をした。

 無数の銃弾が迫りくる集団に浴びせられた。だが僅かにたじろぐものの屍たちはまっすぐ偵察部隊に向かって突進してくる。

 やがて画面が乱れ通信からは叫び声が聞こえてくる。屍者の顔がアップにしたかと思うと映像も途絶した。

「どうなった?」

 首相が大声で言った。

「お待ちを」

 ネルソン将軍が急いで部下に指示する。だが、恐らく部隊は戦闘車両共々全滅したのだろう。通信は全く回復しなかった。


 映像を見ていた閣僚たちは困惑すしていた。

「あれは何なんだ? 銃弾を受けても死ななかったぞ」

 ヘイグ首相の言葉に国防大臣が戸惑いながら説明する。

「あ……その、おそらく強固な防弾チョッキで防御をしているのかと思われます」

 しかしその場にいた首相を含め、閣僚たちの誰も答えに納得しなかった。

 ロンドンに地獄が溢れ出ている。

 誰もがそう思った。

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