第15話 The Tower
テムズ川岸イースト・エンド
かつて、ロンドンを外敵から守る為に建設されたこの難攻不落の城塞こそ、別名”女王陛下の要塞”ロンドン塔である。
ホワイト・タワーは、ロンドン塔の敷地内、中央にそびえ立つ。
王家の跡目争いの中、ホワイト・タワーを手にしたものは勝利を収めると言われてきた。いわば権力の象徴とも言える。
そして時は過ぎ、現代。
かつては権力の象徴だったその塔は、イギリスの様々な武具が展示された博物館となっていた。
シトリー警部はロンドン塔、ホワイト・タワーに来ていた。
ロンドンで多発している心臓麻痺による突然死。その現場は、自宅、路上、地下鉄とときと場所を選ばなかったが、全ては、ある部分を中心として起きていた。
それがこのホワイト・タワーであった。
シトリーにも漠然とした疑いでしかなかったが、それでも何かのヒントを掴めるのではないかとやってきたのだ。
とはいうものの、一体、何を調べればいいのか思いつかない。
警察の権限でロンドン塔の責任者と会う約束は取りつけたものの、それこそ何を質問すればいいのか迷っている始末だった。
案の定、責任者であるゴードン・チェンバレン卿に会った時は、曖昧な漠然とした質問をするしかなかった。いくら警察が相手とはいえ、ゴードン・チェンバレン卿も質問に困惑していた。
「つまり、警部。あなたは最近ロンドンで起きてる変死は、塔を中心に起きていると?」
シトリーは肩をすくめて答えた。
「それは突拍子もない事ですな」
チェンバレン卿は眉をしかめる。
「ええ、おっしゃる通りです。ただ死亡現場はロンドン塔を取り巻くように点在しているのはデータとしてあるんです。因果関係はともかく私は解決のヒントになるような情報を探しています」
「警部。私は医者でもないし、ウィルスの専門家でもありませんが、仮に原因がこの場所にあるとしたら、肝心の発生源で死亡者が出ていないのはどういうことでしょう?」
確かに卿の言うとおりだった。病原菌の類は真っ先に疑ったことなのだが、グラウンド・ゼロになりうるロンドン塔および、周辺では不審死はない。
監視カメラにも奇妙な影は映っていなかった。
「まさしく、おっしゃる通りです」
「であるなら、警部。我がロンドン塔は、あなたの危惧する不自然な死亡者たちとの因果関係はないのでは?」
チェンバレン卿の言葉にシトリーは同意するしかなかった。
だが、それでもシトリーには何かが引っかかっていた。口では上手く説明できないなにかだ。
「……ところで警備が厳重のよね? 何か特別なことでも?」
答えに苦慮したシトリーはチェンバレン卿の機嫌をとる意味も含め、話題を変える。
「実は、新しい展示物の搬入を始めているんです」
「そいつはすごい」
シトリーは、大げさに驚いてみせた。
「私はこう見えても、歴史的な美術品や骨董品に多大な興味がありましてね。そういった話を聞くと童心に帰るというか、胸が踊るんですよ」
「そういった方は一笑に付すかもしれませんが、実は、珍しいものが寄贈されましてね」
「一笑に付すようなものっていうのは何です?」
「エクスカリバーです」
その言葉を聞いて驚かずにはいわれなかった。何しろ伝説の聖剣だ。
「エクスカリバー? あの映画とか物語にでてくるやつ?」
「と呼ばれているものです。もちろん本物である確証はありませんがとても珍しいものでね」
「本物であればとても素晴らしい事だ。CNNだって取材にきそうだ」
本当は関心などあまりないのだが、つい口走ってしまう。チェンバレン卿も、自尊心がくすぐられたのか口が軽くなった。
「ご存知かもしれませんが、多くのアーサー王伝説は約5世紀末の出来事として語られていますが、今回のエクスカリバーと称される剣を年代測定をすると紀元前4世紀ごろと推定されます。だが興味深いのは、この剣が、ほぼ純度100%の鉄で作られているという点です」
「剣というのは鉄なんでしょう?」
「いえ、鉄には鉄なのですが、剣には、強度を増す為にある程度の割合で炭素を含ませます。いわば合金。鋼鉄みたいなものなのです」
「それで、純度100%の鉄で出来た剣というのが珍しいというわけですか」
「これは非常に貴重な発見なのです。もしかしたら、儀式用のような意味合いを持っているかもしれませんが、エクスカリバーと称しても差し支えない貴重な素晴らしい剣ですよ」
「儀式用ですか。聖剣らしいといえば聖剣らしい」
「イギリスの伝説では、妖精は鉄を嫌いますよね。だから魔を払うような意味合いもあったかも。興味は尽きない剣ですよ」
「そんなものでも……いいぇ失礼。そんなに曖昧な正体のものでも目玉の展示物になるんですか?」
「一緒に多くの貴重な4世紀ごろの武具も展示するのです。その武具もエクスカリバーを寄贈してくれた方と同じ人物です。実は展示会の企画も寄贈者の案でしてね。展示費用の負担も申し出てくださいました」
「そいつは太っ腹な話だ。一体、どんな人なんです?」
「金融業界の人物でしてね……ああ、ちょうど、いらしたようだ。あの方です」
チェンバレン卿が指差す方から二人の屈強なボディーガードを従えた男が歩いてきた。
長身でハンサム。太りすぎてなく、程よく引き締まっている。
身なりも良く、いかにも金持ちといった感じだ。
「彼がリエシン・レゲット卿。彼が今回の展示会のスポンサーで、エクスカリバーを寄贈してくれた方です」
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