第18話 始まりのワイルドハント
タリエシン・レゲットたちが特設展示場に入ると、そこでは運び込まれたコレクションが梱包を解かれていた。
木箱やクッション材などがあらゆるところに置かれている。
予め設定した場所のいくつかには既に中世の武器や防具が丁重に設置されていた。
タリエシンには見たくもない品だったがこれも後の事を考えれば我慢できる範囲だった。
メイン展示場へ行くと黒いスーツ姿の細身の女性が分厚い本を片手に作業を指揮していた。
「これはレゲット卿。チェンバレン卿も」
近づくタリエシンたちに気づき彼女は微笑みながら軽く頭を下げた
「こちらは?」
初対面ながら名前を知られていた相手にチェンバレンは尋ねる。
「私は、このレゲット卿から依頼されて展示のコンサルティングを担当しております、モーガン・フェイと申します」
フェイは、マルジン・ウィスルトであることは伏せた。仮に明かしたとしても裏世界のシンジケートであるマルジン・ウィスルトの事は知らないだろうが名前を無闇に流布するものでもない。
「ああ、あなたがレゲット卿が手配した……お伺いしています。それにしてもこの展示はなんとも……」
「奇妙……ですか?」
「ああ、決して否定しているわけではありませんよ。これは幻想的というか、とてもユニークです。とにかく珍しい」
「映画や配信ドラマに慣れた今の観覧者たちにはうけると思いましてね」
四つの貴重な展示品が囲むレイアウトの中央には、聖剣と呼ばれた遺物が飾られている。本物の真偽は別として、作業用のライトアップされたその姿は神々しさを感じさせていた。
「確かにそうかもしれませんな。ハリウッド映画を見慣れている観客には響くものがあるかもしれません」
その時、チェンバレン卿の携帯電話が鳴った。
「ちょっと失礼」
チェンバレン卿は着信相手を確認すると重要な相手だったのかその場を離れた。
タリエシンは、去っていくチェンバレン卿が離れたのを見計らうとフェイに訊ねた。
「順調かね?」
「
「最初はなぜロンドン塔なのかと思ったが」
タリエシンは中央の聖剣を囲む王冠たちを見ながら言った。
「ロンドン塔には世界でも有数の巨大なダイヤモンドをはめ込んだ
「宝石はそれほどまでに重要か?」
「はい、この魔術式にはとても。各宝石に”黙示録の四騎士”の役割を持たせることが必要かつ重要なのです」
モーガン・フェイは、聖剣を取り囲む展示品を指さしながら続けた。
「第一の騎士を意味するダイヤモンド、第二の騎士を意味するブラッドストーン、第三の騎士を意味するムーンストーン、第四の騎士を意味するガーネット、そしてその中央の玉座を飾るのは……」
そう言ってフェイは、中央のエクスカリバーを見上げる。
「ワイルドハントを指揮する者。伝説のアーサー王の聖剣エクスカリバーか」
その中央玉座に自らが立つ姿を自分を想像したタリエシンは久しくなかった期待という感情に胸を躍らせた。
「まだ魔術術式は完成しておりませんが、既にこのロンドン周辺には影響が出始めている筈です。媒体としては予想以上な効力を発揮しており、誠に申し分ない品ですよ」
「影響といえば、一面ではないが最近、新聞で奇妙な不審死を取り上げていたが……」
「ああ、あれは些細な兆候といったところでしょうか。今ではさらに事態は進行しています。いずれ時も場所も選ばず現象は起きます。これからが本番なのです」
フェイは楽しげにそう説明する。その様子にタリエシンでさえ不気味なものを感じていた。
「ではワイルドハントはすぐに発動できるのか?」
「それは今しばらくお待ちを。何事にも”刈り入れ時”というものがございますゆえ」
「確かにな」
思わせぶりにそう囁くモーガン・フェイの言葉に心地良ささえ感じるタリエシンだった。得体はしれないが、自分の取り巻きにはいないタイプの彼女をタリエシンは随分気に入っていた。
「御子を信ずる者は永遠の生命を持ち、御子に從はぬ者は生命を見ず、反かえって神の怒いかりその上に止とどまるなり……ワイルドハントはもう少しでございます」
一方、大した収穫もなく、ロンドン塔を後にしようとしていたパーシー・シトリー警部の携帯電話に着信が入っていた。相手は部下のヒンクリー刑事だ。
「もう、タリエシン・レゲットについて調べがついたのか? 早かったな」
「警部無事ですか! いまどこです?」
「なんだ、藪から棒に……今はロンドン塔に来ているよ。それよりさっき頼んだレゲットの件は……」
ところがヒンクリー刑事はシトリーの言葉を遮ってまでまくし立てた。
「なんでそんなところに……いや、今はそんな場合じゃないや。あの、近くにテレビありますか?」
「いや、ない」
「じゃあ、俺が今、動画にリンクしたメールを送りますから見てください」
一旦、電話が切れるとすぐにメールが届いた。
シトリーは言われた通り、リンクされた動画を見る
ライブ映像と記されたその映像では道路や建物が黒い霧に覆われていく様子が映されていた
再び着信が入ったヒンクリー刑事から電話に出ると困惑しながら訊く。
「これはどこで撮影された?」
「映像はウォータールー・ロード のようですが、これがあらゆる場所で起きてます」
「ガス漏れか?」
「液化天然ガスや液化石油ガスっていうのは無色です。こいつは黒い。かといって火の煙ってわけでもない。ともかく情報が錯綜して正確なところはわかりませんが、霧に紛れて奇妙な連中が暴れているとか……市民と警官に多数の死傷者も出ているようです。それと……」
「落ち着け! 冷静になって、はっきり言え!」
パニックになりかけてるヒンクリーをシトリーが一喝する。一瞬間をおいてヒンクリーが説明を始めた。
「実は、黒い霧の発生している場所が、警備の追っていた件の地図と合致するんです」
「は?」
「調べてたでしょ? 地図にマーキングしていた不審死の場所……それと黒い霧の発生場所がぴったり一致しているんですよ!」
ヒンクリーは絶叫に近い声でそう説明した。
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