第16話 剣の行方

 エリック・キャンベルが特殊部隊ネイビー・シールズや元CIAの仲間たちと民間軍事警備会社ブラック・シーを立ち上げて10年以上が経っていた。

 イラク戦争直後になだれ込んだ石油開発関連会社の警備任務は、2000億ドル市場と言われ、キャンベル達の会社も十分、稼ぐことが出来た。

 その後、市場は縮小したが、その間、CIAの仕事や国際的企業とのパイプを作り、石油施設以外の警備任務で収益を上げている。その範囲はヨーロッパを始め、アジアにも広がり、ヨーロッパの拠点としてイギリスで城を買い取り、たまに優雅な気分も味わっていた。

 

 その日も手入れされた庭先でバドワイザーを飲みながら、ノートPCを開いていた。

 キャンベルが2本目のバドワイザーを手にした時、仕事用の携帯電話が鳴り出した。コンウォールに派遣している社員のひとりからだった。

 何か嫌な予感がして、電話を取らなかったキャンベルだったが、テーブルの上で、振動しながら、しつこく鳴り続ける着信音に観念し、通話ボタンを押した。


「何かあったか?」

「やあ、キャンベル大尉。相変わらずBadバドワイザーですか? イギリスにいるならペールエールを飲むべきだって言ってるでしょ?」

 聞こえてるリアムの声にエリック・キャンベルは驚く。

「リアム? なぜこの番号から? サイラスはどうした?」

「彼は、いま取り込み中でね。俺が代わりにかけてる。大尉、それより聞きたいことがあるんですがね」

「察しはつく。あの土地へ行ったんだな? で、サイラスたちとひと悶着」

「そんなところです。驚きましたよ。あんたの会社ブラック・シーが関わってるんですからね」

「俺もだよ、リアム」

「なら俺の聞きたいことは、わかってると思いますが」

「守秘義務って言葉を知ってるか?」

「そんな言葉はもう忘れました。特に今は」

 

 今は現場を退いているキャンベルだったが、数年前までは現場にも出ていた。

 その際、リアムとは何度かチームを組んだ事がある。

 相性が良かったのか、部下として使いやすく腕も良かった。護衛任務中に命を救われた事もあった。

 正直、兄弟のような親しみを感じる相手だ。

 そんな相手の頼み事は断りにくい。


「まあ、いい。俺から聞いたとは誰にも言うなよ」

「了解です、大尉」

 観念したキャンベルは話し始めた。

「あの土地に近づく者を追い払うように俺たちを雇ったのは、リエシン・レゲットって金持ちだ。知ってるか?」

「金持ちに知り合いはいないんでね。有名なんですか?」

「ヨーロッパのプライベート・バンクから始まって金融業で財を成した大物だ。おまけに公爵だか男爵の爵位も持ってやがる」

「プライベート・バンク?」

「金持ち専用の銀行だ。とにかく資産に関したらウォーレン・バフェットかビル・ゲイツみたいな奴さ」

「そいつはすごい。で、そのビル・ゲイツが、なんでこんな寂れた住宅開発の土地なんかにこだわるんです?」

「それは知らないが、噂ではそこで掘り起こされたと一緒に、その土地も開発会社から買い取ったって話だ。多分金持ちの気まぐれか何かなんだろうさ。コレクションする感覚みたいなやつだ。俺たち庶民には感覚がよくわからん」

 民間軍事警備会社ブラック・シーの経営で、それなりの金を手に入れている男がよく言うものだとリアムは思った。

「大尉、他に何か隠していることはありませんか?」

「元々、隠し事なんてないぞ」

 リアムは、スマホの通話をスピーカーに切り替えた。ここからの質問は、フルドラたち妖精に関わる事だ。

「マルジン・ウィスルトについては?」

「違法に手に入れた美術品や骨董品の取引や、闇オークションを主催しているシンジケートだな。レゲットにあの土地に掘り起こされたブツを売ったのも連中らしいな。どこでその名前を知った?」

「マルジン・ウィスルトに恨みを持ってる知り合いがいましてね」

「関わらない方がいい連中だぞ」

「だと思ってました。ところでリエシン・レゲットって金持ちには、どこに行けば会えるんですか?」

「居場所は分かるが、会えるとは限らないぞ。護衛は、だ」

「やってみますよ」

「奴は、ロンドン塔ザ・タワーにいる」

「ロンドン塔?」

「何を考えてるかわからんが、せっかく、闇オーククションで手に入れたブツロンドン塔ザ・タワーの博物館に寄贈するそうだ。おまけにそいつを公開展示するんだとさ」

「何を展示するんです?」

「詳しくは、わからんが古い剣だそうだ」

 剣。

 その言葉を聞いてフルドラの表情が変わる。

「剣?」

「エクスカリバーって噂だ。おとぎ話の剣を展示だって馬鹿げた話だがな。レゲットはそいつに600万ポンドを支払ったんだ」

「セレブの考える事はわかりませんね」

「リアム、何に関わってるか知らんが気をつけろよ。シンジケートに関わって無事でいたやつはいないからな。それと、うちの会社ブラック・シーの業務妨害はするなよ」

「努力します」

「それからな、リアム」

 キャンベルは少し間をおいて言う。

「俺は、絶対、アメリカのビールしか飲まん」

 そう言って電話は切れた。


 通話を終え、リアムはフルドラの方に向き直った。

「さて、これでエクスカリバーの在り処がわかったな。あとは取り返しに行くだけだ」

「ありがとう。あなたに声をかけてよかったわ」

 怒りが収まったのか、フルドラの表情は穏やかだ。

 こんな表情もするのかと、リアムは少し驚く。

「私は長老たちにこの事を連絡を入れてくる」

 そう言ってフルドラはその場を離れた。妖精のことだ。電話ではない別の連絡手段があるのだろう。

 フルドラがロジャーの横を通り過ぎる。それを見送るとロジャーは、リアムの方にやってきた。

「あんたたち動画配信者って嘘じゃないの?」

「嘘じゃないさ。実は動画配信はこれから始めようと思ってるんだ」

「その言い訳、苦しいよ。それより、ロンドンに戻るのかい?」

「まあな。さっき電話で言っていた剣ってのはなんだ。俺たちの目的はそれを取り戻すことだ」

「僕もついて行っていいかい?」

「ここでの取材はいいのか?」

「驚くような動画も十分取れたし、君たちのやろうとしてる事は視聴者に受けそうだ。ねえ、さっきの動画も使ってもいい? もちろん顔はモザイクを入れるからさ」

「さっきの?」

 ロジャーは、カメラの画面をリアムに向けるとフルドラが銃弾を矢で撃ち落とすシーンを見せた。

「上手く撮れてるもんだな」

「まあ、慣れてるからね。話は変わるんだけど、さっきあんた、彼女の事、エルフって言わなかった?」

「あれは冗談だよ」

「僕も最初はそう思ったんだけど、この映像を見ると、そうも思えなくなってさ」

 映像がズームアップされると、弓を構えたフルドラの姿は、はっきり映っているものの、顔のあたりは蜃気楼がかかったように揺れてはっきり見えない。

「これ、編集前の動画なんだぜ? おかしいだろ」

「そうだな、確かにおかしい……きっとカメラの故障か何かだろう」

「いや、彼女は本物のエルフだ。だからカメラにちゃんと映らないんだ!」

 ロジャーは興奮気味に食い下がる。

「ねえ、しばらく君たちを取材させてくれないかな。お礼はするよ」

「ロジャー・ラビット、お前は良い奴みたいだから言うが、俺たちと一緒にいると危険だぞ」

「それこそ望むところだ!」

 さらに食い下がるロジャーは、どうにも諦めそうもない。 

 そういえば、ロジャーは、オカルト専門の動画配信者と言ってたな、とリアムは思った。だから、この手の話には元々食いつきやすいんだろう。きっと妖精から依頼を受けた話をしてもリジャーはすんなり信じるだろう。話が通じるのは楽でいいが、彼はだ。

 リアムはロジャーに事実を話すか迷う。

「さっきの話の流れだとロンドン塔に行くつもりだろ? ロンドンに戻るんだったら足はどうするんだい? 君たちの車は廃車同然なんだぜ」

「確かにそうだが……」

「なら僕の車に乗っていけばいい。バスや鉄道を使うよりよっぽど早い」

「危険だぞ。きっと銃で撃たれるかもしれないし、妙な化け物にも追い回されるかもしれないぜ」

「そいつは願ったり叶ったりだ。ウケる動画が撮れる!」

 危険を前にして嬉々として語るロジャーにリアムは呆れていた。 

 こいつには何を言っても無駄だな……リアムは思った。

  




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